四国遍路(108箇所)の旅

お遍路(88+別格20)の準備計画と実際の歩き通し打ちの記録を、5月11日から(実行は6月3日スタート)記録しています。

「第二部 108寺歩き遍路の総括(20)」(その1)

2007年08月07日 | Weblog
「第二部 108寺歩き遍路の総括(20)」

今日はあまり時間が無かったので、総括とザヘンロサーベイは明日まとめて。

■ 各寺間の実際の時間と道のりについて

『43番~別格7番、別格8番までの推定方法』

前回と同じく、へんろみち保存協会編(39p)の四国遍路道基本コース歩行
距離表の平均所要を参考にすると、以降のコースは下記のようになる。

別7番~別8番 約15キロ 不明
43番~44番 67.2K 20時間(3日間)
44番~45番  8.4K 4時間
45番~46番 29.0K 9時間40分

前日は、難敵・金山出石寺を倒した?後の疲れもあり、ヘトヘトになって、そ
れに這うように大洲プラザホテルにチェックインしそのまま倒れこんだ。梅雨
に入り曇り天候は不安定で、強行した一番の理由は、明石寺を打った後、松屋
旅館に宿泊した夜、翌日の天気予報が曇りであった事、そして、それ以降は、
また雨模様になるらしいとのことであった。

強行50キロの金山出石寺打ちは過酷ではあったが、曇りの天気でかなり救わ
れたのも事実であろう。

別格8番十夜ヶ橋は、大洲プラザホテルから500m程度の距離であった。か
なり疲れていたし、納経は7時からなので、早朝のスタートは見送り、ゆっく
りとホテルで食事をして、小雨の中出発した。

別格8番十夜ヶ橋永徳寺は、43番明石寺から23.6キロ地点である。この
区間、残りの距離は約44キロであるが、内子町の徳岡旅館(さかえや旅館)
のある突合(つきあわせ)分岐までは23キロ程度なので、その先(1)峠越
え(農祖峠(1-a)か鶸田峠(1-b))を選択するのか、それとも(1)
国道380号線歩きを選択するのかについて、大洲を出る時点では決定してい
なかった。ここも、歩き遍路閑散期の「宿は割と余裕で取れる」との判断をし
て、天候(雨の様子)と足の疲れ次第と踏んで出発したのだ。

結局日中は、蒸し暑い曇り空が続いたと思ったら、突然豪雨になり雨宿りを余
儀なくされたりと不安定な天気であった。

結果は、明日、総括します。

今日はこの辺で。

「第二部 108寺歩き遍路の総括(19)」

2007年08月06日 | Weblog
「第二部 108寺歩き遍路の総括(19)」

■ 各寺間の実際の時間と道のりについて

『43番~別格7番、別格8番までの推定方法』

前回と同じく、へんろみち保存協会編(39p)の四国遍路道基本コース歩行
距離表の平均所要を参考にすると、以降のコースは下記のようになる。

43番~別7番 約32キロ 不明
別7番~別8番 約15キロ 不明
43番~44番 67.2K 20時間(3日間)
44番~45番  8.4K 4時間
45番~46番 29.0K 9時間40分

前日、明石寺に向う最後の道で昼食に立ち寄った「民宿みやこ」のご主人から
別格7番への新たな道のりの情報が得られた。半信半疑であったが、その日に
宿泊した「松屋旅館」の若旦那が、大変親切にインターネットで様々な検証も
して頂いた。

若旦那も、当然に!(笑)歩いた事はないようで、且つ、この宿を訪れる歩き
遍路からの情報でも、別格7番への道のりについて、大洲経由ではなく八幡浜
に抜け、そのまま別格7番金山出石寺を打つ人の情報は持っていなかった。そ
れだけ、この八幡浜に抜けるバイパスが新しく(まだ開通して数年との事)、
大洲からの打戻り以外に選択肢はなったのだろう。

しかし、若旦那のインターネットの調査で、実測値としては距離的には少し利
があることは確認できた。道も新しいしとの噂であるし、高低差もさほど無い
と踏んだ。後は、八幡浜から金山の800mを越える山上りがどんな道である
か…若旦那がプリントアウトして頂いたインターネットの地図で、クネクネ道
の上り道、そしてアスファルト歩きであると確認して覚悟を決めた。

宿は、評判通りの素晴らしい宿であって。ぬか床の話や、また有名な政治家や
文壇が訪れたこの宿について、少しだけ事前に知っていると話をすると、若旦
那が、ちょうど時間的に余裕もあったので、由緒ある部屋など建物内を案内し
て頂いた。時の犬養首相趣の遊説時に立ち寄り、宴会を開いたとされる部屋や、
その犬養氏の書などの額のかかっている部屋を案内して頂き、こんなところで
ゆったりとした時間を過ごすのも遍路の旅の楽しみだろうと思う。是非、時間
の合う方はこの宿に訪れ、ゆったりとした時を過ごす事をお勧めしたい。

