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美瑛の「四季」

北海道フードマイスターの宿主が綴る「今日もない物ねだり」

カナダへ(美しい街、アルモンテ)3。

2011-11-06 03:46:37 | ニュース
カナダ紀行の3話目です。この3話では、カナダ東部のオンタリオ州の片田舎“アルモンテ”という美しい街と、その概要を記して行きます。そして4話で宿泊したB&B“セルティック・レスト(Celtic Rest B&B)”について掲載予定です。

では、アルモンテに関して・・・。この町を検索するとたいてい出てくるのがバスケットボールの生みの親、ジェームズ・ネイスミスではないでしょうか。彼が生まれ育った町が、このアルモンテです。
でも、僕はバスケットボールに関してあまり(全然かな?)詳しくないので、だから何なの?という気もします。むしろ以下のようなことを感じました。
(1)    北米で良く見られる、きれいな住宅街が広がります。
(2)    ミシシッピ川(メキシコ湾にそそぐ大河とは別です)を軸に、水の街。
(3)    小動物がいっぱいで、楽しい街。
(4)    ちょっと残念なのは、コレ!というオイシイものがない点。
でしょうか・・・。

住宅街が美しいのは、滞在中(4泊)クルマに縁が無かったので、毎日4~5時間ほど歩きましたから、存分に感じました。ざっと300~400坪くらいの敷地に戸建て住宅が並び、家には壁や垣根がなく、庭には芝生の緑が美しくたいてい数本の大きな木があります。その木から黄葉した葉が緑の芝生の上に敷き詰められていました。
大きな犬を連れた人が“Morning!”と言ってすれ違って行き、家も人もすごくフレンドリーな雰囲気です。コンビニやゲームセンターやそういうものには無縁ですが、便利ではない居心地の良さが溢れていました。
たまたま10月31日もこの町に滞在していました。この日はハロウィン。夜、可愛い子供たちがおどろおどろしい服を着て“Trick or treat”と言いながら何人もやって来たのには楽しくなってしまいました。4日間過ごした宿のオーナーさんは、箱でお菓子を用意されていて、次々に来る子供たちにお菓子を渡していました。

そして、もう一つ街の景観に大きくかかわっているのが、大小の川があちこちに流れる水の街であること。その中心にあるミシシッピ川にはカナダ雁が飛来し、川沿いを散策できるように小道が整備されています。整備と言っても、ただ歩けるだけの通路が確保されているだけのところもあれば、川面と同じ目線で歩ける遊歩道が整備されているところもありますが、要は人が歩いて楽しいような小道が、派手な演出とかたいそうな建造物なしに整備されていること。時折人の気持ちを察するかのように現れるベンチが、またなんとも心憎いんですけどね・・・。ちょっとした(でも統一感のある)看板(RiverWalkなる看板でした)と、ベンチと、そしてお散歩用の通路。
これにトイレが少しでもあったら言うことなしですが、とにかくこのお散歩道は何度通っても気持ちよいので、4日間とも歩いてしまいました。

小道を歩き、いくつもある教会を抜けると、あるいは普通の家にそびえる大きな木の横を通ると、何度も出くわすリスたち。北海道に住む僕は、エゾリスが当館の庭を行き来するのをよく見かけますが、アルモンテでは、人よりリスの方がいっぱいいます。真っ黒いヤツとエゾリスのようにグレーっぽいヤツ。冬になる前に一生懸命餌を漁っているリスたちは、目の前をぴょこぴょこ走りながら、器用に餌を口に運んでいました。その仕草は、エゾリス同様とっても可愛いんですよね。
家々には小鳥用とリス用の餌台があるところが多くて、町全体で小動物を可愛がっている様子がうかがえました。そうそう・・・!何匹か見かけた猫も「ミャーオ」と呼ぶと、近くまで来てくれます。日本ではそういうことってほとんどないと思うんですが、猫たちも人間に無防備。生まれてからずっと、人にやさしくされて来たんでしょうね。

