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WATASI(M)のツイットNO.118

2013-10-31 08:35:48 | 日記
2013年10月27日(日)
 台風27号・28号は、関東地方でも格別の被害をもたらさなかった模様。一時離島して避難していた人達も島に戻り始めている。
 今年の台風シーズンもこれでやっと終わったようだ。
 今日は朝方晴れるかと思った天気もスッキリせず曇天の一日だった。

 夜、NHKテレビで「病の起源」(第4回 ・心臓)を見た。人類は、約800万年前に二足歩行を始めた頃から心臓病を抱え込むことになったという。「歩くなどして足の筋肉を使うようにすると、人間の一生を支えて動き続けてくれる心臓の負担を軽減させる」そうだ。“足(の筋肉)は第二の心臓”と言われている意味など、初めて得た知識も多く、勉強になった。

2013年10月28日(月)
 今日こそ良い天気になりそうだ。降水確率が午前も午後も0%の快晴の予報。
 地表の放射冷却現象のために摂氏10度を下回る朝だけれども、天気が良いと少しくらいの寒さは苦痛にならない。ただ、今朝の長期天気予報によると、冬の訪れが早く、11月・12月は平年より寒いだろうという。しかし、今週一杯は秋らしい良い気候に恵まれるらしい。冷房も暖房も必要としない一年中でそう多くはない過ごしやすい貴重な期間といえる。

 夕方、近江神宮までウオーキングをした。11月3日(日)に催される「流鏑馬」に備えて、一の鳥居から二の鳥居の間の参道が整備されていた。普段は砂利道なのだが、道の真ん中辺りが馬が走りやすいようにと掘り返されて柔らかい土の表面になっていた。この「流鏑馬」の行事は何年も前から行われていたようだが、私は去年初めて見物した。それから早くも一年になる。何度も言うことだが、一年が過ぎるのは超特急並みに速い!
 その参道で、親子連れ3人(両親と子)が椎の実を拾っていた。
 “椎の実が落ち終った頃、それを取り片付けるかのように11月3日の「流鏑馬」の行事で参道のジャリ道が掘り返される”・・・こんな順序になっている。
 海の向こうのMLBでは、日本人の(中継ぎ・抑え投手)田沢・上原両選手が活躍している。今日は両選手が所属するチームのレッドソックスが勝利した。これでカージナルスとの対戦成績は2勝2敗の五分になった。

2013年10月29日(火)
 近所のあちこちで、植木屋のチョキチョキ木を刈り整える音がし始める季節になった。
 私の家は、植木屋が来てくれるのはどういうわけか何時も年末になり、殿(しんがり)を務めることになる(年を越すこともある)。本当は“他の家と同じく今頃にやってもらいたい”のだが・・・。これは毎年思うこと。
 しかし実を言うと、自分が忙しい植木屋さんに気を使って、「何時でも結構です」と言っているからこのようになっている。そうです!私は“心優しい”人間なのです!

 夕刻、例によって近江神宮までウオーキングに出た。どんよりした曇り空だったが意に介せず傘も持たずに出かけた。果たして本殿に辿り着く直前、ポツポツ雨が降り出した。着ていたジャンパーを脱いで、それで頭を覆い、雨を除けながら本殿の階段を上がった。本殿で太鼓を叩く準備をしていた職員が、雨に濡れる私を気の毒そうに見下ろしていた。職員は五時を告げる太鼓を打ち終えると下に降りて行った。暫くしてその職員が同僚と話す声が下の方から聞こえてきた。
 「エライこっちゃ、雨になったなあ・・・」。
 誰一人いない本殿で雨宿りを余儀なくされた。周りが薄暗くなり始める。本殿にだけ燈明が点いている。そこだけが暖かい色で明るく浮かび上がり、周りはしんと静まり返っている。10分ほど待つと雨が小降りになった。
 「何時帰るの?」、「今でしょう」の流行り言葉の如く、エイッと気合を入れて帰途についた。

