・ 【北海道の山岳道路として面白いのです】
車は殆んど通行していない道路です、日高山脈をぶちぬいて道路が作られました
【天馬街道】
「国内サラブレットの産地日高と十勝を結ぶ国道236号は、帯広を起点に浦河町に至る
全長約百三十九キロの幹線道路。1997年9月に全面開通し愛称を一般 公募したところ
3,400通の中から道産子とサラブレッドの出合いをイメージした「天馬街道」の
ニックネームが名付けられた。」
気持ち良い風が抜けていきます
急峻な山肌を縫って道路は延びています
・ 【難工事であったのは十分想像がつきます】
ゴールデンウイークに走りますと、まだ残雪が残っています、日高山脈は人跡未踏の場所が点在していると思います
日高山脈を抜けるには広尾町から海沿いの黄金道路を通って襟裳岬を回って太平洋沿岸の浦河に
達する道だけがあるだけかとと思いますが、バイパスする山岳道路があるのです
(日高山脈を越える道の経済効果はどれほどあるのでしょうか?)
トンネルを含む広尾町から浦河町までの区間は天馬街道と呼ばれる
・ 【こんな人も通わぬ所に道路をつくるとは】
北海道開発局は独自の予算と権限を持つ強力な役所です、JR北海道はこの役所に吸収させて
抜本的改革を行うべきと思います、旧国鉄分割民営化で一番割りを食うのは判っていました
長い線路の保守点検作業は大変です、赤字路線の廃線を繰り返して赤字削減を行っております
ますますJRの利用者は激減しています
(JR日高線も単線の1両編成で無人駅も多く利用者も少ない、高速道路が延びれば間違いなく廃線だと思います)
全く車が走っていませんが、目的地に行くには2本の交通手段が必要なのです
(JR日高線はそのために存続しているようです)
・ 【襟裳岬経由の黄金道路が通行止めになる時必要になるのです】
今は日勝峠をバイパスする高速道路もできています、この道路が本当必要だったか疑わしいです
鈴木宗雄さんの執念のような道路です、この道路を作った作業員さんの話によれば、重機の墓場と呼ばれる
場所があるそうです、「山が動いて」大型の重機が飲み込まれた所があり、トンネルを掘る予定だったのに
今は橋になっていると言われました
(確かにトンネルを抜ける所には橋が架かっていました)
峠の頂上にはトンネルがあります
・ 【つい最近まで北海道で一番長いトンネルでした】
【野塚トンネル】
「かつて、十勝から日高まで行くためには国道336号を通る必要があった。しかし、えりも経由の
コースは大きくく迂回するルートになる上、黄金道路と呼ばれるルートは土砂崩れなどにより
通行止めになることが多く、新たなコースを作ることが求められていた。戦前にも迂回ルートを
作ることが検討されていたが、戦争が激しくなったこともあり中止している。
その後、野塚岳の直下に広尾と浦河を結ぶトンネルを作ることになり、1979年に工事を開始した
日高山脈を横断する形で作られたため工事は困難を極めたが1990年に貫通し、1997年9月23日に
騎馬隊による渡り初めが行われ、2日後の9月25日に国道236号が全線開通した。
この開通式には鈴木宗男も参加している。渡り初めは騎馬隊によって行われたが、歩道がないので
歩行者や自転車の通行には注意を要する」
(車も通わぬ道路のトンネルは不気味な感じに捉われます)
トンネルを抜けると浦河町に入ります!
・ 【何べん来ても不気味な道路です】
道路やトンネル工事事情を知ってますから早くトンネルを抜けたいのです、過去にママと来て土砂降りの大雨に見舞われました
バイクの後部座席というのは全く心配ないものなのです、彼女は普通のトンネルと同じように見えているみたいです
僕は迫り来る日高の山並みが人の気配を寄せ付けない急峻さですから、できるだけ早く抜け出たいのに彼女は平気でした
(女は強し、男は臆病です)
広尾側から超えて浦河に入りました!
(トンネルはどちらが入口でどちらが出口でしょうか?入ったほうが入口なのです!)
