「傾国のラヴァーズ」

ボディーガードの翔真は訳有の美青年社長・聖名(せな)の警護をすることに…(閲覧者様の性別不問) 更新情報はX🐦にて

小説「傾国のラヴァーズ」その13 農業っていいよね

2022-11-11 22:16:00 | 傾国のラヴァーズその11~20
 彼はすぐに気を取り直したようノンアルのビールを飲み、
「次の年は中学受験を控えてるから行かないことになってた。そのうち中学にもなれば、矢野会長の目的も分かってくるから行く気もなくなるし」

「でもそれは今の仕事では損してると思うんだよね。本音を言えば北海道の大規模農業に関わってみたかったなって」
 社長室の書籍なんかで農業ジャンルを見た。俺はその事にも突っ込んで訊いてみたかった。
「僕はITコンサルの会社とうかがって来たんですが、農業のコンサルもやってるんですか?」
「多角経営ってヤツ。会社に力があるうちにと思って。今の混沌とした時代、小さい会社ほどひとつの部門だけだと心細いから」
 社員のフロアと違って、やや圧迫感を覚える社長室で、彼は今は関東圏のITのコンサルだが、農業のコンサルティングや分析にのりだしたのだという。
「人間は食べるの好きだし、何より食べない訳にはいかないから、いい仕事になるかな、って」
 そして複雑な面持ちで、
「成田貞次さんとは何も関係はありません。関係というか、影響なら、大学時代のバイト先の居酒屋の大将と、出入りしてた農家さん」
 彼にも楽しい学生時代があったのだと俺は嬉しくなった。


小説「傾国のラヴァーズ」その12 ザンギと札幌

2022-11-10 22:56:00 | 傾国のラヴァーズその11~20
 俺は彼の様子を見てぼーっとしていたようだ。
 彼は俺が遠慮していると思ったらしく、
「食べて食べて、頂き物なんだけど、独り者にはいつも量が多くて」
と言ってくれた。
 それで我に返った俺は、北海道の唐揚げ「ザンギ」に箸を伸ばした。
「頂き物って親戚からとかですか?」
不用意な質問だったと後悔した。しかし彼は自然な様子で、
「うーんまあ横浜の矢野さん、さっき話した、俺を育ててくれたおじさんとおばさんへの誕生日のお返し」
「そういうのいいですね」
「うん、でもおじさんは、会長の長男だから、札幌出身なんだけど、札幌に戻れなくて。会長の後援会活動手伝うの嫌だから、それで奥さんの故郷の横浜に家を建てちゃった」
 でも故郷が懐かしくて、色々北海道ゆかりのものを送ってくれるんだよね。矢野会長もだけど。
「なんだか悪いこと聞いちゃいましたね」
「いや、そんなことないから気にしないで」

「北海道もね、もう一度行ってみたいんだけどな…僕は北海道は1回しか行ったことがないんだ」
 札幌…北海道は僕の祖父の成田貞次の地元だったからね…大人になってからは、複雑な気持ちだよね…
 行った時は小学5年生で、会長の親戚で、同じくらいの年齢の子と遊んで楽しかった。
 名前は忘れたけど、札幌の街の中の森が深い広い公園で、こっちと植物が違うせいか、なんか、こっちに比べて、ワイルドっていうか外国っぽい、イギリスあたりの小説で読んで想像した感じの森があって、とても楽しかった。
 そこまで嬉しそうに話すと、また彼の表情は曇っていた。


小説「傾国のラヴァーズ」その11 メロンに生ハム

2022-11-06 13:44:12 | 傾国のラヴァーズその11~20
 彼はキッチンで冷蔵庫を開けると、俺の方を振り返り、
「あ、適当に座って…海原くんはメロンって食える?」
「はあ、好きだと思います…」
「無理しなくていいよ」
「そりゃ大好きですけど…そんな高いもの…」
「もらったんだけど、一人じゃ食べきれなくて…生ハムのっけてもいい?」
「はい…俺も手伝いますよ」
 彼は料理もする人のようで、包丁も危ない感じがない。
 祖父母に育てられた俺も簡単な料理はするのだが、酒の用意なので特に出る幕もなく、皿やグラスを運ぶくらいだった。
 しかし、彼も俺と同じくらい空腹だったらしく、米のメシが食いてえ、とおいしそうな白飯に牛肉のとろとろふりかけをかけてくれた。
あとは大好きだというアボカドのサラダや取り寄せのレンチン用の唐揚げとか…
 
