岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド
とりあえず過去執筆した作品、未完成も含めてここへ残しておく

15 打突

2019年07月18日 09時55分00秒 | 打突

 

 

14 打突 - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

俺は黒と青色が好きなので、コスチュームもその二色で形成してみようと思う。青いマウスピースを買い、しばらく熱湯に浸し柔らかくした。柔らかくなったマウスピースを口に...

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 再び後楽園ホールに入る。俺以外の選手はアップしていて、いい汗をかき、準備万全といった感じだ。
俺は横目でそいつらを見ながら控え室に向かう。
部屋のスミでコスチュームに着替える。ファールカップをつけ、黒のロングスパッツ、その上に青のショートパンツをはく。両肘、膝に黒のサポーターを装着する。両手首と人差し指、薬指に白のテーピングを巻き終える。最後にヘラクレス大地さんからもらったレスリングシューズを履き、すべて着替え終わった。
この格好じゃ、どうみても合気道って思われないだろうな…。
「最上さん、俺のコスチュームのセンス、なかなか良くないですか?」
「うん、まーいいんじゃない。」
「黒をベースに好きな青を入れたんです。」
「神威、それより出場する選手は集まれって、さっきから言ってるぞ。」
「それを先に言って下さいよ。」
 控え室にはあれだけいた選手が誰もいなくなっていた。慌てて控え室を出る事にする。
部屋を出て階段を上がる通路のところに、いっぱい人が集まっていた。様々な格闘家が出ているので体格もバラバラだ。俺は比較的に体がでかい部類に入る。明らかに相撲取り体型の奴はさすがに大きかったが、あとの連中は体格いいほうで俺と同じぐらいだった。
すでに話は始まっていたが、さり気なく群れに加わる。空手着を着た奴の隣に行くと、そいつは俺の方を見て、笑顔で会釈してくる。礼儀正しい奴なので、俺も礼を返す。
「今日はよろしくお願いします。」
 こいつが俺と試合で当たる新堂修か…。いい奴っぽいので、何だかやりづらい相手だ。色々考えていると、係員がルールの再確認を話しだしていた。
何でも有りの大会でそんなに細かいルールなんて、別にいいじゃないかと思いながらも一応、聞く事にする。
「それでオープンフィンガーグローブはつけても、つけなくても構いません。それは各選手の判断に任せます。リング上から場外に転落した時点で、その選手は負けととなります。マウントポジションでの拳による打撃はOKです…。」
 リングから落ちたら負けという裁定がちょっと気に喰わないが、あとは過激なルールなので、まーいいだろう。さらに係員は話を続ける。
「頭突き、肘、膝による攻撃は一切禁止とします。一度でも使った時点で反則負けとなりますので、ご注意下さい。」
「おいっ、ふざけんな。何だ、いきなりそのルールは?」
 出場選手が一斉に俺の方を見る。構いやしなかった。俺の打撃を拳によるパンチ以外、すべて封じられたようなものだ。