結果は、以下のようになった。

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困難度(【1~5】【5】が最難関)を個人的主観にて採点した
===================================
43番~別7番 約32K  7時間50分
上記の時間は、明石寺のすぐ近くの松屋旅館からの時間(実測)である。未明
に出発し、新しい平坦なバイパスを経由して20キロ近く歩き、更にクネクネ
道を標高800mを越える金山出石寺まで15キロ登った結果である。全ての
道が舗装道である。前半の休憩ポイントは、国道のコンビニと県道25号線の
分岐にあるコンビニのみ。その後は、最初の笠置トンネル(1157m)出口
先に休憩可能な「段差」がある。その後、釜倉トンネル(466m)が続くが、
道はほとんど平坦な道で、その後八幡浜市内までは緩やかな下りとなり優しい
道である。八幡浜市街地を抜け、名坂トンネルは歩道専用トンネルもあり歩き
易い。その後、県道28号に分岐し、金山出石寺までの、厳しい約15キロの
上り道に入っていく。休憩ポイントは、まず、日土町出張所敷地内のコンビニ
横のベンチ、上り初めて7K地点の森山公民館前のベンチ、そして頂上まで後
り5キロ地点の「ふれあい広場」の屋根付きのベンチである。ここは見晴らし
も良く、トイレは無いが最後の上りを前にホッと一息つける場所だろう。大洲
への下りで説明するが、この八幡浜からの道は、適度に休憩可能ポイントも配
置されており、大洲から打ち戻る道よりも格段に歩き易いのでは無いだろうと
思う。この道を選択したことが、どれ程良かったか、本当に感謝している。し
かし、なんといっても…苦しい道のりである。焼山寺程の険しい山道はないし、
アスファルト道のみであるが、やはり、一日で踏破するのは厳しい道だろう。
八幡浜市内に宿を取り、ここから別格7番金山出石寺を打ち、大洲に下るのが
無難だろう。【4】

別7番~別8番 約15K 3時間40分
一つの難所を切り抜けたという「油断」があったのではないと判断する。多分、
未明から合計35キロも歩いて金山を上り、休憩もそこそこに…一日の合計距
離が50キロ近くになっている最後の下りは、私の、初めての歩き遍路の中で
も、その過酷さ、辛さは、一番であったと言っても過言ではない。それ程、最
後の下りの後の川沿いの県道歩きは、バテバテであった。最初、金山出石寺の
門前の巨大なお大師様の銅像横から遍路道の下りになる。この下りの遍路道は
3キロ程度かと思われるが、とても直線的な道だが、それ程の急勾配でもなく、
非常に広々とした山道であり、素晴らしい遍路道(旧道・古道)だと感じた。
しかし、その後のアスファルト道が「イケナイ…」最悪である。まずこの大洲
までの約15キロの区間、休憩可能なポイントが全く無い!アスファルト道の
下りは約7キロ程度だろうが、本当に急勾配である。下りのアスファルトが、
これ程長く続くと、足の「爪」が剥がれそうな痛さになる。下りきった川沿い
の道も日陰も、休憩ポイントも全く無く、とても厳しい。私にとっては、這う
ように歩いた記憶しかない。大洲からの、空身の打戻りであれば、それ程では
無いのだろうか…と、考えてしまう道のりである。しかし、もう一度挑戦した
としても、私は大洲からの「打戻り」は決して選択しないと思う。多分…
【4】

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■20日目宿「ザヘンロ・サーベイ」
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松屋旅館      T26 F22 D25 S27 C¥7,800
西予市宇和町卯之町3丁目218      0894-62-0013
宇和町は、江戸時代に伊達宇和島藩の宿場町として政治・文化の栄え、その頃
を髣髴とさせる古い町並みが大切に保存されている。オランダ人医師シーボル
トの娘・おイネが医学を学んだ町としても有名で、西日本一古い校舎の「開明
学校」や、江戸末期に幕府に追われた反骨の蘭学者・高野長英がかくまわれて
いたという隠れ家などが遺されている。松屋旅館は、そんな宇和町で、江戸時
代から続くという老舗旅館。幕末から明治時代にかけては政治家など多くの有
名人が泊まったという由緒ある旅館だそうである。政治家・犬養毅、尾崎行雄、
後藤新平、浜口雄幸、若槻礼次郎、尾崎行雄、浅沼稲次郎等など…歴史上の大
人物の名前ずらっと並んでいた。また先祖代々受け継がれてきたという「ぬか
床」で作った漬物が名物で、夕食で各種の漬物を追加であるが頼む事も可能
(最低800円)。わざわざ東京からこの漬物だけを目当てで来る人も多いと
のこと。建物は古いが、整備されていて清潔で素晴らしい心使いのある名旅館
であろう。遍路には少し贅沢であるが、たまにはこんな贅沢も良いだろう。
ちなみに…トイレも!もちろん!ウォシュレット!この金額なら安いだろう。
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全ては、私の個人的判断です。
 総合(Total)は、「T」
 料理(Food)は、「F」
 内装(Decor)は、「D」
 サービス(Service)は、「S」  
 料金(Cost)は、平均的コストの「C」
評価は、
 0~9 お粗末~可
 10~15 可~良
 16~19 良~優
 20~25 優~秀
 26~30 秀~完璧
 NAは、評価できず(食事など無しの場合)Not Applicable
===================================

今日はこの辺で。

「第二部 108寺歩き遍路の総括(番外・初心者遍路の見た目…)」

2007年08月05日 | Weblog
「第二部 108寺歩き遍路の総括(番外・初心者遍路の見た目…)」

■ 見た目(歩き遍路)について

個人的な見解である事をご了解頂き、またまた、誤解を恐れず!
勝手な意見を書かせていただくと(まあ、いつもの事であるが…)、
歩き遍路の初心者は、初心者らしく、高価な装備品は必要無いと…

「金剛杖」
安物で良い。カバー付でもカバー無しでもよろしい。決して、高価な持ち鈴
が上部に取り付けられた「木製」の3万円以上するものは買わない事。

1000円前後~カバー付でも2000円程度の杖でよい。
無くす、忘れる人も多く、私も都合3回も寺などに
(焼山寺、南光坊、そして前山へんろセンターの合計3箇所)
置き忘れた!

