【涼宮ハルヒの憂鬱】佐々木ss保管庫

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佐々木スレ6-658 「笹の葉ワルツ」

2007-05-08 | 七夕ss

658 :笹の葉ワルツ 1/6:2007/05/08(火) 04:06:46 ID:Wyz+aaZE
 たしか、そう、その日は七夕だった。塾の帰り道、ベガだのアルタイルだのそんな話しを
今にも降り出しそうな曇り空を見上げながら、お前と話していた記憶がある。佐々木と別れて、
自転車に乗ってそこから先の記憶がどうもはっきりしない。ただ、通い慣れた道だ。ぼーっと
しながらも、事故にも遭わず、俺は帰路についていたようだ。はっきりとした記憶があるのは、
風呂に入ったこと、夕飯をキチンと平らげたこと。何もする気がなくて、さっさと寝てしまった
こと、ぐらいだ。
 で、なんだって佐々木?
「だから、当時は聞きそびれていたんだが、二年前の七夕の夜、といっても深夜に近い頃だ。
キミは僕と会っていなかったか」
 そりゃ、お前と友達になったのは、二年前、中三の春だが、七夕の深夜にお前と会っていた
記憶はないぞ。
「うむぅ、となると、やはりキミではないのか。仕方がない、これ以上は埒が明きそうにない。
僕と七夕の関わり合い、僕の秘密から話そう。全部聞いてから、キミの意見を聞かせてくれ。
実は僕は七夕と僕らの出身中学にはちょっとした思い出があってね…………

「笹の葉ワルツ」

 俺が目を覚ましたのは、風によってだった。柔らかで無機質な感覚が頭の後ろにある。
すっと、顔をひと撫でされた瞬間に、眠気は吹き飛んでいた。どこまでも、冷たい無機質な手、
この手には覚えがある。冬眠明けの熊のような動きで、身体を起こす。
 公園のベンチには、去年の春の頃と同じように身じろぎもせず、一年前から座っていたかの
ような、長門の姿があった。どうやら、俺は長門に膝枕して貰っていたらしいな。ち、もう少し、
後ろ頭に鋭敏な感覚があればな、そう思わないでもない。
「長門、一体何が起こってるんだ…って蒸し暑いな……この暑さ、もしかして、“また”なのか?」
 とりあえずは、この宇宙人に状況を確認する。コンマ2ミリ、長門の顔が首肯する。
「また、三年、いや四年前の七夕か……一体、ここに、俺はあと何回来るんだ」
 今度は、髪の毛二本分くらい長門の顔が振れた。違うのか、今は何時なんだ。
「現在のあなた、からすれば2年前に相当する」
 今回は、朝比奈さんじゃないのか、朝比奈(大)さんでもなく。座ったままの長門が俺を
見上げる。そうか、今回の黒幕はお前なのか、長門有希。お前は一体、俺に何をやらせる
気なんだよ。
 長門は応えず、すっと右手の人差し指を北の方角に差す。
「この先に、中等学校が存在する」
 東中はあっちだぞ、俺はハルヒの通っていた、東中の方向を指した。
「あなたが、かつて通っていた、学校」
 俺の中学で、俺の在学中に奇天烈な事件なんか、何もなかったはずだがな。
一体、何があるんだ。
「そこにあなたを待つ、人がいる」
 今度は一体、誰がいるんだ。その質問には答えが返らなかった。まったく、どうしてこう
未来から俺を引っ張ってくるヤツは、何も話さないんだ。
 ああ、わかっているさ、既定で禁則なんだろ。


659 :笹の葉ワルツ 2/6:2007/05/08(火) 04:10:11 ID:Wyz+aaZE
 俺は口から半ばほどはみ出ていた文句を飲み込み、長門に背を向け、かつて通い慣れた道を、
自分の中学校への通学路をたどり始めた。
 ちぇ、あんな顔を見せられちゃ、問いつめることすらできやしない。いいさ、今は長門を信
じるだけだ。コレは、今の俺、あるいは未来の俺、もしくはハルヒとSOS団にとって必要な
ことなのだ、きっと。
 長門にとって、とは考えなかった。何でなんだろう。アイツにだって、親玉はいるし、アイ
ツ自身の意志ってものがあるんだって、俺は誰よりも知っていたはずなのに。


 しかし、暑いな。もっとも前の時と違い、俺は夏っぽい格好をしていた。もっとも、サイズ
が微妙に、極めて微妙に小さい。身体を動かすたびにあちこちが突っ張る。目に入る範囲では
身体に異常はないんだが、とりあえず、身につけている物を確認する。財布はある。携帯はな
いようだな。ってこの財布、俺の財布じゃない……どういうことなんだ? いや、この財布は
俺のだ、確かに。そう、今の俺ではなく、二年前の俺の財布である。
 まったくもって意味が、わからん。
 そんなとりとめもない思考を垂れ流しにしながらも、俺の両足はきっちりと俺の身体を、
中学へと届けていた。
 そこには、ひとりの女性が、校門には寄りかかるようにして、立っていた。

