先月、美瑛の有志で活動した「ちょこ旅」の活動を終えた旨のご報告を、こちらの記事でいたしました。また、「ちょこ旅」の細かい内容のご報告はこちらのサイトに記載させていただいております。
そのちょこ旅のエンディングを飾るべく、石巻市避難所(渡波小学校)のリーダーとサブ・リーダーを美瑛にお招きして、交流を深める企画をちょこ旅の実行委員メンバーが主軸になって開催いたしました。避難所の関係者の方々は、時間に忙殺されながら10月11日の閉所以降の後片付けに奔走していらっしゃいましたが、お時間の都合をつけていただいて、はるばる美瑛にいらしていただいたのです。
相変わらずの潔癖代表POKROK谷尾さんが、「会費はご自分持ちで」に賛同して集まった、ちょこ旅主メンバーの面々と、避難所渡波小学校のリーダー(現在は仮設住宅にお住まい)、そしてサブリーダー(現在は1階すべてが浸水したご自宅を手直しされてお住まい)。あれこれお伺いするお話に、目じりが熱くなることあり、唖然と口を開くことありの繰り返しで、夜中3時半までお話は尽きず・・・。被災してから3週間くらいは手を洗ったことがなかった、と聞いて「いくらなんでも、どうして?」と尋ねた答えは「だって水がなかったんですよ。飲む分だけでぎりぎり」と。
厳しい、極限の環境下で、「できることは自分でやる」、「すべて(物、情報、環境)は、何が何でも公平に(公平が守れないなら物資も渡さない)」を貫き通したおふたりは、何もかもを淡々と語りました。それはとりもなおさず、憎まれ役・嫌われ役に徹し続けた半年間の報われない時間の記憶だったはずなのに、それを口にするおふたりのなんとすがすがしいことでしょう。
果てなく来てくださるボランティアの方々の、その質に対する大いなる疑問・・・。被災地の現場の悲惨ささがし、不幸せ探しに嗅ぎまわるマスコミ。ただでさえ持ちこたえられない心の支えを、容赦なく踏みにじっていく数々の出来事。それでも!とリーダー役の彼女の口から「避難しているみんなからも、日本中の心ある方々の多岐にわたる応援からも、助けて助けていただいてやっとできた」と出てくる言葉。おまけに「可能な範囲で、小さな楽しみを見つけて生きてきた」とも。
ある面非情なリーダーのやり方に「オメエー、よくそこまで出来るなと、俺は感心した。俺出来ねーから!」とフォロー役に回るサブリーダーが、いつしかさらなる憎まれ役になっていたり・・・。
3・11から8か月が流れ、当然のことながら今回の出来事への思いは少なからず薄れていき、反省や後悔や、そしてこれからの備えに寄せる気持ちも風化していくのはやむを得ないことでしょう。それでも、僕たちちょこ旅メンバーは、定期的にこの惨事のことを胸に刻む努力を続けて、それぞれにできる支援を考えていきたいと思わずにはいられません。
そしてわが身を呈して避難所のために7か月間をひと時も休むことなく駆け回ったこのおふたりのことを、忘れることはできません。渡波小学校避難所リーダー、山田さん。サブ・リーダー高橋さん。本当にお疲れ様でした。
そのちょこ旅のエンディングを飾るべく、石巻市避難所(渡波小学校)のリーダーとサブ・リーダーを美瑛にお招きして、交流を深める企画をちょこ旅の実行委員メンバーが主軸になって開催いたしました。避難所の関係者の方々は、時間に忙殺されながら10月11日の閉所以降の後片付けに奔走していらっしゃいましたが、お時間の都合をつけていただいて、はるばる美瑛にいらしていただいたのです。
相変わらずの潔癖代表POKROK谷尾さんが、「会費はご自分持ちで」に賛同して集まった、ちょこ旅主メンバーの面々と、避難所渡波小学校のリーダー(現在は仮設住宅にお住まい)、そしてサブリーダー(現在は1階すべてが浸水したご自宅を手直しされてお住まい)。あれこれお伺いするお話に、目じりが熱くなることあり、唖然と口を開くことありの繰り返しで、夜中3時半までお話は尽きず・・・。被災してから3週間くらいは手を洗ったことがなかった、と聞いて「いくらなんでも、どうして?」と尋ねた答えは「だって水がなかったんですよ。飲む分だけでぎりぎり」と。
厳しい、極限の環境下で、「できることは自分でやる」、「すべて(物、情報、環境)は、何が何でも公平に(公平が守れないなら物資も渡さない)」を貫き通したおふたりは、何もかもを淡々と語りました。それはとりもなおさず、憎まれ役・嫌われ役に徹し続けた半年間の報われない時間の記憶だったはずなのに、それを口にするおふたりのなんとすがすがしいことでしょう。
果てなく来てくださるボランティアの方々の、その質に対する大いなる疑問・・・。被災地の現場の悲惨ささがし、不幸せ探しに嗅ぎまわるマスコミ。ただでさえ持ちこたえられない心の支えを、容赦なく踏みにじっていく数々の出来事。それでも!とリーダー役の彼女の口から「避難しているみんなからも、日本中の心ある方々の多岐にわたる応援からも、助けて助けていただいてやっとできた」と出てくる言葉。おまけに「可能な範囲で、小さな楽しみを見つけて生きてきた」とも。
ある面非情なリーダーのやり方に「オメエー、よくそこまで出来るなと、俺は感心した。俺出来ねーから!」とフォロー役に回るサブリーダーが、いつしかさらなる憎まれ役になっていたり・・・。

そしてわが身を呈して避難所のために7か月間をひと時も休むことなく駆け回ったこのおふたりのことを、忘れることはできません。渡波小学校避難所リーダー、山田さん。サブ・リーダー高橋さん。本当にお疲れ様でした。