下に書く「菅笠」とは異なり、快速!そして、機能性を最重要視する私でも、
この金剛杖の「山道や、古道の遍路道」での実用性は非常に効果があった。

・藪掻き用
・くもの巣退治
・上りのまさに!杖
・下りの三点支持の「手」の代わり

ただ、街中歩きや海岸線のアスファルト道歩きには、多少うっとうしい感じ
(邪魔な感じ)もしない訳ではないが、それでも歩き遍路の「印」としての
用も足すので、是非購入されたし。但し、何度も言うが、高価なものは必要
無い。

K氏は自作の杖だったと言うが…それも無くすと大変だなぁ~と(笑)

ちなみに…尊敬する、名古屋の「スーパー健脚爺」は、金剛杖は不要として
いたらしい…(HPより)

「菅笠」
これも、2000円前後でよろしい。雨用のビニールカバー付きでこの程度
の値段である。夏には涼しいと言われる、高価な柿塗りの「網代笠」を一度
検討したが(3万円前後)、こんなものは絶対に必要無い!と断言できる。

何事も、形から入る「私」は、実は一時まじめに高価な「網代笠」を検討し
たが、本当に購入せずに良かったと思っている。

また実際私は、菅笠は、ザックにくくり付けて、ほとんど被らなかったが、
はやり「遍路の目印」としては菅笠は購入しても良いと思う。

私なぞ…雨が降らない日で、遍路道(古道)を歩かない日などは、暑いので、
トレッキングパンツを短パン仕様にし歩いていたので、金剛杖と菅笠の両方
が無いと、ただの「バックパッカー」にしか見えない恐れもあったので、
「歩き遍路」である「印(しるし)」程度にしかならなかったのではあるが、
そういう意味でも、菅笠は重要であろうか。

同じく…尊敬する、名古屋の「スーパー健脚爺」は、菅笠は不要とし、白い
野球帽を被っていたらしい…(HPより)

私も、白い「ラルフローレン」「ポロ」の小さな馬のマークの付いた帽子を
被ってずっと歩いた。

「白衣」
私は、事前にインターネットで、七部袖(普通のタイプ)を購入し、洗濯も
一度済ませて持ち込んだが、実はほとんど着なかった。

夏場に歩くのには暑い!のだ。半袖のスポーツシャツ(速乾性)でも、
直ぐに汗びっしょりになるのに、これに重ねて「綿の白衣」は暑過ぎる!
と感じた。

菅笠と金剛杖があれば、ザックを担いでいるのだら、歩き遍路としての印は
十分であろうと判断した。どうしても、着た方が良いと思うなら、夏場に歩
くなら「半袖」の白衣で十分であろう。

ちなみに、お遍路の正装としては、以下の「和袈裟」で十分ではと…
よって白衣は、いつもザックの中に入ったままであった。

「和袈裟」
お参りする時の「正装」用の「ネクタイ」のようなものだと理解している。

これは、寺について参拝する時に取り出して、ほぼ着用したが、参拝用具と
共に、山谷袋か参拝セット用の袋(100円ショップの袋でも何でも良いが、
線香、蝋燭、経本、納経帳、お賽銭袋、ライター等)と共に入れておけば
十分参拝に際してバタバタせずに着用できる。

和袈裟は、トイレなどでは、外して入る事が「礼」であるとされている事は
事前に知っていたが、トイレの前に「和袈裟掛け」があったのは1箇所しか
記憶に無い。皆(バス遍路のおばさんなど)、きちんと和袈裟を取り外して、
トイレに行っているのは…ほとんど見た事が無い!

「その他」
その他は個人個人の問題なので、数珠や経本の値段はどれを選んでも、あま
り変わりは無いだろう。

ローソク、線香は100円ショップで購入して持ち込んだが、また不足分を
途中何度か購入したが、スーパーでも売っているし、各寺でもこれだけは
必ず売っているので、適宜不足になれば購入すれば良いだろう。

「総括」
全体として「初めてのお遍路」「1~3回目」程度のお遍路であれば、格好
は「初心者らしく」が望ましいと思う。

「柿塗りの高価な網代笠」に「高価な木製の鈴が上部に付いた杖」等を
身に付けていたら、間違いなく…
(1)修行中の本物の坊さんか、
(2)職業遍路(乞食遍路)の
何れかに間違われる可能性大であろう。

決して初心者は、そのような格好をしてはならない。
初心者は初心者らしく、野宿派でも宿付遍路であってもでもある。

「風体・見た目で、何事も何人も判断してはならない」と言うが、
はやり、「見た目」「一見して」の重要性はあると思う。

何故なら、周りの住民の方の立場に立つと(自分が周辺に住んでいたと
仮定した場合)、正直「初心者風遍路」には声を掛けるかも、お接待も
出来るかも知れないが、「熟練遍路」に大しては、
どうしても「引いてしまう…」のではないだろうか?と、思ってしまう…

松山の(こぶたさん)奥様、どう思われますか?