「誰かと思えば、まさかキミがここに現われるなんて、想像すらしていなかったな。一体、
どんな風の吹き回しだい? キョン」

 容姿は多少幼いものの、その表情は、ある意味では今の彼女よりもよく知っていた。そう、
このころ、俺は他の誰よりも、彼女と連んでいたからだ。二年前の佐々木がそこに立っていた。
「……ん、キョンじゃない? 失礼だが、あなたは、キョンの……」
 果てさて、どう説明したもんだろうか。ハルヒの時とは違う。佐々木は、俺のことを見知っ
ている。どうしたものか、俺は確かに、ヤツのことはよく知っている。生まれてこの方十六年
も付き合っているのだ。利発な佐々木のことだ、下手な嘘は通じないだろう。だから、嘘だけ
は吐かないように注意して口を開いた。嘘は吐かない。だが、真実も告げない。
「ああ、確かにキミがキョンと呼ぶ人間についてはよく知っている。たぶん、キミよりも、他の誰よりも」
 佐々木は眉を潜めて、値踏みするように俺を見つめた。
「あなたが着用している衣服は、今日、彼が着ていたものだ。だが、あなたは彼によく似てい
る、生き写しだが、彼ではない。これは一体、どういうことなのだろうね。世の中には似た人
が三人はいるとは聞いたことがあるが、ここまで似ていたら、そこには何か、作為的なものが
あるとしか思えない」
 俺は、首を窄めて、降参というように両手を広げた。世の中には告げることのできない事実
もある。言うべきじゃないこともある。今がその時で、これがそれだ。
「詮索無用という訳か、ではあなたの名前は? あなたはキョンによく似ているが、彼ではな
いのだから、そうは呼びたくない」
 とりあえずは、好きに呼んでくれて構わないが、敢えて言うなら、そうだな。ジョン・スミス
とでも呼んでくれ。
 それを聞いた、佐々木はくつくつと、転げる鈴のような笑い声を上げた。……なんか、懐か
しいぞ。この春に再び聞いた笑い声だが、二年前の佐々木はこんな風に良く笑っていた。
「匿名希望くん、そうか、キミもジョン……そうか、そうだっ。キミだ、ジョン」
 …………はぁ?
「再びキミに会えるとはな、どうしたことだ。いや、これはアルタイルが起こした奇跡なのか
な。おかしいな、あれから二年だ。半額バーゲンセールでもあと十四年はかかるはずじゃ
あないか? しかも二年前とまったく変わっていない、キミはあれかエルフかメトセラなのか」


660 :笹の葉ワルツ 3/6:2007/05/08(火) 04:13:19 ID:Wyz+aaZE
 ちょっと、ちょっと待って欲しい。佐々木、お前と会うのは初めてのはずだ。なぜ、俺のこ
とを知っている。
「その言葉は、そっくりそのままキミに返そう。ジョン、初めてあったはずのキミがどうして
僕の名字を知っているのかな?」
 そういって、佐々木はウィンクを返した。
 ぐぅの音もでないとはまさにこのことか。まったくもって、返す言葉もない。
「僕の質問には答えられない、答えたくても……か」
 俺の表情を読み取って、佐々木はそう嘆息した。このころから、佐々木は俺の顔色を読む
プロフェッショナルだった。彼女に見抜かれない嘘を吐くのは至難の技であった。
 ……いや、いま思い返せば、きっと佐々木は俺の吐く嘘など、初めっからまるっとすべて
お見通しだったのだろう。
「ジョン、答えられない質問には答えなくても、構わない。だけど、嘘は吐かないでくれ。
僕からのお願いだ」
 そう、こんな風に即座に先手を打ってくるのが、佐々木だった。
「あの時と同じ質問をするよ」
 どの時だ? いや、決まっているな。佐々木がジョン・スミスと合った二年前…俺からすれ
ば四年前の時だ。どうやら、あと最低一回は、俺はタイムトラベルを体験することになるらしい。
「ジョン、キミの知り合いに超能力者はいるかね?」
 にやけた二枚目と、人畜無害そうな笑顔を振りまく誘拐犯、そして森さんや新川さん、多丸
兄弟の顔が浮かぶ。結構、多いな、超能力者の知り合い。
 ああ、結構いるぜ。
「次の質問だ、キミの知り合いに宇宙人はいるか?」
 即座に本を読む長門の横顔が浮かんだ。何を考えているかよく分からないエプロン姿の喜緑
さん、連想的に彼女が思い浮かぶが、これは途中で止めておく、痛くもない脇腹が痛むからな。
そして、違和感の塊である周防九曜のモップ頭が浮かぶ。
 宇宙人の知り合いも……増えたな。
「次だ。キミの知り合いに未来人はいるか?」
 即座に、メイド姿の朝比奈さんが浮かんだ。ああ、こんな瞬間にも、あなたは実に愛らしい。
そして、特盛りの朝比奈(大)さん、パンジーの花壇は記憶から追い払う。……アイツにも(大)
がいるんだろうか? そして、何よりこの俺が未来人なのだ。だが、これは答えられない。
「ふむ、これには答えがない……と、そうだ。異世界人なんてのはどうだね」
 それはまだ、知り合っていない。だが、知り合って分かるものなのかね。
「……さてね、超常の知り合いなど、僕にとってはキミだけさ、ジョン。コホン、さて最後の
質問だ……重要な質問だから、よく考えて、答えてくれ」
 咳払いして、佐々木は俺を真剣な眼差しで俺を見つめた。ごくり、とつばを飲み込む。嘘は
吐かない、真実も語らない、心の中で不文律を口ずさむ。
「ジョン、“今の”キミの側に僕はいるだろうか。キミの側で、僕は笑っていられるのだろうか」
 佐々木はそう聞いた。彼女は今にも泣き出しそうな、そんな不安定な表情を見せていた。
迷子の猫のような、すがりつくような、そんな瞳で、俺を射抜いた。この質問に俺は答えなけ
ればならない。じっとりと湿った空気が喉に張り付いた。
「答えて、くれないか?」
 なんで、その答えが必要なんだ。佐々木? 佐々木のあまりの必死さに、思わず、そう問い
返していた。
「質問に質問で返すな、と学校では教わらなかったのかな? でも、その質問には答えさせて
貰うよ。僕ばかり質問していて、そのフェアじゃないからね。僕には友達がいる、とても仲の
良い友達が、親友、そう親友と呼んでも、差し支えはないだろう。だけど、僕らは離ればなれ
になる。そう、十ヶ月後には、確実に」