2013年10月30日(水)
 小春日和のような暖かい良い天気になった。
 ピアノのレッスンを始めて4年が過ぎた。当初こんなに長く続けられるとは思っていなかった。脊柱管狭窄症と診断され(2009年6月)、乗馬もダンスも出来なくなったために2009年9月から始めたものである。最初の頃、足腰が痛んで続けられないかもと危ぶんでいたのだが、何とか今日まで続けてこられた。私のような怠け者の生徒とは対照的に、先生が熱心な人で練習日に欠かさず通って来てくれたのが、4年間も続けられた原因だと思う。私が先生宅を訪ねることになっていたら、サボって絶対に続いていなかったと思う。中身である上達度の方は、私が気張って練習できる身体ではないので(最初の頃は一日1~2時間も練習できなかった)、4年経ってもそれほど誉められたレベルまでには至っていない(謙遜で言うのではないのが残念)。
 教科書は、偶々自宅にあった「バイエル」を終えた後、これもまた自宅にあった「ブルクミュラー25の練習曲」、それと先生が買って来てくれた「ピアノのアルファベット(ル クーペ)」を併行して使ってきた。「ピアノのアルファベット」の方は最初から順番に消化してきて、現在Xまで来ている。あと残すのはYとZの2曲のみとなった。
 「ブルクミュラー25の練習曲」の方は20曲を終えたところで、気分を変えて(おやつのような感じで)「愛の喜び」(マルティーニ)を習った。今は「エリーゼのために」(ベートーベン)を練習し始めている。一曲をマスターする(※)のに大体2か月位かかっている。今度の「エリーゼのために」は大作なので3か月以上はかかるだろうと思う。

 (※)「マスターする」という意味は、「その曲が弾けるようになった」という意味でなくて、先生が「これ以上練習をやらせても上手に弾くことは無理だろうと考えて切り上げる時」、というような意味で使っています(先生も“演奏家を育てる”つもりはなく、“お年寄り(?)の趣味のお付き合い”という感じで対応してくれています)。

 面白いことに(呑気な事を言いますが)、練習を終えたどの曲も間違わずに(勿論、表情豊かに上手に弾くことなどは抜きにして)最後まで弾ける曲は一つもありません。それで、最近、『間違わずに弾けて、人様(素人の人)に自慢できる“おはこ(十八番)の曲”を何曲か持ちたい』と思うようになりました。
 簡単に弾けそうで馴染みのある曲をいくつか選び、出来ることなら毎日でも弾くように努力して、覚えてしまおうと思うようになりました。
 選んだ曲は、「アニーローリー」(スコットランド民謡)、「スワニー河」(フォスター作)、「ホームスイートホーム」(ビショップ作)、「庭の千草」(アイルランド民謡)などです。
 更に、「愛の喜び」、「エリーゼのために」、「ウオータールーの戦い」(ウイルマ・アンダーソン・ギルマン作)等が弾けるようになれば良いが、と欲張っています。しかし、これらを“おはこ(十八番)の曲”にするには、後3~4年位は充分かかりそうです。フウー

2013年10月31日(木)
 今日も、天気予報通り良い天気になりそうだ。しかし、朝だけ良い天気というのがここのところ続いているような気がする。
 日本シリーズも、MLBも佳境に入って来た。MLBの方は今日にも田沢・上原両選手が所属するレッドソックスの優勝が決まるかも知れない。
 

WATASI(M)のツイットNO.117

2013-10-26 09:09:18 | 日記
2013年10月21日(月)
 近くの内科医院へ行った。
 腹具合が悪かったので、何時もの降圧剤の他、整腸剤を出してもらった。

