生涯大学 生活科 三四会

三四会 会員相互の交流の場です

神田の古き街並み

2018年01月28日 21時07分09秒 | 日記

東京は4年ぶりの大雪。それより2日後それはそれは寒い一日でございました。

そんな神田の古い建物を巡ってみたのでございます。

鍛冶町はその昔職人の町として栄えたそうでございますが、今では広い道に面して近代的な建物が並ぶサラリーマンの町と言えましょうか。そんな中に、周囲の建物を圧倒するレトロな建物「丸石ビルディング」がございました。昭和の初期、山下寿郎氏設計によるロマネスク様式のビルで、玄関を守る2頭の獅子、アーチに施された動物や植物のレリーフは昭和の初期の余裕と文化を醸す華麗な建物でございます。

  

駿河台には青空に中央ドームの屋根がそびえるニコライ堂がございます。明治24年コンドル氏の監督によって建てられた美しい聖堂でございます。神田を代表する建物の一つでございましょう。

 

昼食にも古い店が多くございます。大正3年創業の天ぷら屋。銅板の「八ツ手屋」には威厳すら感じるのでございます。通りに面して、太ったご主人が黙々と天ぷらをあげているのでございます。昭和20年創業の栄屋は「ミルクホール」の暖簾をかかげています。「みますや」は明治38年創業。昼時は近くのサラリーマンで賑わう一膳飯屋といったスタイルで入りやすいお店でございます。

まだまだいろいろとご紹介いたしたいところでございますが、今宵はこれまで。また機会がございますれば続きをお話しいたしましょう。          源次拝


源次物語2018.01

2018年01月23日 15時05分01秒 | 日記

久しぶりに戻ってきました。

気が付くと我が家は広告に乗っ取られ、荒れ果てて居ました。long long ago の世界です。

それでも有難いことに毎日20名前後の方々が訪れて下さっています。ありがとうございます。

また、気合を込めて日々のつたない思いを述べてみようかと思います。

よろしくお付き合いのほどお願いいたします。叱咤、激励等コメント頂ければ幸いです。

さて、昨日は4年ぶりの大雪で、庭の蝋梅がろーばいしていました。

今日は家の周りの雪かきで腰が痛くなりました。

気が付けば喜寿を迎える年齢になっていました。

この4年の間にいろんなことがありました。

素晴らしい友達に出会い、そして悲しい別れもしました。

額は禿げ上がり、顔にはシワ、シミが刻まれました。

あと何年生きるか、生かされるか。

日々是好日、絵手紙を書き、カメラを持って町をぶらつく。

これが今年の目標です。

                    源次拝

 

 


夏も終わる大曲の花火

2016年08月30日 21時17分49秒 | 日記

三四会の皆様

明日で8月も終わり、皆様お元気でしょうか。

今年もお盆を田舎で過ごし、9月初旬まで滞在する生活を送っています。

今回は“大曲の花火”を桝席で見られる幸運に恵まれました。

ショパンの革命やベートベンの第九など本格的な音楽に乗せて打ち上げられる花火はまさに頭上から降り注いでくる芸術品でした。

(写真は多重露光など加工は一切ありません)M.M


第53回三四会浦安散策とクラス会総会兼お食事会

2016年07月08日 17時37分38秒 | 日記

7月6日、「第53回三四会浦安散策とクラス会総会兼お食事会」が浦安市にて開催されました。散策に参加された方は13名、総会兼お食事会に参加された方は17名でした。

開催地の浦安といえば東京デズニーランドと埋め立て地に建ち並ぶ高層マンション街、そして市の財政が豊かな町というイメージですが、その昔は、浦安市の前身である堀江村・猫実村を「名所江戸百景堀江ねこざね」と題して歌川広重描いている景勝地だったようです。

広重の絵は境川を挟んで向かって右側に猫実村、左側に堀江村を描いていますから、我々が歩いたのも江戸から続く古い町並みだったということになるのでしょうか。

9時半に東西線浦安駅に集合し、境川沿いに境川の両岸に平行して延びている堀江地区・猫実地区を、浦安市郷土博物館まで散策いたしました。

この周辺には寺社が数多く、貴重な民家が保存され昔ながらの銭湯、駄菓子屋が現在も点在し、また旧江戸川河口には船宿があり、そこからは東西線の鉄橋が望めました(写真)


