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新月のサソリ

空想・幻想・詩・たまにリアル。
孤独に沈みたい。光に癒やされたい。
ふと浮かぶ思い。そんな色々。
(主・ひつじ)

埋め込みテスト

2025-06-14 07:30:00 | Short Short


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春を待つ

2025-06-14 06:30:00 | Short Short

畳の目をつるつると滑るように小さなクモが明るい陽射しの方へ歩いていく。
その庭先で雪冠の椿が、ぽたり、と一輪落ちた。

雪がやっと止んで春が近づき、なのにまた雪が降りと繰り返し、もうさすがにいよいよ、と思った矢先にまた降った。
この雪が最後になればいいと、晴れた午後に積もる白へ眩しく思った。
まるでぼくのこれまでを辿るかの このふた月ほどの季節の行き戻りを、このまま晴れていて欲しいと願わずにはいられなかった。

途中、畳のヘリに脚が引っかかってうまく進めないでいるクモを指に掬い、縁側の明るく光が射す場所にそっと降ろしてやった。クモは慌てて逃げるように、ぴょんっ、ぴょんっ、と何度か跳ね、そのまま緩い風にひゅっと乗って、あっけなく行ってしまった。
ぼくと、白い庭に赤く眠る椿が、静止画のように残され、時の中に埋もれてしまった気がした。

___あのクモのように、風に乗れるだろうか。

尽きた椿の赤がぼくの目を釘付けにしたまま、眩い光になにもかもが吸い込まれてゆく。
また風が、今度はザッと強く吹き、木々の雪を散らす。ふと、陽射しにきらきらと降り落ちる視線の端で、縁側のふちをさっきのヤツらしきクモが、よいしょ、とこちらに這い上がってきた。

「なんだ、おまえ行かなかったのか」
ぴょんっ、ぴょんっ、と可愛らしく跳ねて板間を行くクモを、光が風を使ってチラチラと追う。
小さく跳ねる粒を見失わないよう、ぼくはこの景色を深く刻んだ。

きっと、このまま春になっていく。







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芍薬の葉

2025-06-05 04:10:30 | Short Short

シャクヤクが咲いた。
昨日スーパーの一画で売られているのを見かけ、蕾が大きく膨らんだものをふたつ買った。団地の自室に帰り、夜のうちに活けてしまえばよかったのに、疲れていたので、「明日でいいか、休みだし」と、水を張ったボールに買って来たそのままを浸け、シンクに放置していた。

甘い匂いに目を覚ますと、夜になっていた。
疲れたと言いつつ、昨夜はなかなか眠る気分になれず、横になればすぐに深く落ちるだろうに、その眠気に逆らい、だらだらとテレビを見て結局明け方に力尽きて眠った。疲れているときほど、こういう矛盾したことをしてしまうことがある。
キッチンへ行くと昨日のシャクヤクが、立てかけたシンクの仕切りにもたれ、薄紅の花びらを大きく開かせていた。どうぞ、とやさしく手を差し出し全てのものを受け入れるように、大きく、淡く。


芍薬は夜ひらくんだよ。
ひらくとき、とても甘やかな匂いを放ちながら。


うん、そうだね。もう、知ってるよ。

私は花を持ち、二本とも茎の半分くらいのところに鋏を入れ、茎と葉だけになった二本も彩として花と一緒に瓶に差した。
なぜか今夜の団地界隈はいつもの夜より静まり返り、まだ九時だというのに、深夜のようにしんとしている。子どもの声もドタバタもない。日常を忘れた団地を包む夜の中で、私はとんがった葉の先端を一枚ずつ、少しだけ千切っていく。

昔、庭師だった祖父が引退してから、家で花をよく活けていた。この時期だったのだろう、庭に咲いたシャクヤクを摘み、葉先をつまんで千切っているのを、不思議に思って訊いたことがあった。
「どうしてそんなことするの? とんがったままの方がキュッと空に向かってカッコイイのに」
まだ小学校の低学年のころだったろうか。私にめっぽう甘かった祖父は、うんうん、と嬉しそうに頷きながら、説き伏せるみたいにやさしく言った。
「これはな、仏壇に供えるからこうしてるんだよ」
「ぶつだんに、そのままじゃいけないの?」
「とんがったままじゃあ、みんなが寄れないんだよ。トゲのあるものもな、仏壇には向かないんだ。丸くてやさしいものがいいんだよ」
もういないのに、とんがったものは駄目とか、変なの、そんなんで来れなくなっちゃうなら、バラが好きな人はどうなるの? なんかおかしいよ。
心の中でそう思いはしたけれど、祖父の優しく寄った皺を見ていると、幼心に言ってはいけない気がして、言葉にはしなかった。
黙っていたら、察したのか祖父が私に微笑んだ。
「芍薬はな、夜ひらくんだよ。ひらくとき、とても甘やかな匂いを放ちながら」
「アマヤカってなに?  ハナチナガラ?」
「ちょっと甘いような、ふんわりした花のいい匂いがするんだよ」
「ふうん。でも夜はご飯のいい匂いでいっぱいだよ」
「ああ、そうか、そうだな」
そう言って祖父は声を立てて笑い、もうすこし大きくなったらな、と言ったが、その顔がどこか寂しそうに見え、けれど幼い私にその意味がわかるはずもなく、笑う祖父につられて一緒に笑った。
半年後、祖父は他界した。