2013年10月22日(火)
 朝方、今日は快晴かと思われたが、終わってみれば一日中曇り空だった。
 台風27号と28号が、この週末、同時に日本にやって来るらしい。アベック台風はこれまでにもあって、相互に影響し合って、台風の進路に影響を与えるという。その為、今後のこの二つの台風の進路は正確に予測することは困難だという。
 どんな進路を取ろうと、防災準備が大切なことは、日本国中、周知のこととなってきた。昨年、大雨による山崩れで、(やはり火山灰の堆積層だった為に)多くの犠牲者を出した九州阿蘇市では、「空振りに終わってもよいから、明るい安全な内に避難所に避難しよう」という行動指針が確立されて、住民も協力している様子が伝えられていた。地方自治体の財政・経費の問題が出てくるものの、命には代えられず、良いことだと思う。
 今年の10月の台風発生数は過去最多だという。赤道付近の太平洋の海水温が異常なまでに高温だったからと推測されている。今年だけの現象なのか、今後も続いてもっと異常な気象状況に発展するのか心配される。私の漠然とした印象だが、どうも今年だけの現象で終わらないような気がする。「今まで経験したことがない」という基準であれば、「まさか!お正月に台風がやって来た!」などということが全くないとは言い切れない。地球規模的に、「諸行無常の響きあり」の時代が来るのかもしれない。
 遠い過去に氷河期などがあったというが、そのような大昔をも含めた時間単位で眺めれば、人類が出現してからの時間は余りにも短く、最近の“異常気象現象”は顧慮するに値しないといえるかもしれない。しかし、そんな遠い地球の過去のことを言ってみても仕方がない。生きている人間の問題なのだから。

 2013年10月23日(水)
 
 別に柳川の河川管理人になったわけではないが、9月16日の台風の時に柳川の写真を撮って以来、柳川をよく見に出かける。今年は台風がしばしばやって来て雨の量が多く河川が増水する。その為、柳川が気になり、散歩の時など遠回りまでして見に行くのが習わしになった。

2013年10月24日(木)
 台風27号は南大東島の付近で停滞したままであり、その地域に大雨を降らせているという。
 大津は、台風の影響で、今日一日雨が降り続くかと思ったが、降らない時間帯の方が多かった。
 伊豆大島では、過日の台風26号の遭難者捜索と並行して、予想される27号・28号の両台風の襲来に備え、消防・警察・自衛隊の三機関が、時間とも闘いながら、共同して防災活動に従事している。大島岡田港から船で東京竹芝桟橋に向かう一時離島避難者も、大島全人口8200人の一割に当たる800人になったという。高齢者や病人達が、避難すべきか否か、一人一人判断を求められている。

2013年10月25日(金)
 昨夜、井上靖の「姥捨」(新潮文庫)を読みながら眠りに落ちたのは午後11時頃だっただろうか。夜中の午前2時半頃、一度小用の為目が覚めたが、それを済ませると直ぐまた眠りに落ちた。次に目が覚めた時は午前7時を過ぎていた。8時間も眠ったことになる。眠りが浅かった為か異なる夢を4回も見ていた。
 目が覚めても内容を全て良く覚えていた。どの夢も自分に関わったいかにも自分に相応しい夢だった。何故こんな夢を見るのだろうと思うのは何時もの事である。
 その夢の内容は、(1)自宅で、父・兄弟が賑やかに出演していた夢、(2)不味いラーメンを食べていた夢、(3)瓦屋さんが家に来てくれている夢、(4)勤めていた頃の同僚の女性が出演していた夢、(5)自分が大空を滑空しており、最後に湖に着水する夢・・・あれ?5個にもなる!
 二三日前にも夢を見ていたが、その内容は、(1)学校を卒業するには取得単位数が足りずに焦っている夢(この種の夢はしばしば見る)。(2)乗馬クラブで、新しく入って来た若い後輩達と話している夢(自分が颯爽と乗馬を楽しんでいる風景ではなかった)だった。

 見る夢はこれまでと同様にあまり良いものではない。精神が不安定状態にあるのではと疑われるようなマイナス的なものばかりだ。そして何時も同じような内容であって、まるで進歩がない。現実の人生、生きざまの方も少しも進歩を示していないのではないか?。信心が無いのを自認しているのだが、現実の生活も、もしかしてお釈迦さんの手のひらの上で遊ばされているのかもしれない。