 境川沿いに歩き、まず清瀧神社に立ち寄りました。丁度明日が七夕ということで、この青瀧神社では短冊が用意されていました。

皆が思い思いの願い事を書き、拝殿の左右に立てられた笹竹にそれを結わえましたが、何を願ったのでしょう。

ところで写真は大正11年に社殿斜め奥につくられたという富士山で、昭和50年ころまでは富士山信仰が盛んだったとのことです。

今は緑の苔が映え人工物とはいえこのお山はなかなかのものでした。

そして明治2年に建てられたという「商家旧宇田川家住宅」や「漁師の旧大塚家住宅」を見学したりして、昔の人の生活ぶりを偲びました。

写真は旧宇田川家の井戸、旧大塚家住宅の案内看板、神明橋から境川沿いの散策を楽しむ三四会メンバーの後ろ姿です。

何故井戸や看板なのかって?立派な柱の建屋よりも面白いと思った、ただそれだけです。スミマセン。


散策の最後は“懐かしい”浦安の町並みや屋形船が展示されている郷土博物館で、到着したのは11時過ぎでした。

写真は博物館の屋外展示場に再現された昭和27年頃の「漁師町浦安」です。

この屋外展示場には当時浦安の生活の中心だったベカ船といわれる木造漁船も浮かべられていました。こんな小さな船で漁をしていたのです。

しかし昭和33年の製紙会社による東京湾汚染事件をきっかけに漁業は衰退し、昭和46年に漁協は漁業権を完全に放棄し、これが今の浦安の発展の礎であったと評されていますから皮肉です。

心憎い散策コースを堪能した13名は、博物館からは浦安市が運営する乗車1回100円の「おさんぽバス」を利用して、総会会場である新浦安駅前のオリエンタルホテル東京ベイに向かいました。

ホテルに到着すると既に4人がロビーで待っていてくれました。ビュッフェスタイルとはいえ、豪華な個室の会場でさっそく昼の饗宴です。

写真は総会会場となったホテルのロビーです。右奥に総会会場のレストランがありました。

今回の総会では一人1点、100円ショップでプレゼントを購入し、交換するという新趣向が取り入れられました。たかが100円ショップと言うことなかれ、このプレゼントにはメッセージ付きもあり、小さいけれど暖かい幸せを届けてくれました。

総会ではKさんからのメッセージなども報告され、また文化企画部から8月5日の視察船乗船とお台場ランチの詳細案内文が配られたりしました。そして話題は9月の企画です。「成田山新勝寺と成田空港見学」が提案され「ええんじゃないの~」と何方かが一言いったとかで、これも了承されました。

盛況のうちに総会もお食事会もお開きとなり、2時過ぎにホテルを後にし、西船橋駅にて解散いたしました。

西船橋でおりたクラス会会長以下6人はその後4時過ぎまでホッピーで今日一日の反省をしたとのことでした。

(写真&文責M.M






 

 

 

 


寄席芸の神髄を堪能(6/6寄席の日)

2016年06月29日 04時31分57秒 | 日記

 三四会としては4回目となる寄席観賞会が、今年も「上野・鈴本演芸場」で催されました。

 毎年6月の第1月曜日は「寄席の日」ということで、入場料金が半額に割引されます。最近はそのことが浸透されつつあり、この日も、鈴本の前の歩道の一部分に待機場所がつくられ、開場1時間前には結構な寄席愛好者が並んでいました。

 慣れた?私たち15名は、適切な前列中央席2列を確保し、各人が用意した飲食物を口にしながら、前座からこの日のトリを務める林家三三まで4時間にわたっての寄席芸を堪能しました。

 寄席芸については以前にも「三四会通信」(おお!懐かしい我が愛するミニコミ紙)に書かせてもらったことがありますが、その魅力は何といっても出演者の強烈な個人芸にあります。もちろんライブなので表情が読み取れるし、人生経験からできたしわの深さやシミまでも含めて、演者の生きざまがもろに伝わってきます。

