【涼宮ハルヒの憂鬱】佐々木ss保管庫

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佐々木スレ6-786 「夢花火」

2007-05-09 | 夏祭り・花火ss

786 :1:2007/05/08(火) 22:23:42 ID:EtSA3tRp
8月はもう暦の上では秋、で残暑というらしい。
しかしながら、この浴びせかけられるような蝉の声、目の前の揺らぐ景色。
これぞまさしく俺の愛する夏の風物詩である。
まさしく今夏真っ盛りなのだ。
そして、俺は今まさしく灼熱のアスファルトの上を予備校目指して走っているわけである。
予備校は夏季営業期間ということで、昼過ぎに始まり夕方5時に終わるスケジュールになっている。
真夏の真昼間の炎天下を自転車で走るのは酷なものだが、塾が普段よりも早く終わるとなぜかお徳な感じがするから人間不思議なものだ。
で、そんな塾へと向かう道。
普段は、荷台にもう一人乗せているのだが、今は夏休み。
学校であいつの顔をみることもなく、ゆえに一緒に予備校へ行くこともない。
話し相手のいない道のりは普段より少し長く感じる。
その日は、そんな夏休みの一日だった。

授業開始の5分前に教室につくのは、ついついだらけてしまう夏休みだからということにしておこう。
階段を上がって教室へ向かおうとしたとき、教室の前で壁を背に立つ級友の姿が俺の視界に入った。
「よぉ、佐々木。」
と、片手を挙げて軽く挨拶してやる。
すると、そいつは壁から背を離し、俺のほうへ向き直りながら、
「やぁ、キョン。」
と片手を挙げて短い挨拶をした。
「教室の外で何をやっているんだ?誰かを待っているのか?」
「んー、そうだね。まぁ、正確に言うと誰かを待っていた、となるかな。」
一瞬、頭の中でクエスチョンマークが踊る。
目の前の佐々木はカードを選ばそうとしているマジシャンのような笑顔で俺を見ている。
そして、くっくっ、と笑い声を上げながら、
「つまり、僕の待ち人は今目の前にいるということだよ。」
相変わらず、ややこしい話をする奴だな。
―っといけね。
もうすぐ授業が始まる。
時間がない、話なら手短に頼むぜ。
「誰のせいで時間がないと思っているんだい?」
はい、俺のせいです。
「僕が取り急ぎ確認したいのは、今日の夕方、君のスケジュールは空いているかどうか、ということだ。」


788 :2:2007/05/08(火) 22:24:39 ID:EtSA3tRp
当然のことながら、この一介の中学3年男子の夏休みに一丁前な予定など入っているわけもなく、その日の夕方は見事に空いていた。
俺がその旨を佐々木に告げると、あいつは、わかった、詳しい話は授業が終わってから、と言って、教室へ入っていった。
なんか質問というより確認に近い感じだったが、まぁいいや。

午後5時、時間通りに授業が終わる。
佐々木のほうへ歩いていこうとすると、佐々木は左手の親指で教室のドアを指差した。
どうやら、外で待っていてくれという意味らしい。
俺は鞄を担ぎなおして、塾の外へ出た。
塾から出てくる学生の顔を眺めながら時間をつぶしていると、5分ほどして佐々木が出てきた。
「やぁ、キョン。少し待たせてしまったね。」
「いや、別にいいよ。んで、用事ってなんだ?」
一瞬佐々木が唇を親指で押さえて言いよどむようなしぐさをした。
珍しい、こいつがそんな動作をするなんて。
「キョン、僕たちは今年は受験生で受験勉強を最優先しなくてはならない立場とはいえ、息抜きは必要だ。」
お前のその意見には大賛成だ、佐々木。
ただ、自分がそんなにまじめに勉強をしているかと言われると少し疑問だが。
「それに今はせっかくの夏だ。どうせ息抜きをするなら夏の風物詩を楽しむのが一番だと思うのだがね。」
視線をあちらこちらに泳がす佐々木の姿はその日初めて見たね。
普段の人を食ったようなどこか飄々とした感じがしない。
他の学生たちはあらかた帰ってしまったようで、あたりは通勤帰りのサラリーマンばかりだった。
「あぁ、そうだな―」
頭の中で夏の風物詩に考えをめぐらせる。
花火、スイカ、海水浴、盆踊り―
どれもこれも素敵だね。
受験生には縁遠そうな夏の風物詩に思いをはせながら、佐々木の顔へ視線を向ける。
黒いきらきら光る瞳が俺を見ている。
ほんの少しの間をおいて佐々木が口を開いた。

「いっしょに夏祭りに行かないかい?」


790 :3:2007/05/08(火) 22:25:35 ID:EtSA3tRp
なんでも、佐々木の家の近所で地元の夏祭りがあるらしい。
それが今日の夕方で、せっかくだから受験の息抜きがてら行かないか、とのことだった。
ちょうど受験の息抜きがしたかった俺は二つ返事でオーケーした。
普段から息抜きばかりしたがっているだろう、という突っ込みは勘弁していただきたい。
で、それからどうしたかというと―
俺は佐々木の家で、佐々木の部屋の前にいた。

