770 :1:2007/04/08(日) 10:11:29 ID:eJV/N9Hs
SS投下します.
「ふぅー.」
俺は思わずため息をついた.
学校から俺の家まで,これで全行程の半分だ.
「それじゃあ佐々木,チャリを取ってくるから少し待っててくれ.」
「ああ.」
佐々木がいつもの返事をする.
まったく,めんどくさいものだ.
学校が終わったていうのに,また授業なんか聞かなくちゃならないなんてな.
中学三年のころの話だ.
あのころ,俺は今にも胴体着陸を決めんばばかりの成績を心配した母親に塾に通わされていた.
「君の場合本当に学校で授業を聞いていたのかな?」
佐々木がくくっといたずらっぽく笑う.
うるさい,そういう突っ込みはなしだ.
同じ塾の同じ教室にクラスメートの佐々木がいた.
どちらともなく話しかけて,気がつけば一緒に学校帰りにあいつを自転車の荷台に乗せて塾に通うようになっていた.
771 :2:2007/04/08(日) 10:12:26 ID:eJV/N9Hs
「ほら,鞄貸せよ.」
そういって佐々木から渡された鞄を前かごに入れる.
俺は少しかったるい気分で自転車にまたがった.
「いいぞ,乗れよ,佐々木.」
「あぁ,いつもいつもすまないね.」
そう言って佐々木は静かに荷台に座った.
片腕だけを俺の腰に回す.
こういったところがいかにも佐々木らしい.
どういう風に佐々木らしいかと言われると返答に困るのだが.
「いくぞ.」
そう言って俺は自転車をこぎ始めた.
腰にまわした佐々木の腕の力が少し強くなる.
佐々木のショートカットの髪が俺の背中に触れた気がした.
772 :3:2007/04/08(日) 10:14:14 ID:eJV/N9Hs
「キョン.僕が君の自転車の荷台になることによって,君の負荷はどれくらい増しているのかな?」
佐々木が後ろから話しかけてくる.
小難しいことを言っているが,要はお前を乗せてどれくらいしんどくなったかってことだろ.
佐々木が喉の奥で息をするように笑った.
「そうやって物事の言質を単純に表現できるのはすばらしいね.」
ほめてるのか,けなしてるのかどっちだ.
「物体の運動エネルギーはニュートンによれば,質量と速度の二乗に比例するらしいね.つまり,僕が乗ることによって質量が-そう,1.6倍くらいかな-になれば,君の必要とするエネルギーも1.6倍になるというわけだ.」
ってことは,お前の体重は俺の0.6倍なのか.
「そういう無粋な詮索はやめてもらいたいものだね.」
くっくっと佐々木が喉の奥で声を鳴らす.
そうやって俺は佐々木先生のありがたい物理の講釈を聞きながら,塾へと自転車を走らせた.
まったく,これから授業を聞くって言うのにたまったもんじゃないな.
773 :4:2007/04/08(日) 10:16:05 ID:eJV/N9Hs
塾の前で佐々木を降ろす.
俺はそこから塾の脇にある駐輪場に自転車を停める.
いつもの光景だ.
「待たせたな,佐々木.」
そう言って塾の入り口で待っていてくれた佐々木に声をかける.
「何,学校から徒歩で移動する時間を考えれば,この程度の待ち時間など誤差の範囲内だよ.」
なんの誤差かよくわからんが,まぁ,あのうんざりする距離を歩くことを思えばな.
「ところでキョン.」
「なんだ?」
佐々木がいたずらっぽい笑顔で俺を見た.
「今日の予習はやってきたのかい?」
やってくるわけがない.俺はたぶんきっと忙しかったような気がするのだ.
佐々木がくっくっと笑う.
「だろうね.実に君らしい.」
そう言って佐々木と俺は教室に入った.
なんで佐々木と俺が同じ教室にいるのか不思議で仕方がない.
あいつと俺の学力なんて比較にならないくらい離れていると思うのだが.
毎回毎回の小テストでもあいつは上位の常連だ.
俺は-まぁ,言うまでもないと思うので聞かないでくれ.
ただ,どういったわけかその日のテストだけは出来がよかった.
どっかの誰かが自転車の後ろで授業をしてくれたおかげで.