4月も終わりますが、ブログのほうは完全に忘れかけておりました。
これは近鉄鳥羽駅にある鳥羽城想像図です。
城山公園になっている場所からはよく近鉄電車が見えます。
こちらが本丸跡、かつては小学校の校庭となっていて何もありません。三層の天守閣があったようです。
本丸西側の石垣は綺麗に残っています。
本丸跡には旧鳥羽小学校(登録有形文化財)があります。
こちらは三の丸の石垣。
今月は、写真の近鉄特急で鳥羽城へ行きましたので、その写真と第5代鳥羽藩主稲垣長剛の位階状でも出します。
これは近鉄鳥羽駅にある鳥羽城想像図です。
鳥羽城自体が近鉄鳥羽線沿いにあります。
城山公園になっている場所からはよく近鉄電車が見えます。
こちらが本丸跡、かつては小学校の校庭となっていて何もありません。三層の天守閣があったようです。
本丸西側の石垣は綺麗に残っています。
本丸跡には旧鳥羽小学校(登録有形文化財)があります。
こちらは三の丸の石垣。
三の丸跡に、鳥羽城のパンフレットがあります。裏面に歴代藩主が書いてあり、そこに稲垣長剛(藩主:1819〜42)の名前が見えます。
こちらが私の所蔵している、稲垣長剛の位記(写真は一部)です。
巻物で、全部広げると160センチくらいあります。写真に写っている文章のあとに、「二品中務卿韻仁親王 宣」からつらつらと正二位、従三位の公卿たちの名前書いてあって、「制書如右請奉 制附外施謹言」としめられます。
あとは天皇御璽が、文政の年号にかかるように二箇所押されています。
鳥羽藩稲垣家の史料は明治大学だったかに分散してあったと思います。
これを手に入れた頃に読んだ児玉幸多ほか編『物語藩史』(新人物往来社、1966年)で鳥羽藩を読みましたが、そこそこ活動してた気がします。
それでは今月はこの辺で、みなさま体調お気をつけて。
なお、鳥羽市教育委員会編『三重県史跡 九鬼水軍の海城 鳥羽城跡』鳥羽市観光協会、パンフレットを参考に書きました。