「当日になっていきなり、そんなルール付け加えるんじゃねーよ。」
「えーと、神威選手ですね。当日ではなく、前日にファックスでルールの追加として送ってあるはずです。ちゃんとチェックしないで、クレームつけられても困ります。」
 汚ねえ大会だ…。毎日ファックスなんかいちいちチェックするかってんだ。俺以外にもブツブツ言い出す奴もいたが、多分、何を言っても変わらないだろう。ルールがどうであれ、俺は試合をしないといけない。ここで放棄したら、みんなに何て言われることだろうか。今の俺は相手のどんな条件でも飲むしかない。
「分かったよ。」
「では、以上でルールに関する再確認を終わらせたいと思います。他に質問あるかたは、いますか?いないようですね、では、音楽が鳴ったら選手全員入場です。そろそろ開会式の時間です。今の列の順番で構いませんから順番に入場して下さい。なお本日の優勝者には優勝賞金として、二百万が進呈されます。」
 選手の中からおお…、と言うどよめきが起きる。チンケな大会のちゃちいテーマが流れ出す。先頭の方から順々に階段を上がり、リングに向かっている。
見ていて本当にくだらねえと思った。俺の前にいる対戦相手の新堂が動くので、仕方なくあとに続く。俺は最後に来たから、入場も一番あとだった。
階段を登り終えると観客の声援が飛ぶ。客席はほとんど埋まっており、満員に近かった。
この中に有子さんと麗一君もいるのだろう。顔を上げて俺は堂々と歩いた。
視界にリングが入り、見て唖然とする。ロープが一本もなかった。こんなの聞いてねーぞ…。もう、客前に出てるので、表情には一切出さずにリングに上がる。
場内大歓声に包まれていた。司会進行の奴が挨拶をしているが、俺だけそっぽを向いていた。一通りの話が終わり、音楽と共に選手はその場を引き上げる。
 通路に戻ると、第一試合に出る選手だけ廊下に残り、係員に指示を受けていた。俺は控え室に戻る事にする。そろそろアップして体を温めるか。適当なスペースを見つけてストレッチをしていると、最上さんが近づいてくる。
「どうだ、調子は?」
「眠くなってきました。」
「おいおい、大丈夫かよ?」
「冗談ですよ。問題ないです。ただ、リングのロープがないんですよ。」
「本当かよ?」
「ええ、場外に落ちたら失格というのが、何でか分かったような気がしますよ。どうしても主催者側のジムに所属してる選手に勝たせたいんでしょう。当日になってルールの事をグジグジ言ったり、土壇場までリングを見せなかったりしてますしね。まあ、ここまできたらやるしかないですよね。」
 念入りに体を動かしてコンディションを高めていく。汗が徐々に体から吹き出してくる。控え室のドアが開き、一試合目の選手が戻ってくる。まださっき行ってから五分も経っていないが、もう試合が終わったというのだろうか。
「チクショーッ。」
 その選手は見た感じ、どこも怪我している様子は分かったが、悔しくて仕方がないといった感じだ。セコンドが懸命になだめている。
「なんなんだよ、あのリング。滑ってしょうがねーよ。両者リングアウトで両方失格って何だよ、チキショー。主催者のジムのシード選手が無傷で上に行くだけじゃねーかよ。」
 横目でさりげなく話しを聞いて、ある程度の状況は把握出来た。リングはあいつの言う通りだとすると、大変滑りやすいみたいだ。ロープがないから場外に落ちやすくもなり、両者二人とも落ちても両方失格となる。
何が何でも有りのバイオレンス大会だ。笑わせてくれる。自分のとこの選手に対して有利にしたいという気持ちは分からいでもないが、いくらなんでもちょっとやり過ぎだ。
「神威選手と新堂選手もうじき試合ですので、こちらにいらして下さい。」
 係員が呼ぶので俺は立ち上がり、控え室を最上さんと一緒に出る。通路には対戦相手の新堂がいて、俺を見て近付いてくる。新堂は頭をペコリと下げてくる。
「よろしくお願いします。」
「こちらこそ。」
 二度も挨拶をしてくるなんて新堂はいい奴だ。年齢も俺より年下だろう。これがスポーツマンシップにのっとった試合なら気持ちいい対戦相手だが、今日みたいな試合だと反対にやりづらくもある。
憎しみもない奴に俺は思い切り殴れそうもない…。さっきの猿みたいな奴だったら思い切りやりやすいのに…。
 上の観客の反応で二試合目が終わったのが分かる。俺と新堂は通路を両サイドに別れ、別々の方向に歩いていく。向こうのセコンドは二人付いていた。
俺には最上さんがついているから一人で充分だ。階段を登ろうとすると、係員が声を掛けて、俺の足元を見ている。
「一体、何だよ。」
「すいません、神威選手。このレスリングシューズですが、規定のものと違うので試合で着用出来ません。お脱ぎ下さい。」
「んだと、テメーッ。」
「やめろ、神威。」
 最上さんが止めなければ、このクソ係員をぶん殴っているところだった。まさかこれから入場というところになって、こんなチャチャを入れてくるとは思いもしなかった。ヘラクレス大地さんよりもらった形見のレスリングシューズにくだらねえケチつけやがって…。
「ここは言われた通り、脱ぐしかないだろ?」
 確かに大和プロレスの名を秘密にしている以上、大地さんの名前をこんなところで出す訳にいかない。黙ってシューズを脱ぎながら最上さんに預け、クソ係員を思い切り睨みつけてやる。打突でこいつの横っ腹をブッ刺してやりたかった。
「青コーナーより、武蔵塾空手黒帯二段…、新堂修入場。」
 ロック風の音楽が場内に響き渡る。新堂が今リングに向かって入場しているところなんだろう。次は俺の出番か…。
「そろそろ階段を上がって下さい。」
「うるせー、この野郎。」
 係員を怒鳴りつけてから、裸足で階段を一歩一歩ゆっくり登ると歓声がどんどん大きくなる。
リングの感触は大和プロレス時代に何度も経験しているが、観客がいる中では初めての戦いだ。普段喧嘩をすると俺の場合、野次馬がいっぱい集まるが、それとは明らかに数が違った。
「赤コーナーより、合気道から…、神威龍一入場。」
 キースエマーソンの地球を護る者(Challenge Of The PsionicsFighters)が、後楽園ホールで静かに鳴り響く。
俺は目を閉じて曲に耳を傾けた。体中に鳥肌が立ってくる。曲は徐々に激しさを増してきた。
「神威選手、早く入場して下さい。」
「うるせーんだよ、テメーはさっきからゴチャゴチャと…。もうここまでくれば反対に、こっちのもんなんだよ。黙ってろ、ボケッ!」
「大会の進行上の問題もありますし…。」
 俺は嫌がらせの意味もあって、ワザと入場を遅らせてやった。係員の困った顔を見ていると非常に痛快だった。ヒールなんだから、全然OKだ。
観客がザワザワしてくるのが聞こえてくる。そろそろ頃合いだな…。
マウスピースを口に入れて俺はゆっくりとリングに向かう。観客に見える位置まで来ると、ゆっくりと場内を見渡してやる。
思ったよりもマウスピースしたままだと呼吸しづらかった。
ザワザワした雰囲気から殺気立った空気に包まれていくのを感じる。俺は顔を上げて、右手で打突の形を作り、首の位置まで持っていく。左から右にスーッとゆっくり動かし、首を掻っ切るポーズをした。一気にブーイングが浴びせかかる。最高に気分がいい。
「ブーブーブー…」
 客が豚みたいに唸ってやがる。両手を斜め上に大きく広げてアピールすると、より一層ブーイングは大きくなった。口元をニヤリとしながら、ようやくリングインする。
「んっ?」
危なく滑ってこけそうになった。このリング、裸足だと非常に滑りやすい。対戦相手の新堂が、俺の方をジッと見ている。最上さんは心配そうな表情をしていた。
「そんな心配そうな顔しないで下さいよー。ピンチになったら俺には最終兵器の打突が、ありますから問題ないです。じゃー、最上さん行ってきますね。」

