小さな森に月が出る。もう橋の向こうには渡れない。
日没の結界は日の出に解かれるまで森を隠す。森の中から橋の向こうの明かりを探すのはとうにやめた。今日見た川辺の黄色い光が、夜通し私を照らすだろう。
明日はどこへ行こう。見上げた空が細く続く。踏み均した道が私の寝床へ続く毎夜の営み。
此処は『はじかれたモノ』だけがひっそりと暮らす森。
村人の記憶からこの森はいつしか消え、昔話となった。夜が明け、森が朝陽に放たれても、村人たちはもう来ない。人間のいない忘れ去られた森だから。
囁きが風に乗って届く夜、私はかつての暮らしの匂いを嗅ぎ、そして私も忘れてゆく。誰かが夜空に描く名も、どこかで石を積む音も、遥かふたりで目覚めた朝も、この小さな森が隠してしまう。
月明かりの届かぬ場所でひとり眠るこの森は、トネリコの咲く小さな森。
人々の記憶に眠る、美しい物語を紡ぐ森。世界から遠ざかってしまった哀しい森。
月が森にかかる夜、どこかで物語が語られる。《トネリコの森》と嘗て呼ばれた小さな森の物語。
(関連・前話 / 関連・詩)
日没の結界は日の出に解かれるまで森を隠す。森の中から橋の向こうの明かりを探すのはとうにやめた。今日見た川辺の黄色い光が、夜通し私を照らすだろう。
明日はどこへ行こう。見上げた空が細く続く。踏み均した道が私の寝床へ続く毎夜の営み。
此処は『はじかれたモノ』だけがひっそりと暮らす森。
村人の記憶からこの森はいつしか消え、昔話となった。夜が明け、森が朝陽に放たれても、村人たちはもう来ない。人間のいない忘れ去られた森だから。
囁きが風に乗って届く夜、私はかつての暮らしの匂いを嗅ぎ、そして私も忘れてゆく。誰かが夜空に描く名も、どこかで石を積む音も、遥かふたりで目覚めた朝も、この小さな森が隠してしまう。
月明かりの届かぬ場所でひとり眠るこの森は、トネリコの咲く小さな森。
人々の記憶に眠る、美しい物語を紡ぐ森。世界から遠ざかってしまった哀しい森。
月が森にかかる夜、どこかで物語が語られる。《トネリコの森》と嘗て呼ばれた小さな森の物語。
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