こうして美しいアルモンテの街をリスや猫に出会いながら歩いていて思うのは、美味しいランチを楽しめるお店や、ちょっとわくわくするようなケーキショップ&パン屋さんがあったらいいのになぁーということ。
北米のファスト・フードのチェーン店を中心に、飲食店は何軒もありますし、味だって悪くはないんです。でも、せっかくこんなに綺麗な街だから「あ、これは美味しい!」というレストランがあったらいいのになぁーと思いました。街中を何度も行き来しましたが、中華料理のお店も無かったなぁ。
大きなスーパーに行くと、所狭しと並ぶ半製品(チンするだけのピザとか)、シリアル、缶詰、おびただしいドレッシング類。食材ってすごく少なくて、それが少しだけ気になりました。


カナダへ(たくさんの猫と共に)2。

2011-11-06 00:36:35 | ニュース
いくらなんでも、前回の記事は長すぎました(ごめんなさい)。

それから美瑛に戻って写真の整理をしたので、その追加なども・・・。ということで、このカナダ編2は、前回の後半部分切り貼りですので、内容は何も新しいものはありません。カナダ編3と4を追記しますので、ご興味ありましたらどうぞ・・・。

以下切り貼りです。

エアカナダの機内食やフライト中のモニター画面によるサービスは快適だった。食事はディナー、朝食、昼食と3回供され、そのほかに飲み物の案内もあった。 どの食事も多すぎずに食べ切り可能な量で、驚くほどの美味しさは期待すべくもないが、一定以上のレベルだったと思う。朝食のカップヌードル(そのもの、た だしオリジナル風味だと思う)+ミニ・サンドイッチでさえもそこそこの味で美味しかった。最新のビデオ(映画)を数本楽しみ、あとは微睡んでいるうちにト ロントに到着した。上空から見ていると、600万人にならんとするこの地区はさすがに大都会で高層ビル群がそびえていた。意外だったのはその郊外の住宅地 だ。黄色に色づくカエデの森がところどころに残り、たぶん300坪以上の敷地に個人住宅がおびただしい数で並んでいた。これだけの個人住宅は、僕の知る大 都会ではどこにもないと思う。古びて狭苦しい集合住宅らしき建物は目に入らず、広大なオンタリオ湖と高層ビル群とカエデの森と数えきれない個人住宅が、美 しいトロントの街を形作っていた。
トロントでのイミグレーションで「どうしてたった4日で帰るのか?」と聞かれたくらいで粛々と入国審査が終わ り、猫9匹と共に手配されていたマイクロバスに9匹の猫と共に乗り込んだ。およそ5時間のドライヴで最終目的地であるアルモンテのこばP先生の新居に着く (はず)。トロント空港から高速道路に入ると、さすがに大都市のラッシュアワーだけに溢れる車の中に溶け込んでしまう。それにしても日本車が多い。ざっと 見た印象でも4割に届くんじゃないかな。さらに1割くらいが韓国車で2割くらいが欧州車か?結局いわゆるアメ車は3割程度と思われ、いわゆるBig3の大 苦戦を目の当たりにした印象だ。
途中1度の休憩(&夕食)のために、ドライヴ・インに立ち寄った。現地時間9時頃だと思うものの、金曜日の夜でに ぎわっている。スターバックスでコーヒー他を頼もうと思ったが、あまりに後ろに人が並んだので、心配になってやめてしまった。あれこれとコミュニケーショ ンで躓くと、大勢並んだ後ろの人からのプレッシャーが気になる。結局閑散としたピザ屋に並んだものの、後ろについたハリウッド女優のような美しいブロンド 女性にどぎまぎして(何でだろう?)、数名に抜かれてしまった(別にいいんだけどね)。トロントに来てちょっとびっくりしたのが、この地の人たちの美貌の 多いことだ(男女とも)。著名なスターが混じっていても、あまり注目を集めずに済むよなー等と、真にもって自分には無関係なことを空想してしまった。ちな みにピザ屋のピザとスープも期待以上に美味しかった。ただ寝てばかりなのに、実に胃袋にはよく食べ物が入るものだ。

休憩後にまた高速道路 をひた走り、気が付くといつしかアルモンテに近いところまで来ていた。ほどなくこばP先生の新居へ。待ち受けていたご主人に順次猫の籠を渡して、リビング でコーヒーとビスケットをいただく。疲れているだろうと気遣われて向かいのB&Bへ。すでに宿のオーナー夫妻は寝静まり、光の漏れる唯一の客室に滑り込ん だ。僕らの経営する「四季」よりやや狭い部屋、ダブルベッド、風呂場の蛇口をひねると水音が客室まで響いた。それでも館内はどこも清潔で気持ちが良かっ た。壁にはごちゃごちゃと絵や写真が飾られているものの、カントリーっぽい雰囲気が醸されて違和感はない。古くはあるものの必要に応じてリペアされた館内 は、ご主人の丁寧さ&几帳面さを物語るかのようだった。お風呂を済ませてちょうど午前0時(日本時間午後1時)になった。寝てばかりで心配したが、しっか り翌朝7時半まで熟睡したのは前述のとおりだ。