佐々木は荷物を置いておきたいのと、着替えをしたいのでいったん家に戻るがキミはどうする?と尋ねてきた。
本心を言うなら、俺も鞄を家に置いて、身軽に夏祭りを楽しみたかったが、
家に帰ってから再び外へ遊びに行くとなると妹がうるさそうだ。
家には電話で連絡を入れて、そのまま行くことにした。
というわけで、俺は佐々木と一緒に佐々木の家まで向かうことになったわけである。

佐々木の家は、なんか立派な一戸建てだった。
予想通り、というかなんというか。
ガレージとかあるぞ、立派なガレージとか。
と、俺があほみたいに口を開けポケーっとしていると、家の扉を開けた佐々木から声がかかった。
「何をしているんだい、キョン?我が家のセキュリティーホールでも探しているのかな?」
と、振り向きながらいたずらっぽく俺を見ている。
馬鹿野郎、お前道を行く人が聞いたらあらぬ勘違いをしてしまうじゃないか。
ただでさえ、住宅街の真ん中で立ち尽くす男の姿は怪しいのに。
佐々木は喉の奥で笑い声を上げて
「なら、家の中へあがってくれるといい。そんなところに立ち尽くすとあらぬ疑いを掛けられるよ。」
いや、ちょっと待て、それは中にお前のご両親とかがおられるとですな、ちょっといろいろと入りづらく―
「大丈夫。両親は共働きで、今家には僕しかいないよ。」
そんな俺の考えを察したのか、佐々木はそう言った。
しかし、それはそれでやばいような気がするのだが―


792 :4:2007/05/08(火) 22:26:49 ID:EtSA3tRp
というわけで、俺は佐々木の家の中へと入ってきたわけである。
「お邪魔しまーす。」
と誰に対してでもなく、小声で言う。
佐々木は笑ってるんだが、あきれてるんだかよくわからない表情で
「いらっしゃいませ。」
と言った。
家の中は予想に違わず、セレブリティーな雰囲気のするものだった。
リビングに置いてある立派なテーブルとソファなんかいくらするか想像もできんし、
なんかえらい大画面なテレビとか、大砲みたいに立派なスピーカーとか。
もはや、暮らしの水準が家とはまるで違う。
母親をここにつれくれば「佐々木さんと同じ大学にいけないわよ。」なんて戯言をいうこともなくなるだろう。
住む世界が違うんだから。
根っからの貧乏性のせいで落ち着かない。
せめて、テーブルの上に食べかけのポテチの袋なんぞが転がっていれば、それがどれだけ俺の心の支えになってくれることか。
「それじゃあ、キョン。適当にリビングでくつろいで待っていてくれたまえ。」
くつろげるか。
二階への階段を上っている佐々木の後を追いかける。
「あー、悪い佐々木。できればお前の部屋の前で待つとかできないかな。もしも、お前のご両親が帰ってきたときにリビングで鉢合わせると非常にこう、あの、あれでだな―」
このリビングでくつろいでいるところを、佐々木の両親に鉢合わせなんかした日には、もうなんか目も当てられない事態になるのは、目に見えているというかね。
この年で修羅場はまだ結構でございます。
「まぁ、別にかまわないよ。あ、でも一応これだけは言っておくよ―」
そう言って、俺のほうを振り向いた佐々木は両手の人差し指で小さな×を作って
「覗かないでね。」
唇を端をにぃっと吊り上げて、くるりと部屋の中へ入っていった。


793 :5:2007/05/08(火) 22:27:50 ID:EtSA3tRp
覗く気など毛頭ないが、だからと言って他にやることがあるわけでもなく…
俺は廊下に座り込んで、ぼーっとあごに手を当てている。
当然のことながら、あたりは物音ひとつなく、静かだ。
この家の中に漂うどこか重厚な感じとあいまって少し息苦しい。
「キョン、そこにいるのかい?」
扉越しに佐々木の声が聞こえた。
「あぁ。いるよ。なんだ?」
「いや、なんでもない。」
「そうか。」
そういえば、佐々木の部屋ってどんなんなんだろね。
あいつのことだから、ピンクの女の子女の子した部屋ではあるまい。
シンプルかつ機能的な内装で、小難しい本とかがいっぱいありそうだな―
「ねぇ、キョン―」
「どうしたんだ、佐々木?」
「いや、えーっと、まぁ、すまないね。待ってもらって。」
なんだ?
えらく歯切れが悪い、普段の佐々木らしくないな。
「そんなことなら別にかまない。」
と言いつつ内心、両親が帰ってくるまでに早くして、と思っていたのは内緒だ。
キィ、と短い音を立ててドアが少し開いた。
隙間から佐々木の顔が少し覗いている。
「?」
少し困ったような顔をした佐々木はそれからゆっくりと部屋の扉を開けて出てきた。
手を前に組んで緊張した感じで立っている。
「…どうかな?」
そのときに俺がどんな顔をしていたのかはわからない。
ただ、泉に斧を落としたきこりが妖精を見たときに同じような顔をしていたんじゃないかと思う。
もっとも、俺が見たのは妖精ではなく、浴衣を着た同級生なのだが。

薄紫の帯と白地に蒼い紫陽花の柄の浴衣、は佐々木にどうしようもなく似合っていた。
その姿を見たら、俺が思わずあほみたいに口を開けてしまっていたことも納得してもらえるはずだ。
「…変かい?」
浴衣の袖を手のひらで握りながら、佐々木が不安そうに訊いてくる。
「いや、よく似合っているよ。」
もっと気の利いたせりふを言いたかったところなのだが、
いかんせんついさっきまで思考停止していたため、ありふれた言葉しか口にできなかった。
ここで似合っていないとなどと言える奴には、迷わず眼科か精神科をお勧めする。
佐々木は何も返答はしなかった。
けど、その代わり、二度と見れないであろうあいつのあんな輝くような笑顔を俺に向けていた。


794 :6:2007/05/08(火) 22:28:35 ID:EtSA3tRp
なんだかんだで時刻はもう6時近かった。
少し、佐々木の部屋を覗いてみたかったのだが、佐々木に追い立てられるように、俺と佐々木は急いで家の外へと向かった。
別に佐々木の両親のご帰宅が怖かったわけではなく、もう祭りがいい頃合だからということだ。
佐々木は手際よく、玄関から下駄を出した。
外に出てみると、改めて自分の格好と佐々木の格好が不釣合いなのがわかる。
「ずいぶん待たせてしまってすまないね、キョン。浴衣の着付けは昨日何回か練習したのだが…」
カラコロと音を立てながら、佐々木が俺の後をゆっくりついてくる。
なるほど完璧な着こなしはそのおかげか。
じゃあ、自転車でひとっ走り行こうか。
自転車を引っ張り出すと、俺はそれにまたがった。
「待ちたまえ、キョン。」
そう言って佐々木がカラコロ音を立てながら、俺のほうへと歩いてくる。
「まったく。キミは浴衣姿で僕に自転車を漕いでみせろというのかね?」
そうあきれ返るような口調で言うが早いか、俺の自転車の荷台に腰を下ろした。
「あぁ、わりぃ。」
「朴念仁という言葉はまさにキミのためにあるようだね。」
そう言って佐々木は右手を俺の腰に回した。
いつもどおりの見慣れた光景だ。
ただ、ほんの少しだけ少し香水の匂いがした。
「いくぜ、佐々木。」
そう言って自転車を漕ぎ始める。
端から見たら俺たちはどんな風に見えるんだろうね。
夕日に染まった町並みはまるで別世界のようで、俺はどこか不思議な場所へ迷い込んだような非日常的な錯覚に陥っていた。
背中に佐々木の額が当たっている感触がする。
今、佐々木はどんな世界を見ているのだろうか。
少し湿気を帯びた風が心地いい。
どこか言葉を忘れてしまったように何も言えない。
背中をくすぐるあいつの髪と、腰に回された細い腕だけがその存在を俺に知らしてくれていた。

しばらく走っていると家族連れや中学生らしき集団を目にする機会が多くなってきた。
そして、縁日の屋台が見えてくるころ、日の光はもうずいぶん弱まっていた。
「たそがれ、か。たそがれる、という言葉があるように、
 この闇と光の狭間は一瞬だけ別世界に迷い込んでしまったみたいだね。」
後ろのあいつがそう語りかける。
お前ほどたそがれるって言葉が似合うやつはそうはいねーよ。
「それはどういう意味だい?」
そう言って喉の奥で笑い声を上げた。


796 :7:2007/05/08(火) 22:29:15 ID:EtSA3tRp
自転車を適当な場所に止めて佐々木を降ろす。
時刻はもう7時前か。
昼飯を食ってから、何も食っていなかったので腹が減った。
「とりあえず、佐々木。何か食いもんを買おう。」
自転車から降りて下駄を履きなおしている佐々木にそう声をかける。
「あぁ、そうだね。」
佐々木はそう素っ気のない返事を返した。
歩きはじめるとすぐにその佐々木の素っ気無さの意味がわかった。
慣れない下駄で砂利道を歩いているせいで、あいつはこけないようにするだけで精一杯だった。
下を必死に見ながら歩いている姿はまるで綱渡りだ。
おっと―、そう言ってバランスを崩した佐々木の肩を支えてやる。
「すまない、キョン。やはり普段慣れないことはするものではないな。」
そう言って俺の顔を見上げて苦笑いをする。
「あぶなっかしいな。」
佐々木の右側に回って左腕を少し上げる。
「俺の腕につかまって歩くといいだろ。」
「えっ」、たぶんあいつの心の声が聞こえたら、そう言っていたに違いない。
そんな驚いた顔をして、大きな目をより大きく見開いて俺の顔を見た。
そして下をうつむくと左手で浴衣の襟をつかみながら
「これくらいで大丈夫だよ―」
と右手で俺の左手を握った。
佐々木の手は小さくてやわらかかった。
その小さな手を壊れないように、俺は力強く握っていた。