 台風27号はやっと偏西風の影響下に入ったようだ。この二日間程、沖縄の南大東島近辺に停滞していたが、今朝、いよいよ北北西へ進路を取り始めた。不確かだった予報進路も定まったようで、台風の予報円も小さくなった。おおよそ予想されていた進路よりも、日本列島から少し遠ざかった南の海上を進むらしい。しかし刺激される前線の影響で、西日本では既にかなりの降雨量になっている。伊豆大島ばかりに目が奪われていたが、今朝のニュースでは、四国高知の佐川では“一日(24時間)雨量”が300ミリだったと報じている。
 大津でも雨脚が少し強まって来たようだ(A.M.9:00)。

2013年10月26日(土)
 昨夜の内に、台風27号は近畿地方の遥か南の海上を通り過ぎた様子。被害は殆どなかった。
 伊豆大島は今のところ被害は出ていない様子で、今日の午前中一杯要警戒と報道されている。

 朝から琵琶湖畔へ散歩に出た。空は未だどんより曇っている。
 
 柳川が琵琶湖に注ぎ込む場所は、長年月の間に流されてきた土砂が堆積して広い砂州になっている(子供の頃、柳が崎へ海水浴に来ていた50~60年前に比較すると随分と沖合に広がった)。
 
 柳が崎水泳場は今は無くなったが、現在、茶店や脱衣場のあった場所には立派なマンションが建っている。
 
 柳川は一級河川。
 
 
 

WATASI(M)のツイットNO.116

2013-10-21 08:30:43 | 日記
2013年10月18日(金)
 一気に平年並みの気温になった。今朝の最低気温は12.5度、最高気温は20度だった。
 平年に戻っただけなのにかなり寒さが進んだような気がする。身につける服装がともすれば寒さに遅れる。寒さに耐えられなくなって、初めて箪笥から寒さに相応しい服を引っ張り出す。毎年のことながら後手、後手になる。
 庭の雑草取りも、ついこの間までは「もっと涼しくなってから」と怠けて来たが、今度は「寒いから」と言ってサボルことになる。要するに自分が怠け者であるこが証明される?これまで日陰を選んで作業したが、今後は陽だまりを求めて作業することになるだろう。
 ピアノに向かう時も、先週は扇風機の世話になっていたのに、今日は膝が寒くて膝掛け毛布が欲しくなる。直ぐに膝掛けを出さないのは「寒さに慣れた方がよい」という殊勝な考えを持っているからではない。面倒なだけである。
 間なしに、暖房具、手袋等、を引っぱり出さねばならないだろう。

「毎年段々、一年の中で過ごしやすい季節は短くなってきているような気がします」と挨拶してくれた婦人がいた。私だけの感想ではないようだ。

 また台風27号が発生したという。

2013年10月19日(土)
 昨日は特別の寒さだったようで、今朝は寒さが緩んでくれた。やはり、寒いより暖かい方が良い。
 しかし、昨夜半から雨が降り出している。土砂崩れの被害を受けた伊豆大島では、雨による二次災害が心配され始めた。
 やはり、雨は嫌だ。
 雨が止むと嬉しい。空が明るくなってくるともっと嬉しい。晴れると更に嬉しくて、明るい気分になれる。しかし午前中に止んだ雨は夕方からまた雨になるという予報が出ている。
 夜、テレビを点けた。あまり面白いテレビ番組が無い。それで、リモコンでカチャカチャとチャンネルを変えていたら、偶々、懐かしいフーテンの寅さんの「男はつらいよ」が出て来たのでそれを見た。古い作品で、寅さんの渥美清を始め出演者は皆若い。ミヤコ蝶々は顔も名前もすぐに分かった。他に、出演者の中で、見たことのある顔の俳優が二人いた。しかし二人とも、テレビを見ている間は、その名前を思い出せなかった。コーマーシャルの時間に、またカチャカチャとチャンネルを変えてみた(私はこれをしょっちゅうやる)。NHKでもドラマをやっていて、やはり前に何処かで見たような俳優が出演していた。名前は知らないのだが、どこで、どんなドラマで見たのか思い出せなかった。もしかして、近所の人だったかな?と全く記憶は不確かだった。
 寝床に入ってやっと俳優の名前を思い出した。一人は水戸黄門役を演じたことのある東野栄治郎、もう一人は山崎努だった。NHKのドラマの方の俳優は、2~3年前の大河ドラマで石田光成役を演じていた人であったことも思い出せた。思い出せてホッとした、というかスッキリした。