私は処理をした花の瓶を持ってリビングへ行き、それを祖父の写真の前に置いた。
今日は祖父の月命日だった。
手を合わせ、写真に笑いかける。いつの間にか大人になって、何度か人の死を見送るうち、あのとき祖父が言っていたことが、少しは分かるような気がしていた。
「いい匂いだね、おじいちゃん。ちゃんと寄れてる?」
花がまた少し開き、仄かな香りが部屋中を渡る。写真の中の笑顔が、ふっと浮き出るような気配があった。
すこし、葉が揺れた、と思ったのは、気のせいだろうか。

シャクヤクが静かな夜の中に淡くひらくのを、ひとり、見ていた。





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月が赤くそこにあった

2025-05-19 00:05:00 | Short Short

「ふっ」とくちびるを尖らせて吹きかけた息は、ゆらりと大きく炎を揺らしはしたものの、吹き消すほどではなかった。
泥を這う迷路の闇は眼を閉じた眩暈に似ていて、向かっている先が夜なのか朝なのかさえわからず、日々の些末な不安など大したことではなかった。
月が赤く染まっていく。まるで消えない炎を映し私を嘲笑うように、上弦を過ぎ膨らみかけた月が赤く、そこにあった。

 ・・・

誰もいない原野をひとりで歩いていた。平原は彼方まで続き、その先に暮れていくオレンジの玉が自分の魂みたいに思えた。沢山の中にいることの虚しさや寂しさを散々味わった。それでも僕はそこから離れられずに、自分の呼吸が浅く細くなっていくことからも目を逸らし続けた。
刻々と色を変え、沈んでいく空の残り火のような光を名残り惜しく見ていたけれど、本当は苦しかったんだ。僕が僕であるための大切なものが消えていくようで、苦しかった。

 ・・・

遠くから見るとその藤棚はモザイクの建造物のようで、近づくにつれ、広く高く、そして圧倒的な精気の匂いを放っていた。花を分けしばらく進むと、たわわに咲き垂れる花の下に仰向けに寝転ぶ彼を見つけた。私は薄紫に染まる彼を蝋燭の灯りで照らした。
体を起こして僕が振り返ると、彼女の後ろには蝋燭の炎を映したような月が、揺れる藤の向こうにチラチラと見え隠れし、彼女を見守っていた。
彼が手招きをして私を呼び寄せ、並んで座る。ふたりで垂れそぼる薄紫の花を見上げた。淡く紫が照り、ひとひら、ふたひら、あちらこちらで、降る。

「今日、僕のオレンジの魂を見送ったんだ」
ぼんやりと彼は宙につぶやく。
「え、それじゃあ追いかけなくちゃ」
驚いたように彼女が僕を見る。
「いいんだ。もう沈んでしまったから」とうに諦めたような口ぶりだった。
「大丈夫。追いかけましょう」眼差しも淡く、けれど小さな炎が宿った。

私は蝋燭の火をさっきよりも強く吹いた。白い煙がするりと昇り私たちの行く先をさした。月が赤くそこにあった。彼女が立ち上がり、僕の手を強く引いた。

月が落としたアレスの馬でふたり夜を駆けのぼる。石碑に刻む文字は決めた。虚しさも寂しさも連れて行こう。瞬きはしない。カオスの沼に落ちてゆく闇の向こうに滾る泉を、あの月が教えてくれる。
遥か眼下に薄紫の天泣が夜を仄かに染めていた。