 …ようやくノンアルのビールで乾杯すると、つまみを俺にすすめてくれながら、彼は牛のふりかけ丼を頬張っていた。
 無邪気で、わんぱくな子供みたいで、仕事の時の上品さとのギャップがランチの時以上に可愛らしかった。

小説「傾国のラヴァーズ」その10・ちょっぴり仕事

2022-11-05 22:26:00 | 傾国のラヴァーズその1~10
 リビングでは薄いブルーのソファだけは、昼寝にでも使うのか、大きくて立派なものだった。
「ごめんね、殺風景な部屋で」
と彼は苦笑していた。
 引っ越しの時、手伝ってくれた高橋専務や経理の鈴木常務にも指摘されて、三人で笑ってしまったそうだ。
 
「えっと、こっちが寝室…」
 ベッドやクローゼットや本棚が机がある普通の部屋で、派手さはない。彼自身の芯に持つ上品さや穏やかさが何となく感じられるような部屋…だがいつまでも見ているようではばかられた…彼には別に何も言われなかったが。
 もう一つの部屋にはダンベルやトレーニングチューブなんかが置いてあって、筋トレ用の部屋のようだった。
 更にもう一つの部屋は、一番広いのだが、積み上げられた本の山が三つほどあるだけだった。
「こっちの部屋、本当は寝室兼書斎の予定だったんだけど、入れたい本棚が大きくて、地震が怖くてやめたんだ。今はあっちの寝室で読むのはタブレットで電子書籍だなぁ」

 と言う訳で、彼にふさわしいすっきりとした住まいは、警報装置もあるし、不審者が入ってきても対処しやすいだろう。
「まあ、こんな感じです。でも、海原くんに守ってもらうことがあったら本当に大変だよね」
 彼は身震いしながらアイランドキッチンに向かっていった。


小説「傾国のラヴァーズ」その9・2人で飲み会

2022-11-05 00:48:00 | 傾国のラヴァーズその1~10
 暗い表情で彼は、
「でも、愛人の子の更に子供なんてやっぱりお偉いさんには、黒歴史だよなぁ」
 俺は本当に言葉がない。しかし、それは彼のせいではないのだ。だから、何となく味方をしたくなって、
「でも、日本は男社会だったから歴史的にそういうのを認めてきましたよね。今だって直系の世襲もどうかと思いますけど、亡くなった議員さんの親戚だから後継にするとか…」
「あれは不思議だよね…」
 でも、出馬しないのなら彼はそんなこと気にしなくていいのではとも俺は思うのだったが、彼の苦労を考えれば複雑な思いがあるのも事実だろう。

 二人とも黙り込んでしまったところで、彼は前を向いたまま、
「海原くんて全くの1人暮らしなの?」 
「はい」
痛い所を突かれたとと思いながら、
「はい、寂しい1人暮らしですよ。全くの」
と苦笑いするしかなかった。
 すると、彼はいきなり明るく、
「僕と同じだ、でも本当は彼女とかと暮らしてるとか友達とシェアしてるとかないの?」
と、いたずらっぽい笑顔で俺の横顔を見てくる。
 休みの日なんかにしか寂しく思わない俺も冗談っぽく、
「本当に1人、です」
と答えて、社長、プライバシー侵害です、と返すと、彼は、
「今日これから時間ある? 俺の家に来ない? 一緒に飲まない?」
と誘ってくる。
 1人ぼっちのご飯は味気なくて…と泣きマネで俺の笑いも誘い、彼も大笑いしていた…何だか俺は嬉しくなった。

 彼の部屋はちょっと高級なマンションの二階だ。
 彼の担当者は警備のために一度入っていたのだが、俺だけはどうしてか入れてもらったことがなかった。
「まあじっくり見てって。海原くんにも警備頼むかもしれないし」
 部屋は広めの三LDKで、さらには仕事が趣味ということなのか、最低限しか物がないシンプルな部屋だった。