「傾国のラヴァーズ」

ボディーガードの翔真は訳有の美青年社長・聖名(せな)の警護をすることに…(閲覧者様の性別不問) 更新情報はX🐦にて

小説・「傾国のラヴァーズ」その23・不思議な気持ち

2022-11-28 21:24:00 | 傾国のラヴァーズその21~30
 本当に彼から連絡が来るとは思っていなかったので、見ていたパソコンのすぐ脇のスマホが鳴った時には慌てふためいてしまった。
 
 …彼からのメールは、火曜・水曜のねぎらいの言葉と、来週もよろしく、というもので、特に深刻な内容ではなかった。
 安心はしたが、何か平和なひとことでも欲しかったな、と思っている自分に驚く。
 まあすぐに、こちらからも無難な返事は送ったのだが。
 火曜日はよろしくお願いします、と。
 …で、当然だがこの夜のやり取りは終わった。でもやっぱりなぜか寂しい。

 何なんだいったい…


 この週は珍しく土日が休めた。

 体力的にはそう疲れはなかったが、やはり彼のところへの初の派遣で精神的に疲れたという感じだったので、連休は本当にありがたかった。
 近所の銭湯にでも行きたい気がしたが、結局だらだらして自宅から一歩も出ずに過ごしてしまった。


 しかし、月曜は急に大変な打ち合わせになってしまったのだ…

 彼と矢野会長との最終決戦が始まるというのだ。

小説「傾国のラヴァーズ」その22・次の火曜に

2022-11-26 00:02:00 | 傾国のラヴァーズその21~30
 しかし、特に彼は何も言ってはくれなかった。
 外部の人間に案件のことを話題にするのも嫌だったのかもしれないし、朝のこともあったのだと思う。
 …長期になるであろう警護の2日目にして、俺は気まずいことになってしまった。

 彼と無言のまま会社に戻ると、俺の周りはみな今日彼が決めてきた案件に動き出してしまい、彼は昨日見たとおりの元気な彼に戻っていた。

 会社を八時に出ると、車の中で助手席の彼が、
「海原くんは次の火曜には来るんでしょ?」
と、俺を見ながら言ってきた。
「はい」
…としか言えなかった。
 というのは、何となく、担当を外されそうな気がしたからだ。いくら「秘密」を預けられたとはいえ。
 …いや、すぐにそれは自分の恐れなのだと気づく。
 もう会えなかったらどうしよう、という…
 
 それで、

「社長に契約を切られなければ」
と言ってみた。するとやっと彼は相好を崩し、
「そんなことしないよ…って矢野会長が契約者か。そっちで切られたら僕が依頼し直すから大丈夫だよ」
「あー良かった。では来週もお願いします」
 また朝の話が心配になったが、ここで蒸し返すのも、と思い、笑顔でまた彼の部屋の玄関で別れた。


 その夜は、俺はずっとネットで今の与党について…はっきり言えば、彼が巻き込まれそうな問題はどんなものがあるか、つい長々と調べてしまった。
(…まあこれも仕事だし…)
と、なぜか自分に言い訳をしながら。
 明日は、常連さんの小学生の送迎警備なので、早く寝なければいけないのだが。
 その時、スマホにメールが着信した。

 彼から、だった。


小説「傾国のラヴァーズ」その21・働く彼

2022-11-22 23:14:00 | 傾国のラヴァーズその11~20
気持ちを切り換えなければ、と思いながらも、俺はまだモヤモヤしていた。

 しかし、すぐに、昨日言われていた、お得意さんとの打ち合わせに同行した。
 
 議事録の自動作成ソフトのデモも兼ねていたので、新人秘書という設定の俺はノートPCの動きを見ていればよかったので助かった。
 
 彼の方は、朝のあの暗さが信じられないほど、明るい表情で、慣れた様子で笑いも取りつつ商談を進めていた。相手方の担当者たちも笑顔で、いいムードだ。

 そして、彼は今日の案件もソフトの開発の仕事も受注することになったのだった。


 しかし、会社への行きも帰りも、彼は無言だった。俺としては明るい雰囲気にしたかったのだが、ここは彼に任せることにした。


小説「傾国のラヴァーズ」その20・夜中の電話に期待する

2022-11-20 23:51:00 | 傾国のラヴァーズその11~20
 でも俺はどうにか、
「誰にも言いませんが、もし、僕ができることがあったらいつでも連絡してください。今みたいに話を聞いてほしい、っていうのでもかまいません」
 夜中でも大丈夫ですから、とまで言うと、彼の横顔が少しほころんだように見えた。

 大変なことに巻き込まれたら面倒だな、とは思ったが、夜中に彼の声を聞けたら嬉しいかもしれない、などとおかしなことが頭をよぎる。

「それじゃあよろしく頼みます」
と、彼はものすごく神妙な顔で俺に頭を下げると、駐車場へと降り立った。

「…社長、皮膚科に行った方がいいですよ。畑に行った時とか、外来種の虫でも連れてきたんじゃないですか?」
 
 社長室で高橋専務に言われると、彼は、
「僕もそう思うんだよ」
と、さっきとは打って変わって落ち着いた様子で答えていた…


小説「傾国のラヴァーズ」その19・謎の人脈

2022-11-20 07:57:00 | 傾国のラヴァーズその11~20
 しかし彼は、
「いや、それは無いんだけど…」
と答えてはくれたが、その声に、俺はためらいのようなものを感じた。
「…その…向こうは僕のことを気に入ってくれてるのかもしれないけれど、酒が入ってからの説教というか指摘が長いしつらくて…いつもお前は駄目だとか、どういう仕事やってるんだとか…」
 まずは聞くことに撤することにした。
 俺に話せたことで少し気が楽になったのか、彼は安心したように、でもまっすぐ前を見たまま、
「向こうは後輩を育てているつもりなのかもしれないけど、僕としては古い考えで的外れなことばかり言われてる気がして、苦痛で…」
 
 それでも今後の仕事の展開を考えると切れない相手なのだろう。
 門外漢の俺が想像するより、かなり社会的地位のある人間なのかもしれない。
 でも、彼は祖父のコネなど使うような人ではないようだから、彼自身のバイタリティで得た人脈なのだろうが…
 
「でも、その人のことは誰にもまだ知られたくないんだ。だから、海原くんの胸にだけおさめておいてほしいんだ」
 俺は昨日知り合ったばかりの人間だし、仕事上守秘義務があるということで話しやすかったのだろう。
 しかし、
「わかりました。誰にも言いません。ですが、相手から脅迫とか襲撃されるようなことは…」
「ああ、それは大丈夫。そういう人ではないから」

 …ならば、その首すじのキスマークのようなものの正体は何なのか、俺に指摘された時、どうしてあんなにうろたえたのかと俺は知りたくなる。

 …なのに、それを冷静に切り出せない。
 そしてそんな自分を持て余していることに、俺は困り果てている…