・ 【今日は雨降りでは無いので安心です】
長いトンネルでしたから出口の明るさを確認すると安心します、これで十勝平野とはお別れです
浦河は地震に火災に津波の多い街です、建物は建て替えられて町並みは新しいですが人は歩いていません
車は殆んど通行していない道路です、日高山脈をぶちぬいて道路が作られました
【天馬街道】
「国内サラブレットの産地日高と十勝を結ぶ国道236号は、帯広を起点に浦河町に至る
全長約百三十九キロの幹線道路。1997年9月に全面開通し愛称を一般 公募したところ
3,400通の中から道産子とサラブレッドの出合いをイメージした「天馬街道」の
ニックネームが名付けられた。」
気持ち良い風が抜けていきます
急峻な山肌を縫って道路は延びています
・ 【難工事であったのは十分想像がつきます】
ゴールデンウイークに走りますと、まだ残雪が残っています、日高山脈は人跡未踏の場所が点在していると思います
日高山脈を抜けるには広尾町から海沿いの黄金道路を通って襟裳岬を回って太平洋沿岸の浦河に
達する道だけがあるだけかとと思いますが、バイパスする山岳道路があるのです
(日高山脈を越える道の経済効果はどれほどあるのでしょうか?)
トンネルを含む広尾町から浦河町までの区間は天馬街道と呼ばれる
・ 【こんな人も通わぬ所に道路をつくるとは】
北海道開発局は独自の予算と権限を持つ強力な役所です、JR北海道はこの役所に吸収させて
抜本的改革を行うべきと思います、旧国鉄分割民営化で一番割りを食うのは判っていました
長い線路の保守点検作業は大変です、赤字路線の廃線を繰り返して赤字削減を行っております
ますますJRの利用者は激減しています
(JR日高線も単線の1両編成で無人駅も多く利用者も少ない、高速道路が延びれば間違いなく廃線だと思います)
全く車が走っていませんが、目的地に行くには2本の交通手段が必要なのです
(JR日高線はそのために存続しているようです)
・ 【襟裳岬経由の黄金道路が通行止めになる時必要になるのです】
今は日勝峠をバイパスする高速道路もできています、この道路が本当必要だったか疑わしいです
鈴木宗雄さんの執念のような道路です、この道路を作った作業員さんの話によれば、重機の墓場と呼ばれる
場所があるそうです、「山が動いて」大型の重機が飲み込まれた所があり、トンネルを掘る予定だったのに
今は橋になっていると言われました
(確かにトンネルを抜ける所には橋が架かっていました)
峠の頂上にはトンネルがあります
・ 【つい最近まで北海道で一番長いトンネルでした】
【野塚トンネル】
「かつて、十勝から日高まで行くためには国道336号を通る必要があった。しかし、えりも経由の
コースは大きくく迂回するルートになる上、黄金道路と呼ばれるルートは土砂崩れなどにより
通行止めになることが多く、新たなコースを作ることが求められていた。戦前にも迂回ルートを
作ることが検討されていたが、戦争が激しくなったこともあり中止している。
その後、野塚岳の直下に広尾と浦河を結ぶトンネルを作ることになり、1979年に工事を開始した
日高山脈を横断する形で作られたため工事は困難を極めたが1990年に貫通し、1997年9月23日に
騎馬隊による渡り初めが行われ、2日後の9月25日に国道236号が全線開通した。
この開通式には鈴木宗男も参加している。渡り初めは騎馬隊によって行われたが、歩道がないので
歩行者や自転車の通行には注意を要する」
(車も通わぬ道路のトンネルは不気味な感じに捉われます)
トンネルを抜けると浦河町に入ります!
・ 【何べん来ても不気味な道路です】
道路やトンネル工事事情を知ってますから早くトンネルを抜けたいのです、過去にママと来て土砂降りの大雨に見舞われました
バイクの後部座席というのは全く心配ないものなのです、彼女は普通のトンネルと同じように見えているみたいです
僕は迫り来る日高の山並みが人の気配を寄せ付けない急峻さですから、できるだけ早く抜け出たいのに彼女は平気でした
(女は強し、男は臆病です)
広尾側から超えて浦河に入りました!
(トンネルはどちらが入口でどちらが出口でしょうか?入ったほうが入口なのです!)
・ 【今日は雨降りでは無いので安心です】
長いトンネルでしたから出口の明るさを確認すると安心します、これで十勝平野とはお別れです
浦河は地震に火災に津波の多い街です、建物は建て替えられて町並みは新しいですが人は歩いていません
これが本当の「冷えとり」の手引書 | |
PHP研究所 |
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます