
五味康祐さんがタンノイに傾倒し渡英を画策していたころ、
中学の当方の住む町では『コンバット 』 の白黒テレビ放映が始まった。
メインストリートにデパートなるものが開店するというので日曜に行くと、
最上階にS画伯の個展が、賑やかに開かれていた。
大勢の関係者が集まった会場で目に付いたものは、
赤いフエルトをバックに銀色に横たわる大魚の絵で、
カンバスに盛り上った絵具の眼がギラリとしていたが、
同じように横たわる裸婦のオダリスクの前には、
友人たちが賑やかに輪を造り、ダブルの背広の雄弁な御仁が
「腰の曲線のタッチが、素晴らしいわけであります 」
褒め囃すと、みな満面の笑みでドッと沸いた。
颯爽たる大型商業ビルの最上階に集合したお大尽たちが、
芸術の難しいことは抜きに、開店の祝いで底抜けに明るい。
後年になっても、集う喜びのシーンを思い出すが、
タンノイの音も、喜色満面でいきたいものである。
その階下に注目のプラモデル売場はあり、ショーケースは学童で賑わって、
テレビのノルマンディ上陸作戦に直結しているアイテム陳列が、
当方を幸福にいざなうひとときであった。
アメリカのモノグラム社の箱絵にノーマン・ロックウェルが描いた爆撃機
などを見るにつけ、目がクギ付けに埋没した。
マルサン社の小松崎茂氏の絵が太平洋を対峙していた記憶が有る。
子供の予算でプラモデルを蒐集し、売場のコンテストがあると誘われて、
『M4シャーマン 』 を出品したことを笑う。
ノーマン・ロックウェルは写真のようなイラストで多方面に活躍していたが、
作品管理施設が被災し大部分が失われたらしい。
オークションで17億の値の付いた絵も有った。
ローリングK・ウイスキーの景品絵皿に3枚のデザインが使われて、
原画がメーカーに残っていればお宝鑑定団でマルが幾つも並ぶのであろう。
2012.3.27
日本もアメリカもドイツも、現在のウクライナ同様に太平洋戦争にまみれて、
やっと脱した世界の子供プラモは、ディズニー遊園地のように楽園だ。
腰の線を誉めて底抜けに笑って、苦渋の一切をほうむる時がくれば。