2013年10月20日(日)
 一日中雨降り。伊豆大島の方も雨で、(16日の災害時に避難指示をださなかったことが問題にされたのだが)避難勧告が出て、危険と思われる地域に住む皆さんが避難所に避難されている様子がテレビに写し出されていた。
 1週間ほど前から、我が家の階段2階踊り場で使っていた、昔ながらの100ボルト60ワット電球が切れてしまっていた。
 雨の中、ケーズ(K’s)電気へ買いに行った。
 今はLEDの時代になっているので「売ってないかも?」と心配していたが売っていた。髭剃り機(スピンネット)と印画紙(インクジェットプリンター用紙)も購入した。

2013年10月21日(月)
 今朝は晴れてよい天気になりそうだ。
 台風27号は予想より遅く、日本への影響は週末になりそうという。
 今朝のテレビで、台風28号まで発生したと報道していた。
 台風は、住む人間に恐怖感を与え、人間の生活に災いをもたらすので困る。

 「形而上・形而下」という言葉がある。若い間は「形而下」の世界に悠々と遊んでいればよかった。歳を取り、死が迫って来る年頃になって来ると、「形而上」の世界も垣間見ておく必要がありそうだと最近思い始めた。今のままで終わっても別段問題はないと考えるのだが。





WATASI(M)のツイットNO.115

2013-10-17 08:21:24 | 日記
2013年10月15日(水)
 滋賀医大から電話があった。
  「貴方を担当するN医師が当病院を退職するので、11月診察予約日の担当医師が変わることになる。ついては、今担当のN医師に相談事があれば今月中に来院願いたい。N医師の転職先は未だ聞いていない(担当看護婦による)。」という内容だった。
 何処の病院であっても、時々このように医師が途中で交替するという事態に遭遇する。慣れ親しんだ医師から全く知らない別の医師に担当が変わるのは、患者にとってあまり有難いことではない。約一年前から担当してくれていた今のN医師は脊椎専門医ということで信頼が置けた。人当たりも良く好感を持っていた。
 滋賀医大は私の家から遠いので近くの市民病院、日赤病院の方が私にとっては都合がよい。それで今担当してくれているN医師が、万が一市民病院、日赤病院に転職するのなら、私も一緒にその病院に変更しても良いとも思った。ただ、何時の日か手術をすることも考えられる。手術となればチームを組んでやることになるので、何処の病院が腰部脊椎の手術に優れているのか患者にとって大きな関心事となる。その辺りの事情など私には分からない。

2013年10月16日(水)
 現在(午前8時)、台風26号は関東地方に接近しているという。
 大津は、雨風共に想像していた程酷くはなく、ヒューと風が強く吹く音にはゾーッとしたものの、心配した雨漏りもなく通り過ぎて行ってくれて助かった。
 それでも、現在(午前8時)JR湖西線堅田~近江塩津間は今なお運転を見合わせており不通である。
 丁度1か月前の9月16日の台風18号の時は、甘く見ていて雨戸すら閉めず、台風が接近してその風雨の強さに驚き、慌てふためき雨戸を閉める有様だった。今回は前回の経験に懲りて雨戸もしっかり閉めて台風への準備を怠らなかった。
 今日は、滋賀県高島市の饗庭野でオスプレイも参加しての日米共同の軍事訓練が行われた。台風の為その開催が危ぶまれたが無事、事故が起こることもなく終了した
 お昼のテレビニュースで、台風の為、伊豆大島で大きな土砂崩れが発生して死者が出たことを伝えていた。
 例によって、夕刻、近江神宮までウオーキングに出かけた。椎の木の実を拾った。丁度暗くなりかけた時刻、しかも森の中なので尚の事暗く、団栗との区別がつきにくかった。