カナダへ(たくさんの猫と共に)1。

2011-10-31 19:38:29 | ニュース
突然・・・カナダに来ています。オンタリオ州郊外のアルモンテという小さな町(人口約4000人)の、B&Bに泊まっている。アルモンテ(地図上はアルモント)は、オタワからおよそ40km南西にあります。

どうして突然こんな地球の裏側まで来てしまったかを最初に説明しなくてはならないが、けして、余暇を楽しむための旅行とか、観光とかそういう類のものではない(でも、ちょっとはそうありたいね)。
ご近所にお住いの(もちろん美瑛のご近所ね)こばP先生が、ご主人と共に長年慣れ親しんだ美瑛を後にして、ここアルモンテに引っ越されたのだ。ならば旅のお供にご一緒しましょう・・・、ま、近いけれどももう少し深遠なる事情がある。
こばP先生ご夫妻は、動物愛護にとても真剣で犬2匹と猫25匹を飼っていらっしゃる。この愛犬&愛猫をいかにしてアルモンテへ連れて行くか、そこに私たちの存在価値が見出されたというわけです。そう、9月間もないころに、こばP先生から届いたE_Mailのタイトルは、奇しくも「運び屋さん大募集」だったのです!

10月28日、カナダに向かうこばP一派(こばP&けろく君(カミさん)&僕の3人と猫9匹)は、朝7時半に旭川空港へ向けて出発したのです。動物を運ぶのにもいろいろな制約があって、1度に運べる最大の数や、1人あたり最大何匹までとかの都合上、今回が第3陣(最終)の組となって、その任務を全うすることになりました。
多くの動物を海外へ運ぶのには、本当にたくさんの制約がある。どう逆立ちしたって持ち込めない動物もいる(今回カナダへは、エゾリスとカラスは持ち込めないことが判明。こばP先生夫妻は傷ついた小動物をたくさん保護されるので、いつしか大所帯になってしまっている)。また、持って行ける場合でも、受入国の条件(予防接種などをきちんと打つ必要あり)、移送会社の条件(航空会社やバス会社の許容範囲)、金銭的条件および移送環境等について事前にしっかり確認する必要がある。
今回こばP先生は悩みに悩んだ末、手荷物として人が持っていく手段を選択した。たくさんの猫がいると、どれも健康で元気というわけにはいかない。手荷物といっても預けて荷物室に移される場合が多いが、フライト中以外は手元で動物の様子を確認できる。それぞれを専用のキャリーケースに入れて旭川空港まで運び、ANAでは1人3匹までをすべてカーゴ室へ、羽田から成田へはすべてバス内に持ち込みで移動し、成田からトロントまでは6匹カーゴで3匹(1人1匹)機内持ち込みでフライトした。
このトロントへのフライト中に、今回の旅の最大のトラブルが発生してしまう・・・!何とフライト後およそ8時間くらい過ぎたあたりで、機内に持ち込んだ猫の1匹が籠から脱走してしまったのだ!それは一瞬の出来事だった。カミさんの足元にあった籠から猫が顔を出しているのに気付いたカミさんが「あっ!」と息を詰まらせて猫を抑えようとしたが、猫は間一髪で飛び出した。それに気づいた僕が猫を掴んだものの、素早くすり抜けると、機内の通路に走り去ってしまったのだ!!!後に残ったのは猫の毛少々と、ふたりの掌の傷だけというありさまに、ふたりは息が止まりそうに緊張した。
何事かと爆睡中だった猫のオーナーこばPが目を覚ましたのは言うまでもない。あわてて探しに行こうとする彼女を止めて「すぐにアテンダントに相談しよう」と告げた。ほどなく駆けつけてくれたアテンダント数名と共に猫探しが始まった。さりげなく窘められたものの、これは明らかに飼い主のミステイクだ。もちろん猫には罪がないし、探す羽目になったアテンダントにも、さらには結局知らずに済んだものの猫アレルギーの乗客にも申し開きできる理由は見当たらない。
5~6人で懐中電灯片手に這いつくばって探したけれども無駄だった。アテンダントが1時間ほどの後に朝食らしきものを配るので、その時には少しライトを点けられるから、もう一度しっかり探そうと提案された。受け入れるしかないなぁと思いつつ、最悪はトロント到着時点まで見つからないケースだ。乗客と共に空港へ降り立つ可能性だけは絶っておきたかった。
幸いにもその提案直後に「いる」との情報が他のアテンダントから入ってきた。どうやら機内前方のビジネスクラスのあたりで目撃したらしい。こばP先生を先頭に抜き足差し足で忍び寄った。いた!!!しかし猫も極度に神経質になっているのだろう、追手と知るとすぐに走り去った。さらに前方の、たぶんもっとも高額な部類になる客席に猫は逃げ込み、そこでやっとお縄になった・・・。 こうして猫の捕り物帳は無事に締めくくられたわけだけれども、僕ら3人が被った疲れは半端なものではなかったらしい。席に戻るとほどなく深い眠りに落ち、朝食を挟んでまた眠り、トロント空港まで目覚めることはなかった。13時間に及ぶフライト中、9時間くらいも寝ていただろうか。さらにはその後トロントからマイクロバスで移動中も、夕食をとったサービスエリアでの時間を除けば、また4時間くらいも寝ていた。でもって、宿に到着したのが現地時間の11時P.M。入浴した後眠れぬ夜を心配したのもつかの間、朝までしっかり眠ってしまった。どれほど猫の脱走事件が恐るべき出来事だったのかは、この眠っても眠っても眠り足りない僕らの体が、身に染みてわかっていたようだ。