661 :笹の葉ワルツ 4/6:2007/05/08(火) 04:16:26 ID:Wyz+aaZE
 どうしてなんだ? 俺はかつて、そうしていたように、佐々木の言葉に相づちを入れた。
「ジョン、キミがあれからどれだけの時を過ごしたのかはわからない。僕にとっては、あれか
ら二年が過ぎた。僕はいま中三だ。高校受験だよ、そして彼と僕との志望する学校は異なっ
ている。同じ学校に通うことは……おそらくない」
 そうなのか?
「残念ながら、僕と彼の実力差はそれなりにあってね。今の状況のまま推移するならば、その
差が縮まることはおそらくないだろう。もちろん、彼と同じ高校に僕が志望校を変更することは
不可能じゃない。だけど、僕はそれをしないのだ、きっと。それは僕の、僕のちっぽけなプライド
が許さない。彼と別れるのが寂しい、そんなノイズに僕は踊らされたくない。僕がいま罹患し
ているのは麻疹のようなものだ、精神的な病の一種だよ。そんな物のために、僕は一生にわた
る選択を変更したくは、ないのだ」
 それなら、なんでお前はそんなに苦しそうなんだ。
 お前を苦しめているのも、不快な雑音なのか?
「……不安、なんだ。彼にこれ以上、踏み込むのが、怖い。何時かやってくる確実な未来が、
僕には怖い。でも、彼と触れあうと、心が、身体が喜びに震えてしまう。…………彼が微笑む
のを見ているのが好き、彼が困ったように、照れて笑うのが好き、妹さんの頭を愛しそうに撫
でる右手が好き、美味しい物を食べている時の楽しそうな口元が好き、無警戒な笑顔が好き、
どこかに行きたいのに、どこに行けばいいのかわからない、そんな風に悩んでいる横顔が好き、
自転車をこいでいる背中が好き、悲しい人を見ていられなくて、動き出してしまうそんな彼が
好き、大好きなの。離れたくないの。でも、こんなのは本当じゃない、こんなのはただのノイ
ズなんだ!! 本当の“僕”じゃあない!!」
 その時、風が雨粒を運んできた。夏特有のたたき付けるような通り雨が立ちつくす俺たちを包んだ。
 こんなことをしてはいけない。理性は俺に警告を発した。だけど、俺の身体は止まらなかった。
「それなら、どうして、お前は泣いているんだ。佐々木」
 俺は両腕でぎゅっと、彼女の抱きしめ、首筋に顔を埋めるようにして、そう囁いた。
「わからない、僕には自分が分からない、だから、知りたいんだ。僕は……別れてしまっても、
再び、キミに逢えるのか。教えてくれ、キョン」
 そのまま、俺たちはじっとしていた。俺はぼそぼそとささやき始めた。
「俺のことは教えられない、そういうルールだ。だけど、俺がよく知っている男の話をする。
聞いてくれ」
 その男は、特に何も考えずに、中三の時代を過ごす。それがどんなに得難い幸せかもしらず
に、親友と一緒に一年を過ごすんだ。勉強にはあまり熱心になれなかった。ソイツなりの人並
みに、受験勉強を続けて、最初の志望校より、ひとつランクを下げて、専願で受験する。無事
に、男は受かる。彼はそのまま何となく、卒業して、中三の時の親友とはそれきり、別れてしまう。
 腕の中の佐々木がぴくりと震えた。
 男は取り立てて、何の特徴もない、県立高校で一年を過ごす。その一年については割愛する
ぜ。いろいろあっただろうけど、悪い一年じゃあなかったそうだ。
 そして、二年目の春、男は親友と再び巡り会う。そうだな、その男は約束したぜ、もう親友
を泣かすようなことはしないって。一番近くで、男の大好きな親友の笑顔を見つめている、
そう約束するよ。

 そして俺は佐々木を離した。
 通り雨はすでにやんでいた。


662 :笹の葉ワルツ 5/6:2007/05/08(火) 04:19:42 ID:Wyz+aaZE
 もう、行きなよ。ずいぶんと遅くなってしまった。親御さんが心配するぜ。
 佐々木はしばらく逡巡していが、やがて、佐々木の家の方向へと歩き出した。
 佐々木は何も言わなかった、俺も何も言わずに佐々木の背中を見送っていた。彼女が角を曲
がって、見えなくなって、しまうまで。
 俺も踵を返すと、公園へと、長門の元へと帰った。


 一年後も、そのまま座っているんじゃないか、長門は俺が立ち去った時と寸分変わらぬ様子
で、ベンチに座っていた。これでいいのか? 長門は、俺の言葉を聞いているのか、いないのか、
まったく反応しない。ただ、髪の毛が二三本、縦に揺れた。
 どうやら、この時間の俺の役目を俺は果たしたようだ。
 長門はゆっくりと、左手を上げて、俺を手招きした。長門の隣に腰を落ち着ける。長門は上
げたままだった、左手をそのまま俺の肩に回すと、豆腐でもつかむかのように、自分の方へと
俺を寄せた。何だ、また膝枕してくれるのか?
 ゆっくりと、コンマ一ミリ、長門は頷いた。今度はゆっくりと、長門の無機質な柔らかさを
右側頭部で味わう俺なのさ。
「催眠導入を開始、目覚めたら、あなたは元のあなたに戻る」
 なあ、これはどんな意味があるんだ。
「彼女にとって、今後二年間は規定事項となった。彼女は情報改変技能を保持したまま、情報
改変能力を受け付けない。情報統合思念体は彼女と涼宮ハルヒの違いから、情報改変能力の
解析のための貴重な示唆を受け取るだろう」
 ……なんだって、そう口を開こうとするが、急速に意識レベルが落ち込んでいく。長門がな
おも、何かを……。
「当該対象の異時間同位体との同期を解除、時間連結平面帯の可逆性越境情報の情報連結を解
除、バックアップデータのアップロードを……」