「カ―ンッ…」
 試合開始を告げるゴングが鳴る。俺はノーガードのまま前に出る。新堂は気味悪がって少し距離をあけた。
牽制で軽いジャブを放ってくるが、かわしながら間合いを詰めていく。
いきなり新堂は体勢を低くしてタックルを仕掛けてくる。俺は上からかぶり後ろにステップバックし、タックルを潰す。
こんな奇襲で俺に通用するとでも思ったのだろうか…。
相手は土下座のような格好になり、俺は上から覆い被さる体勢になる。相手の後頭部に、右膝を落とそうとするが、慌てて思い留まる。膝使ったら反則負けにされちまう。
よく見れば相手の横っ腹がガラ空きだ。この状態でなら打突が出来るが、さっきの新堂の笑顔を思い出すと俺には出来なかった。密着状態で俺の右手は自由、相手の横っ腹もガラ空きで、打突をするにはベストタイミングなのにも拘わらず躊躇ってしまう。あとは打突を放つだけなのに…。
仕方なく左腕で頭を押さえつけながら右拳で横っ腹を殴る。後頭部や横っ面も殴ってはいるが、何故か本気では殴れなかった。怨みもない相手に対して思い切り殴れないなんて、俺は格闘家として失格だろうか…。
しばらくその体勢で殴り続けるが、やればやるほど自分自身が嫌になってくる。俺はこういう強さをずっと求めていたのだろうか…。戦っていて虚しくなるなんて初めてだった。
殴るのをやめて、そのまま相手の腰に両腕を回し、パワーボムの体勢に入る。場内割れんばかりの大歓声に包まれた。
新堂は必死になって俺の右足にしがみついてパワーボムを阻止しようとしている。派手にいきたかったが、さすがにこの状態で狙うのは無理があった。
ヘソを中心に体を反転させてバックをとる。ジャーマンスープレックスでぶっこ抜いてやりたいが、これも体勢的にきついものがあった。
新堂は亀のように丸まっている。
そうまでしてまで投げられたくねーのか、こいつは…。
「立てっ、オラッ!」
 プロレス技は諦め、相手の頭をパシッと引っ叩いてから立ち上がる。
エキサイトする観客。大声援を送っている。
マウスピースをしながらの戦いというのは初めてなので、これしか動いてないのに呼吸が乱れてきた。呼吸がしづらい。自分の息が荒くなってくるのが分かる。
起き上がった新堂を見ると、顔から血が流れている。ちょっとは加減したけどやり過ぎたかもしれない。観客は盛り上がっているが、このまま試合を終わらせるのは嫌だった。せっかくここまで鍛え上げてきたのだ。俺の頑丈さをみんなに見てアピールしたい。
パンチを一発受けてもダウンせずに相手に向かっていったら、きっと場内はもっと沸くだろう。俺は無防備に隙を作って近付いていく。
新堂の右腕が動くのが分かり、首筋に力を込める。左側からのパンチをまともに食らうが、少しだけ仰け反り、すぐに体勢を戻す。客席からどよめきが起きる。ダメージは全然ないといったらおかしいが、このまま闘い続けるには何も問題ない。相手につかみ掛ろうとすると、レフリーが俺たちの間に割って入ってくる。
「何だよ。どけよ、オラッ。」
「これ以上は危険です。」
 レフリーが懸命に引き剥がそうとしている。ちょっとやり過ぎたかなと思ったが、ちょっとレフリーストップには、早過ぎるような気がした。
観客がざわめきだしている。俺は最上さんの方に戻りながら、余裕で客席をゆっくりと見渡した。
「んっ…。」
 リングサイドに見覚えのある顔の奴が座っている。こいつは確か…。
「えー?」
「何だそりゃー。」
「ふざけんなよ、金返せ。」
 当然、客の野次が飛び交う。
正面を向くと、レフリーは新堂の手を取り、上に挙げていた。新堂は何が起きたのか分からない様子で、不思議そうな表情をしてオドオドしている。俺はマウスピースを口から出し、レフリーに詰め寄る。
「おい、どういう事だ?」
「これ以上は危険だと判断したから、私は試合を止めただけです。」
「何、抜かしてんだ、テメーは?いつ、俺がダウンした?俺の顔を見てみろよ。どこも問題ねーじゃねーかよ。何、考えてんだ、コラッ!」
「私、レフリーの判断ですから。」
「ふざけんなっ!」
 手に持っていたマウスピースをレフリーの顔面にぶつけてやる。それでも怒りが、全然収まりそうもない。さっきのリングサイドに座っている奴のほうを振り返る。
確か、元K・W・Fの二ノ宮という名前だったよな…。今は格闘家気取りで、腕を組み偉そうに観戦している。こいつは、プロレスの暴露本だか何だか知らないが、くだらない本を出して、プロレスファンの憎悪を浴びてる奴だ。完全に八つ当たりだったが、リングの上から思い切り睨みつけて怒鳴りつけた。
「おいっ、おまえ、何、偉そうに見てんだよ。プロレスを散々馬鹿にしてるようだけど、何だよ、この大会は?ダセえ奴ばっか集めて、挙句の果てにレフリングまでインチキじゃねーかよ。ふざけんじゃねー。上がってこいよ!やってやっから。テメーのやってる事よりも、プロレスの方が、全然、エグイじゃねーか。俺たちだけがリアルファイトだ?笑わせんじゃねーよ、このボケッ。来いよ、オラッ!」
 場内のボルテージが一気に上昇した。観客は興奮して俺を注目している。しかし二ノ宮は腕を組んだまま、席から微動だにせず、俺を見ていた。
俺とやっても、自分に何のメリットもないからだろう。勝って当たり前。もし、負けたら、自分の今まで築いてきた評価が一気に暴落するからだ。
「何、テメーは余裕こいたフリしてんだ、ボケが!」
こんなウジウジした鼻クソ以下の奴を相手にしても仕方がない。再び会場を見渡してから、レフリーに怒鳴りつける。
「何だ、このクソ大会は?ふざけんじゃねーよ。」
 いいたいだけ言って、俺はリングを降りた。観客は声援とブーイングが入り混じっている。