猫の脱走は一区切りにして、今回の旅のメモを書き記しておこうと思う。まず、成田空港で動物の検疫を受けなければならない。猫の特徴と共に、獣医の記した予防接種などの履歴を提出して、簡単な健康診断を受けなければならない。9匹すべてに許可をもらって書類を発行してもらった。思いのほか丁寧に検査するんだなぁと感心したものの、9匹の検疫をスムーズに済ませてくれた。
次にトロント行のフライトのために搭乗手続きに臨むも、かれこれ30分以上も時間がかかった。エアカナダの窓口は、何かにつけて要領を得ないことが多くて、本当にいらいらしっぱなしだった。最後に機内への搭乗中も、期待がボーイング777というやや大型でもあるため、後方の席の乗客から案内されたのだが、これまた策のないアバウトな呼び出しで、結局全員が機内になだれ込んだ。前方の席で人がつかえて少しも前に進まない。もう少し手際よくやって欲しいと痛感しつつ、都会で(人混みの中で)起きる不都合を思い出して、美瑛生活の反面的な快適さを再認識したような気になった。


3・11避難所が閉鎖されました。

2011-10-11 21:41:49 | ニュース
3月11日に起きた東北地区の大震災でいくつも避難者たちが身を寄せた避難所が、今日閉鎖されたとメディアが報じています。7か月間に渡って不自由な生活を強いられてきた避難者の皆様には、軽々しく伝えるべき言葉も浮かびませんし、その避難所の運営を任されていた職員(多くは臨時に採用された職員と聞きます)の方々のご苦労も、容易には語ることのできない壮大な重圧・ストレスとの格闘の7か月間であったことと思います。

私ども美瑛町では、12軒ほどの宿と20軒ほどの飲食店が中心となって、小さな活動「びえい ちょこっと旅プレゼント」を企画しました。これは同業者のPOKROKオーナーである谷尾さんの言い出しで、その気持ちに多くの方が賛同し、5月中旬の発案から6月初旬の実施という超短期決戦で具体化したものです。こちらにサイトを立ち上げました。
その旅プレゼントが曲がりなりにも無事終了し、私たち関係者も繁忙期を乗り越えてひと段落。今日はその「ちょこっと旅プレゼント企画」のきっちりとした締めを宣言するための3役寄り合いを行いました。気がつけば、徹夜徹夜で企画の計画を実施に移したした5月下旬、そして55人の被災者をお迎えした6月7日、最期に苫小牧港までお送りした6月9日から4か月も過ぎているのです。まだ昨日のような、でも去年のような時間感覚が浮遊しているようで、あの企画をやったんだ!という実感のようなものが浮かびません。