 俺が目を覚ましたのは、頬に触れた雨によってだった。
 ふわ、柔らかな……って、俺、何してる。ここ、どこ、今、いつ、そんで、あなた、誰?!
 なんと、見知らぬ高校生のお姉さんに、俺は膝枕されているのだった。
 あわっわわわ、転がるようにして立ち上げる俺なのだった。
 え~~と、そのすいません、なにがどうなっていたのでしょう。
 お姉さんは固まったままで、ノーリアクション。沈黙が流れる。お姉さん、セーラー服の胸
ポケットから、眼鏡を取り出して、掛けた。残念、俺には眼鏡属性はない。
 お姉さんはゆっくりと、立ち上がると、俺の目の前に立つ。なんだかな、小柄だからか、
俺よりも年下に見える。だが、お姉さんの着用しているのは確か北高のセーラー服(夏服)だ。
「あなたは……そこ……で倒れていた。暑気当たりと思われる」
 ゆっくりと、指さしたのはベンチの脇、そこにはマイ自転車が転がっていた。
 あ、それで介抱してくれてたんですか? すいません、ありがとうございました。
 ぺこりとお辞儀をする俺である。ベンチのカゲで、横倒しになっていたママチャリを起こす。
「……待って」
 お姉さんが俺の、右頬に手を当てた。な、なんでしょう。
「……もう、大丈夫。……蚊が、いた」
 あ、そっすか。不思議な雰囲気をたたえた先輩からそっと離れる俺なのさ。でも、美人だね~。
 こんな先輩がいるんなら、北高もいいかな~。
「そう…………待っている」


663 :笹の葉ワルツ 6/6:2007/05/08(火) 04:21:14 ID:Wyz+aaZE

 いつもの喫茶店で、飲み慣れたブレンドのカップをソーサーに戻しながら、俺は佐々木に返
事を返した。
 七夕かぁ。今、振り返ってみれば、俺が志望校を、北高に決めたのは、その当たりだったよ
うな気がするな。
 まぁ、志望理由は学力的に適当だったこと。自転車通学が可能な距離だったことが大きいん
だが。まぁどっちにしろだな、佐々木よ。俺はお前にあった記憶だけはないぞ。
 うん、神に誓って、ないな。
「ふむ、そうなると……そうか、そういうことか」
 佐々木は俺の言葉も無視して、ひとり得心することがあったようだ。心なしか頬が緩んでい
るようにも見受けられる。
 なんだよ、何か思い当たることでもあったのか?
「いや、結構、今日の話しは忘れてくれて、構わない。どうやら、まだその時ではなかったようだ」
 おいおい、どういうことなんだよ、ちゃんと説明しろよな。
「まぁ、待ちたまえ。いずれ、キミにも今日のやりとりを理解する日が来るはずだ、そうだな、
これくらいは教えておいて構わないだろう。あの日の熱い抱擁を僕は、一日たりとも忘れたこ
とはなかったよ。キミがいくら覚えがないと言い張ろうが、約束は絶対に果たして貰うからね。
僕は結構、計画的で執念深いのだ」
 はぁ、お前は何を言ってるんだ、ミルコっ面で、そう返す俺なのさ。この春の陽気で、どっか
やられているんじゃないだろうな。
 そんな俺を見ながらも、佐々木はにやにやくつくつと笑っていた。ちょっと、怖い。
 ちなみに、俺には本当に心当たりがない。佐々木が何のことを言っているのか、知っている
人がいたら教えてくれよ。

佐々木スレ4-177 「笹の葉カプリチオ」(1)

2007-04-25 | 七夕ss

177 :21:2007/04/25(水) 11:33:53 ID:LwkvQAcG
こんな時間に何やってるんだ俺orz
昨日の妄想が形になったので投下します。
9レス予定。佐々キョン風味。


『笹の葉カプリチオ』

 東中に比べるとさらに雑な作りの校門を構えている我が母校は、その見た目通りセキュリティもおざなりであったらしい。
 南京錠すらかかってなく、閂だけというのはいかがなものか。
 まあだからこそこうして中に入れているわけなんだが……。
 「ほれ、開いたぞ」
 先に校門を乗り越えた俺が閂を外し、門をずらしてやる。
 「で、でもこんなことして大丈夫なの……?」
 2年後、4年後の姿に比べるといかにも頼りないその少女は夜中の不法侵入に戸惑いつつも、はっきりと拒絶はしない。
 伊達にこんな時間に学校に来ていたわけではないってことだろう。
 しかしあれだな。このオドオドした感じからはとてもじゃないが将来の様子は想像できない。
 口調も至って普通だし、ハルヒの対っていうより朝比奈さんの対って言う方がまだ分かるぜこれじゃ。
 まあそもそもハルヒと比べる時点でいろいろ間違ってはいる気がするが。
 こんな夜中に不審人物まっしぐらの人間が側にいて学校に不法侵入だ。動揺するなという方が酷だろう。
 だがそう遠くない未来には一人称は僕になり、古泉ばりの難解なトークを披露するようになるばかりか、
 異能の能力者にすら動じなくなるというのだから時間というのは残酷だね本当に。
 まだ幼さの残るそいつの顔を見ながら俺はそんなことを考えていた。
 しっかしまあ……、ハルヒの次は佐々木か。
 つくづく思うよ、俺の時間軸は古泉も真っ青なほどに捻くれているらしい。


