朝、シャワーから出ると《ピンクの象》が来ていた。
油断していたので「おっ!」と一瞬のけぞったが、そう言えば現れてもおかしくはない頃合いか。
今日はいつもと違う出で立ちだ。年明けの挨拶のつもりだろうか、正装しているみたいに厳かに見える。
背中に薄いピンクの上品な凝った織の布を掛け、頭にはビーズで飾られた浅い円柱帽をのせて、いつもよりもいくぶん機嫌が良さそうにのしのしと、いつもよりもいくぶん軽やかにそこいらを踏みつけてまわっている。
新年にピンクの象が来るのは初めてではなかろうか。
背中の布には細部に花や幾何学の丁寧な刺繍もほどこしてあり、金や朱や鮮やかな色どりが、いかにもおめでたい雰囲気を無愛想なピンクの象にふりかけ、少々の違和感を感じるものの、それでもそんな恰好で挨拶に来てくれたのかと思うと、穏やかな陽の暖かさとともに心が和んだ。
それにしてもこの衣装のせいなのか、いつもよりなんだか可愛げまであるように感じる。やはり新年を迎えるというのはこのピンクの象の不機嫌まで軽やかにしてしまうのだろうか。
そう言えばチビピンクは今日は一緒だろうか、と部屋を見渡し「うっ」と息を呑んだ。
窓際でさんさんと光を浴びながら渋めの装飾と織の布を背中にかけたピンクの象が、どっしりと座っていかにも不機嫌そうな面持ちでこちらをじっと見ていた。
「あ、」なるほど。
チビはいつまでもチビではないのだ。ピンクと思った初めの方がチビだったのね。道理で軽やかに可愛げがあると思ったのにも合点がいく。
新年だろうが衣装で着飾ろうが不機嫌なピンクの象はあくまで不機嫌なピンクの象なのだ。御見それいたしました。
チビが軽やかにのしのしとピンクの方へ歩み寄る。相変わらずしっぽを魅力的に振りながら時々ふんふんと鼻を鳴らしている。甘えるようにピンクにまとわりつき、促されてピンクはゆっくりと立ち上がった。
ゆっくりと立ち上がったのだが、なんだかいつもと様子が違う。部屋を歩き回ることもせずチビを守る為に威嚇することもなく、ただじっとこちらを見据えている。不機嫌な眼の奥に、いつもとは違う光が。
油断していたので「おっ!」と一瞬のけぞったが、そう言えば現れてもおかしくはない頃合いか。
今日はいつもと違う出で立ちだ。年明けの挨拶のつもりだろうか、正装しているみたいに厳かに見える。
背中に薄いピンクの上品な凝った織の布を掛け、頭にはビーズで飾られた浅い円柱帽をのせて、いつもよりもいくぶん機嫌が良さそうにのしのしと、いつもよりもいくぶん軽やかにそこいらを踏みつけてまわっている。
新年にピンクの象が来るのは初めてではなかろうか。
背中の布には細部に花や幾何学の丁寧な刺繍もほどこしてあり、金や朱や鮮やかな色どりが、いかにもおめでたい雰囲気を無愛想なピンクの象にふりかけ、少々の違和感を感じるものの、それでもそんな恰好で挨拶に来てくれたのかと思うと、穏やかな陽の暖かさとともに心が和んだ。
それにしてもこの衣装のせいなのか、いつもよりなんだか可愛げまであるように感じる。やはり新年を迎えるというのはこのピンクの象の不機嫌まで軽やかにしてしまうのだろうか。
そう言えばチビピンクは今日は一緒だろうか、と部屋を見渡し「うっ」と息を呑んだ。
窓際でさんさんと光を浴びながら渋めの装飾と織の布を背中にかけたピンクの象が、どっしりと座っていかにも不機嫌そうな面持ちでこちらをじっと見ていた。
「あ、」なるほど。
チビはいつまでもチビではないのだ。ピンクと思った初めの方がチビだったのね。道理で軽やかに可愛げがあると思ったのにも合点がいく。
新年だろうが衣装で着飾ろうが不機嫌なピンクの象はあくまで不機嫌なピンクの象なのだ。御見それいたしました。
チビが軽やかにのしのしとピンクの方へ歩み寄る。相変わらずしっぽを魅力的に振りながら時々ふんふんと鼻を鳴らしている。甘えるようにピンクにまとわりつき、促されてピンクはゆっくりと立ち上がった。
ゆっくりと立ち上がったのだが、なんだかいつもと様子が違う。部屋を歩き回ることもせずチビを守る為に威嚇することもなく、ただじっとこちらを見据えている。不機嫌な眼の奥に、いつもとは違う光が。
そもそも考えてみれば、ピンクが座っているのも初めてのことだ。
目をそらすことも出来ずじっとピンクを見つめているうち、なんだか胸の奥がざわめき始めた。ピンクの瞳の奥から放たれる不確かで微妙な光は、不確かにこちらの胸をかき乱し、そうしてはっきりと確かなことを示唆していた。
「お別れ、なんだね」
ピンクはコクリと首を振ることもなく、シンとした表情でただじっとこちらを見つめている。いつもはシンパシーを感じないなどと思っていたはずなのに、何も言わずともピンクの言いたいことが分かってしまっている自分に少なからず驚き、しかし付き合いはずいぶん長いのだから、当然と言えばそりゃあ当然じゃないか、などとよく分からない言い訳じみた『感情』と呼ぶにはまだ完成されていない ほつれたままの言の葉がゆらゆらと頭の中にただ揺れている。
ピンクはチビと交代するのだ。
そうか、新年を祝う衣装ではなかったか。知らず涙がこぼれ、また驚く。
特に感情移入していたつもりもなく、いつも不機嫌でしかないこのピンクの象が来なくなるからといって、なんら悲しいことなど何ひとつないはずなのに、やがて静かに背を向け遠ざかっていく後ろ姿から目をはなすことが出来ない。
薄れゆくピンクの後ろからチビがまだやはり幼い足取りでついて行く。チビを先に行かせ、いよいよピンクの姿も白く薄くなった頃、ピンクが不意に立ち止まって振り向いた。じっとこちらを見つめ鼻を少しだけ上げ、ありたけの不機嫌をかき集めているかのようだ。
いつものように、見ようによっては寂しそうでもあり、ほっとしているようでもある。ひとしきりの沈黙を交わしたあと、いつもの調子でぷいっと背中を向け、不機嫌にしっぽを2、3度振り、それからピンクの象はあちら側へとすっかり消えた。
交わした沈黙の影から「さようなら」と聞こえたような気がした。
※ご訪問ありがとうございます。
では良き頃合いにいつかまた。