申し訳ないが、私の、正直な感想である。

三角寺を打った後、池田佐野まで同行した9回目の完全野宿派の方も、
見た目は「普通の初心者遍路」であった。安心感があるのだ。

彼が、高価な網代笠に、高価な金剛杖でも持っていたら、私は絶対に声を
掛けなかっただろう。

同行したT&Tさんも再三「見た目では判断できない」と話されていたが、
私は、もし「乞食遍路」「職業遍路」の方々であれば、それはそれで、
彼らの事情があり、この「四国」で「お遍路」の姿になっているのであろうが、
少なくとも、「職業遍路」は、本物の「お遍路」ではないと思う。
姿を変えた(お遍路の格好をした)路上生活者、ホームレスなのだと。

香川に入り、観音寺近く、そして善通寺近くで、多くの職業遍路を見た。
彼らは…
・山は登らない(山にある困難な道のりの寺には行かない)
・周辺の平坦な寺間をウロウロしている。
・托鉢の免許もなく、托鉢している。(免許がいるらしい?!)
と噂されていた。

彼らは、高名な僧侶とは違うのだ。
私には、高名な僧侶と、乞食遍路の違いが分からない。
(普通の人もそうだろう)、

であれば、区別のつかない人には、私は、決して近づかない。

暖かい挨拶も、
(決して、こちらから望んではいないが)あの、あり難いお接待も、
一般的には、普通の初心者遍路に多く掛けられるのだろう。

誤解を恐れず敢えて書いてみた。

「人生、即、遍路なり」

であれば、なおの事、初心者は初心者らしく、
素直に教えを請えば良い。
初めて歩くのだ、次の寺までの道も、作法も分からない事ばかりである。
熟練ぶる必要は無い。
どうせ、お経(般若心経)も、全ての作法も、満足に出来ないのだから。

高価なものより、
真摯な態度と、
元気な挨拶と、
清潔な格好!
野宿遍路も出来るだけ、清潔に!

明るい笑顔で、
挨拶しながら、
「歩かせてもらっています!」
「あなたの街を」と…

元気な挨拶はするが、
決して迷惑を掛けず、
黙々と歩きたい。

繰り返し言うが、高価なものは一切必要ない。

都会で身につけていた、高価な時計も必要ない。
時間が分かれば良い。
耐水性の多少あるスポーツウォッチで十分である。

最後に…

たまに、納経所で、住職と思われる方が、
金のダイヤ入りのコンビのローレックス(100万円程度はするもの)を、
和服の袖からチラリと見せながら、納経して頂く時があった…
多分~横峰寺かなぁ?(笑)

Tシャツ姿に、太い金のネックレス姿での納経も、もっと困るが…
明石寺かなぁ~(笑)

ちょっとだけ…興醒めであった。

ただ、数年前、新聞で読んだ、数億円(巨額!)の脱税で捕まったのは
この住職ではなかった…が。

今日はこの辺で。

「第二部 108寺歩き遍路の総括(18)」

2007年08月04日 | Weblog
「第二部 108寺歩き遍路の総括(18)」

■ 各寺間の実際の時間と道のりについて

『41番~43番までの推定方法』

前回と同じく、へんろみち保存協会編(39p)の四国遍路道基本コース歩行
距離表の平均所要を参考にすると、以降のコースは下記のようになる。

41番~42番  2.6K  48分
42番~43番 10.6K 3時間40分
43番~別7番 約32キロ 不明
別7番~別8番 約15キロ 不明
43番~44番 67.2K 20時間(3日間)
44番~45番  8.4K 4時間
45番~46番 29.0K 9時間40分

一日中、雨が降りしきる中での歩きになった。時折激しく、そしてまた小降り
になるものの、止むことの無い一日になった。標高480mの歯長峠をどのよ
うに越えるかが、この区間のポイントである。ここは、県道を進むと、かなり
の遠回りになるようだ。遍路道を進むもうかと考えたが、一日中の雨が降り、
どうにも気持ちが萎えていた。

疲れ果てた末、ようやく到着した明石寺は、最後の上り坂が過酷であった。

しかし、収穫もあった。県道29号を進み明石寺への最後の道のりで、昼食の
ために立ち寄った「民宿みやこ」の食堂で、難関別格7番金山出石寺への新た
なルートを教えて頂いた。

大洲に宿を取り、荷物を置いて打ち戻るしか無いだろうと踏んでいた私には、
800m以上の山を上り且つ、一日で約50キロ近い過酷な挑戦であるものの、
可能に思えた。無駄が無く、今日の宿からでも十分可能なのだろうと。

初めての歩き遍路で、別格も合わせての挑戦であったが、別格1番大山寺、
3番慈眼寺に続き、最初の難関金山出石寺をどう打つか…その事で頭が一杯に
なっていた頃である。

