こんにちは。年末ですね。
この前、清水聡氏の『気骨の判決』を読み直してました。ドラマがとても印象的でしたね。
同書は翼賛選挙と言われた昭和17年に行われた第21回衆議院選挙のお話です。
さてその翼賛選挙で、福岡県戸畑市から、1人の衆議院議員が誕生しました。
名前は、吉田敬太郎。当初は非推薦候補で出馬した人物でした。
さてその翼賛選挙で、福岡県戸畑市から、1人の衆議院議員が誕生しました。
名前は、吉田敬太郎。当初は非推薦候補で出馬した人物でした。
吉田敬太郎(福岡県議会議員時代)
吉田はこの選挙の経緯についてこう述べています。
戦いがすでに中盤戦から終盤戦にはいろうとする時になって、翼賛会は突然、劣勢の某候補を引退させて、その後釜に私を推薦してきたのである。しかも阿部大将から、「ぜひ推薦を受けてほしい」との懇請の電報が飛び込んできたのだ。〔中略〕 思うに、情勢がすでに示すように、私の当選確実の公算がはっきり見えてきたので私を引き入れたのであろうが、最初から私は、東条政府の人たちにあまり好ましからぬ客のようであった。(『汝復讐するなかれ』)
吉田の回想では、どうやら選挙中頃になって政府は推薦したということです。
吉田敬太郎の選挙公報(部分)
実際には、中頃どころか、序盤に翼賛政治体制協議会は吉田の推薦を決定しました。昭和17年4月9日、森田常逸の辞退によって、翼賛選挙政治体制協議会は、吉田の推薦を決定しました(昭和17年4月9日付「徳富蘇峰宛阿部信行書簡」)。
手続き的には何日か要しますから、選挙戦に森田は出ていないのではないでしょうか。辞退した森田は、警察官出身で大政翼賛会の総務局長を務めていました。
吉田はこうして、推薦になり、選挙戦を行うことになりました。
4/18-19の吉田の演説会チラシ
4/23付きの吉田敬太郎の推薦書(「部分」)
4/27の吉田の演説会チラシ(沢見会館、法泉寺)
ほぼ最後の4/29の演説チラシ(新川長寿寺)
吉田は無事当選し、国会議員になりました。
しかし、次第に戦局に疑問を感じていくようになったと言います。
昭和十九年七月十八日、ついに東条内閣は倒れた。そのために逮捕の手がややゆるんだのを幸いに、私はぬけぬけと国会へ出て行った。国会会期中は議員を捕縛することができないから、そこでまた今度は決算委員会の席上で軍部に対する攻撃の舌をゆるめず、大いにまくしたてた。三年間のうちに一度は軍事費の決算を出すべきところを全然出していなかったからである。これは憲法違反ではないかと強硬に追求していくと、その途中で、当時翼賛政治会の最高幹部であった福岡県出身の先輩、山崎巌氏が飛んで来て、私の背中をなぐらんばかりにたたいて言った。
「吉田君、君は何を言っとるのか! あの発言を取り消せ。そうでないと殺されてしまうぞ!」
と、言うように吉田の回想では、小磯内閣時代の決算委員会で軍の予算決算について質問を行ったとのことですが、管見の限り確認できませんでした(「帝国議会議事録」)。
この回想がでたあとの『獄中記』の1ー15頁は、逮捕される前の話が述べられているのですが、上記の話について、良い実績にも関わらず記されていないことからも信憑性が危ういと思われます。
しかし、吉田が反戦活動をしていたのは事実で、1945年3月、東久邇宮稔彦王防衛司令官への批判ができないなど、議会で発言し(岸井議員発言、昭和20年12月14日委員会13頁)、ついには憲兵隊に逮捕され、議会の姿に吉田が現れることはありませんでした。
このように、翼賛選挙で当選した議員からも、反政府的な意見が出てきた例もあったのでした。
参考文献
今里広記『私の財界交遊録 』(1980、サンケイ出版)
吉田敬太郎『汝復讐するなかれ』(1971、キリスト新聞社)全文公開。
同『獄中記』(1989、私家版)
「吉田君、君は何を言っとるのか! あの発言を取り消せ。そうでないと殺されてしまうぞ!」
と、言うように吉田の回想では、小磯内閣時代の決算委員会で軍の予算決算について質問を行ったとのことですが、管見の限り確認できませんでした(「帝国議会議事録」)。
この回想がでたあとの『獄中記』の1ー15頁は、逮捕される前の話が述べられているのですが、上記の話について、良い実績にも関わらず記されていないことからも信憑性が危ういと思われます。
しかし、吉田が反戦活動をしていたのは事実で、1945年3月、東久邇宮稔彦王防衛司令官への批判ができないなど、議会で発言し(岸井議員発言、昭和20年12月14日委員会13頁)、ついには憲兵隊に逮捕され、議会の姿に吉田が現れることはありませんでした。
このように、翼賛選挙で当選した議員からも、反政府的な意見が出てきた例もあったのでした。
参考文献
今里広記『私の財界交遊録 』(1980、サンケイ出版)
吉田敬太郎『汝復讐するなかれ』(1971、キリスト新聞社)全文公開。
同『獄中記』(1989、私家版)