 ぽっと出の人気者とは違う、「ここが好きなんだ、ここが私の生きる場所なんだ」という積年の思いが、出汁の利いた芸に深みを感じさせてくれるのかもしれません。

 にゃん子・金魚の金魚の「ゴリラ芸」、のだゆきの「ピアニカによる日常生活の中にある音の数々の表現」、川柳の「戦中・戦後のアカペラ歌謡」、ロケット団の「時事風刺漫才」、そして、大取の林家三三(イケメン)による、本日の出演者全員の持つ魅力を見事にまとめたまくらと古典落語のテンポの良さ! しびれました。

 今年も、とてもいいものに出会えたと、心地よい気分で鈴本をあとにしました。

                                            (S・T)  

 (ああ、責任が果たせた。これで三四会ブログからCMが消えるかも、ホット一息)                                                                                                    


筑波嶺の峰より落つるみなの川

2016年03月12日 20時13分08秒 | 日記

3月10日三四会50回記念の行事は筑波山神社と筑波山梅園の見学でした。前日の冷たい雨は15名の熱き男女によって見事に吹き飛ばし、散策日和となりました。つくばエクスプレスで南流山駅よりつくば駅まで25分、清潔な車両は早くて快適でした。つくば山シャトルバスは筑波山神社までの約40分。研究・教育施設の立ち並ぶ綺麗な道を進むと古い民家の点在する農村に入ります。早くも前方に筑波山が、そして筑波山神社の大きな赤い鳥居が見えてきました。ほぼ貸し切り状態の一行は小学生の遠足気分よろしく大きな声でしゃべり、笑い絶好調でバス旅行を楽しみました。赤い大鳥居をくぐり厳かな拝殿にお参りします。大きな鈴が印象的です。伊弉諾尊と伊弉冉尊が結婚し神々を産み、国産みをされたことから、縁結び、夫婦和合、家内安全、子授けなどの御神徳があるとされています。もちろん私は縁結びを祈願しました。(うそだよ~ん)

拝殿横の宮脇駅より山頂近くの御幸ヶ原まで筑波山ケーブルカーで登ります。展望台からは霞ケ浦までの平野は一望できましたが、富士山やスカイツリーはみることができませんでした。健脚組はここより、女体山山頂に向かいます。登るにつれて、木々の枝に水滴がついています。触ってみると氷です。そう樹氷です。麓から山頂の白くもやっているのは何だろうと疑問に思っていたのはブナの小枝にぎっしりと着いた氷だったのです。感激しました。

 山を下りて梅園に向かいます。紅梅2百本、白梅8百本ほぼ満開で圧倒されました。 

よもぎの草餅を食べながらガマの油の口上を聞きました。帰りのシャトルバスもやはり貸し切り状態で、少し疲れでうとうとしていたところに大きな笑い声が飛び込むのは、三四会いつもの風景です。お終いは当然、つくば駅前のサイゼリアで反省会。喋りすぎの楽しい一日を振り返りました。

声ぞつまりて咳となりぬる (養老院)            