結果は、以下のようになった。

===================================
困難度(【1~5】【5】が最難関)を個人的主観にて採点した
===================================
41番~42番 2.6K  35分
41番龍光寺から42番佛木寺までは2.6キロと短い。しかし、駐車場脇の
遍路道を上り墓地を抜けて、山道を下らないと、500m以上遠回りをするら
しい。偶然に、お腹を壊して…(笑)駐車場の敷地内のトイレを使用したので
気が付いたが、結構判り難いだろう。この遍路道は、さして大変な道でもない
ので、是非この近道を行くべきだろう。後の2キロは平坦な県道歩きである。
【1.5】

42番~43番 10.6K 4時間
42番佛木寺の門前に休憩所がある。ここで休み、その後県道を少し歩き、歯
長峠を越える遍路道を行くか、クネクネ曲がる県道を行くかの選択肢になる。
歯長峠は標高480Mmであるが、雨のせいにして、私はここを「根性無し」
で県道歩きとなったので、遍路道の状況は分からない。途中一緒になった方の
「言」を借りれば、歯長峠も大した事は無いらしいが…コメントは出来ない。
県道歩きになると、恐らくこの区間(10.6K)の道のりが、ざっと3キロ
程度は長くなるだろう。私の足で、標準3時間40分のところ、4時間掛かっ
ている。県道歩きでも、重たい荷物を背負って、標高480mをクネクネと、
アスファルト道を登るのはかなり辛いし、ここは、天候がそれ程悪くなければ
遍路道を行くのが妥当だろうと、少し後悔している道である。休憩箇所は、
歯長峠の頂上付近に遍路小屋、そして、峠を下りきった歯長地蔵の県道29号
との合流地点の道沿いになる小屋だけだろう。明石寺手前から約400mの上
りがかなり急な坂である。アスファルト道だが、大汗一回という感じだろう。
【2.5】

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■19日目宿「ザヘンロ・サーベイ」
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ホテルクレメント宇和島 T22 FNA D24 S22 C¥6,237
宇和島市錦町10-1          0895-23-6111
宇和島駅の真上にあるホテルである。とても清潔感のあるホテルである。ビジ
ネスホテルと言うより、ギリギリ…シティホテルの感覚すらあると思う。部屋
も広めでバスルームも広い。この歩き遍路に出て、初めてのインターネットの
LANも部屋に常設されていた。当然、無料である。こういうホテルに泊まり
たかった!モバイラーならではの喜びである。駅構内のコンビニも充実してい
るので素泊りで食事も問題ない。唯一の欠点は、コインランドリーが無い事で
あろう。ここで1点減点かなと…別格6番龍光院の優しいお接待を受け、その
後、名物の鯛めしを食べるのも良いだろう!更にバスルームのウォシュレット
も完璧!この料金はフリーペーパーの10%割引券利用の料金であるので、少
し歩き遍路には贅沢かも知れない。
===================================
全ては、私の個人的判断です。
 総合(Total)は、「T」
 料理(Food)は、「F」
 内装(Decor)は、「D」
 サービス(Service)は、「S」  
 料金(Cost)は、平均的コストの「C」
評価は、
 0~9 お粗末~可
 10~15 可~良
 16~19 良~優
 20~25 優~秀
 26~30 秀~完璧
 NAは、評価できず(食事など無しの場合)Not Applicable
===================================

今日はこの辺で。

「第二部 108寺歩き遍路の総括(17)」

2007年08月03日 | Weblog
「第二部 108寺歩き遍路の総括(17)」

■ 各寺間の実際の時間と道のりについて

『40番~41番までの推定方法』

前回と同じく、へんろみち保存協会編(39p)の四国遍路道基本コース歩行
距離表の平均所要を参考にすると、以降のコースは下記のようになる。

40番~41番 50.2K 16時間(2日間)
41番~42番  2.6K  48分
42番~43番 10.6K 3時間40分
43番~44番 67.2K 20時間(3日間)
44番~45番  8.4K 4時間
45番~46番 29.0K 9時間40分

40番観自在寺から北上する遍路道の一つに、通称“灘道(なだみち)”があ
る。灘道の中でも、南宇和郡内海(うちうみ)村柏から北宇和郡津島町上畑地
に至る約9.8キロの区間は、急な上り坂を経て標高450mの峠に至り、そ
の後緩やかに下っていく山道で、地元ではここを柏坂(かしわざか)と呼ばれ
ているらしい。天気の良い日に、峠から見渡すリアス式海岸の風景のすばらし
さは古くから有名であるが、大正時代に、海岸回りの新道が開かれてから後は
徐々に荒れ果て、ついには“忘れられた遍路道”となっていたらしい。

それが、昭和60年になって、この遍路道を再び歩けるように整備しようと、
地元の地域おこしの団体「柏を育てる会」の人々が活動を始め、会員約90名
が手弁当で柏坂に上り、生い茂って道をふさいだ木を切り、下草を刈り取った
のだと言われている。また、遍路やハイキングの人たちが気持ちよく歩けるよ
うに、道沿いに桜を植樹したり、休憩用のベンチやトイレを設置していったの
だと。さらに、山中に朽ち果てていた柳水(やなぎみず)大師堂も再建したと
言われている。