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約束

2025-05-16 01:20:00 | Short Short

真っ暗な浜辺から見ると、街の灯りが一列に並んで見えて、その上空で夜があまりそこには降りたくないような、曖昧な色合いで漂っていた。

ああ、あの街は夜を知らないんだなあ、ともう一度空へ視線を移すと、曖昧なその夜空で薄く人工的な虹がまるく、丁度お見舞いのフルーツの盛り合わせなんかの籠の取手のようにかかって、ぼくの街の両端を捕まえていた。

海と空の境も見えない暗い水平線の向こうに、なにがあるのかまだ知らなかった頃と、世界を見てしまった今と、どちらが幸せなのだろう。
まだ見ぬものを求める心はとても瑞々しくて、なにも知らない頃の方が自由で希望があったのでは、とこの頃よく思う。
ずっと同じリズムだった波が引いた。

夕方いつものあのヤドカリは浅瀬に隠れて夜を過ごすつもりだったのに、ほくの眼を覗き込んだ彼は、何でもないことのようにぼくに言ったんだ。とんがった貝のお尻をツンと空に向けて。
「きみの落っことした夢は、ボクが拾ってきっと戻って来るよ。ボクがきみを自由にしてあげる」
砂浜に浅く残した彼の軌跡がぐねぐねと伸び、波打ち際で波がザッと平たく砂を均してヤドカリをさらった。
そんな夜もあった。もうずいぶん遠い。
ぼくは街の灯りを、曖昧な夜と同じくらい曖昧な眼差しで見つめ、あの日のヤドカリを思った。
街はぼくの夢を欲しがっている。いつか、もしまたここで彼と逢えたなら、あの街はぼくを放してくれるだろうか。

風が凪いだ。
寄せる波に光る浜辺をゆっくりと近づいてくるものに、ぼくはまだ、気づかないでいた。





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硝子の地図

2025-04-24 17:20:50 | Short Short

マンションの共有ドアを押し開けると、雨の音が急に迫った。
ちょうど前の道路を車が一台横切り、ヘッドライトが雨の筋を照らしながら抜けていく。

ぼくは無造作に車を目で追い、ずっと向こうへ小さくなっていく光を見送りながら、耳に大きく鳴る雨がそのうち街全体にザーッと地鳴りするほど激しく打ち付けてくる様を、なぜか目を凝らし見ていた。

合わない度数の眼鏡の角度をどうやっても焦点が定まらないみたいに、なにをどうやっても何ひとつ噛み合わなかったものの答えが、雨筋のどこかに隠されているのではと思いたかったのかもしれない。
目の端で、雨宿りしていたのか黒い尻尾のブチ猫が、しなり走って軒下をつたって行くのが見えた。

ぼくはまた夜の雨に目を向け、おもむろに手を伸ばし一粒を手の平に握る。ぼくの手の中で雨粒は小さな硝子の地図になった。
それは、見覚えがあった。

昔いつの頃からか、ぼくの手の中には小さく折りたたんだ硝子の地図が握られていて、気づくとぼくはその地図の場所に立っていた。道筋がわからなくても、それが手の中にあるだけで、それだけでよかった。

あの地図はどこへ行ってしまったんだろう。
そう思いながら雨粒に戻った手の中の消えそうなあの感触を、記憶の淵に取り戻そうとしていた。
そうだ。とうに忘れていたあの澄み切った硝子の地図を、ぼくは探していたんだ。

目の前がチカッと光った。

雨どいを流れる水音が、ドアの取手の分厚さが、道端にうなだれる雑草が、逃げた猫の毛並みさえ、失われた地図に書き込まれていく。
目を閉じ息を大きく吸い込む。夜が、ぼくの景色に触れた。





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花篭に舞う

2025-04-03 00:00:00 | Short Short

その瞳が一瞬陰った。
そのとき揺らいだ本心は瞳の奥へと隠された。
本当は時を待っていたけれど、花は開くことなく森の奥深くへ紛れてしまった。

___もう探さないで。

ぼくはまた花開くことを、知らず夢見てしまった。
だから肌にさわる風に託したんだ。
遠くまで、ずっと遠く、ここではない場所へ。

森は鬱蒼とぼくを隠し、だけど時々こぼれた彩光がまっすぐにぼくを照らすとき、あの花まつりの夜の賑かな灯りと、君の横顔を思い出すんだ。

花篭を頭に載せ、君はぼくに手を差し出す。
君はやさしくぼくを掬い取ろうとしたけれど、みんなが笑ったその顔は君のそれとは違っていて、ぼくはその手を退けたんだ。
みんなが君のようだったらよかったのに。
ぼんぼりに揺れるいくつもの影が、その罪も知らず踊っていた。


