漁民保護を名目に軍を侵攻させ、領土・領海を拡大させるのが中国の常套手段
中国武力で真っ赤に染まった南シナ海が教える「だから日本は絶対に尖閣諸島を取られてはいけない」
http://news.nifty.com/cs/magazine/detail/sapio-20101220-01/1.htm
文=東海大学教授 山田吉彦氏
日本にとって尖閣諸島がいかに大事かそれは水産資源や地下資源の問題だけではない。中国が、尖閣諸島のお隣、南シナ海で行なってきた侵略と蛮行を見れば、譲れない一線だということを改めて思い知らされる。
2010年8月、270隻もの大船団が尖閣諸島近海を航行している姿を海上保安庁の巡視船が発見、確認した。中国福建省から来た大漁船団である。そして、日本の排他的経済水域内で漁を始めた。中国漁船が日本の排他的経済水域内で漁をすることは、日中漁業協定により一部認められている。しかし、そのうちの70隻が日本の領海内に侵入し漁を始めたのだ。この海域に台湾漁船が出没することは時折あるが、中国船団の出現は初めてである。
過去2008年には、尖閣諸島沿岸で領海侵犯をした台湾遊漁船と巡視船が衝突し、遊漁船が沈没する事件が起きている。この事件後、台湾において「尖閣諸島は台湾の領土」と主張する運動が激化し、抗議船が台湾の巡視船とともに領海に侵入する事件へと発展した。このため海保は、その後、領海侵犯漁船に対し慎重に対応していた。
東シナ海の尖閣諸島付近の海域は、サワラやカツオなどの漁場であり、本来の漁期は、春から夏にかけてである。例年、8月になると、台風が来襲するおそれがあり、漁船は姿を消す。すなわち、この時期に漁船が大量に出没することは不可解である。
中国は、世界の海へ出ようとする時に沖縄諸島、先島諸島などの日本の海を通過しなければならない。この海域を奪わない限り、中国の発展が阻害されると考え、尖閣諸島海域の実効支配に乗り出したのである。その第1弾が、270隻の大漁船団の出現だ。そして、2010年9月7日。ご存じのように領海侵犯をした中国漁船が、2隻の巡視船に体当たりをする事件が起こった。
フィリピンは環礁の次に油田
中国政府は、これまで南シナ海で権益の拡大をはかるため近隣国との間で武力紛争を続けてきた。
ベトナムとの間で領有権を争っていた西沙諸島(パラセル諸島)は、ベトナム戦争の間に占領し、永興島に航空機の滑走路を造り実効支配を確立した。続いて、南沙諸島(スプラトリー諸島)の支配を確立すべく、海軍を増強し海洋侵出を試みている。南沙諸島は、中国のほか、台湾、フィリピン、ベトナム、マレーシア、インドネシアが領有権を主張し、ブルネイが一部、排他的経済水域を主張している紛争海域である。
1995年2月、中国は南沙諸島の実効支配に着手した。フィリピンが領有権を主張するミスチーフ環礁に、漁民を上陸させ、さらに漁民の保護を名目に軍が侵攻。たちまち建造物を構築し、軍事拠点としたのだ。中国政府はこの施設を漁民の避難施設と説明し、フィリピン政府の撤去要請を拒んだ。漁民を盾にしながら領海を拡大するのが中国の手法である。フィリピンでは、1992年にスービック海軍基地とクラーク空軍基地から米軍が撤退し、南シナ海の防衛力が急速に低下していた時期だった。
そして、2000年代のアロヨ政権の弱腰な対応から、中国と油田量の海底調査を共同で行なうことになった。結果、フィリピンは領海内の油田開発の主導権だけでなく、軍事的に重要な海洋データも中国に渡すことになる。
中国の海洋侵出は用意周到である。1982年の海軍長期海洋戦略で自国の支配海域の拡大を目指し、1992年の領海法で係争中である南沙諸島と西沙諸島、日本の領土である尖閣諸島までも自国の領土とした。そして、1997年には、国防法の中で海軍の任務のひとつに「海洋権益の維持」をうたい、海洋権益の拡大には軍事展開も辞さないことを明言している。