それから屋台で焼きそばを買った。
佐々木は普段の饒舌さもどこへやら、口数は少ない。
ただ、俺の手を離すことはない。
そして
「キョン、少し行きたい場所があるんだ。」
と、立ち止まって俺の左手を引きながら言った。


798 :8:2007/05/08(火) 22:32:04 ID:EtSA3tRp
なんでも、佐々木の話によるとこの夏祭りでは7時半から花火が上がるらしい。
佐々木が時間を気にしていたのはそのためだった。
その花火の絶景ポイントがあるらしいので、そこへ行こう、とのことだった。
と、いうわけで二人で祭りで用意されたベンチに座って焼きそばをかきこんで、その場所へ向かうこととなった。

その場所は神社の境内の脇にある生垣だった。
縁日と少し離れたその場所には人気は少なく、生垣を背にすると、あれだけいる祭り客がまったく視界には入らない不思議な場所だった。
「実は、この場所は花火がきれいに見えるポイントからは少しずれているんだ。
 だけれども、そのおかげで他の祭り客に邪魔されることなく、花火を楽しめるんだ。」
おそらく、学校の試験で満点をとったときでも見せないような得意な顔で佐々木は俺を見ていた。
「なるほど―」
そう俺が言ったとき、最初の花火が上がった。
確かに佐々木の言うとおり、花火の打ち上げ場所からは少し距離があるせいで、絶景ポイントとは言いがたい感じだった。
しかし、花火がまるで俺たち二人のために上がっているような感覚は、また格別のものだ。
「まるで夢見たいだろう。」
遠くの花火を見つめながら佐々木がそう語りかける。
光のあと、時間を置いて響き渡る爆発音が聞こえる。
「僕はこの花火を写真で撮ろうとする人には賛成できない。
 ましてやそれが携帯電話のカメラ機能なんていうならなおさらね。
 花火は一瞬だけ輝いて、そして消えてしまうものなんだ。
 それを、記録して残したいなんてあさましい人間のエゴだよ。」
「そうだな。」
「過ぎ去っていく時間の一瞬だけを切り取って、それを永遠に保存することなんてできない。
 そんなものを信じ、すがろうとする人間の浅ましさはまさに精神病だね。
 変わっていく世界のほんの一瞬だけが永遠に続いていくなんて、愚かしいにもほどがあるよ。」
そして、佐々木の肩が俺に触れた。
「だから、僕はこの一瞬を焼き付けているんだ。
 もう二度とは来ないこの一瞬を―」
遠くを見つめる佐々木の目には何が映っているのだろうか。
花火?それとももっと別の何か―
でも、佐々木よ―
「確かに何もかも変わっていくけれども、できる限り『変わらないように努力すること』ならできるぜ。」
一瞬あっけにとられたような色が佐々木の顔に浮かんだ。
そして、聞きなれたあの笑い声を上げながらあいつはこう言った。
「キミらしいね。
 なら、キョン。お願いだ。
 出来る限りでいい、キミは変わらないでいてくれよ―」
そして、あいつはそれから
「―のままで。」
と言ったのだが、その声は花火の音にかき消されて俺には聞きとることは出来なかった。