森の胞子がぼくを深く包みこむ。樹海の夢が降り積もる。
月が細く照らす夜、君の花篭に舞う夢を見る。




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毛玉を取る

2025-03-29 02:20:30 | Short Short

洗濯モノの毛玉を取る。
ネルシャツや靴下、スウェットなど、毛玉まみれのものを積み上げ、冬の活躍を労い一枚ずつ鋏で丁寧に毛玉を切り進める。
私はこのとき、とても穏やかな心地になる。

子供の頃、よく母がそうやって毛玉を取ってきれいになった衣類を、一旦バッと広げて窓からの光に透かし、自慢げにこちらを見た。
その瞳には、幼い私にもわかるくらいに、無邪気な光がきらりとあって、私はその顔を見るのが大好きだった。

小さな鋏でチョキチョキしながら平らに刃を這わせる。ある程度進むと、処理した毛玉が手元でふんわりと悪気なく膨らんでいて、それをギュッとつまんで、くるくると固めて捨てる。
シャツも靴下も、肩の荷を下ろしたみたいにすっきりして見える。あんなにくたびれて見えていたのに、見違えるように晴れやかだ。
そして母がしたように、バッとそれらを広げ持ち、陽に当てて休息前の補給をする。

温かな懐かしさに、ほんの少し、影が差す。

母と私の時間軸が重なる。
振り向くと、あの頃の小さな自分がそこに居た。
私は自慢気に笑い、彼女もうれしそうに笑う。
瞬時に彼女の中に引き寄せられた私は、その眼で逆光の母を見る。
あの自慢気な顔を確かめる前に、幻は光の中に消えた。

手元の生地を掴み、またチョキチョキと鋏を進める。時を戻した明るい午後の陽射しが強くて、目に沁みる。
毛玉が手元でやわらかく膨らんでいくその手触りに、私はなにかを探していた。
込み上げてくるものを、毛玉と一緒にギュッと握った。





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ぶどう色のベレー帽

2025-03-24 00:15:15 | Short Short

ぶどう色のベレー帽が、彼女にとてもよく似合っていた。
春めいた風に吹かれ、僕たちはいつもの河原の土手道に立っていた。よく晴れた一面の空は広く、雲が薄く流れていく。
今日の空は、やけに眩しくて、とても、蒼い。

  ※

ガラスポットの中で梅が小さく蕾を膨らませ始めた。
正月用に買ったアレンジメントにささっていたその梅は、すぐに黒く枯れてしまったように見えたけれど、彼女がそれを自分の苔玉に差し、景色にしていた。
花を期待したわけじゃなく、なんとなく枝の形がいい、と言ってそうしたのだったが。

「咲くといいね」
彼女は毎日ポットを持ち上げ陽光にかざした。
「苔玉って、日陰の方がいいんじゃないの?」
僕は不思議な気持ちで彼女を見つめた。
「梅が咲いたら、別のに差し替えて、どっちもちゃんと育てるよ」
「それまで苔玉は大丈夫なの?」
「もつよ。だって愛の玉だもの」

ときどき僕は彼女の言い分に首を傾げずにはいられなかったけど、そんなときはいつも嬉しそうなので、余計なことは言わなかった。

春を待たず、梅も苔玉も駄目になってしまった。彼女の言う通り、本当に愛の玉だったのかもしれない。僕たちも、駄目になってしまったからだ。
どちらが先だったのか、それはわからないことだけれど。

冴え冴えともがる風も季節の向こうへ去った河原を、いつものようにふたりで歩いた。道端の菜の花に白や黄色の小さな蝶が、花から生まれたみたいにふわふわと舞っていて、彼女はその様子を眺めながら、「さよなら」と呟くように言った。
それから顔を上げて、ぶどう色のベレー帽を被る彼女が僕を見て少し笑ったのが、彼女らしくてとても素敵だなと思った僕は、それまでただ傾げるだけだった彼女の言葉の意味を、今更に考えずにはいられなかった。

「さよなら」僕も応えた。
さよなら。互いに交わす同じ言葉が僕たちを別々のところへ運ぶ。

くるりとむこうを向いた彼女の背中に、菜の花から舞い出た蝶がふっと立ち寄り、そしてふらふらと僕らを分けるように横切って行った。
ふたりで歩いた土手道を、彼女だけが進んで行く。僕はつい、また首を傾げてしまうところだった。