178 :21:2007/04/25(水) 11:35:59 ID:LwkvQAcG

 去年の春先もいろいろな意味でいろいろなことがあり過ぎて、俺の人生観は大きくアクロバティック飛行を決めてしまったわけだが、
 今年の春先は春先でいろいろなことがあり過ぎた。
 長門の親玉に敵対する出来損ないの宇宙人が現れたと思ったら、SOS団に敵対している連中が徒党を組んで顔見せしてくれた上、
 何故かそこには中学時代のクラスメイト――佐々木曰く俺とあいつの関係は親友だそうだ――である佐々木まで混ざっていた。
 そう、問題なのは佐々木だ。古泉曰くあきらめの悪い出しゃばりな超能力者である橘が言うには、あいつはハルヒに対応する存在らしい。
 ハルヒといい佐々木といい、まだ人生16かそこらの俺に2人も神様の知り合いが居るってどうなんだろうね。
 幸いにも日本は元々多神教――八百万の神々なんていうくらいだからな――の国であるからして、
 今更神様が一人増えたところでどうということはないと思うのだが、
 俺以外の連中はどうにもそうは思わなかったらしい。
 古泉なんかは露骨に向こうの超能力者連中を敵対視し始めたし、長門ですら傍目には何とも無いが春先の事件以降ずっと燻った感じを瞳に浮かべている。
 人間に置き換えればイライラしている状態なんだろうか。 
 ハルヒも普段通りと見せかけて、佐々木の方から俺やSOS団にアプローチがある度に閉鎖空間を発生させているらしい。
 「春先に比べれば頻度も減っていますし、相変わらずぼうっと立っているだけの神人ですから、
  多少は楽になりましたけどね。それでもまだまだ楽観はできないというのが機関の見解です」
 とは我らが副団長殿の弁だ。
 一人相変わらずというのは失礼だが、去年と変わらず愛くるしいお姿と笑顔を振りまいている聖朝比奈さんが居なければ俺だって平静を保って居れたかどうか……。
 流石はSOS団専属マスコットにしてこの世で最高の精神安定剤たる朝比奈さんだ。今度から足を向けて寝れんなってどちらにお住まいなのか未だに知らないんだよな。
 などと、窓の外を流れるちぎれ雲を眺めながら考えている内にHRが終了したらしい。
 帰る者や部活に出る者の喧騒で途端に騒がしくなったことで我に返った俺なのだが、後ろを振り向けばそこにハルヒの姿はもう無く、
 一体今度は何をする気のかと頭を振ったところで黒板を視界に捉えそして理解した。
 黒板の隅には今日の日付を示す書き込みがされていて、その数字はゾロ目のラッキーナンバー。
 そう、七夕だ。


179 :21:2007/04/25(水) 11:37:35 ID:LwkvQAcG
 去年の七夕。あれはあれで俺としてはイベント盛りだくさんというか盛りすぎて器から溢れているというほどに記憶に焼きつく日付なわけだが、
 何よりも3年前……いや、もう4年前になるんだな。過去への時間遡行を抜きに俺の七夕の思いでは語れない。
 もしや今年も過去に跳ぶ羽目になるんじゃないだろうなと、朝比奈さんの一挙手一投足を注視していたのだが、
 「それじゃキョンくん、また明日」
 と着替える都合でいつも最後に部屋を後にする朝比奈さんに見送られて、ぶらぶらと帰宅の途に着くことになった。
 ああ、今年も5者5様というか、それぞれにらしさの溢れる短冊を部室には飾ったぜ?
 ハルヒの願い事が去年よりも大分イタくない願い事だったのは大きな進歩だと褒めるべきなのかとか、
 佐々木がどうのとブツブツ言いながら俺の視線に気づいて慌てて書き直したあれはなんだったんだとか、
 長門の短冊が『敵勢撲滅』『打倒天蓋』とか物騒な内容だったりとか、
 多少の問題はあったものの全体を通してみればいつものSOS団的な活動だったと言えるだろう。
 しかも、何事もなく平和に一日が終わろうとしているのだから俺に何の文句があるというのだろう。
 だというのにこの嫌な予感というか、まだ何かあるぞという感覚は一体どうしたことか。
 「フン、あんたの顔なんて見たくも無いがこっちにも都合があるんでね。一緒に来てもらおうか」
 唐突に路地から俺の前に現れ、唐突に無茶苦茶な要求をしてきやがった未来人野郎。
 いかにも偽名だが奴曰く藤原と名乗ったそいつは俺の進路を塞ぐように塀にもたれている。
 それにしても一緒に来てもらおうだと? 一体何様のつもりだ。それ以前に何の用だ。
 「あんたがどう思おうと別に構わないし関係ない。それにこれは既定事項だ」
 その既定事項とやらは誰にとってのだ?
 「……フン、少しは頭が回るじゃないか」
 じゃあやっぱり、お前達にとっての既定事項ってやつで朝比奈さん(大)達の既定事項じゃないわけだ。
 「これ以上は禁則事項だ」
 ますますもってお断りだ。周りを見渡しても他に他人の気配は無い。あいつ一人なら振り切れるか?
 「さっきも言ったがあんたがどう思おうと関係ない。別に力ずくでも構わないんだが、
  話の回りくどい女にあんたを傷つけるなと念を押されているんでね」
 誰のことだ? あの橘とかいう超能力者のことか。
 「佐々木といったか? あんたの昔のツレだよ。いつだかの喫茶店でしつこく食い下がられた」
 「佐々木だって?」
 そこでどうしてあいつの名が出てくる。まさかあいつに何かしたんじゃないだろうな。
 「別に僕は何もしやしない。するのはあんただ」
 「どういう意味だ」
 藤原は本当に憎らしいほどキザったらしい皮肉たっぷりの笑みを浮かべると、
 「ついて来れば分かる」
 ああもう、未来人てのはどうしてこうもっとストレートに言えんのか。大体どこに連れてこうってんだ。
 「4年前。あんたには過去で一仕事してもらう」
 どこって質問にいつって答えなのも未来人のお約束ネタなのかね。
 それにしてもまたか。どうやら今年の七夕も一筋縄では行かないらしい。