いいたい放題言ったつもりだった。引き上げる途中、何人かのマスコミ連中が集まって、進路を塞ぎ、俺の写真を勝手に撮ってきた。
「どけよ、おいっ。邪魔なんだよ。どけっ。勝手に撮ってんじゃねえぞ。」
 マスコミ連中を怒鳴りつけて道を開け、無言のまま歩いた。通路を歩いて階段に差し掛かる時、俺は最上さんにこそっと耳打ちした。
「危ないかもしれないので、自分の荷物持って、先に外に出といて下さい。」
「神威は?」
「俺は大丈夫ですから…、さっ、早く。」
「何だよ、おまえ負けたのかよ?」
 逆側の通路から猿野郎が俺に絡んでくる。視界が狭くなってくるが、妙に冷静だった。
「どけよ、チビ。」
「あっ?何だ、負け犬が…。」
 ニヤけながら絡んでくる猿を無視して、俺は最上さんに目で合図を送り、先に行ってもらう事にする。
「おい、聞いてんのかよ?」
「こんな大会どうなったって、俺には関係ねーか…。」
「俺の台詞ちゃんと聞こえてんのか?耳クソ詰まってんじゃねーの。おいっ?」
無言のまま、猿の腹につま先で蹴りをぶち込んでやった。
うずくまった状態のサルの顔を手加減せず、蹴飛ばした。猿は完全に気を失って通路に横たわる。
セコンドの連中はビビッて俺に何も言ってこなかった。俺のレスリングシューズを試合直前で脱がしたクソ係員が、震えながら見ている。やっぱ、所詮こんなもんか…。
「どけ、カスがっ!」
 歩きながら、すねを蹴飛ばしてやる。係員は右足を押さえて床に転げ周りだす。
 最上さんが控え室から荷物をまとめて出てくる。
心配そうな最上さんに、俺はニコリと一瞬笑ってから控え室に入っていく。全身汗ビッチョリのまま、コスチュームを脱ぎスーツに着替える。本当に酷い大会だった。さっきまでの現実に起こった事が、まるで夢の中の出来事みたいに感じる。
控え室の入り口を見ると、主催者側らしい人間が十人ほど群れをなして溜まっていた。俺は着替えを入れた大きめのバックを持ち、入り口に近付くと、バックを思いっ切り振り回した。
「どけよ、オラッ。邪魔なんだよ。どけどけっ。ぶっ殺すぞ!」
 みんな、俺の剣幕に押され、後ろに引き下がっていく。こんな大人数に一斉に来られたら俺は終わりだ。死に物狂いのハッタリだった。
もし飛び掛ってこられたら、最初の一人目は絶対に打突の餌食にしてやるつもりでいた。右の親指に力を込めて、全員の神経を過敏に行き届かせながら、周りを睨みつけて歩く。何かあったら、すぐに対応出来るようにしとかないといけない。俺の本能がそう訴えてくる。
右手に一筋の血の跡がある事に気付く。右の小指の爪が半分以上取れかけていた。
いつ頃こんなになったんだか、よく自分でも分からなかったが、今の状況では関係なかった。興奮が痛みを完全に感じなくさせているみたいだ。
周りをビビらせる為だけに、取れかけた爪を口で噛みそのまま引き千切った。すごい痛みが指先から全身に伝わる。
表情に一切出さないように我慢して、噛み千切った爪を口からプッと出す。周りの連中が必死なって爪をよける光景は、見ていて面白かった。
誰も俺を邪魔する奴はいない。みんなこんな自分の爪を噛み切るような狂人なんて相手にしたくないといったとこだろう。
その効果があったせいか、どうやら無事に後楽園ホールを脱出できた。外の空気を目一杯吸い込んだ。何故か、新鮮な場所に来た感じがする。
「おーい、神威―っ。」
 最上さんの声がして振り向くと、有子さんと麗一君も一緒にいた。ホッとして全身から滝のような汗が一気に出てくる。
「あっ、最上さん…。有子さんも…。」
「良かった…、無事、出てこれたか…。すげー心配したよ。」
「当たり前じゃないですか。俺、少しはヒールっぽかったですか?」
「うん、格好良かったよ。観客席に見に来てた女の子も何人かキャーキャー黄色い声援を龍君に飛ばしてたんだから…。うちの麗なんか、さっき龍君の試合見て興奮したみたいで一時、呼吸出来なくなったんだよ。大変だったー。でも、龍君が無事で良かったよ。」
「みっともないとこ見せてしまい、すいませんでした。」
「ううん、みんな龍君が入場した時、体見て、おおーって驚いてたんだよ。黄色い声援とブーイングも凄かったけどね。」
「九十九パーセント、神威の勝ちだったのにな…。」
「どうでもいいっすよ、こんな腐った大会なんかクソ食らえですよ。それより最上さんも有子さんも今日はありがとうございました。」
「何、言ってんの。龍君は私にとって、弟みたいなもんなんだからね。ねえ、お腹減ってるでしょ?これからみんなでご飯食べに行こうよ。」
「俺、うまいステーキが食べたいっす。」
「またステーキかよ…。」
「聡史、文句言わないの?今日は龍君が主役なんだからね。」
「分かったよ。」
「そんな言い合いしないで下さいよ。」
「してないって…。よし、これからみんなで、ご飯を食べに行こう。」
 最上さんと有子さん、そして麗一君のおかげで最後は楽しく過ごせた。
でも、俺は大地さんに結局恩返し出来なかった…。もしかしたら、少しはレスラーらしかったって、言ってくれたかもしれないな…。しかし、そんな事は誰にも分からないし、答えられないだろう。誰が何を言っても、その人の中の想像の範疇に過ぎない。大地さんがいない現実…。
それでも俺は一生懸命に足掻いて頑張っていくしかない。勝利を大地さんに捧げられなかったのが残念だった。
今日で一つ分かったのは何でも有りだってルールで世間は騒いじゃいるが、実際にやってみると、別にたいした事がないってことだ。
現に俺はあれだけ暴れても、こうして怪我一つなくピンピンしている。唯一、あるとすれば、自分で噛み切った右小指の爪ぐらいであった。
色々と今日の事を振り返りながら考えまがら帰った。

