傍流点景

余所見と隙間と偏りだらけの見聞禄です
(・・・今年も放置癖は治らないか?)

TIFF鑑賞報告③~女性監督作2本

2006-10-28 | 映画【劇場公開】
ミリキタニの猫 (日米)
 私のTIFF鑑賞作ラストとなった本作は、NY在住のリンダ・ハッテンドーフ監督によるドキュメンタリー。
 '01年の1月、NYに住む彼女の近所をねぐらにする日系2世のホームレス画家の老人、ジミー・ツトム・ミリキタニと出会ったことで生まれた作品である。珍しいミリキタニ姓は、漢字で[三力谷]と書くらしい。猫好きだったリンダは、ジミーが絵の題材として多く猫を描いていたので、なんとなく声をかけた。彼は猫の絵をあげるから、かわりに自分の写真を撮ってくれと頼み、そこから彼らの交流が始まった。
 日本の広島にルーツを持ち、サクラメントで生まれたこの老人とその絵を通して彼の来歴を辿っていく映画である。

 ジミーは、10代の頃しばらく広島に戻ってきて教育を受けていた時期があり、その頃から既に芸術への道を志していた。そのために米国へ戻るのだが、そこで彼を待ち受けていたのは日米開戦による日系人差別だった。祖国の広島では原爆投下で一族の殆どを失ってしまう。一方で、ジミーたち日系人はカリフォルニアのツールレイク強制収容所に入れられ、以後米国人によって奴隷のような扱いを受けることになる。収容所では多くの日本人が亡くなった。ジミーを慕ってた少年も、病なのに医者にもかかれず死んでしまう。そして日系人たちは市民権放棄を強制され、ニュージャージーへ移送されたジミーは、以後アメリカ政府を信用せずに生きてきた。
 しかし、己の画才への執着を糧に、80歳を過ぎる高齢となりホームレスとなっても尚、彼が絵を捨てることはなかった。

 そんなジミー爺さんのキャラ立ちが素晴らしいので、社会派的要素がメインの作品なのに、実に面白い作品になってるんだよね。彼のような被写体と出会えたのは、監督的にもラッキーだったんじゃないかな(笑)と思うほど。勿論、元々の彼女の意図としては、NYに増え続ける高齢ホームレスに対する問題提起として彼をモデルに撮ることを思いついたらしいのだけど、9.11が起こって状況は一変する。有毒な空気にさらされたままストリートで暮らすこの老人を見兼ね、彼女は自宅で面倒をみることになる。そして彼の生い立ちを知ることは、彼女自身があまり知らなかった日系米国人の歴史を知ることでもあった…というわけ。
 ジミーの言葉は、爆笑必至の名フレーズも数多いけど(グランドマスター、って自称するんだもんなあ)戦争に関する発言はやはり重みが違う。彼の中では、9.11の攻撃で噴煙を上げて倒壊していくツインタワーと、原爆を落とされた広島の姿は同じだった(彼の絵にそのことが表れている)。また9.11直後に巻き起こった中東~南アジア系市民に対する差別を、WWⅡ直後の日系人差別と重ね「same old story」と呟くのは、戦後の日本人としてもとっさには思い当たらなかったゆえに、ガンとくるものがある。
 日系人の多い西海岸では違うようだが、それでもやはり多くの米国人は日系移民の歴史を殆ど知らない、とティーチ・インでリンダは語っていた。けれど、日本に住む戦後生まれの日本人にとっても、それは同じなんじゃないかな。だから日本でも、少しでも多くの人の目に届いて欲しい作品でもある。繰り返すようだが、基本的にジミー・ミリキタニ自身が頑固でエキセントリックながらも素敵なお爺ちゃんなので(笑)堅苦しさはまったく無く、74分というタイトさも観易くて、良く出来た映画だと思う。作中、在米のミリキタニ一族との再会や出会いの経緯も少し描かれるけど、必要以上にドラマチックにしなかったのも品が良くて好感でした。
 ちなみにジミーの描く猫は、なんか招き猫系で不思議な可愛いさがある。他の絵も、私はその色使いがとても良いな、と思った(って素人目なのでよくわからんけど、私は好きです)。絵本の挿絵っぽい感じの作風が多いかな。 彼は現在も壮健で、NYに暮らしている。社会保障で住居も得られた。つい先日、シアトルで個展を開いたそうだ。映画と一緒に、彼の個展も日本で見られると嬉しいなあ…と思った。


分かち合う愛 (インドネシア)
 インドネシアの若き女性監督ニア・ディナータの作品である。かの国では全人口の70%程が一夫多妻制を受け入れているそうで、そのことについて3つのエピソードで語る映画である。形式としては『アモーレス・ペロス』が一番近いかもしれない。笑えて、且ついろいろと考えることも出来る良質な女性映画で、見終わった後は実に気持ちが良かった。
 のだけど。私が観た26日は平日昼間という時間帯もあってか観客が少なくて、それが残念だったな…。インドネシアの映画をもっとたくさん観てみたいな、と思える作品でもあった。

