新月のサソリ

空想・幻想・詩・たまにリアル。
孤独に沈みたい。光に癒やされたい。
ふと浮かぶ思い。季節感は無視。

薄いベールの向こうから e

2024-08-03 05:33:33 | Short Short

目が覚めると《ピンクの象》が来ていた。
あぁ、しまった。
寝ぼけるイトマもない。相変わらず不機嫌そうにのしのしとそこいらじゅうを歩き回っている。

このピンク、時々不意にやってくる。
どういう時に来るのかは、だいたい見当がつくようになってきたが、それでもいつも突然なので、少々面食らう。

大きさはというと、300ミリのペットボトルを3本ずつ2列に並べたくらいで、それでピンクだから、まぁ見た目はちょっと可愛い。可愛いのだけれど、いつも信じられないくらいに不機嫌なのだ。
気に入らないのなら来なければいいのにと思うのだが、それでも時々やって来てはのしのしと部屋中を歩きまわる。

いつだったかは、まだ虚ろに名残を惜しんでいた浅い夢にまで入って来て、のしのしと薄い意識の上を踏んでまわるので、苛立ちと共に追い払うと、目を合わせない程度にこちらをチラッと見て、ぷいっとまた部屋の中を不機嫌そうに歩いて行く。
そんなことをされると、ここが意識の外なのか中なのかとしばらく混乱する。

名前は知らない。
初めてここに来た時から無愛想で自分からは名乗りもしないので、こちらもあえて聞かない。勝手につけても良いのだが、愛着がわくと後々面倒な気がして、結局曖昧に《ピンクの象》とだけ認識するようにしている。

長居することもあれば、拍子抜ける程あっさりと帰ってしまうこともある。
今日はどうだろう。
様子を窺っても何もシンパシーを感じないので分からない。けど、こちらは感じていないが、あちらは感じているからここに来るのだろうかと考えると、少しキュンとなる。

別れ際は、大抵知らぬ間に帰ってしまうので、来ていた事すら忘れていることがたまにある。

一度だけ、薄く消えゆく後ろ姿を見たことがあった。
その時はさすがに「あっ」と思ったが、引き止めることは出来ないし、引き止めてはいけないことも何故か漠然と分かったので、また来て欲しいのか来て欲しくないのかを決めかねる思いで、薄く遠のくピンクのお尻を見つめていた。
不機嫌そうに揺らすしっぽを見ていると、なんだか向こうも少々寂しそうでもあり、ほっとしているようでもあるように思えた。

ひと仕事終えて、「さて」と部屋の中を見渡すと、ピンクの影はなくなっていた。
何も言わずに帰ってしまうところが、何かしらの郷愁の念にも似た感情を揺さぶるのだ。どうも嫌いになれない。

やれやれ、今度はいつ来るのかしら。