さらに2009年には、海島保護法を制定し、無人島を国有地と定めて、政府が直接に離島の支配を始めた。この海島保護法の制定にともない、海洋権益の拡大においては海軍を前面に出さずに海洋警備機関を中心とする方策に転換している。 中国の海洋警備機関は複雑である。海軍のほかに公安部に所属する武装警察機関の公安辺防海警部隊があり、「海警」と呼ばれる船舶を使い海上の治安の維持を行なっている。その他、交通運輸部海事局所属の巡視船「海巡」が航行安全、海難防止を、国土資源部国家海洋局の海洋調査船「海監」が海洋調査、海洋環境保全を担当している。そして、今年、東シナ海にも姿を現わした農業部漁業局所属の漁業監視船「漁政」が漁業監視、水産資源の確保を担務としている。海軍も含めたこの5つの機関に共通する任務として、領海警備がある。
中国政府は、この5つの機関を状況に合わせ使い分け、海洋権益の拡大を目論んでいるのである。見方を変えると漁業監視や海上調査を装った軍事組織が、中国の海洋権益の拡大に動き出しているのである。インドネシアは大密漁船団に物言えず 特に2010年からは、農業部所属の漁政の動きが激しい。6月、インドネシア海軍の警備艇が、南シナ海の同国が領有権を主張する海域において、許可無く漁をしている中国漁船を拿捕した。すると、30分後に中国の漁業監視船が現われ、インドネシア側に対し「中国の管轄海域であるので、速やかに漁船を解放するように」と求めた。この漁業監視船は排水量4450tの軍艦を改造したもので、砲身をインドネシア海軍の警備艇に向けてきたのである。インドネシア警備艇は、歴然たる武力の差に屈服し、中国の密漁船を釈放した。この漁業監視船以外にも、さらに大型の37mm砲を2基持った排水量1万t以上の監視船があると報道されている。これらの監視船の多くは海軍から供与されたもので、乗員の多くは実は海軍軍人と言われる。
この海域ではインドネシアの漁業権は侵害され、中国の漁業監視船のコントロールの下に大密漁船団が堂々と活動しているのである。そして、南シナ海の制圧に目処がついたのか、東シナ海、つまり日本の海へと矛先を向けてきた。
9月7日の事件の時には、周辺に160隻もの漁船が出没し、そのうち30隻が領海を侵犯していたのだ。大漁船団の役割として東シナ海における米国の潜水艦対策があると言われている。
漁船は、魚群探知機をソナー(超音波探知機)として使い、海中及び海底の状況を調べ、漁業監視船に報告する。また、270隻もの漁船が海上にいたのでは、その海域で浮上することどころか、通過することもままならないのだ。
そして、この漁民が緊急避難を名目に一斉に尖閣諸島に上陸したら島を奪われかねない。まさにミスチーフ環礁の侵攻と同じ戦略である。
それを防ぐには、中国の漁民を盾にした侵攻の前に、尖閣諸島の開発を進める必要がある。まず、必要なのは、日本人が住める環境を作ることであり、周辺海域で日本人も漁を行なうことだ。日米安全保障条約の第5条は、日本の施政にある場合のみ有効であり米国の協力が得られるのである。中国が実効支配した場合は、北方四島や竹島のように同条約の対象外となるのだ。
そして、尖閣諸島の実効支配を固めないまま中国漁民に乗っ取られるような事態になれば、次は、沖縄諸島の島々が狙われることになる。さらに、好機と見たロシアや韓国もつけ込んでくるだろう。そうなれば北方領土や竹島問題も、解決どころか状況は悪化するだけである。
そのような負の連鎖に陥らないためにも、尖閣諸島は試金石となる、譲ることのできない問題なのである。
(SAPIO 2010年12月15日号掲載) 2010年12月20日(月)配信
