私如きではあるが大久保利通公を深く尊敬申し上げている。
十九歳の時、青山霊園に公の墓所を訪ねたことがある。
あれだけ立派な墓は見たことがないし、あれだけ荒れ果てている墓もまた見たことがない。
公の墓の周りは私の背丈よりも高い雑草で覆われ、墓は汚れに汚れていた。
茫然半時間、、公の墓の前に突っ立ってしまった。
『あれだけのことを命懸けでやられたのに、、公にも私にも忘れ去られて
しまうのか・・』
『・・・・』
『けれども、、大久保公、、見てくださいこの東京の繁栄を。
極東の小さな無名の国が大久保公の必死の御活動でこんなにまでの
大きな国になりました。』
『・・これが貴方様の何よりもの勲章ですよね?』
大久保公は確かに厳しいことを行ったのかも知れない。
けれども公は御自身にも極めて厳しい方であった。
暗殺が迫っていると警察トップがどんなに説得を重ねても、ただの一人も護衛を御自身に付けようとはされなかった。
本件では殺害・拷問と言ったことが数年に渡り行われている。
先程の照明のことを含め、本件に散見される「黒幕」の安全地にいるいい加減さには軽侮の念を禁じ得ない。