君は今、どんな顔をしているの。

離れていく背中を見送っていると、少し歩いたところでピタリと立ち止まった彼女が、振り向きざまにベレー帽をぶんっとこちらに投げた。弧を描く紫と彼女の先に広がる空が眩しくて、僕はその蒼に、手を伸ばす。




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ポスト

2025-03-12 12:15:00 | Short Short

真っ暗な新月の夜、ぼくはポストに手紙を入れる。

星が重なるその影に、むこうと繋がる道がある。
このポストはその道への扉。
黒い夜のどこかでその赤はひっそりと輝くけれど、見つけられるのはほんの少しの偶然と、強く信じる光が重なったとき。


どこにも誰にも届かない手紙を書く。
見切りをつけるのとは違う。ふんぎりでも、切り替えでもない。ただ、ぼくの気持ちをどこかに、だれかに、届けたかった。
何処かに、誰かに。

随分歩いた。夜道に浮かぶ赤いポストを見つけたとき、ぼくは震える思いで手紙を握っていた。
なにに震えたのか。嬉しいのか、不気味なのか。

宛名のない封筒を、そっと差し入れる。
向こうから、スッと引かれるようにぼくの手から手紙ははなれた。しばらくその感触が手に残って、ポストの前に突っ立っていたら、赤い輪郭の光がふっと消えた。
閉じた。
もう、普通の街のポストに戻ってしまった。


真っ暗な新月の夜、ぼくはポストに手紙を入れる。
星が重なるその影に、むこうと繋がる道がある。





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みちしるべ

2025-03-04 19:47:00 | Short Short

暗い畦道を歩いていた。
父の知人の家に父とふたりで訪ねて行って、帰りにまたふたりで夜の道を歩いていた。

不意に立ち止まった父が空を指さした。
「北極星だ」
小学校に上がったばかりの私は、父の指の向こうに光る小さな点を見上げた。
辺りは田んぼばかりでやたら見晴らしがよくて、でも夜が濃くて明かりが遠くにポツンとあるだけで、私は心細いような、広々と伸びやかなような、伸び縮みする夢の中を歩いているような心持ちだった。

記憶はそれしかないのだけれど、生暖かい風と蛙の声とずっと向こうに見えた電車の明かりが、ときどき胸の奥から私を呼ぶ。
ほんの小さな夏の夜の切れ端が、未だに私の細胞を縫うように泳いでいる。


春を待つテトラポットの先に立ち、波の音にあの夜を見る。
寒々と空を見上げると、父の指の向こうに光った星があたかもそこに浮かび上がる。
「北極星だ」
私の方は見ずにただ空を指さしそう言った。
天体に明るくない人だったから、本当にそれが北極星だったのかどうかはわからない。
だけど、そうやって指さす先に光があることが、あの夜、あの時、私たちには必要だったのだろう。


潮風の隙間、わずかに香る。
暗い畔道も、冷たい波飛沫も、テトラポットに砕けて消える。
どこかで梅が咲いている。




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見つけ方

2025-02-25 13:45:00 | Short Short

強すぎる光に負けない烏の黒、路地裏の猫、草陰のヤモリ、なにもかもが湿気めいた彩の濃さ。
あんなに風が夏を謳っていたのに、吹きすさぶ乾いた木枯らしに変わらないのは電柱の烏の黒い艶。
そこだけがモノクロの世界に光を返し、真っ黒な羽に覆われた姿意外、際立つ命の気配はどこかへ押しやられていた。

地上の雪が何もかもを隠す。
どこまでも続く雲の波が空の青を隠す。

だけどそれは世界が示すある種の見つけ方なんだ。
たとえば僕は君といる時、君の光を見ていたくて僕の光を少し弱める。
つまりは僕が雪になって雲になって、輝く翼で君が美しく羽ばたく姿をこの世界に知らせたいんだ。

その時々で世界は本当に輝くものを僕たちに知らせようとしている。
そうやって見渡せば、隠されているその光景すら力強く鼓動し始める。
俯き、跪き、打ちひしがれていても、空と大地の鼓動がきっと君に伝播して、いつかその光を見ることが出来ると、僕は信じているよ。

今は襟を立て、身を寄せ、その時を待とう。
切り捨てられた葉牡丹の茎が小さな芽を出すように、それはとても確かなことだから。

烏が雪に濡れ羽をひろげる深閑に、ほら、行く方の風、東から。




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ぼくの部屋

2025-02-14 04:50:00 | Short Short

眠ってしまっていた。
暗くなった部屋で目を開けると、開いたままのブラインドから夜の光が点々と見え隠れし、暗い部屋を彩っていた。
春はまだ遠く、寒々しく物悲しいと感じていた夜の部屋は、ぼくの勝手な思い込みだったんだな、と光を見つめながらぼんやり思う。
この部屋は日中の陽射しに明るく照るだけでなく、目を凝らせば、そのままの美しさをぼくに与えてくれる……。

