┗┛ 西郷隆盛(南洲翁終焉の地) 鹿児島市城山町12-7
城山展望台から岩崎谷へ,つづら折りの車道をくだると,左手のシラス崖に掘られた洞穴があります。この洞穴は,西郷や私学枝の幹部たちが,山頂の本陣をおりて自決直前の数日間をすごした場所です。現在は風化して間口3m・奥行4mですが,西南戦争直後の記録では間口1問(約1.8m),奥行2間(約3.6m)とあります。いま,南洲翁終焉之地碑があります。1877年9月24日,西郷は大腿部に銃弾をうけ,6・7番連合大隊長別轟音芥の介錯で,波乱に富んだ50年の生涯をおえました。
「西郷南洲顕彰館」は,鹿児島駅から徒歩で10分程の山の手,南洲公園の一角にあります。 展示内容は,西郷さんの功績そして西郷さんが活躍された時代背景が,要領よくかつ明解に説明されていて大変興味深いものです。
西郷南洲顕彰館(鹿児島市上竜尾町)は,西郷隆盛の一生を映像で分かりやすく展示しています。 西郷隆盛直筆の書幅などの資料を収集しています。展示品は,西郷の肖像画や書簡を含む約100点です。
9月24日(水) 南洲神社例祭
今月24日の 「南洲神社例祭」は,明治維新の立役者である西郷隆盛を偲ぶ例祭です。西郷の命日にあたる毎年,24日に執り行われています。
1858年:(31歳) 大坂で斉彬の訃報に接し、殉死を考えるが僧月照にいさめられる。
1868年:(41歳) 勝海舟との会談で徳川方の対案を受入れ,総攻撃を中止する。
1877年:(50歳) 田原坂の戦い。別府晋介の介錯により自決する。
┗┛ 南州公園- 「南洲墓地」「南洲神社」「西郷南洲顕彰館」
南洲公園の園内にある「南洲墓地」には、中央の西郷隆盛の墓を守るかのように、西南の役で犠牲となった桐野利明、篠原国幹、 村田新八、辺見十郎太、別府晋介、桂久武などの墓が749基並んでいます。なお,墓地の入口には,西南の役の戦死者の遺体を丁寧に埋葬した岩村縣令の記念碑が立 ちます。
・住所:鹿児島県鹿児島市上竜尾町2-1 099-247-6076・駐車場:50台(無料)
>>>今に生きる西郷さんの教え 「敬天愛人」
※京セラの社是「敬天愛人」
西郷隆盛は,尊敬を集める偉人の筆頭でもあります。西郷に心酔する京セラの創業者・稲盛和夫氏,京セラの社是は,西郷の唱えた「敬天愛人」です。 いま,稲盛氏の「盛和塾」には,教えを請うべく日本のみならず世界中から多くの塾生が集まっています。
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■ 9月は西郷隆盛,島津斉彬 ゆかりの月
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9/24(水) | 南洲神社例祭 | 鹿児島市 | 西郷の命日にあたる24日に行われる 西郷隆盛を偲ぶ例祭。 |
9/28(日) | 島津斉彬生誕の日:第11代薩摩藩藩主・島津斉彬は,文化6(1809)年,島津斉興の長男として誕生。 |