 目が覚めると、もう昼になっていた。立ち上がって伸びをする。どこも体は異常なさそうだ。
昨日、あれだけ大暴れしたのが嘘みたいだった。念入りにストレッチをこなし、風呂にゆっくり入る。
 体が温まったところで再度、ストレッチをする。今日からまた仕事が始まる。
トレーニングは休みにしておこう。たまには体を休めるのも重要だ。
 時間になると、新宿に行き、店の中に入ると、みんなに囲まれた。大変だった。色々な事で質問攻めにされる。何度も同じ事を答えてきたので、さすがにウンザリする。
「今週のウイークリー格闘技、楽しみですね。」
「神威さんがそこまで暴れたんなら、記事を見てみたいですね。」
「でも、神威君が無事に帰ってきて良かったよ、ほんと…。」
 世間一般では裏稼業と呼ばれているが、俺はここで世話になってやってこれた。また、戦いの場に行けたのも、新宿にこれたからだ。運命的なものを何か感じる。最近になって、常に物事を深く考えるようになった。
「無傷で帰ってくるなんて神威さん、凄いっすよ。」
 小島が俺の体を丹念に見ながら言ってくる。
「ああいう試合は運的なものもあるからね。例えばもし、俺がタックルでいったとして、それを相手にかわせられたら、一分かからないで俺はボコボコに負けてたかもしれないしね。プロレスと違って、一瞬の攻防で明暗を分けるから、シビアといえばシビアだよね。ただ、俺はプロレスをするほうが、大変だし嫌だな。」
「両方を経験した神威さんが言うと、説得力ありますよね。」
「まあでも、俺の場合プロレスの方は道場でのスパーリングぐらいで、リングに上がらせてもらえなかったし、あまり偉そうなことは言えないけどね。ただ一つ言えるのは、伊達さんや大河さんと試合するぐらいなら、昨日みたいな、ああいう試合に出たほうがマシだよね。」
「何でですか?」
「伊達さんとかじゃ、俺はまったく勝ち目ないの分かってるからね。もしも、いい感じでポジションとか取れたとしても、あの人たち相手じゃまったく勝機が見えてこないよ。」
「そんなに差があるんですか。」
「ああ、持って生まれたセンスの違いもあるだろうけど、俺がこうして今ここで仕事に来たりしてる時だって、大河さんはずっとトレーニングしてきているだろうし、俺とは全然ものが違うよ。ああいう試合だから俺は復帰出来たというのもあったけど、大和だったら無理だもん。そんな甘いものじゃないしね。ま、今度発売する格闘技関係の雑誌を見るのが楽しみだよ。」
「そうですよね。ウイークリー格闘技は確か明後日発売だったから記事、早く見たいです。やっぱレスラーは強いんですよ。そう思いません、角川さん?」
「まー、神威さんの行動見てると確かにそうだよな。これからも続けて下さいよ。俺、今度、観戦に行って闘ってるところ見たいです。」
 今日は結構店も暇だったので、従業員とゆっくり話が出来た。小島は大のプロレスファンだったが、結局のところ角川も格闘技が大好きなのだ。まだ何人かの人間しか知らないが、俺の行動から少しでも何かを感じ取ってくれるものがあれば、復帰した甲斐があったもんだ。