中国武力で真っ赤に染まった南シナ海が教える「だから日本は絶対に尖閣諸島を取られてはいけない」
http://news.nifty.com/cs/magazine/detail/sapio-20101220-01/1.htm
文=東海大学教授 山田吉彦氏
日本にとって尖閣諸島がいかに大事かそれは水産資源や地下資源の問題だけではない。中国が、尖閣諸島のお隣、南シナ海で行なってきた侵略と蛮行を見れば、譲れない一線だということを改めて思い知らされる。
2010年8月、270隻もの大船団が尖閣諸島近海を航行している姿を海上保安庁の巡視船が発見、確認した。中国福建省から来た大漁船団である。そして、日本の排他的経済水域内で漁を始めた。中国漁船が日本の排他的経済水域内で漁をすることは、日中漁業協定により一部認められている。しかし、そのうちの70隻が日本の領海内に侵入し漁を始めたのだ。この海域に台湾漁船が出没することは時折あるが、中国船団の出現は初めてである。
過去2008年には、尖閣諸島沿岸で領海侵犯をした台湾遊漁船と巡視船が衝突し、遊漁船が沈没する事件が起きている。この事件後、台湾において「尖閣諸島は台湾の領土」と主張する運動が激化し、抗議船が台湾の巡視船とともに領海に侵入する事件へと発展した。このため海保は、その後、領海侵犯漁船に対し慎重に対応していた。
東シナ海の尖閣諸島付近の海域は、サワラやカツオなどの漁場であり、本来の漁期は、春から夏にかけてである。例年、8月になると、台風が来襲するおそれがあり、漁船は姿を消す。すなわち、この時期に漁船が大量に出没することは不可解である。
中国は、世界の海へ出ようとする時に沖縄諸島、先島諸島などの日本の海を通過しなければならない。この海域を奪わない限り、中国の発展が阻害されると考え、尖閣諸島海域の実効支配に乗り出したのである。その第1弾が、270隻の大漁船団の出現だ。そして、2010年9月7日。ご存じのように領海侵犯をした中国漁船が、2隻の巡視船に体当たりをする事件が起こった。
フィリピンは環礁の次に油田
中国政府は、これまで南シナ海で権益の拡大をはかるため近隣国との間で武力紛争を続けてきた。
ベトナムとの間で領有権を争っていた西沙諸島(パラセル諸島)は、ベトナム戦争の間に占領し、永興島に航空機の滑走路を造り実効支配を確立した。続いて、南沙諸島(スプラトリー諸島)の支配を確立すべく、海軍を増強し海洋侵出を試みている。南沙諸島は、中国のほか、台湾、フィリピン、ベトナム、マレーシア、インドネシアが領有権を主張し、ブルネイが一部、排他的経済水域を主張している紛争海域である。
1995年2月、中国は南沙諸島の実効支配に着手した。フィリピンが領有権を主張するミスチーフ環礁に、漁民を上陸させ、さらに漁民の保護を名目に軍が侵攻。たちまち建造物を構築し、軍事拠点としたのだ。中国政府はこの施設を漁民の避難施設と説明し、フィリピン政府の撤去要請を拒んだ。漁民を盾にしながら領海を拡大するのが中国の手法である。フィリピンでは、1992年にスービック海軍基地とクラーク空軍基地から米軍が撤退し、南シナ海の防衛力が急速に低下していた時期だった。
そして、2000年代のアロヨ政権の弱腰な対応から、中国と油田量の海底調査を共同で行なうことになった。結果、フィリピンは領海内の油田開発の主導権だけでなく、軍事的に重要な海洋データも中国に渡すことになる。
中国の海洋侵出は用意周到である。1982年の海軍長期海洋戦略で自国の支配海域の拡大を目指し、1992年の領海法で係争中である南沙諸島と西沙諸島、日本の領土である尖閣諸島までも自国の領土とした。そして、1997年には、国防法の中で海軍の任務のひとつに「海洋権益の維持」をうたい、海洋権益の拡大には軍事展開も辞さないことを明言している。