『夢花火』

佐々木スレ6-357 「夏祭り」

2007-05-07 | 夏祭り・花火ss

357 :夏祭り 1/5:2007/05/06(日) 21:01:08 ID:FL9efRct
「夏祭り」

 夏休みもほど近くなり、いよいよ“この夏が勝負だ”なんてスローガンがリアルに俺の耳に
届くようになっていた七月のある日のことだ。
 この頃の火曜と木曜には、俺は佐々木と共に下校し、その後に自宅で自転車を引き出し、
佐々木を荷台に乗せて塾へと向かうという生活パターンがすでに確立されていた。
 そんなわけで、いつものように、佐々木を伴い、教室から昇降口へと向かう途上、俺は
佐々木にこう告げられた。
「キョン、すまないが、今日は一度自宅に寄らねばならない。よって、塾へはバスを使用する
ので、ひとりで塾に向かって欲しい」
 ほう、どうした? 忘れ物か何かか。
「いや、そう言うわけではないのだ、ちょっとした戯れでね。理由は今はその事を告げる時で
はない、という所かな。どうせ塾に行けばすぐに分かるからそれまでお預けさ」
 ふぅむ、なにやら企みごとか。
「この段階で、気づいていない以上、キミが正解にたどり着くことはない。種明かしまで、
マジックショーを見ている子供のような心境でいたまえ。あ~、もっともそんなにすばらしい
出来事があるわけではないぞ。美味しい思いはできない、あしからず」
 ん~、どうやら、俺が格別何かを得られる訳ではないようだな。それなら、まぁそれでよい。
さしたる興味があるわけでもない。
 佐々木とは昇降口で別れ、ひとり、帰宅する。帰宅した俺を待ちかまえていたのは、
わが妹(小四、9歳)であった。
「ねぇ、ねぇ~、キョンくん、お祭り連れてって~~~」
 普段の五割り増しは甘えた声を出して、すがりついてくる。ダメだ。今日は塾の日だ。
「え~~、つまんな~~い。連れてってよう」
 ダメだって言ってるでしょ。お母さんに連れてってもらいなさい。
「そんなら、い~~よう、ミヨキチと一緒に行くから」
 ちゃんと、大人の人に引率してもらうんだぞ。お前はともかく、ミヨキチに何かあってはいけない。
「は~~い」
 返事だけはいいな。ったく、しかし、今日はお祭りの日だったのか。
 その事に気がついて街を見れば、確かに街の通りには、提灯が並び、祭囃子がスピーカーから
流れ、近くの神社の境内にはテキ屋のおっさんたちが、お好み焼きやら、たこ焼きやら、金魚すく
いやらの屋台を出していた。夕食をもう済ましたのか、ガキどもが祭りの熱にうなされて走り回って
いる。ほんの3年前まで、あんなガキのひとりだったのだ、と何とも言えない郷愁が沸く。おいおい、
そんな年でもないだろう、俺は。


 さて、そんな訳で、本日の塾の教室は普段の五割り増しに華やかであった。それも当然、
女生徒たちが全員、示し合わせたかのように浴衣姿だったからだ。いや、こんなことが偶然で
あるはずもない。これは示し合わせていたのだな。佐々木の不可解な態度にようやく合点が
いった俺なのだった。
 佐々木は桜の花弁(五枚だから、恐らくはソメイヨシノなのだろう。もっとも俺はソメイヨ
シノくらいしか桜の品種は知らないが)を配した淡い紅色の浴衣に黄色い帯を巻いていた。
手には赤い金魚が描かれた団扇を持っていて、実に風情がある佇まいである。
「やぁキョン。どうやら、僕が指摘するまでもなく、今日の企みごとには気が付いているようだね」
 そりゃ、塾の入り口に入った時から、なんとなく、な。今日はこの辺りのお祭りだったんだな。


358 :夏祭り 2/5:2007/05/06(日) 21:03:54 ID:FL9efRct
「ほう、キミにしては珍しく、周囲をキチンと観察していたようだね、感心感心」
 いや、今日、帰ったら妹が祭りに連れて行けと煩くてな。
「なんだい、感心して損をしたな。リンゴ飴のひとつも奢ろうかと思ったが、なしにしよう」
 おいおい、美味しい思いはできないんじゃなかったのか? 苦笑を込めてツッコミを入れる。
「ふむ、そうだったかな。だけどねぇ、キョン。女生徒たちが艶やかな装束に身を包んでいる
のだ。健康な若い男性なら、これは十分に美味しい思いなのではないかね。僕もね、女生徒
の間の戯れで、浴衣を着てくることになったのだが、真面目にやるとこれはこれで大変なのだ。
学校に浴衣を持っていくことも検討したのだが、純粋に余計な荷物であること、着替える場所、
着替えた後の制服の処理、履き物の処理、キミの自転車に浴衣で乗るのは危険であるなどの
さまざまな要因によりこれは却下された。本来であればねぇ、髪型もいじりたかったのだが、
これは時間が掛かりすぎるために、残念ながら省略だ。それでも、慣れ親しんだ生活習慣を
捨てて、常より30分以上早い行動を強いられたのだ。美味しい思いがしたいのはこちらの方さ」
 なんだ、お好み焼きでも奢って欲しいのか?
「いやいや、そこまで即物的な人間じゃあないよ、僕は。そして僕の仲間である女性陣も、ね。
たぶんね。で、どうかな、キミの率直な感想を聞かせてもらいたい……のだけれど」
 教室が華やかで大変に結構なことだ。毎日では、塾の勉強するぞ、という雰囲気が壊れる
というモノだが、たまのハレの日にはこういうのもいいだろう。
「…………キョン。キミはもう少し、エチケットというモノを大切にした方がいい。もちろん、
今はそれでもいいが、そんなことでは、いずれどこかの女にナイフで刺されてもしらないぞ」
 なんだ、そのやけに具体的な凶事の指摘は、なにやら脇腹が痛くなってくる。
「別に、根拠などない。女のカンという戯れ言さ。聞き流してくれたまえよ」
 まぁ、それはともかくとしてだな。佐々木は細身だから、そういう和装がよく似合うな。
普段は学校の制服ばかりだったからな、見違えたよ。
「………くっ、不意打ち……だ」
 どうした、佐々木? 何かあったのか? 心配する俺を余所に、佐々木は教室にずかずか
と入っていった。その後、授業が始まるまで、佐々木は俺と顔を合わせようとはしなかった。