2013年10月17日(木)
 今朝のテレビニュースで台風26号の被害を詳しく伝えていた。
 やはり、伊豆の大島が一番大きな被害を受けていた。多くの死者、行方不明者が出てしまっている。場所は大島西部の元町。これまで経験したことのない大変な降雨量、三原山の西側に当たり地形が急峻だったこと、火山灰の堆積地であること(表層崖崩れとなりやすいという)、また住民の意識も、三原山噴火災害に対する防災意識はあり、その訓練はしていたが、豪雨災害に対する備えは出来ていなかった等が重なった為、と専門家が分析していた。
 大島には、学生の頃、島を歩いて一周(波浮の港にも寄った)してみたり、三原山に登って(登り道を変えて2度も!)、山の上の御神火茶屋から火口まで散歩を楽しんだり、被害を受けた町の元町のユースホステルに泊った記憶がある。自然豊かな良い火山島だったのに・・・。
 自然災害が増えてきているのが大変気掛かりである。

 昨日の台風26号の到来と共に急に寒くなった。涼しさを通り越してしまい、しっかりとした寒さだ。北海道では早くも雪が降ったという。今朝の青空の中に浮かぶ雲は明らかに夏のものではない。
 

WATASI(M)のツイットNO.114

2013-10-15 09:44:31 | 日記
2013年10月10日(木)
 9月16日、台風18号がやって来た時、家の北側にある台所で雨漏りがして大変往生した。北風の強い吹きぶりの大雨だったから、これは特別のケースで仕方がない事だと思い屋根瓦の修理は見合わせていた。
 しかし、今朝、雨戸を開けた時、家の南側の屋根の瓦が2~3枚、ひび割れをしているのや欠けているのを発見した。それで昔からお世話になっている大工のYさんに電話をしたところ、Yさんは、さっそく見に来てくれ、瓦屋さんを手配してくれた。
 Yさんは私の両親の時代からお世話になってきた人だ。屋根瓦の検分を終えた後、Yさんは、「WATASIさんの御両親が懐かしい」と言ってくれ、両親の写真を収めてある昔のアルバムを開いてくれた。
 Yさんは、アルバムを見ながら、「お父さんやお母さんにはいろいろ良くしてもらい大変お世話になった」、「こうして御両親のお齢を窺って見ると、私とは、“私の親であっても良い位の年の差”やったんやなあ」と感慨深げでした。そして私の知らない父母の思い出話もしてくれた。
 父母がもし今も生きているとすれば、父は今年110歳、母は103歳になる。Yさんは現在83歳である。
 両親のことを知ってくれる人はだんだん少なくなってきた。

2013年10月11日(金)
 台風26号が発生したようだ。10月17日(私の誕生日)頃に日本に接近するつもりなのか?・・・だとすれば、“エライ”誕生日プレゼントになる。

2013年10月12日(土)
 ピアノのレッスンが終わった後、夕刻、今年から行き始めた近所の散髪屋へ出かけた。
 これまで何十年も通った散髪屋(【WATASI(M)のツイットNO.70】に書きました)は、昨年の暮れに店を閉めてしまった。客が減ってきたことのほか、御主人が高齢になってきて仕事をするのがしんどくなってきたために辞める決心がついたものと思われる。
 同じく【 NO.70】に書いたEちゃんは今年の夏亡くなってしまった。
 【NO.70】に紹介した人が、二人ながら“舞台”から去ってしまった。少し寂しい。
 夏の期間は散髪屋へ行く間隔が多少とも短くなる。暑くて髪の毛が鬱陶しくなるからだと思われる。無精の私でも、今回は中40日。それでも他人より余程間隔が開いているかと思っていたら、散髪屋の理髪師は、「皆さんも同じようなものです」と言う。冬は寒いので、私だけでなく他の客もやはり散髪する間隔は開くそうだ。店側からすれば、冬は客足が遠のくらしい。
 今日も真夏日と騒がれているが、夕方から急に寒くなりだした。