この柏坂以外にも、無論、遍路のためだけではないが、いろいろな地元の人の
ボランティア活動により復活した道は多い。素晴らしい事だ。

でも…たまには、海岸回りの「新道」も悪くない。純粋にそう思えるのだ。

さて、私は、宿を選ぶ時に、知らず知らずの間にWillcomの電波の入る
可能性の高い「地区」を選ぶようにしていたと思う。

延光寺近くではWillcomは電波が入らない地区があった。宿毛なら入る
だろうと踏んだのだ。「人口カバー率」であろうと、電話会社にとっては、
未だに「辺境」に価する「高知の過疎地域」の経験から、高知最後の地区でも
割と大きな「宿毛市」は「圏内」であるとの確信があった。

結果は、以下のようになった。

===================================
困難度(【1~5】【5】が最難関)を個人的主観にて採点した
===================================
40番~41番 50.2K  14時間30分(延べ3日間合計)
伊予に入り、40番観自在寺を打ちホッとする間も無く、50キロ以上の長い
道のりになる。通常、延べ2日間で抜ける道だが、私は宿泊を2日挟み、延べ
3日間で歩いた。宇和島で鯛めし食べて…休息(足)日としたからだ!
美味しかった~
(1)観自在寺から内海町を抜け津島町まで
(2)津島町から宇和島市外を抜け龍光寺まで
以上に分割して説明する。

(1)観自在寺から国道56号線沿いに内海町まで約10キロの国道歩きの後、
眺望の良い著名な遍路道「柏坂越え」の遍路道(標高450m)を越えるか、
国道歩きを選択し、内海トンネルという歩道専用のトンネル、そして海岸線を
歩き、更に嵐坂トンネルも歩道専用トンネルを抜け少し歩くと、柏坂からの遍
路道と合流する(約20キロ地点)。合流後、国道56号線を歩くのではなく、
芦原川の堤防沿いの歩き専用道を5キロ以上歩く道がある。途中、畑地小学校
近くの遍路小屋があり、また、堤防沿いの道を抜けた津島大橋を右手に市街地
に入ると遍路小屋が2つある。平坦な道だが、少し単調な感じもある。津島町
は、小説家獅子文六「てんやわんや」舞台の里である(約25キロ地点)。

(2)津島町を抜けると、松尾トンネル(27.5キロ地点)を抜けるか、
手前から松尾峠遍路道を選ぶのかの選択肢がある。遍路地図の注釈によると
「国道56号線松尾トンネルは、全長1,710m、通過所要時間約27分。
8:00~18:00は車両交通量が多く、トンネル内は排気ガス充満の状態
になる。松尾峠遍路道は、全長3.7Km。峠まで1.7Km標高差180m
の穏やかな道、平成18年11月地元住民の奉仕活動により全面復元された
自然満喫の道。下り途中、採石場の中を通過するのでトラック往来注意。」
とある。これまでの私の経験であると、約1.7キロのトンネルの通過時間は
約20分程だと判断したが、ここは遍路道を進むのが妥当だろうと。何故なら、
地図の遍路道の説明が標高差など詳細な記述があり、事前情報が充実しており
安心して歩けると感じた。特に、最後のトラック(実際はダンプカー)の往来
は本当に多く、事前の説明に感謝した。綺麗な道であり、トンネル手前の遍路道
の上り口に、地元の方の善意の建設なのだろう…遍路小屋とトイレもあった。
最初の15分が少し厳しい上りだけで、後は急な勾配のない良い遍路道である。
約1時間で抜けられる。この後は宇和島市内を抜け、41番龍光寺までの道は、
全てアスファルト道である。松尾峠を抜けて国道56号線に出て、その後は、
宇和島市街地歩きを経て、県道57号線をダラダラと上る道である。
(47.5キロ地点)に最後の休憩可能な遍路小屋がある。

総合的に判断して、a)宿泊を必ず挟む道である事。b)柏坂以外に高低差が
ほとんど無い事。c)その唯一の峠越えの道も回避する海岸線沿いの道もある事。
d)遍路道も整備されていて安心して歩ける事。e)最後に、休憩箇所も適所に
設置されており、f)宿の選択肢も多く、全体として、優しい道であろう。
【2】
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■18日目宿「ザヘンロ・サーベイ」
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民宿西遊魚センター  T16 F18 D12 S17 C¥6,300
宇和島市津島町針木260         0895-35-0917
通称「柏坂」遍路道と呼ばれる、内海町から津島町までの峠越え遍路道(柳水
大師/清水大師)越えを選択すると、この宿に泊まる事は無い。リアス式海岸
の絶景を見ながらの峠越えの遍路道も良いが、峠道の入口の内海町から次の宿
まで15キロ以上歩かないと宿に着かないため、この宿に向かって国道56号
線沿いに歩くのも悪くない。この宿は、1DK一戸建てが4~5戸独立した形
式の建物で、母屋に食堂がある。民宿と言うより「釣り宿」なのだろう。それ
でも年に何人かの歩き遍路が訪れるという。建物は古いが「修行であるから我
慢せよ」との言い訳の効く客を相手にしていないからだろうか。食事は美味し
いし、部屋もギリギリ…納得がいく。しかし、クーラーが時間単位で有料なの
にはちょっとゲンナリである。違った趣もたまには悪くないか…
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全ては、私の個人的判断です。
 総合(Total)は、「T」
 料理(Food)は、「F」
 内装(Decor)は、「D」
 サービス(Service)は、「S」  
 料金(Cost)は、平均的コストの「C」
評価は、
 0~9 お粗末~可
 10~15 可~良
 16~19 良~優
 20~25 優~秀
 26~30 秀~完璧
 NAは、評価できず(食事など無しの場合)Not Applicable
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今日はこの辺で。