 さしたるイベントもないまま塾の授業は無事に終わり、俺たちは帰宅の途についた。周囲の
塾生たちは祭りに寄っていく者あり、まっすぐ帰宅する者ありで、三々五々と言う感じだ。当然
の事ながら、女生徒たちの多くは祭りを楽しむつもりらしい。
「キョン、僕らも少し祭りを覗いていかないか、せっかく浴衣を着てきたのだしね。少しは祭り
の風情も感じておきたい」
 無論、否やはない。こっちも、だんだん増してくる受験という人生のイベントのプレッシャー
を感じていた所だ。勉強のストレスは勉強で発散しろ、などと教師、講師の連中は言うが、
そんなことができるくらいだったら、塾なんか通わねーっての。
「いいぜ、遊んでいこう。四季折々の風情は楽しまないとな」
 くっくつ、佐々木が団扇で口元を隠し、囁くように笑う。
「今、キミがね、一瞬の間に、一体どんな葛藤を得たのか、手に取るように分かるよ」
 その悪い軍師みたいな表情はやめれ。
「そうかい、僕も同意を示そうと思ったんだけどね。とりあえず、キミの後ろめたさを消す、
共犯になら喜んでなろうじゃないか」
 口元を隠したまま、目を細めて佐々木は声を上げずに笑った。その笑顔を見て、
俺の心も落ち着いた。


360 :夏祭り 3/5:2007/05/06(日) 21:06:33 ID:FL9efRct
 さてと、何から巡るかな、まずはなんか食おうぜ。
「ふむ、焼き物、粉物、駄菓子類、いろいろあるようだが、キョン、キミは何を食べたい?」
 どこに落ちたい、見たいなイントネーションで聞く佐々木に、俺は返答を迷っていた。屋台
特有のソースの味しかしない焼きそばか、どこまでも粉っぽいお好み焼きか、はたまた明石の
タコが入っているなんて、微塵も信じられないタコ焼きか? 今じゃ、どこのコンビニでも
食えるフランクフルトにアメリカンドッグは後回しだ。何か目新しい食い物はないのか?
「そうだな、僕はアレがよい」
 そう言って、佐々木が指さしたのはリンゴ飴の屋台だった。授業の前に、そういえば、そん
な話しをしたな。
「うむ、アレならばキミの分も出そうじゃないか」
 お、言いましたね。二言はないぜ。おっちゃん、リンゴ飴とアンズ飴ね。
「なんだ、リンゴ飴でなくてもいいのか」
 袂から財布を出しながら、佐々木が囁いた。
「なんだい、兄ちゃん、連れの姉ちゃんに奢ってやるぐらいの甲斐性持ちなよ」
 屋台のおっさんは余計な茶々を入れた。佐々木が気を変えたらどうするんだ。
「いいんですよ、おじさん、コレをネタに彼にい~っぱい奢ってもらうんだから」
 と、佐々木は俺の左腕を取ってぎゅっと、抱きかかえたのだった。
「おお、お熱いねぇ。よし、兄ちゃん、こっちのでっかいの、もってきな。
姉ちゃん、この兄ちゃん奥手そうだから、押しの一手だぜ」
 などと、何にも知らない親父さんの声援を背で受ける俺たちなのだった。まぁ、ここで俺たち
はそんなんじゃねぇとおっさんに言っても意味はないし、無粋なので止めておく。
「うむ、なかなかいい味じゃないか」
 佐々木はリンゴ飴をなめなめ、俺と共に祭りの客で賑わう境内を行く。俺は何とはなしに
そんな佐々木を眺めていた。
 こっちのアンズ飴もそこそこいける、そんなどうでもいいことを話しながら。
 ん、大分、人が混んできたな。佐々木、手をつなごう。はぐれたらヤバイからな。佐々木の
手を引いて雑踏の中をいく。
「ねぇ、キョン、ひとつ聞いてもいいかな。キミと僕は以前にもこうして、賑わう場所を歩い
たことはなかったかな?」
 お前と会ったのは中三になってからだと思うんだけどな。
「うむ、そうだな、中三の春に学習塾でキミがぼくに声を掛けてくれたのが、僕らの友誼の
始まりであった。それは間違いない。……なんだろうな、忘れてくれ、気のせいだった」
 ふ~ん、変なヤツだな。……まぁいつものことか。
「わるかったね、ところで、どうしたね、さっきからぼうっとしているようだが」
 いや、悪いな、なんとはなくにお前に見とれてたんだ。
「なっ…何を言うんだ、藪から棒に」
 そうだな、何を…言ってるんだろう。考えて見りゃ、妹でも親戚でもない女の子と祭りに一緒
に来るなんて、初めてかも知らん。だから、なんと声を掛けていいのかわからないんだな、きっと。
「ふむ、何となれば、僕がキミの初めての相手というわけか、お祭り……デートの……」
 生々しい言葉に思わず、アンズ飴を飲み込んだ。
「これは責任重大かもしれないな。僕の所為で、キミの精神に大きな傷を残してはいけないな。
うん、よくない」
 はあ、心配して頂いて光栄です。
「それでは、キョン。キミの責任において、お好み焼きと焼きそばと何か、肉系の串焼きを
買ってきたまえ、私はそこの……」
 そう言って佐々木は手のひらで参道から少し外れた茂みのある当たりを差す。
「……茂みの辺りで少し休憩している。そろそろ夕食の頃合いだ。一緒に食べよう」
 なんで、俺がと思いつつも、佐々木は俺の返答も聞かずに参道を外れていく。まぁ、この程
度は覚悟してたさ。俺は参道を戻りつつ、先ほど通りすがりに、当たりを付けておいたお好み
焼きの屋台を探していた。