 夜になり仕事が始まっても、自分が載るであろう雑誌の事で頭がいっぱいだった。小島が休憩中に食事行った帰り、ウィークリー格闘技を買ってきてくれた。
「神威さん。神威さんが出たのってバイオレンス湾内とトーナメントでしたよね?さすがに表紙にはなってないですけど、ルールが過激だと話題性あった大会だったので、雑誌の真ん中辺りにカラーで六ページくらい載ってますよ。俺、買ってきたばかりなので、まだよく見てないんですけど…。よかったら神威さん、気になるようですし、見て下さい。」
「ありがとう、小島。お言葉に甘えて見させてもらうね。」
 雑誌をパラパラとめくり、この間の自分が出た大会を探す。ちょうど真ん中辺りに特集で掲載されていた。全部で六ページ掲載されており、最初にその大会の優勝者の写真が載っていた。
「第一回バイオレンス大会優勝者は鳥海啓介。」
 鳥海…。どこかで聞いた事があるような…。気にはなったが、早く自分の写真が見たかったのでページをめくる。カラー六ページ、スミからスミまで全部見たが、どこにも俺の写真はなかった。それどころかトーナメントだったのに、肝心なトーナメント表が載ってなかった。
「汚ねえ…、クソが…。」
 ポツリと独り言が出てくる。責任者が雑誌を覗きこんでくる。
「ど、どうしたの?い、いきなり…。」
「俺の写真はおろか、トーナメント表まで載ってねえよ。何だ、このクソ雑誌は?」
 アリーナの従業員が交互に雑誌を手渡して確認している。俺は体中の血液が頭に登っていくような感じだった。
あのバイオレンス大会の主催者側が金か力で何とかして、俺の記事をうまい具合に握り潰したのだ。静かな怒りが湧いてくる。もう一度ウィークリー格闘技を手に取って、詳しく読んでみた。
「マウントポジションの状態で素手で殴ってもいいと過激なルールが話題を呼んだ、第一回バイオレンス大会。優勝者は主催ジムの選手の鳥海、二位は同ジム所属の山口と主催ジムの選手が上位を独占した。色々な格闘技の選手が出場し、後楽園ホールは満員御礼だった。一回戦を軽く突破した注目選手の新堂は、空手界では有名な選手で、二試合目に鳥海と当たるが善戦虚しく散る。」
 俺の起こした行動はどこにも載っていなかった。記事を見ていて雑誌を持つ手が震えてくる。俺があのまま勝ち進んでいれば、優勝した鳥海という奴と戦うはずだった…。
意味不明で不可解なレフリーストップ負け。
そしてこの記事を読む限り、俺がこの大会に出場したという事実は消されていた。かなり汚い世界に見えてくる。
こうまでして、自分のところの選手を売り出したかったのか…。
怒りという感情よりも、戦うという事自体に醒めている自分がいた。何かに呪われてでもいるのだろうか…。そんな考えが頭をよぎった。