「第二部 108寺歩き遍路の総括(16)」と「ミルキングアクション」

2007年08月02日 | Weblog
「第二部 108寺歩き遍路の総括(16)」

先日、歩くのを止めてから2週間以上経つのに、まだ足の浮腫みと、シビレが
取れないと書いた。昨日知人と話していたら、「ミルキングアクション」とい
う聞き慣れない言葉を聞いた。彼の話によると、私の足の浮腫みや、シビレは、
40日にも及ぶ過酷な歩き遍路によって血の循環が悪くなっており、これを直
すには、ミルキングアクションを効果的に行う、つまり、最も良いのが、水圧
を使うのが良いだろうという。一番簡単なのは、プールに行って水中ウォーキ
ングが効果的だとろうと、彼は言うのだ。

ネットで「ミルキングアクション」を調べてみたら…
ミルキングアクションとは…

全身の血液は、心臓から送られて、また心臓に戻るというように循環している。
上半身の血液は比較的容易に心臓へ戻っていくが、下半身の血液は重力の抵抗
を受けながら進まなくてはならない。つまり、心臓だけで一連の動きを行うと、
結構な負担になってしまう。その時心臓の助けとなっているのが、足の筋肉を
動かすミルキングアクションという機能である。足の筋肉が血液の周りで乳搾
り(ミルキングアクション)をするように伸び縮みすることで、血液が心臓に送
り返されるという。

長時間車にのっていたら足がむくんできたという経験は誰にもある。これは、
長時間筋肉を動かす事ができず、ミルキングアクションができないため、足に
血液が滞っておきた状態だという。

長時間運動していない場合でも、血液をうまく心臓に押し返せないため、むく
みが生じる場合があるのだという。ウォーキングには足の筋肉を鍛え、血液の
流れを良くし、むくみを軽減させる効果もあるので、できる限り継続した方が
良いという。

水圧は、静脈還流(ミルキングアクション)を促進させ、血液循環を増大する。
「水圧」によって全身の血液循環が促進され、水中運動で足のむくみが取れ易
くなるという。また、水中では、ただ浸かっているだけでもトレーニング効果
があるという。

プールにでも行ってみようかな…と。

以前は毎日のようにジムに行って、走る事以外にも、1時間程度泳いでみたり、
年齢の割には、よく泳ぐ方だと思うが、水中ウォーキングは、なんだか「リハ
ビリ」みたいで、水中で歩いた事はほとんどない。まあ、事実「リハビリ」か
も知れないなぁ~

■ 各寺間の実際の時間と道のりについて

『39番~40番までの推定方法』

前回と同じく、へんろみち保存協会編(39p)の四国遍路道基本コース歩行
距離表の平均所要を参考にすると、以降のコースは下記のようになる。

39番~40番 25.8K 標準8時間30分

いよいよ修行の土佐も終わりである。土佐の最後の夜は、宿毛市である。雨の
中、必死に歩いて延光寺に到着し、その後、7キロの国道歩きでも大雨に祟ら
れ、ヘロヘロになって到着したホテル。夕食は、部屋に入り、雨の合間に近く
のスーパーで買出しをして、疲れていたのだろう、もう一歩も出ない!と、部
屋で明日の計画を確認して早々に休んだ。

明日は、天気も芳しくない予報だった。雨の中、遍路道を歩いて松尾峠越えを
するのか、それとも国道歩きをするのか…少し気持ちが萎えていた。

結果は、以下のようになった。

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困難度(【1~5】【5】が最難関)を個人的主観にて採点した
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39番~40番 25.8K 5時間45分(延べ2日間合計)
通常は、39番延光寺から国道56号を歩いて宿毛市内に向う約7キロの道の
後、宿毛市街地を抜けて、松尾峠(松尾大師跡=標高300m)を越える遍路
道を抜け県境を越え、伊予に入るのが通常の歩き遍路の道だろうが、国道歩き
を選択したので、私にはその部分(松尾峠越え)はコメントできない。
しかし、篠山神社参拝方面の国道56号線を、篠川沿いの比較的高低差の無い
アスファルト道歩きは比較的歩き易い道だろう。遍路地図は、松尾峠越えしか
指図していないので、それ以外には選択の余地は無いのかと考えたが、悪天候
の時や体調の芳しくない時、そして山越えなどに自信の無い人は、国道歩きも
悪くないだろう。延光寺周辺に宿を取り、早朝から一気にこの県境越えの26
キロを歩くには、距離的にはかなり厳しい道のりだろう。休憩ポイントは、国
道沿いの(約17キロ地点)一本松温泉あけぼの荘の隣にある「地元の物産セ
ンター」のような所にあるベンチだけかも知れない。ここにはトイレもある。
他に、休憩箇所のようなものは見当たらない。土佐を抜けると、急に遍路小屋
が減ったような気がするのは事実だろう。【2.5】