361 :夏祭り 4/5:2007/05/06(日) 21:10:10 ID:FL9efRct
「すまないが、連れがいるものでね、君たちと付き合うことはできない」
 お好み焼きと焼きそばとタコ焼きと串焼きを抱えて俺が戻ってきた時に、耳に入ってきた言葉
はそれだった。見やれば、高校生と思しき数人の男に、佐々木が囲まれているではないか。
義を見てせざるは勇なりけり、連れの女の子に手出しをされては俺の平和主義もどっかにいくぜ。
「おい、何やってんだ。俺のツレだぜ」
 精一杯、低音効かせてそう言った。
男たちのひとりが振り向いた。
「なんだ、彼氏来ちゃったよ……ってガキか」
 おいおい、そう年は変わんねぇだろ。
「って、もしかして中坊か、お前ら」
 悪イかよ、おっさん。
「おいおい、中坊。女の前でイキがるのもわかるけどさ、も少し、口の利き方をちゃんとした
方がいいゼ」
 じゃり、と足もとのジャリに音を立てさせて、男たちが振り返る、え~と、全部で4人か、
ケンカになったら勝ち目はないな、残念ながら。ピンチになると自動的に覚醒する超戦闘能力
なんてのは俺にはないのだ。
 さて、どう逃げるか、思案する俺の視線の先には不安げに俺を見ている佐々木の瞳、なんだ
よ、大丈夫だよ。何とかするって。だから、お前は逃げろ、一目散にな。
 男たちと俺の間の緊張が高まったその時だ。
「せっだりゃああああああああ!!」
 絶叫とともに横合いからドロップキックが、男たちのひとりの顔面に炸裂する。
 その男はそのままもんどり打って横回転、数回転がって動かなくなった。
 なんだ、何が起こった。だが、チャンス到来である。もっとも近い男の顔面に右手に持った
タコ焼きと焼きそばをぶつけ、飛び出してきた何者かに気を取られた別の男の後ろから膝裏を
蹴り飛ばす。強化版膝かっくんである。それをくらい、うずくまった男の顔を、タイミング良く、
ドロップキックから体勢を整えた闖入者が蹴り上げた。スパーンっといい音がして、男の身体
は縦回転。ジャッキーの映画でも、ここまで綺麗に回転しねえぞ。
 勝負は付いていた。数の優位は瞬間的に崩壊した。そして、残りのふたりの戦意も喪失していた。
「なに、まだヤんの?」
 闖入者が、殺気を込めて囁く。小型の肉食獣のような迫力が、そのセリフと視線に込められ
ていた。ってこいつ、女だ。腰までの長い黒髪のポニーテイルが夜風を孕んで揺れていた。
大きな瞳に殺気を込め、小柄な身体を闘気でふくらませた女にナンパ男たちは気圧された。
「ちっくしょう、覚えてろよ」
 ソース焼きそばのカツラを被り、顔面につぶれたタコ焼きを貼り付けた男と、幸いにして
無傷だった男は倒れた仲間を背負い、逃げ出した。
 うわ、そんなセリフ、ライブで聞いたのは生まれてこの方、初めてだ。
「ちぇ、もうおしまいかぁ。根性なしめ」
 残念さを隠すこともなく、女は毒づく。くるりと振り返った。さっきまではそれどころじゃ
なかったが、よくよく見れば、えらい美少女である。マンガかラノベか、おい。その顔つきは
きりりと凛々しく、長い黒髪のポニーテイルが無茶苦茶に似合っている。
「ま、いやがる女の子をナンパするキモ男を撃退するってシチュエーションをやってみたかっ
ただけだからいいわ」
 そう言って、俺の左手から、牛カルビ焼きの串焼きの入った袋を丸ごと奪った。
 な、何すんだ。
「これ貰うわよ、助けた代金ね」
 バリバリと串焼きを食いながら、女は言った。盗ってからいうなよ。
「あによ。命の恩人でしょ、文句言わないの。それに彼女ほっといていいの」
 串焼きの串で、佐々木の方を差す。お、そうだ。佐々木に目を転じると、彼女は小走りに
こっちに来る所であった。
「大丈夫か、キミ、怪我はないか」
 そう言って、俺の身体のそこかしこを触る。いや、怪我もなにも、一方的に蹴りを入れただ
けだからな。
「4人相手にケンカなんて、無茶が過ぎるぞ。僕は生きた心地がしなかったよ」
 いや、実際は、ケンカになってないしな。さっきの女が一方的に相手をボコっただけだ
……っていねえ。