この企画の方針を固めて実施に向けて準備をしている2週間、事務局長をやることになってしまった僕は、代表の谷尾さん(これまた「やることになってしまった」のです)と、何度激しい言い合いをしたでしょうか。どちらかが「もう辞める」と言い出したのも、1度や2度ではありません。彼女と僕とが真剣になり過ぎてしまったあの日、空中分解しそうな企画を、周囲の幹部メンバーがことあるごとにとりなしてくれました。
さらに僕たちの企画した案を、多くの賛同者が背中を押してくださいました。美瑛町役場からは「素晴らしい企画だから、ぜひ実施して欲しい。バックアップは惜しまない」と、早々に支援を申し出ていただきました。手探りで始めた協力金のお願いを聞きつけた方が、大勢「少ないけど使って」と気持ちを届けてくださいました。宿泊のお願いを気持ちよく受けてくださった町内の各宿屋さん、食事を提供してくださったレストランさん、参加者の町内の移動のために自家用車提供と運転手役をかって出てくれたご近所の皆さん、旭山動物園から噂を聞いて「園内の案内だけなら任せて!」と申し出てくださった動物園の獣医さん。加えて北海道庁や、太平洋フェリーさんまでもが私たちの企画を手助けして下さったのです。

企画立案から計画実施に至るまでは、「こんな準備不足で大丈夫だろうか?」と不安でいっぱいでしたが、石巻から美瑛に来てくださった方の帰り際の満面の笑みと、大きな大きな「ありがとう!」の言葉は、一生の宝物になりました。それに加えて、私たちには今までなかった人と人とのつながり、連帯感が生まれました。あの大惨事に、何かがしたいけれどもどうしたらいいのかわからない人の「何かしたい」気持ちが重なった瞬間でした。

今日、避難所は閉鎖され、あの日美瑛にお招きした人たちもそれぞれの場所でそれぞれの暮らしを始めていらっしゃることでしょう。その縁でこの夏、石巻から当館「四季」の助っ人に来てくれたこっちゃん。今夜は久しぶりに彼女に電話をしました。いつもの人懐っこい声で「元気だよー」という声が受話器から聞こえると、東北の人たちの溢れるパワーを感じました。がんばれー、石巻!がんばれー東北!!!

震災で、避難されている方へ・・・。

2011-05-26 04:32:55 | ニュース
おとといのアップした記事の続きのご報告です。
・美瑛で、震災で避難生活をされている人を、小さな旅行にお招きできないか。
 →6/6&7に決定!
・受け入れてくださる宿はないか?
・食事を提供してくださる飲食店はないか?
・石巻からこちら美瑛までの移動はどうしようか。
と最初の意見交換をしたのが5/18でした。それからすぐに発起人を募り、移動の手配、宿と飲食店へ協力の要請、各種機関(町役場、商工会、観光協会、社会福祉協議会など)へと協賛のお願いに上がり(まぁほとんど不発でした。だって急過ぎますからねー)、カタチになって来ました。ブログもとりあえずこんな感じ↓
http://bieifan.blog101.fc2.com/

どこまでできるかな・・・、あれこれ思うところはありますが、とにかく「出来ることからやる」しかありません。ということで、協賛してくださる方、ブログができましたので見てください。募金もできる方はお願いします。

募金について、ちょっと・・・。日本赤十字さんがいち早く始められた募金ですが、まだ被災者の手元には届いていないと聞きます。また支援物資の多くも、物流の影響や、配布の公平性の制約から、あっても行き渡らない状況のようです。しかし今回私たちが始めた「びえいちょこっと旅プレゼント」企画は、もともと公平性なんて無理です(及びできるのはバス1台分だけです)が、すべてこの企画のために使わせていただきます。どうぞ、ご理解いただける方はおっしゃってください。よろしくお願いしまーす!募金の方は振込先を末尾に記載します。ほんのちょっと、数十円だってありがたいです。お名前の前に、Pといれていただけると、「あ、募金してくださった」とわかるので、ご面倒ですがよろしくお願いします。

旭川信金 美瑛支店 普通1229841 「びえいちょこっと旅プレゼント」実行委員会 代表 谷尾めぐみ