180 :21:2007/04/25(水) 11:40:43 ID:LwkvQAcG
 件の強烈な立ち眩みにふらつきながら辺りを見渡すと、夕方だったはずの周囲には夜の帳が下りていた。
 結局、佐々木の名前を出された俺はそれこそぐぅの音も出せずに藤原に言われるがまま目を瞑り、
 こうしてまたしても時の旅人と化しているわけである。俺は未来人の使い走りじゃないんだぞ。
 「この道をまっすぐ行くとあんたの母校だ。これぐらいは覚えているだろう?」
 なんだか話のオチが読めてきたんだが。
 「そこに一人の少女が居るはずだ。話しかけて、後はあんたが適当に相手をしろ」
 おい、いくらなんでも適当すぎやしないか。それに、今からでも断ったっていいんだぜ?
 なにせこの時代には頼もしい助っ人が2人もいるからな。
 「あんたがどうしようとも勝手だが、それで困るのは僕らだけじゃない。お互い様だ」
 どういうことだ。
 「フン、この道の先に誰が居るのかはもう想像がついているんだろう? TPDDで跳ぶ前に既定事項だと言った筈だ」
 この先にいるのは多分佐々木だ。何せ俺の母校――当然佐々木や国木田の母校でもある――だし、というかそうでないと話がつながらない。
 だがそれがどうして俺まで困ることに繋がるんだ。
 「チッ、これだから過去の人間は……。いちいち説明するのは面倒だから良く聞け。
  中学3年の時、そして高校2年で再開したときのあんたのツレにとってこれから起きることは
  既定事項だったというわけだ」
 なんということだ。この一年半で経験値を積みまくった俺の脳はどうやら奴の云わんとすることを理解してしまったらしい。
 2年前、偶然同じクラスで、偶然同じ塾になった筈の俺と佐々木はその前に出会っていたということじゃないか。
 もちろん当時の俺はそんなこと露とも思わなかったし、佐々木だってまさかそんなことになっていたとは思ってないだろう。
 だが、そこが大問題だ。本当にそうなのだろうか。俺のほうはともかく佐々木の方が気づいていたりしたら?
 もしそうでなくても藤原の言う既定事項とやらを消化しないせいで未来に
 ――この場合は俺や佐々木にとっては過去だが――影響が出てしまうかもしれないとしたら?
 いや、それどころか俺が佐々木と出会わないなんてことになったら……?
 考えるだに恐ろしいが、そんなのは全力で願い下げだし、仮にも俺のことを親友と呼んだあいつに迷惑をかけたくはない。
 これでは自分自身の過去とこの時間からすれば未来の佐々木とを人質に取られたようなものだ。
 「3時間後にこの場所で待つ。さっさと行ってこい」
 もはや反論の余地の無い俺は、藤原に促されかつての母校へと足を向けた。


181 :21:2007/04/25(水) 11:42:28 ID:LwkvQAcG
 しばらく歩くと校舎が見えてきた。照明は落とされているので夜の町並みにぽっかりと黒い四角を置いたような感じだ。
 懐かしの我が母校ではあるが、こんな時間だとまた景色も違って見えてあまり懐かしさを感じないな。
 藤原の話だとこの辺に佐々木がいるはずなんだが……っと、あれか。
 その少女は閉ざされている校門を前に呆然と立ち尽くしているように見えた。
 今よりも頭一つ分低い身長で、セミロングのその少女は校門の鉄柵を握ったまま虚空を見つめている。
 柵をよじ登ろうとしないあたり、ハルヒと違って常識人であるという証拠な気もするが、普通ならこんな時間に学校には来やしない。
 あの佐々木がこんな時間の学校に何の用があるのかとしばらく観察を続けた俺だったが、
 まだ幼さの残る佐々木の背中には何ともいえないアンニュイでじめっとした空気が漂っていて、
 得体の知れない不安に駆られた俺は思わず声を掛けていた。
 「おい」
 「えっ?」
 あからさまに挙動不審に振り返った佐々木の表情は周囲の暗さではっきりとはうかがいしれない。
 だがそこに浮かんでいるのは間違いなく驚きとそして不安の色だった。
 「あの、その、別にこれは何でもなくてえっと……」
 おまけに混乱の色をそこに加え始めている。
 まあ、そりゃそうだ。夜中の学校というだけでも場違いなシチュエーションな上に、
 見ず知らずの人間にいきなり声を掛けられれば誰だって驚く。
 その上、夜中に校門の前に佇んでたとくれば尚更だ。どこから見ても不審人物だからな。
 ここでもハルヒと佐々木の違いを実感しながらも、とにかく目の前のこいつを落ち着かせなければと、できる限り優しい声音で言った。
 「通報しようとかってわけじゃないから安心しろ」
 ……優しい声音の筈だったんだがなぁ。
 今度は目に見えて不安の色が濃くというかなんだか怖がられてないか、俺。
 いかん、今にもダッシュで逃げられそうだ。
 藤原の言っていた時間を考えるとそんなオチでは許されそうに無い。
 「校庭に落書きでもしに来たのか?」
 とっさに話しかけたまでは良かったが、我ながら他にネタはないのか。
 いくらなんでもこれは……。ああ、アドリブの聞かない自分が恨めしい。
 ん? 笑ってる……?
 下を向き俯いている佐々木の表情は分からなかったが、肩を震わせ、咽喉を鳴らしてくっくっというあの独特の笑い方は間違いなく佐々木のものだ。
 「へ、変なひと……お、かし……」
 そんなにつぼだったのか? 昔からイマイチ笑いのつぼが分からないやつだったが……。
 まあとにかく話はつなげそうだから結果オーライだ。
 しかしあれだね。過去に来てまで佐々木には小ばかにされる運命なのかね、俺は。