2月17日・NHK放送博物館等の見学記

2016年02月29日 06時54分01秒 | 日記

 1月30日にリニューアルオープンしたばかりのNHK放送博物館の見学が、2年越しに実現した。

今回の参加者は18名という賑やかさ。しかも、男性はAさんを除き、11名全員が顔をそろえた。久しぶりに

えた仲間の元気な姿が見られたことがとてもうれしい。

 申年ということもあり、はじめに「栄閑院猿寺」にお参りする。小さな目立たない寺院だが、あの解体新書で

高い杉田玄白の墓があった。また、門柱、本殿、屋根の上に1対ずつ計6匹の猿の彫り物が飾られていた。

 エレベーターで愛宕山の山頂まで上り、放送博物館へ。以前は団体向けに解説の方が付いたそうだが、

験を重視した展示にしたとのことで、説明がなかったのは、残念だった。

 それでも、どんなときにも楽しんでしまう術を発揮する三四会の仲間。スタジオ体験、天気予報の模擬出演

適当に過ごしていた。8Kシアターで映像の迫力を感じ、博物館をあとにした。

 隣接する愛宕神社から出世の階段を見下ろす。急坂の階段が絶景だった。当初無理をせず女坂を下る予

定でいたが、なんと参加者全員がこの階段を下りたのにはびっくり。どなたも怪我なくほっとした。

愛宕神社をあとに増上寺を経由して芝公園に向かう。古墳横の林の白梅がちょうど満開で、美しかった。

遅めの昼食&懇親会は、浜松町駅近くの天狗酒場で賑やかに行われた。3月筑波山の日程とそれ以降の

計画で盛り上がった。継続は力というけれど3月は、三四会行事50回目となる。

健康な仲間と天候に恵まれ,これからもこうして出会いの場があるであろうことを幸せに思う。(ST)

 

 


柴又七福神めぐり

2016年01月07日 14時21分52秒 | 日記

明けましておめでとうございます。

恒例となりました新春七福神めぐり、本年も1月6日に三四会の善男善女11名が柴又七福神を巡ってまいりました。

「何故新春に七福神めぐりをするの」などという野暮な議論をする人もおらず、「今年も皆元気に顔を合わせられそうね」

などと喜び合いながら、朝10時少し前に京成高砂駅を柴又駅方向に出発しました。

行く先々のお寺でご朱印をいただく人もいて、どのお寺のご朱印が立派かなどと話したり、写真を撮ったりして、

観音寺(寿老人)―医王寺(恵比寿)―宝生院(大黒天)―万福寺(福禄寿)―題教寺(=柴又帝釈天。毘沙門天=多聞天)

―真勝寺(弁財天)-良観寺(布袋尊)の七福神を2時間で巡り終え、再び金町駅前まで戻りました。

(写真は良観寺でみた子育て地蔵の大群。お揃いの赤いお帽子エプロンも真新しい)

さて昼食です。例のごとくサイゼリアです。話題は6月までの三四会行事に花が咲き、そして大量のワインを呷って気分よく、

お開きとなりました。ところがこれで終わらないのが三四会、松戸大都会で会の生末について熱く議論し、充実した1日を

締めくくりました。

(写真は医王寺山門の4隅におかれた四天王像のうち多聞天)M.M

 

 

 

 


歓喜の歌(12月8日ー第九の夕べ鑑賞会報告)

2015年12月26日 15時33分12秒 | 日記

今年も残りあと5日間となりました。私なりの思いや願いが空回りして、報告のタイミングを逸することにより、ブログの進行を妨げる結果となったようで申し訳ありません。

三四会としては3回目の「聖徳学園第九の夕べ鑑賞会」は12月8日に行われました。16名の方が鑑賞しました。3回目ということもあり、皆さん、会場である川並香順記念講堂の雰囲気に溶け込んで聴き入っていました。演奏直前まで私語が多かった学生さんたちも、指揮者がタクトを構えた瞬間から静まり返り、東京交響楽団の演奏の世界に引き入られたようです。

今回パンフレットで、指揮者である山本真さんの経歴を初めてまともに読んで知ったことですが、あのNHK交響楽団で30年間2ndホルン奏者として活躍された国際ホルン協会会員であるとのこと。父親も指揮者であったようで、音楽家は代々音楽一家となるケースが多いのでしょう。

第九を聴いているといつも感じるのですが、人間の、詩人シラーや作曲者ベートーベンの、いきざまそのものが伝わってきます。緩やかで穏やかに過ごせていたと思えば一転して疾風怒濤の世界に置かれたりして、決して平坦な道ではありません。山あり谷あり、まさかという坂にも直面します。それでも、最後に歓びに満ちた花園に導かれるという大合唱で終わるのです。このプラス思考が、世界中の人々に第九が愛される大きな理由なのだと思います。

私は今回が、これまでで一番迫力がある演奏と合唱が聴けたと思っています。特にティンパニーの響きと、バリトンの歌い出しにしびれました。いい夕べを過ごせてよかったです。

当然、花の舞での忘年懇親会も盛り上がりました。来年も皆で分担して行事を計画し、楽しんでいければと思います。

皆さん良いお年を! (文化部 ST)