 世間は相変わらずプロレスに対して冷たかった。レスラーはエゴが強い。そのエゴが災いしてプロレスの団体は細かく細胞分裂を繰り返し、小さなプロレス団体がいくつも出来ては潰れていく。
それでも大和プロレスは以前と変わらず、プロレスの試合を激しく追及していた。俺は純粋に見ていて面白かった。伊達さんや大河さんは相変わらず輝いて見えた。
以前にこの人たちと、同じ時間を過ごしたのが夢のように思える。
しばらくして何名かのキックボクシングの選手と、無名のマーシャルアーツ団体が手を組み、新しい格闘技を作り出した。当時ファイトマネーが安く、試合のファイトマネーだけで生活していくのが大変だったキックボクサーを招き、立ち技のみの興行形式をとった大会を開催した。
立ち技の頭文字のTをとって、「T1」と名づけ、これが当たりスピリッツと肩を並べるくらいの大きな団体となった。
新世界プロレスのレスラーや、小さい団体のレスラーは名を上げようと「T1」やスピリッツの選手と試合をしてことごとく敗れていく。プロレスの人気は落ちていく一方だった。
プロレスの世界から離れ、前回のバイオレンス大会で俺の魂は決定的に醒めていた。
第三者的に格闘技を見られるようになった俺は、その光景を見ていて非常に歯痒かった。
商売的なうまさを「T1」やスピリットから感じて仕方なかった。
普通の理屈で言ったら、新世界プロレスがスピリッツや「T1」に対抗しても話にならないのだから…。
ある日、俺がその事で話すと、角川や小島は不思議そうな顔をして聞いてくる。
「何故、新世界プロレスがそんなに不利なんですか?」
「普通に考えてみろよ。もし新世界が対スピリッツ用にって、どっかの国から外人を引っ張ってきてこの外人が新世界プロレスの選手ですって戦って勝ったとしたら、おまえらはどう思う?」
「それはちょっとずるいんじゃないですか。」
「新世界がそれをやると、ずるいってなるだろ?」
「当たり前じゃないですか。だってそんなの新世界の選手じゃないですよ。」
「じゃー、何でスピリッツや「T1」はそれがまかり通っているのに、誰も疑問に思わないんだ?俺はそれが不思議でしょうがない。だから向こうは商売って言うか、やり方がうまいって、言ってるだけだ。」
「そういえばそうですよね…。」
「実際にプロレスから出てくるのは日本人。向こうは外人ばっかり。向こうは色々な国から強い外人をほぼ無制限に連れて来れる。プロレスの方はこれだけ団体が細かくなっているのに、自分の団体内で育てた日本人しか出せないのが現状だろ?」
「ええ。」
「ルールも違うし、選手層が圧倒的に不利なのに向こうの土俵に行くレスラーを見てどう思う?勝てれば格好いいけど、負けたら最悪だ。それが今の格闘技界の現状だよ。」
 伊達さんら大和のスタンスが俺には一番正しいように思えた。プロレスファンの肩身はどんどん狭くなっている。何とかしたいと野いう思いはあったが、俺など所詮、顔でも何でもない。
そんな俺にもいくつかの団体から誘いがきた。でもすべて断ることにした。何を聞いても燃えてこないくらい俺の心は醒めきっていた。
 次第にテレビをここ何年か見ているだけの奴らが、格闘技に対して分かっているようなへらず口を叩くようになってきている。そういう連中は決まって新世界プロレスを中心にプロレスそのものを馬鹿にしたような口調で語りだす。本当に嫌な時代になったもんだと実感する。俺は自然とトレーニングを以前ほどやらなくなっていた。
「神威さん、最近のプロレス界ってどう思います?」
「うーん…、新世界なんかも「T1」やスピリッツと関わるんだったら、もう少し、頭使ってやればいいのにって感じるよ。」
「頭を使うですか?」
「ああ、レスラーは、ほぼ日本人が戦いに行く訳だろ?」
「はい、そうですね。」
「それなら向こうの外人の影で粋がっている口先だけの日本人を引っ張り出してやればいいんだよ。俺からすりゃー、いつから「T1」とかの日本人は、そんなでかい口を叩けるようになったんだって思ってるしね。その方が観客も見て、もっと盛り上がるだろう。」
「そうなったら確かに面白いですよね。日本人対決ですか。」
 小島は俺の構想を聞いて興奮している。
「ただし、もう今の時期じゃ、ちょっと遅いような気もする。」
「何でですか?全然遅くないですよ。そうすればレスラーが勝つ可能性だってもっともっと増えますよ。」
「おまえ本当にそう思ってるのか?」
 俺の質問に、ムッとした表情になって小島は突っ掛かってくる。
「神威さん…。一体どっちの味方なんですか?」
「もちろんプロレスだ。おまえこそ、プロレスが好きならもっと考えてみろよ。今までの新世界のレスラーたちがやった、対「T1」との試合内容を…。」
「ルールの問題ですか?」
「それもそうだけど、お互いの力関係のバランスが崩れ過ぎている。」
「力関係のバランスですか?何です、それは…?」
「世間的にみると、今じゃ「T1」やスピリッツに完全に主導権を握られている。テレビだってプロレスは深夜枠なのに対して、「T1」やスピリッツはゴールデンタイムのいい時間帯に放送しているだろ?」
 昔は違っていた。プロレスがゴールデンタイムで流れ、みんなそれを見て興奮したもんだった。いつからこんなになってしまったんだろう。
「もともと違うルールでやっている選手同士が試合をやろうとするのだから、当然、試合形式はどういうルールでやるんだって話になるだろ?そうしたルール上の取り決めを行う際、力ある団体の方が、自分に有利なように話をもっていける。だからさっき俺は言ったんだ。現時点じゃ、ちょっと遅いかもしれないってね。」
「言ってる意味がちょっと分からないです。」
「簡単に言うと、スピリッツや「T1」にしたら、もうプロレスとは関わらなくても充分に自主興行でやっていけるという事だ。実際、視聴率も取れて人気あるしね。反対に今までうまい具合にやられた新世界プロレスは、このままじゃ引き下がれないところまできている。だからある程度、向こうにとって都合のいいルールを提示されても、それを受けて試合をしないといけない状況だ。でも細かいルールの定義なんて、視聴者からしてみたらどうでもいいはず。観る者にとって何が大事かっていうと、勝ち負けが一番重要な事だろう?」
「そうですね、最終的にどっちが勝ったかというのが、一番のテーマですよね。ルールの問題なんて試合が始まる前までですよね。」
「レスラーにとっちゃ、試合のルールはどんどん苦しい条件になっていく。例えば寝技は三十秒までとかね。そうして試合をしては負けて「T1」らに人気を奪われていく…。」
「プロレスはこれからどうすればいいんですかね?」
「さーな…。それが分かるなら苦労しないよ。」
「うーん。」
「まあ、試合して結果よりも内容うんぬんとか抜かすレスラーが増えているからな。ただの負け犬の遠吠えにしか聞こえない。勝って、それから内容もだろ、普通は…。」
 プロレスの威信は一体どこにいってしまったのだろう。小島に今までの経緯を分かりやすく話している自分が余計暗くなっていく。どこの団体だろうとレスラーが負けるのは、もう見たくない…。