 東南アジアの国々では人種が複雑に入り混じった社会が形成され、宗教背景も様々である。インドネシアで一夫多妻が多いのは、ムスリムが多いことも関係しているようだけど(イスラム教では4人までの妻が認められている)ムスリム以外の男性でも、複数の妻を持っている率が高いらしい。こうした家庭が多い背景には、第二・第三の妻となる女性たちの社会的位置も深く関係する。それはつまり貧困ということで、安定した生活との引き換えに、妻となることを余儀なくされるケースもあるそうだ。
 そんな女性たちによる駆引き、あるいはそうした社会での女性のあり方・生き方を、通俗的かつナチュラルに描いた娯楽作品としても、良く出来ていると思う。世界の何処の国でも、1人の男性を巡る女たちの戦い(笑)のドラマは広く楽しまれている。こうしたドラマを見ながら、男性たちは戦々恐々とし、女性たちは共感するのだろう。本作も、インドネシア本国でかなりのヒットを記録したそうだ。

 粗筋はタイトルにリンクしたサイトに詳しい。1つ目の政治家の第一夫人であるサルマの話も、3つ目のレストラン店主の愛人から第二夫人になりかけるミンの話もそれぞれに面白いのだが、この2つはある種ありふれた“本妻vs愛人”形式ではある(それぞれに立場は真逆だが)。
 本作をユニークな作品にしているのは、2つ目の、叔父の世話で学校に通うつもりが第三夫人にされてしまった、シティの話なのだ。なぜなら、彼女が世話になる叔父の、同居する2人の妻のうちの1人・ドゥイと、シティは恋仲となり、駆落ちしてしまうのだから! 彼女たちがその後どのように生活していくのかはわからないけれど、2人(と、ドゥイの娘2人)で新たに幸せな人生を作るために、彼女たちは旅立っていく。つまりここに、レズビアンである女性への肯定的な視点があると思うのだ。彼女たちの存在は、奇異な性向の人々としてではなく、ごく普通に描かれ、不幸なことも起きない。2人が気持ちを通わせていく過程も丁寧に描かれているし、とても良いエピソードだと思った。

 3つの話のヒロインたちの人生を、それぞれある地点で交錯させるのもお決まりとはいえ上手く見せてくれてる。また、どの話でもアチェ州の津波被害のニュースを見るシーンがあるのだが、その反応がほぼ同じなのが興味深かった。みんな、最初はニュースを食い入るように見つめ、現地の人々に同情を寄せる。しかし「あそこに救援という名目で駆けつけるのは、点を稼ぎたい政治家か目立ちたがりの芸能人だけ。皆、カメラがなくなったらさっさと帰ってくる」と、諦め顔で言うのだった…。

TIFF鑑賞報告②~アジア映画4本

2006-10-28 | 映画【劇場公開】
 今年のTIFF、私は昨日の鑑賞で終了でありました。総じて今回の作品選択、ヤマ感で選んだ割には、なかなか豊作の充実した一週間で良かったです。とりあえず、今回は『クブラドール』『松ヶ根乱射事件』『ドッグ・バイト・ドッグ』『レインドッグス』をまとめてアップ! 特に良かった『フォーギヴネス』『ディキシー・チックス~シャラップ&シング!』の2本は、また別記事で挙げていく予定。


◆クブラドール(フィリピン)
 ジェフリー・ジェトゥリアン監督作品。フィリピン全土で流行している“フエテン”という違法賭博(:番号当てで賭ける)の仲介をやっているおばさん・アミーが主人公のドキュ・ドラマである。
 このフエテンの蔓延は政治家にまで及び、大統領でさえコレが元で辞任させられた、と最初の字幕で説明される。勿論、警察関係者もやってるので取締りようもなく、現在のところ打つ手ナシという状況らしい。
 舞台となるのはアミーの住むスラム街で、彼女はそこの住人達に賭博を薦め、掛け金を預って胴元まで届けることで仲介料を貰い、それを生活費の足しにしている。家ではいちおう夫が雑貨店を経営してるのだが、この夫は足が悪くてあまり働かない怠け者、結果的に女房であるアミーが生活費を稼がなくてはやっていけないわけ。彼女はもう孫がいるような歳で、そして熱心なカトリック信者。毎日仕事前に祈りを捧げ、「今日もつかまりませんように」とお願いをする(笑)。
 そんな彼女の日々を映していくことが、そのままスラムの人々の、せわしなく貧しいことこのうえない生活を刻々と捉えることになる。その下町活写の鮮やかさが映画を牽引し、最後まで飽きさせない。 込み入って雑然としたスラムの路地や、どの家もお母ちゃんがツヨいところ、警察がダメダメ(…が、微妙に憎めない感じでもある)なのはアジアの空気を色濃く感じさせて、ある意味日本人には既視感ある風景なのかな…と思ったりもする。 
 日常のあらゆる場面を、つい賭けの数字に変換してしまうアミーの姿はユーモラスではあるけど、彼女は軍人だった息子を亡くしていて、人知れず痛みを引きずっている。映画では、その息子の霊が母を心配して、時折現れては彼女の危機を救ったりするのが何か切なく、あたたかい。
 ところで、私は今まで意識したことなかったけれど、フィリピンはスペイン植民地時代の名残が色濃いんですね。と、役者/スタッフの姓名にスペイン系が多いのを見て思ったのだった…。


