
「いま見えただろ。羽根の下の青いやつ。あれが松風毛だよ」
ふーん、と空を横切る鳩の胴体を見上げてなんとなく解ったような気がした。
子供の時、先輩の鳩の飼い主に「まつかぜけ」とは何か?と尋ねたのである。
六.七羽の鳩がグルグル、高く低く旋回していた。
後年になって、それは『松風系』と言って、日本有数の鳩の品種の呼称であるとわかった。
「アントワープ系」などと同じである。
「鳩主はアゴの下が陽に焼ける」という、何かを揶揄した東欧の諺があるが、
このあいだ毛越寺の傍の道を通ったとき傷ついた鳩を見かけて、
大人しく捕まってくれたので、家に持ち帰りダンボールの箱で回復させた。
妙な足輪が二つ付いていたから、レース中に鷹に襲われたのかもしれない。
回復した頃あいに、堤防に持っていって放すと、
一度物凄い速さで旋回してから、あっというまに消えた。
しばらく空を見上げ、二か月も飼った一瞬の結末に、呆然とアゴの下を陽に焼いた。
鳩は、電話のない頃、貴重な通信アプリで、中世の城郭には鳩小屋がある。
寝るところと食事の場所を分け、あるいはつがいの一方を残し帰巣本能を利用した。
地面に降りて啄む鳩は狼藉者で、寄り道せず一気に巣まで飛翔してこそ鳩である。
十五羽飼った鳩が、地面に降りたりすると、子供心にガックリきた。
いまではどうでもよいが、一直線に消えた鳩は流石だ。
遠来の人々を車に乗せ、鳩をひろった観自在王院の車宿を久しぶりに通った。
達谷窟で『最強の護符』に感心し、千年の磨崖仏を見上げた。
柳の御所から、金鶏の峰を北上川の向こうに眺めたのち、晩餐に我を忘れた。
鱈の南蛮併味噌を昼食にして、いっときを回想したが、
内気な廊下のウサギはやっと普段に戻ったな。
2006.6/3