2013年10月13日(日)
 プロ野球はクライマックス・シリーズに入っている。
 セントラルリーグでは、そのファーストステージで、今日、2位の阪神が3位の広島に二連敗してリーグ優勝争いから脱落してしまった。巨人と広島がファイナルステージで優勝を争うことになった。優勝出来なくても熱烈なファンを持つことで有名な阪神タイガース。ファン達、特に満員の球場にまで足を運ぶ熱心なファン達はさぞがっかりしたことだろう。私も時々プロ野球のテレビ中継を見ていて、「阪神は“今年も”弱いなあ」という印象を持っていた。それでもペナントレースは第2位という成績だったのだが、阪神ファンには2位も6位も同じことだろう。優勝しないことには“喜び”はないもの思われる。来年もまた阪神ファンは阪神球団を応援することだろう。毎年、我慢強く(性懲りもなく!(^^)!)応援するところが偉いと思う。

 少し涼しくなると、夜やはり良く眠れる。だが、十分眠ったように思うのに昼間何故か欠伸がよく出る。

2013年10月14日(月)
 今朝の(ローカル)テレビニュースで、一昨日(12日)と昨日(13日)は大津祭りだったことを知った。街中へ出ることがないと、お祭りのことも忘れたまま日は通り過ぎていってしまう。
 今日は「体育の日」で祭日。働いている人には、12日(土)~14日(月)は3連休ということになる。
 今日は天気が良さそうで絶好の運動日和だ。


 今日、一遍上人を物語にした「花に問え」(瀬戸内寂聴著)を読み終えた。
  

       
(時宗開祖一遍上人念仏賦算遺跡。京都四条新京極上ル 染殿院門前) 

 
  
 
 

※「さけば咲きちればおのれとちる花のことわりにこそ身はなりにけれ」
                                       (一遍)
(咲く時が来れば咲き、散る時が来れば自然に散っていく花の自然の理法のままに自分の身もなっていくのだ)

※「花はいろ月はひかりとながむればこころはものを思はざりけり」
                                       (一遍)
(花には花の色があり、月には月の光があると、自然の姿のままを素直に執着なく眺めていれば、心は格別のもの思いにもとらわれない。無心でいられる) 

※「花の事は花に問え。紫雲の事は紫雲に問え。一遍知らず」
                                       (一遍)

【一遍(1239~1289)】
 鎌倉中期、時宗の開祖。智真。浄土宗出身。生涯を遊行に捧げ、各地を遍歴したので遊行上人ともいう。踊念仏を始め、念仏信仰の民間普及に尽した。経歴は【一遍上人絵伝】にくわしい。 
 入寂に際して「一代聖教皆尽きて南無阿弥陀仏に成り果てぬ」と自らの著作を燃やしたという伝記がある。
 和歌や和讃によるわかりやすい教化や信不信・浄不浄を問わない念仏勧進は、仏教を庶民のもとする大いなる契機になった。いわゆる鎌倉新仏教の祖師の中で、唯一比叡山で修学した経験のない人物であり、官僧ではなく私度僧から聖(ひじり)に至る民間宗教者の系統に属することが指摘されている。
【一遍上人絵伝】
鎌倉初期の絵巻物。一遍聖絵ともいう。時宗の祖一遍の教化・遍歴の生涯を描き、当時の社会風俗を知る好史料。数種伝わるが、1299年円伊筆のもの(京都歓喜光寺蔵)が最もすぐれると言われる。

2013年10月15日(火)
 またまた[今年度最強の」と冠せられた台風26号は、明日日本に近付くらしい。
 大きな被害が出ないことを祈るのみ。