182 :21:2007/04/25(水) 11:43:59 ID:LwkvQAcG

 佐々木と共に校舎に侵入した俺だが、まさかここでも校庭に落書きというわけにもいかず
 ――少なくとも俺の記憶では中学時代にそんなオモシロ事件は起きていないはずだ――
 まさしく行き当たりばったりにうろうろと校舎内をぶらつくこととなった。
 さすがに手持ち無沙汰となった俺は、後から付いてくる
 ――キョロキョロとあたりを見回すさまはほんとに朝比奈さんを思わせる――
 中1佐々木に適当な話題を振ることにした。
 「いたずらをしに来たんじゃないのなら、一体こんな時間に何してたんだ。忘れ物でもあったか?」
 唐突に話題を振られ、ビクッとしながらも俺の質問に答える佐々木。
 「えと、そ、そういうわけじゃ」
 違うのか。じゃあ一体どういうわけだ。ハルヒと違って……いや、ハルヒの場合は成績は良いが遡行は悪いってやつで、
 こいつの場合はどちらも良い花丸優等生だろうに。こんな阿呆なことは谷口あたりで十分だぞ。
 「じゃあお兄さんはなんであんなところにいたの?」
 なぬ? 質問に質問で返すとは佐々木らしいと言えばらしいが……。
 「別に。ただなんとなく散歩してただけだ」
 まさか本当のことを言うわけにもいくまい。
 「じゃあ私もなんとなくです」
 ぬぅ……。やりづらいというか幼くても佐々木というか、過去でも俺は口ではこいつに勝てんのか。
 そのまましばらく無言のまま歩を進めていると、今度は佐々木の方から話しかけてきた。
 「あの、お兄さんはどうして私に声を掛けてきたんですか」
 ぐ、また答えづらい質問をしてくるなこいつは。はてさて、なんと答えたもんだろうか。
 俺がこの場に居るのは元はと言えば藤原のせいだ。
 だが校門の前に佇むこいつを見たとき、なんとも言えん感じがして思わず声を掛けてしまったのだ。
 妙にアンニュイな雰囲気というかなんというかその、
 「寂しそうだったから」
 そう、それだ。中3の頃、あいつと初めて出会って以降一度も感じたことのない感覚。
 あの佐々木から一人ぼっちの空気を感じてしまったからだ。
 しかし急に黙りこくってしまった佐々木を振り返った俺はさらにレアなものを拝むことになった。
 見開いた目。半開きの唇とそれを覆ったままピクリともしない両手。
 両手どころか全身が硬直してるなこりゃ。
 そうか、佐々木って驚くとこんな感じなのか。というか佐々木でもそんなに驚くことあるんだなぁ。
 本人に聞かれたら小一時間説教をくらいそうなことを考えつつ、
 新大陸を発見したコロンブスのような気持ちで佐々木の観察をしていた俺はようやく気づいた。
 中1の頃の佐々木は孤独だったのか?
 あの誰とでもそつなく打ち解ける佐々木が?
 そりゃまあ変人だなどと言われてはいたが、概ね好意的な解釈だったはずだ。
 そんなやつが寂しさを紛らわすために深夜の散歩とは……。


                                  「笹の葉カプリチオ」(2)に続く

佐々木スレ4-177 「笹の葉カプリチオ」(2)

2007-04-25 | 七夕ss

183 :21:2007/04/25(水) 11:45:11 ID:LwkvQAcG
 「お兄さんってエスパー? それとも正義の味方か何か?」
 いやいや待て待て。いきなり何を言い出すんだこいつは。
 「だって、そうでもないとおかしいよ。こんな夜にお兄さんみたいな人が声を掛けてくるだけでもありえないのに」
 なんだか散々な言われようだなおい。だがな、佐々木よ。人生経験を甘く見ない方がいいぞ。
 手始めの一年間お前と過ごして、さらにその後4者4様の奇人変人と一年間過ごした俺の洞察力は、
 今やお前に出会う前の俺からすればはるかに性能が上がっているのだ。
 「本当に超能力者とかじゃないの?」
 驚きの状態異常から回復した佐々木は何やら期待した面持ちで矢継ぎ早に訊ねてくる。
 「だから俺は超能力者じゃないよ」
 そういうのは俺ではなく古泉や橘のことを言うのさ。
 「宇宙人とかでも?」
 長門や喜緑さん、九曜の姿を思い浮かべながら
 「宇宙人でもない」
 「じゃあ……、神様とか?」
 それはお前やハルヒのことだろうに
 「まさか」
 そこまで聞くと先ほどの勢いは一転、佐々木はまたしても黙りこくってしまった。
 むぅ、なんだか俺が悪いことでもした気になってくるじゃないか。
 「そっか、そうだよね……」
 その上一人で何やら納得したようだ。そういやいつも論理的に喋るんであまり気にならなかったが、
 こいつって結構物分りがいいというか、少しあきらめが良すぎるように思えてきた。
 ははぁ、だんだん分かってきたぞ。
 そう、こいつはあきらめが良すぎたのだ。少しばかり他人より賢しいばっかりに。
 うまく友達が作れなくことも理論武装で心を守って、あきらめて、けどやっぱり寂しくて。
 んでもやもやを抱えてこんな夜に一人出歩いていたってわけなのだ。
 だがな、世の中にはえらくあきらめの悪い女だっているんだ。
 お前ももう少し図太く生きていいんだよ、佐々木。
 少しぐらいわがまま言ったっていいんだ。
 少なくとも2年後までには多少頼りないかもしれないが話し相手くらいは見つかる筈だから。
 「何がそうなんだ?」
 俺は分かっていてあえて聞いてみる。
 「え? あぁ……やっぱり超能力者なんていないよねってこと」
 「いるんじゃねーの」
 「え?」
 まあ、あんまり元気付けても将来あんなことになってしまうんだがなぁ……。
 佐々木はまたしても驚きのあまり一瞬フリーズして、それからまたしても矢継ぎ早に聞いてくる。
 「じゃあ宇宙人は?」
 「まあ、いてもおかしくはないな」
 長門や古泉の話じゃ結構な数のTFEIがいるらしいしな。
 「あ、なら未来人とかは?」
 「案外その辺にいたりしてな」
 今は俺自身が未来人だしな。
 「異世界人は?」
 「それはまだ知り合ってないな」
 それきりまた佐々木は黙ってしまった。
 なんだか以前にも似たようなやり取りをしたような気がするがまあいい。
 それよりもこの沈黙をどうにかしてくれ。俺何かヘタなことを言ってしまったんじゃないだろうな。


