2日放送の、NHKスペシャル「認知症の母・脳科学者の私」を録画しておいたので今観終えたところ。
ご覧になった方も。
65歳で認知症になった母親を、通常の介護とは違う立場で、7年間脳科学者として向き合い、脳画像を分析したり、音楽療法を取り入れたりしながら、“母らしさ”を探す日々の記録です。
母が、母でない人になってしまうのではないかと絶望と怖さがあったと言う。
脳科学者とはいえ、進行をどうすることもできない。
自分の名前すら言えなくなった母。
変わりゆく母の姿は耐え難かったでしょう。
母は、もともと音大を卒業しピアノ教室を40年も開いていた。
母の可能性がどこかにある、そのことに音楽療法を取り入れてみた。
真っ赤な秋を歌ったとき、歌詞をつけて歌いだした。
それも、音楽をやっていた人がだせるビブラートがかかった声で歌った。
一人で何もできなくなっても、きっかけがあったら、残っている記憶を発揮できる能力がまだあることに気づかされたと言う。
まだまだ続き、長くなるのでここで終わります。
再放送があったら観てはどうでしょう。
ところで、自分のことですが。
いつ認知症になってもおかしくない年齢だし、他人事ではない。
自分にも、認知症の気が。
なんて考えたこともあるが、今のところ物忘れは多くなったが、この年齢まで何とか持ちこらえられている。
記憶が消去されたわけではなくて、体全体が劣化してきたのだから、再生機能も劣化し、時々再生不能に陥ることが多くなっただけ。
時間がたってから、ふと思い出すことがあるから、まだ捨てたもんじゃない。
けして、痴呆なんかじゃなく、単なる物忘れだなどと自分に言い聞かせてはいる。
そのためにも、今やっていることを止めずに続けられるまで続け、脳の健康を維持していきたい。
このブログもその一つ。
いつまで続けられるかね。