さらに2009年には、海島保護法を制定し、無人島を国有地と定めて、政府が直接に離島の支配を始めた。この海島保護法の制定にともない、海洋権益の拡大においては海軍を前面に出さずに海洋警備機関を中心とする方策に転換している。 中国の海洋警備機関は複雑である。海軍のほかに公安部に所属する武装警察機関の公安辺防海警部隊があり、「海警」と呼ばれる船舶を使い海上の治安の維持を行なっている。その他、交通運輸部海事局所属の巡視船「海巡」が航行安全、海難防止を、国土資源部国家海洋局の海洋調査船「海監」が海洋調査、海洋環境保全を担当している。そして、今年、東シナ海にも姿を現わした農業部漁業局所属の漁業監視船「漁政」が漁業監視、水産資源の確保を担務としている。海軍も含めたこの5つの機関に共通する任務として、領海警備がある。
中国政府は、この5つの機関を状況に合わせ使い分け、海洋権益の拡大を目論んでいるのである。見方を変えると漁業監視や海上調査を装った軍事組織が、中国の海洋権益の拡大に動き出しているのである。インドネシアは大密漁船団に物言えず 特に2010年からは、農業部所属の漁政の動きが激しい。6月、インドネシア海軍の警備艇が、南シナ海の同国が領有権を主張する海域において、許可無く漁をしている中国漁船を拿捕した。すると、30分後に中国の漁業監視船が現われ、インドネシア側に対し「中国の管轄海域であるので、速やかに漁船を解放するように」と求めた。この漁業監視船は排水量4450tの軍艦を改造したもので、砲身をインドネシア海軍の警備艇に向けてきたのである。インドネシア警備艇は、歴然たる武力の差に屈服し、中国の密漁船を釈放した。この漁業監視船以外にも、さらに大型の37mm砲を2基持った排水量1万t以上の監視船があると報道されている。これらの監視船の多くは海軍から供与されたもので、乗員の多くは実は海軍軍人と言われる。
この海域ではインドネシアの漁業権は侵害され、中国の漁業監視船のコントロールの下に大密漁船団が堂々と活動しているのである。そして、南シナ海の制圧に目処がついたのか、東シナ海、つまり日本の海へと矛先を向けてきた。
9月7日の事件の時には、周辺に160隻もの漁船が出没し、そのうち30隻が領海を侵犯していたのだ。大漁船団の役割として東シナ海における米国の潜水艦対策があると言われている。
漁船は、魚群探知機をソナー(超音波探知機)として使い、海中及び海底の状況を調べ、漁業監視船に報告する。また、270隻もの漁船が海上にいたのでは、その海域で浮上することどころか、通過することもままならないのだ。
そして、この漁民が緊急避難を名目に一斉に尖閣諸島に上陸したら島を奪われかねない。まさにミスチーフ環礁の侵攻と同じ戦略である。
それを防ぐには、中国の漁民を盾にした侵攻の前に、尖閣諸島の開発を進める必要がある。まず、必要なのは、日本人が住める環境を作ることであり、周辺海域で日本人も漁を行なうことだ。日米安全保障条約の第5条は、日本の施政にある場合のみ有効であり米国の協力が得られるのである。中国が実効支配した場合は、北方四島や竹島のように同条約の対象外となるのだ。
そして、尖閣諸島の実効支配を固めないまま中国漁民に乗っ取られるような事態になれば、次は、沖縄諸島の島々が狙われることになる。さらに、好機と見たロシアや韓国もつけ込んでくるだろう。そうなれば北方領土や竹島問題も、解決どころか状況は悪化するだけである。
そのような負の連鎖に陥らないためにも、尖閣諸島は試金石となる、譲ることのできない問題なのである。
(SAPIO 2010年12月15日号掲載) 2010年12月20日(月)配信