362 :夏祭り 5/5:2007/05/06(日) 21:12:37 ID:FL9efRct
「……もう、いないな。この人ゴミだ、見つけるのも難しいだろう。お礼を言いそびれてしまっ
たな。何かの機会にでも、また会えればいいんだけど」
 いや、まぁ、そうだな。何となくいつかまた出会うような、そんな気がしていた。これはあ
くまでも偶然、あるべきではなかった出会いだ。なぜだか、そう感じた。
「もう、祭りという気分でもないな。帰ろうか、キョン」
 ああ、そうだな。送っていくよ。
「そんな、悪いよ」
 いいだろ、さっきは守りきれなかったからな。夜道は危険だ。
「……うん、ありがとう」


 ちりんちりんとベルを鳴らしながら、佐々木の家までの家路を急ぐ。
「しかし、散々なオチだったなぁ」
 荷台に腰掛けている佐々木に声を掛ける。
「うむ、ナンパされる経験はあれが初めてではないが、祭りとなるとまた違うものなのだな」
 やっぱ、ナンパとかされるのか。
「い、いや、それで付き合ったことなぞないぞ。ほら私は喋りがこんなだからな。大概の場合
はすぐに向こうから離れてくれるんだ。まれに面白がる者もいるが、そう言った場合は丁重に、
きっちりと断わることにしている。今日のように絡まれたのは初めてだ」
 いや~、まさか、ちょっと目を離した途端に、こんなことになってようとはな。初お祭りデート
のイベントにしちゃドラマチックに過ぎるっての。
「くつくつ、まったくだ。僕はもっとゆったりとした方がよい。ああいう忙しくて煩いのはね、好かない」
 夏の夜の匂いがする道をふたり乗りで、走った。
「ああ、キョン、キミ、ちょっと止めてくれないか」
 どうした? なんかあったか。請われるままに自転車を止めた。そこは、俺と佐々木の家の
途中、言われるままに走っていた土手のサイクリングロード。
「お好み焼きを食べてしまおう」
 ああ、そう言えばカゴに入れっぱなしだった。もう、冷めてるからな。たぶん、不味いぞ。
「いざ、食べる前にそう言うことを言うかな、キミは」
 根が正直なもんで、な。それに、お前の口から、それを指摘されると、俺が傷つく。
あの修羅場の中で守りきった最後の食い物だからな。
「ふふっ、そうだったね」
 お好み焼きのパックを開けて、ふたりで一膳の箸を使って、もそもそと粉っぽいお好み焼き
を食べた。
「いやいや、冷めてしまっているのは残念だが、それほど悪くはないんじゃないのかな?」
 そうか、お前がこういうジャンクな食べ物が好きだったとは意外だったな。
「ふふ、本当に、悪くないな。こういう食べ物も…あ」
 その時だ。ドーン、と地響きにも似た音と共に、花火が打ち上げられた。遠くの夜空に大輪
の花が咲いた。
「綺麗だな」
 どちらからと言うこともなく、ふたりの感想は同時に口から漏れた。
 どちらかともなく、顔を見合わせて、笑った。なんとなく、そう、なんとなくいい気分だった。
さっきまで抱えていたささくれ立った気持ちが、風の中でほどけていく、そんな感じだ。
「僕は、そのこう言う時、こういう場所で何を言ったらいいのか、よくわからない。だけど、
だから、気持ちに正直に言うよ。キョン、キミとこういう美しさを、風景を共有できて、
僕は……嬉しい。さっきはありがとう。僕を守ってくれて」
 ちょっと強く吹いた風の中、溶けるように、佐々木がそう囁いた。なんだろう、急に恥ずか
しくなってきた。そう囁いた佐々木が静かで、そしてそう、とても儚げで、消えてしまいそう
に見えたからなのだろうか。だから、普段より真面目に、言った。
「ああ、俺も嬉しいよ。この風景、この感情、このお好み焼きの味、俺は忘れない。たぶん、
いや、決して」


 もうすぐ、夏休みだ。
 今年の夏は、中学生活、最後の夏はどんな風に過ぎていくのだろうか。
 そんなことを考えながら。