184 :21:2007/04/25(水) 11:46:32 ID:LwkvQAcG
 「ところでお兄さんは友達いる?」
 いやそりゃそれなりにいるがまた唐突だな。
 「まあいないわけではないな」
 須藤や中河、国木田に谷口、SOSの面々に……もちろん目の前のこいつもだ。
 「どんな人達?」
 「個性的……、かな」
 そうなんだよなぁ、俺の周囲にいるやつはどうしてこう奇矯なやつばかりなのか。
 「ふーん」
 佐々木は興味深げな面持ちでこちらを見ている。
 「ねぇ、お兄さん」
 しかし佐々木にそう呼ばれると違和感があるな。今や妹ですら呼んでくれないその呼び名。
 呼んでくれるのはミヨキチくらいか? そう思うと結構貴重な感じもしてくるな。
 とはいえ佐々木に呼ばれるのはどうにもむずがゆい。
 「そのお兄さんってのどうにかならないか?」
 「じゃあ、お兄さんの名前は?」
 ぐあ。藪蛇とはまさにこのことだ。く、今度からもっと考えて発言しなければ。
 「ジョン・スミス」
 「…………匿名希望ってこと?」
 ハルヒと違って物分りがいいねほんと。
 「まあそういうことだ」
 「ま、いっか」
 何がいいのか分からんがうまくごまかせたみたいで安堵する俺。
 しかし俺も他に思いつかんかったのか。またしてもジョン・スミスを名乗ってしまうとは。
 「ジョン」
 「……何だ?」
 「今日はありがとう。おかげで願い事がかないそうだ」
 一瞬見慣れたあの佐々木がダブって見えた。
 「ま、まあ今日は七夕だしな。それにしてもその日のうちに叶えてくれるなんて太っ腹な神様だな」
 俺は内心の動揺を隠しつつも話を続ける。
 「ああ、ベガとアルタイルの話だね。16光年と25光年だっけ」
 「なあ、なんで急に口調が変わってるんだ?」
 「うん。ジョンのお友達を見習って個性を出そうと思って」
 なんてこった。あいつの喋り方は俺が原因か?
 「その口調は相手を選ぶから気をつけたほうがいいぞ」
 「ジョンの話し方は実に興味深い。もちろん内容もね」
 ……そう言って微笑んだあいつの顔は、今日見た中で一番楽しそうな笑顔だった。


185 :21:2007/04/25(水) 11:47:38 ID:LwkvQAcG
 その後、3時間どころかたっぷり4時間は話し込んだ俺と佐々木は、
 さすがに夜遅い時間であることを心配した俺がまだ物足りなそうな顔の佐々木を促して解散した。
 常に向こうから逆行のポジションを取り続けた俺を誰か褒めて欲しいね。
 そして1時間も待ちぼうけをくらったにも関わらず、待ち合わせ場所にいた藤原の第一声は
 「光源氏だったか? 年端のいかないうちから口説こうなんて何を考えているんだか。
  全く、これだから過去の人間には品性がない」
 などとほざきやがった。ここでもめてまたしても長門や朝比奈さん(大)の手を煩わせるのあれなので、
 あえて反論はせずさっさと帰るぞと藤原を促す。
 藤原の方も早く帰りたいのは同じなようで、行きと同様に目を瞑れと言ってくる。
 これでようやくもとの時代に帰れるってわけだ。
 しかしあれだね、佐々木にとってのジョン・スミスはどんなやつになったのかね。
 ハルヒにとってのそれと同じ意味なのだとしたら正直俺の手にはあまるぞ。
 ジョーカーは一枚が普通であって、二枚も手札にあるなんて異常というほかない。
 世界は俺に何を望むってんだろうね?
 
 などと考え事をしていたのが悪かった。
 行きの時以上に強烈な立ち眩みに襲われた俺は、正常な状態に戻るのに数分を要した。
 その間に藤原のやつは影も形も見えなくなっていて、俺は道端に一人ぽつんと突っ立っていた。
 はぁ、ほんとどうなるんだろうねこれから。やれや……
 「やあキョン」
 「どぅわ!?」
 な、なんで佐々木がここに!?
 「驚かしてしまってすまないね、キョン。だが良ければ一つ聞かせてくれないか?
  どうして君がこんな時間に出歩いているのかを」
 佐々木の言葉にちらと腕時計を見つつ状況を必死で整理する。
 「まあ、散歩ってとこだな」
 「そうか、散歩か」
 偶然だと信じたい。
 たまたま過去から戻ってきた俺が突っ立っているところにこいつがやってきただけだと。
 「そういうお前こそ散歩か何かか?」
 「ふむ、なんと答えるのが適切かな。そうとも言えるし言えないかもしれない」
 佐々木にしちゃ歯切れの悪い応答だな。
 「キョン、君だけではなく僕の方だって多少なりとも驚いているんだよ」
 それもそうだ。こんな時間にばったり知り合いに出くわす確率はいかほどだ?
 「それにしてもお前がこんな時間に散歩とはな」
 「僕にだっていろいろと思うところはあるのだよ。今日は七夕だしね」
 むぅ。ハルヒもそうだったが、佐々木も七夕はメランコリーだったのか。
 まあ俺が気づいてなかっただけだろう。中3の時は七夕はちょうど休日で会わなかったしな。
 「それじゃキョン。今日はもう遅いお互いに早く帰ることをお奨めするよ」
 踵を返したその背中が、校門の前に張り付いていたあの背中に重なって――
 俺は気づけば佐々木の横に並んでいた。
 「キョン?」
 「バス停まで送るよ。もう遅いから歩いて帰るなんてやめとけ」
 「どういう風の吹き回しだい?」
 「俺にだっていろいろと思うところはあるんだよ」
 「そうか」
 「そうさ」
 その日の天の川のきらめきを俺はしばらく忘れないだろう。


186 :21:2007/04/25(水) 11:50:19 ID:LwkvQAcG
以上だ。
ど、どうだっただろうか?
読みやすさに関しては試行錯誤中で改行に苦心したんだが……。
ちなみに、カプリチオは狂想曲の意。
ラプソディの狂詩曲に対応?させてみた。