◆松ヶ根乱射事件 (日本)
 今回のTIFFで観た、唯一の日本映画。山下敦弘監督、新井浩文主演。山下監督の映画は『くりいむレモン』と『リンダ・リンダ・リンダ』しか観たことがないんだけど、この監督は独特のハズシ感が持ち味なのかなあ? 私はそれなりに楽しんで観た。が、タイトルの「事件」に一般的に想像するような物騒さなど何もないので、肩透かしを食らう人はいるかもね。来年早春ロードショー予定とのことなので、感想は軽めに。
 信州は長野のとある町を舞台にした群像劇。ムラ社会の人間関係のユルさと閉鎖性、何かがズレてるのにそれが普通のことになってる人々による、脱力系ブラック・コメディ…かな。所々のエピソードには、故・黒木和雄監督の『祭りの準備』を思い出したりもした。しかし『祭り~』が最終的に片田舎のコミュニティのしがらみから遁走する若者の話なのに対し、本作の主人公・光一@新井は、警官という職務上からか表面的には平静を装いつつ、裏で少しずつ窒息感を募らせ、歯車を狂わせていくのであった(しかし、取り立てて深刻ではない)。
 主演の新井君ファン的には、勿論必見作よ(笑)! 彼の無表情さの影に潜む戸惑いや悲しみ、可笑しさが今作でも冴え渡っている。光一と二卵性双生児という設定のため、性格も顔も全然似てない兄・光@山中崇も面白い役者さんだなあ、と思った。しかし個人的には三浦友和に驚愕。松方弘樹あたりなら地でイケそうな役を、あのトモカズが…!ちゅー感じで、私はしばらく誰なのか、わからなかった程でした。
 しかし何より驚愕、というかズッコケたのは、エンディングがボアダムスだったことよ!(笑 >いやあ、コレがまた、合ってないことはない妙味があるんだけども) …まさかボアの曲がフルでスクリーンから流れる映画が見れる日が来るとはねえ…という訳で、彼らのファンも必見ですね(?)。
 ティーチ・インでは小柄な山下監督と並んだ新井くんの対比にちょっとウケましたわ~。監督は、登場人物を「ちょっと妖怪っぽいイメージで」撮ってたそうだけど、どんな人間でも少しは妖怪めいているもんじゃないかなあ。と私は本作を観ていて思ったのだった。


ドッグ・バイト・ドッグ (香港)
 なんか残念な映画だなあ、というのが第一印象。個人的にも香港黒社会電影鑑賞は久しぶり、大好きなサム・リー観るのも久しぶりで、そこそこ期待はしてたんだけど…脚本が整理されていないので全体的にバランスが悪く、108分という時間の使い方がもったいなく感じた。もっとうまくやれば、『インファナル・アフェア』に続く新世代香港ノワールの佳作になれた、かもしれないのになあ。と私は思いましたが。あと、相変わらず香港映画は歌モノ音楽の使い方がダサいよねえ^^;;
 エディソン・チャンとサムのW主演で、この2人なのにサムが体制側(刑事)って斬新かも~、と思ったんだけど、ラストの展開で納得(苦笑)。エディソンはカンボジアの貧民出身の殺し屋。子供時代をゴミ漁りをして生き延び、その後、地下賭博の“闘犬”となって殺し合いをして生き残ってきた男。サムは、刑事だった父に憧れて自らも刑事となるも、尊敬していた父が実は悪徳まみれだったと知ったことで、彼の人生は少しずつ狂っていく。ある日、弁護士殺人事件の犯人であるエディソンとの交渉中、人質に取られた先輩が無残に殺されたことでサム×エディソンによる、狂気の死闘が始まる---といった話です。“イヌ”は結局“イヌ”のように死んでいくしかない---という話かと思ったら、最後の字幕で「えぇっ?何だソレ?!(眉間に激しくタテジワ)」な気分に…。
 鑑賞後、ソイ・チェン監督とエディソンのティーチインがあったけど、移動の為途中退場。それにしても、流石香港電影というべきか、この日(26日)観た映画では一番の集客率でしたよ。


レインドッグス (マレーシア)
 申し訳ないっ!! 鑑賞直前にウッカリ飲んだビールのせいか、はたまたゆったりとした静かなカメラワークのせいか、眠気と格闘するハメになり…大後悔である;; 
 たぶん、少年(っても高校生だが)の“ひと夏(じゃないと思うが)の経験”モノなんだろうな、と思う。 TIFFの紹介で使われているカットで、なんとなく黒社会もの?とか思ったけど、全然違ったね。マレーシアでも華人社会の話なので、言語は広東語だし、雰囲気は台湾映画に近い感じで、どのへんがマレーシアらしさなのかは、わからなかった。
 ホウ・ユファン監督はまだ若い人なのに、好きな日本映画は成瀬巳喜男、というのが納得の作風ではある。湿度を感じさせつつも爽やかな印象、そして風景の捉え方が美しい映画だった。(ということくらいしか書けなくてスミマセン…)