678 :1:2007/04/21(土) 21:56:09 ID:o5uDWFDT
突然振り出した雨に、俺たちは追い立てられて、近くにあった本屋の軒先になだれ込む。
運悪くその日は、本屋は休みで中に入って暇つぶしというわけには行かなかったが、最低限雨はしのげるのでよしとしよう。
「くそっ、いきなりこんな大雨になるなんて聞いてねえぞ。」
まともに天気予報なんて聞いた覚えはないが、一応天気予報に文句を言っておく。
ぼやきつつも自転車を軒先のテントの下に入れた。
このあたりには、びしょぬれにならない距離に傘が買えるコンビニのような場所はない。
必然的にここに閉じ込められることになってしまった。
「夕立か、高温多湿の日本ならではの風物詩だね。」
一足先に雨宿りをしていた同乗者が呑気な声を出した。
このあたりで消防が抜き打ちの放水訓練でも行っているのかというほどの大雨だ。
風物詩としては小粋の欠片もないな。
それはそうと、いつもこいつはいつも飄々としている。
この大雨にも全く動じることなく、まるで、雨で水泳の授業が中止になったことを喜ぶカナヅチの小学生のような笑顔で俺を見ている。
「どうする、佐々木?このままじゃ、塾に遅刻だが、かと言ってこの雨じゃなぁ…」
隣で白い無地のハンカチでショートカットの髪を拭いている同級生に俺は尋ねた。
「そうだね、今回の雨による損害は授業一回分の総額数千円といったところだろうか。」
くっくっと独特の笑い声をあげる。
相変わらず回りくどい話の好きな奴だ。
要は、もう今日は塾へ行くのはやめようということだな。
「そうなるね。
仮にこの雨の中、強行軍を敢行したとしても、周りに迷惑をかけるだけだし、
なにより、エアコンの効いた部屋で水の気化熱の体験学習は全力でごめんこうむりたい。」
そうやって、ハンカチでシャツの袖を拭きながら佐々木は答えた。
679 :2:2007/04/21(土) 21:56:55 ID:o5uDWFDT
ここで、佐々木のシャツが濡れて下着が透けていることに気づいた。
思わず、目のやり場に困ってしまう。
普段は女ということをほとんど認識していないだけに、余計に変な気分だ。
「どうしたんだい?キョン?」
まったく、こいつの観察力はたいしたものだ。
しかし、できることなら俺の心のうちまで察してほしかったが。
「これを着ろよ。」
思わず、俺は上着を脱いで佐々木に渡してやった。
佐々木の下着が透けているのを見て特に何か感情を揺さぶられる、みたいなことはないが、目のやり場に困る。
夕立にも驚かない黒い瞳が少し驚愕の色に染まって俺を見ている。
「いや、まぁ、なんだ、その。
体が冷えて風邪を引いたりしたらいかんからな。」
少し挙動不審なのには突っ込まないでくれ、佐々木。
「いや、でもキョン。キミだってTシャツ一枚では風邪を引くだろう?」
「まぁ何とかなるさ、たぶん。」
佐々木は一瞬何かを考えるような仕草をした後、おもむろに俺の肩に上着を掛けた。
そして―
「こうするのがこの状況では最良の方法だね。」
そう言って上着のもう片方の肩を自分に掛けた。
つまり、今の状況を説明すると、ひとつのジャケットを二人で着ているというわけだ。
密着した佐々木の腕から体温が伝わってくる。
680 :3:2007/04/21(土) 21:57:43 ID:o5uDWFDT
「こうやると身長差がよくわかるね。」
風が吹けば髪が俺の唇に当たりそうな距離で、佐々木はそう言った。
その髪からそことなくいい香りがする。
少し朱に染まった透き通るような白い頬に、俺はなんとも言えない気恥ずかしさを感じて、思わず目をそらした。
「しかし、ほんとはた迷惑な雨だな。」
とりあえず、何か話題を振ってみる。
「そうかい?」
とだけ、佐々木は応えた。
心なしか、佐々木の笑顔が普段の少し皮肉の色がこもったものとは違う気がした。
静かに光るような暖かさがある。
「なんか、嬉しそうだな?」
「そうかい?まぁ、否定はしないが。」
佐々木の目が俺を覗き込む。
「―あぁ、そうか。今日は堂々と塾をさぼれるもんな。」
佐々木は目を細めてふふっ、と少し吹き出した。
そして―
「そうか、まぁ、それもあるね―」
と、曇天模様の空を目を細めて眺めながらつぶやくように言った。
少し、佐々木の腕が俺に密着する力が強くなった気がする。
「ねえ、キョン。」
「なんだ。」
「雨が上がったら虹が見えるといいね―」
『雨宿り』