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■17日目宿「ザヘンロ・サーベイ」
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上村ビジネスホテル  T12 FNA D9 S16 C¥4,000
宿毛市幸町5-10        0880-63-2118
部屋の中に入るまで、普通のビジネスホテルだと思っていた。しかし、部屋の
中に入った時、「和室」に「布団」が置かれていたのには正直ビックリした。
歩き遍路も2週間以上経過して、ある程度慣れてきていたので、設備の古さに
ついては特に気にしないし、価格の安さの方が優先する意識もあったので、そ
れ程気にしない性格だと思っていたのだが…バスタブに錆(さび)が浮いてい
たのにはビックリだった。イタダけない…しかし、洗濯機と乾燥機が無料だっ
たのが意外に嬉しかった。それにしてもである。どんな掃除をしているのか、
このホテルは…とても不安な夜だった。目の前にある、この地区(宿毛市)で
は大規模な「秋沢ホテル」が眩しく、後悔してももう遅かった…大雨の中、歩
いてきた身には、ちょっと悲しかった。
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全ては、私の個人的判断です。
 総合(Total)は、「T」
 料理(Food)は、「F」
 内装(Decor)は、「D」
 サービス(Service)は、「S」  
 料金(Cost)は、平均的コストの「C」
評価は、
 0~9 お粗末~可
 10~15 可~良
 16~19 良~優
 20~25 優~秀
 26~30 秀~完璧
 NAは、評価できず(食事など無しの場合)Not Applicable
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今日はこの辺で。

「第二部 108寺歩き遍路の総括(15)」

2007年08月01日 | Weblog
「第二部 108寺歩き遍路の総括(15)」

■ 各寺間の実際の時間と道のりについて

『38番~39番までの推定方法』

前回と同じく、へんろみち保存協会編(39p)の四国遍路道基本コース歩行
距離表の平均所要を参考にすると、以降のコースは下記のようになる。

38番~39番 52.8K 15時間30分(2日間)
39番~40番 25.8K 8時間30分

久百々(約20キロ地点)に連泊し打ち戻ったため、39番延光寺への道のり
は、残り33キロ程度となる。延光寺を打ち、延光寺近くの宿に泊まるか、更
に7キロ前後歩いて宿毛市内に泊まるかが宿の選択になろう。

久百々から延光寺までは、山の中!寒村の三原村を抜けるので、ここはどんな
に弱足でも、三原村に1軒だけある「清水川荘」という不思議な(料金が25
00円とか…詳しくは知らないが、安過ぎて、中年・高齢者は遠慮するかも?)
宿に泊まる以外には30キロ以上を歩くしかない道である。

しかし、三原村は、本当に寒村であった。

結果は、以下のようになった。

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困難度(【1~5】【5】が最難関)を個人的主観にて採点した
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38番~39番 52.8K 13時間30分(延べ2日間合計)

38番金剛福寺から久百々(約20キロ地点)までの道のりは、37番~38
番の内容を参考にされたし。何度も言うが、この20キロは「打戻り=逆打ち」
になるが、個人的には県道と国道歩きを選択する方が無難であろうと考える。
雨などの悪天候には険しい遍路道であると感じた。

その後、久百々から3キロ弱歩き、安宿方面に橋を渡らず、下ノ加江川を西岸
を進む道になるが、県道21号線に入り、長谷川沿いに比較的高低差の無い舗
装道を三原村を抜けるまで、本当に寂しい道である。交通量も少ない代わりに、
歩道らしきものもほとんど無い県道歩きとなる。

最初の休憩ポイントは、(33.2キロ地点)の遍路小屋、そして下長谷公会
堂前(38.1K地点)のベンチだろう。その後、星が丘団地先に、清水川荘
近くの遍路小屋(43キロ地点)が最後の休憩ポイントとなり、そこから延光
寺までの約10キロは休憩可能ポイントは無い。

山間(やまあい)の川沿いの道で歩き易い道であるが、一人で午後遅い時間に
この地区を抜けるのは辛いだろう。足に余裕があれば、後半の30キロ強は、
それ程過酷ではあるまい。全て舗装道。後半が少し楽に感じるか…【2.5】

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■15&16日目宿「ザヘンロ・サーベイ」
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久百々(くもも)   T22 F18 D15 S25 C¥6,000
土佐清水市久百々135        0880-84-1664
間違いなく有名な遍路宿の一つであろう。珍しい読み方の地名に由来する民宿
は、築30年といった感じの償却済みの建物であるが…それでも何とか持ちこ
たえている感じである。お風呂や網戸の古さ…は格別であるし(笑)、これを
「汚い!」と決め付けるつもりは私には全く無い。一人で切り盛りするおかみ
さんの素敵な笑顔と、商売っけもさして感じさせない素朴さ(本来の彼女の素
晴らしさ)と、料金の一部というより完全におかみさんのサービスであろう
「お接待」のお昼のお弁当を「はい!これ私のお節介!」と、全く嫌味の無い
素晴らしい笑顔とともに渡して下さる優しさに、完全に脱帽である。歩き遍路
には無くてはならない宿だろう。
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全ては、私の個人的判断です。
 総合(Total)は、「T」
 料理(Food)は、「F」
 内装(Decor)は、「D」
 サービス(Service)は、「S」  
 料金(Cost)は、平均的コストの「C」
評価は、
 0~9 お粗末~可
 10~15 可~良
 16~19 良~優
 20~25 優~秀
 26~30 秀~完璧
 NAは、評価できず(食事など無しの場合)Not Applicable
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今日はこの辺で。