 俺の中で何かが、ずっとくすぶっている。復帰した何でも有りの大会は、別の意味で何でも有りだった。
よくプロレスを八百長と言う奴がいるが、俺の出た大会は何て言えばいいのだろう。口先だけなら誰でも簡単に言える。行動して初めて、その事について言えるのではないだろうか。
百聞は一見にしかずって言葉あるけど、俺は異を唱えたい。確かに実際に見たほうが、見につく場合もある。しかし、見た程度で偉そうに物事をいうのは違う話だ。
見ただけで、批評できるのなら人間、誰も苦労しない。
それをいうなら、百見は一実にしかずのほうがただしい。
 仕事が終わって整体の先生のところに行く。先生とプロレスの話に花を咲かせる。
「でも、神威さん。これから格闘技の方どうするんですか?」
「正直いって、何も考えてないです。実際俺が出たの、くだらないじゃないですか…。」
「そうですよね。でも、私はあの時、すごい興奮しましたよ。」
「ああいう何でも有りというか、今は総合格闘技って言うんでしたっけ?それよりもあの「T1」ってのが俺は最近気に喰わないですよ。やってる事はキックボクシングをうまい具合に、派手にショーアップしただけじゃないですか?」
「うーん、確かに…。」
「別に俺は新世界プロレスの肩を持つ訳じゃないですけど、あいつらやり方が汚いです。特に「T1」の日本人を機会あったら潰したいですよね。」
「そうですね、あいつら、対レスラーは外人に任せて、いつも口だけですから…。」
「もし俺がやったらクリンチ状態になった瞬間に試合が終わりますよ。横っ腹に穴が開き、のたうち回って…。」
 イメージを膨らませてみた。一発ぐらいパンチでも蹴りでも、もらう覚悟で間合いを詰めてクリンチする。密着した状態で相手が気を抜いた瞬間に打突の餌食だ。でも、それは格闘技とは言えないのではないか…。右の親指をボーッと見つめていると、先生が声を掛けてくる。
「打突ですか…。確かにそれなら一撃ですね。」
 空手家の新堂とやった試合が頭の中に蘇ってくる。あの時、膝をそのまま落としてれば反則負けになったかもしれないが、こんなにイライラしないで済んでいるはずだ。いや、それよりも打突をお見舞い出来ていたら、俺の勝ちは決定的だった。しかし、俺はあの場で打突をやらなかったのではなく、出来なかったのだ…。
 

 

 

16 打突 - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

15打突-岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)再び後楽園ホールに入る。俺以外の選手はアップしていて、いい汗をかき、準備万全といった感じだ。俺は横目でそいつら...

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