否。そうじゃない。
頭の中の霞が晴れるようだった。

暗い冷気に満ちた中に差しかかる明かりは、凛と静かに独特の煌めきでもってぼくに迫る。
今この部屋はぼくに、「ひとつ」許し、新しく別の姿を見せたのだと閃きが言った。
もう一度深くその光景を目に刻む。

それからいつもの部屋にするためにブラインドを閉じ、カーテンを引いた。いつもの間接ライトを点ける。カチ、カチ、カチ。三つのライトが部屋を灯す。一瞬で日常に戻る。
部屋の奥に目を遣ると、シンクに活けたグラジオラスが、零れた光に薄く映っている。
まんざら日常も、美しい。

そうやってぼくはこの部屋に馴染んでいく。
そしてときどき、訊ねてみるんだ。
ねえ、出口は、どこにあるの?



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潜る

2025-02-07 06:16:26 | Short Short

潜っていく。潜っていく。
沈んでるんじゃない。自分でどんどん潜っていくんだ。

白いのか青いのか、見えそうで見えない濁ったところを、目指す方へ迷わず進む。このまま曲がらず真っ直ぐに行けば、澄んだ場所にたどり着くはずだと、あの子は言った。

「濁っているものに染まらないよう、真っ直ぐにね」
ぼくは彼女にうなづく。「絶対とか、自信ないけど」
「濁った中に、粒みたいに光っているものを見失わなければ大丈夫。少しくらい染まっても、少しくらい違っても、それはいいの」
彼女はぼくの背中に手を添えやさしく押し出した。


先の見えない濁りの中で、ぼくはずっと言い聞かせてる。ぼくにはぼくしかいないから。
でもふっと、意識に隙間が出来て、濁色の中にどっぷり沈み込みそうになる。もうすっかり諦めて最後の最後にはこの濁りの中に身を任せてしまおうかと、目を閉じそうになった。

すると、見えない先で何かが光った。
朦朧とした眼前の白濁を突き抜けて、あの光が真っ直ぐにぼくを見つめていることに、そのとき気づいた。
ここだよって語りかけてくるあの無垢な光を喜ばせたい。
だからなんとか気を確かに取り直して、ぼくは今日も自分の内側の奥へ奥へと潜っていく。
あの光を目指して。



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煉瓦

2025-02-03 03:25:00 | Short Short

屋上のまるい煙突カバーから煙が出ていた。
それはただの通気口だったのかもしれないが、古い煉瓦造りの、1メートルほどの四角柱の突起上にかぶせたアールデコ調のカバーが、なんだか煙突の方が似合っていると思った。

いくつもの淡い煙が屋上にふわふわと、ビルが吐く息のように白く漂い、私は、自分がその中に身を隠していられるこの時間が、あまり残されていないのだとわかっていたけれど、そのときは唯一ここにいることが、落ち着きを取り戻すただ唯一の方法に思えた。
実際、もう半日もここを動けずにいる。

暗くなる頃、彼が屋上の扉を開け、暮れ行く空の下に佇む私を見つけた。
どうしてここだと分かったのか、あちこち探したのか、それは訊かない。きっと私を見つけてくれると思っていた。そういう人だから。

私の時間は終わった。
もう決めなければいけなかった。

彼がそばに居る。悲しくも寂しくもない。
ただ、自分の価値がひどく落ちぶれてしまったような無力感が、彼のやさしさを上回った。
「大丈夫だよ」と彼は言う。
「そうね」と私も言った。

そうね、でもその先に言葉が何も浮かばなかった。
屋上の端に、夜のあわいに湧く白い煙にまぎれて、打ち捨てられた煉瓦がひとつ見えた。その一片がいつかどこかで、役に立つことがあるのだろうかと見つめるうちまた煙に消えた。

やさしいことが辛くなる。
自分の存在理由は、自分で保っていたかった。
私もいつかあの煉瓦のように、ただそこに在ることだけで時間が過ぎ、これまでの何もかもが徒労に終わる日が来るのではないかと、立ち並ぶビルの明かりを見下ろす足がすくんだ。

「心配ないよ。家に帰ろう」彼が言う。
私は彼に向き直り、「そうね」と微笑んだ。




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