はっきり言って、特に1話は、主題歌といい、最初のシーンといい、田舎くさいやくざ映画にしか思えません。かなりコテコテ感満載です。ここで見るのをやめてしまう人もいるかもしれませんが、やくざ映画ではありません。こらえて、こらえて。
最初の4話途中までは韓ドラおきまりの子ども時代ですが、実はものすごく大切なシーンがこの4話に詰まっています。インソン君の登場が待ち遠しくて、早送りしたくなりますが、子役たちが素晴らしいのでじっくり見て欲しいです。
オククォンはやくざのくせに気の小さい、単細胞で気の優しいやくざです。その日暮らしで、前科は数え切れないほどある・・どうしようもないヤツです。
親分が逮捕され、ナンバー2の毒蛇兄貴が姿をくらまして、ナンバー3のオククォンは親分気分でやりたい放題。好き放題やっていても、子分たちに「親分は子分たちがちゃんと食べられるようにしてくれた」と言われて、突然、子分のために尽くします。とっても単純でいいヤツです。自分が何かすることで誰かが喜んでくれることを・・素直に喜べる心を持ったヤツです。それはこのドラマを通して・・言えることです。
そこへ毒蛇兄貴が戻ってきます。・・この毒蛇兄貴って、本当に人相悪いし。毒蛇って素晴らしい命名だわ・・と感心するくらい!そして、メチャクチャに殴られて、組を追い出されるオククォン。
それでもカツアゲ、ばくちと懲りずに毒蛇の縄張りをウロウロするんで、まためちゃくちゃに殴られ・・の繰り返し。だからヤクザ映画ってイヤなんです。もう見てるだけで痛いし。でも、このあたりはチョ・ジェヒョンの芝居がコメディっぽいのと、子役がいいので我慢できます。
組からもにらまれ・・やりにくくなっているところに叔母さんから電話。行ってみると「おまえの子どもだ」というジェスが登場。考えてみたら、ホントに可愛いそうなジェスです。父親がコレで、母親はなんとタマネギだかタレキ(ものもらいという意味)とか言う名前の日本人と逃げたらしい。・・なんて名前だ。。ホントこのジェス役の子がいいんだなぁ。芝居がうまい!何気ない表情もこういう自分の生まれ育ちがじわ~っと出ていて。まぁ、そういうお荷物な子どもを、何とかどっかで捨てようとするオククォン。こんな子を捨てようとするなんて、とんでもないヤツだわよ!
そして、一番大切なシーンです。
釜山に戻る列車に乗って、ジェスが寝ている間に置き去りにして列車を降りてしまうオククォン。
そして列車の外からジェスの寝顔に手を振るオククォンの視界にヘリムの顔が。。その美しいヘリムの顔・・いや瞳に釘付けになっていまうオククォン。
このシーンが、この物語のすべての始まりであります。
この瞳を見て、オククォンは再び列車に乗ります。そして、ジェスを連れて帰ることになります。
つまり、ヘリムに出逢うこと、ジェスを連れて帰ること・・それがすべての始まりです。
一方、夫を2年前に亡くしたヘリムとスアとギョンホ。2回忌を終え、経済的理由で夫と自分のふるさとである釜山へ引越することになります。偶然、オククォンと同じ列車に乗ることになるわけです。1話の終わりで、ギョンホの心の傷の深さが描かれます。ギョンホは公園で他の子どもを殴り、仲介に入ったジェスを滑り台から突き落とします。ギョンホは子ども時代から大人になってから一貫して、心の苛立ちに悩まされているように思えます。このギョンホ役の子も大人になった時のインソン君の表情を彷彿させるくらいいい演技をしています。
1話はさらっと登場人物の紹介・・の流れですが、実はとても大切なシーンが盛り込まれています。
・オククォンは海でおぼれていたハスク親分を助けたことがあります。←つまり、泳ぎだけはすごいんです。
・毒蛇兄貴は親分になりたくてハスク親分を裏切ります。そしてハスク親分が自分よりナンバー3の頭の悪いオククォンを可愛がっていることも気に食わないんです。←これもとても大切なポイントです。
・そして、何と言っても前述の列車のシーンです。
1話の最後に大人になったジェスの声でこんなセリフがあります。
『なぜ、父はきびすを返したのだろう。1000個の不幸の中で1個の幸せに命をかけた男。その父の選択が僕を憎しみに突き落とした。しかし何度振り返っても、僕はこうするしかなかった。父がどん底で見たもの 愛の名のもとで』
1話で見たときはこのセリフの意味はさっぱりですが、この言葉の深さも後でわかってきます。
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最初の4話途中までは韓ドラおきまりの子ども時代ですが、実はものすごく大切なシーンがこの4話に詰まっています。インソン君の登場が待ち遠しくて、早送りしたくなりますが、子役たちが素晴らしいのでじっくり見て欲しいです。
オククォンはやくざのくせに気の小さい、単細胞で気の優しいやくざです。その日暮らしで、前科は数え切れないほどある・・どうしようもないヤツです。
親分が逮捕され、ナンバー2の毒蛇兄貴が姿をくらまして、ナンバー3のオククォンは親分気分でやりたい放題。好き放題やっていても、子分たちに「親分は子分たちがちゃんと食べられるようにしてくれた」と言われて、突然、子分のために尽くします。とっても単純でいいヤツです。自分が何かすることで誰かが喜んでくれることを・・素直に喜べる心を持ったヤツです。それはこのドラマを通して・・言えることです。
そこへ毒蛇兄貴が戻ってきます。・・この毒蛇兄貴って、本当に人相悪いし。毒蛇って素晴らしい命名だわ・・と感心するくらい!そして、メチャクチャに殴られて、組を追い出されるオククォン。
それでもカツアゲ、ばくちと懲りずに毒蛇の縄張りをウロウロするんで、まためちゃくちゃに殴られ・・の繰り返し。だからヤクザ映画ってイヤなんです。もう見てるだけで痛いし。でも、このあたりはチョ・ジェヒョンの芝居がコメディっぽいのと、子役がいいので我慢できます。
組からもにらまれ・・やりにくくなっているところに叔母さんから電話。行ってみると「おまえの子どもだ」というジェスが登場。考えてみたら、ホントに可愛いそうなジェスです。父親がコレで、母親はなんとタマネギだかタレキ(ものもらいという意味)とか言う名前の日本人と逃げたらしい。・・なんて名前だ。。ホントこのジェス役の子がいいんだなぁ。芝居がうまい!何気ない表情もこういう自分の生まれ育ちがじわ~っと出ていて。まぁ、そういうお荷物な子どもを、何とかどっかで捨てようとするオククォン。こんな子を捨てようとするなんて、とんでもないヤツだわよ!
そして、一番大切なシーンです。
釜山に戻る列車に乗って、ジェスが寝ている間に置き去りにして列車を降りてしまうオククォン。
そして列車の外からジェスの寝顔に手を振るオククォンの視界にヘリムの顔が。。その美しいヘリムの顔・・いや瞳に釘付けになっていまうオククォン。
このシーンが、この物語のすべての始まりであります。
この瞳を見て、オククォンは再び列車に乗ります。そして、ジェスを連れて帰ることになります。
つまり、ヘリムに出逢うこと、ジェスを連れて帰ること・・それがすべての始まりです。
一方、夫を2年前に亡くしたヘリムとスアとギョンホ。2回忌を終え、経済的理由で夫と自分のふるさとである釜山へ引越することになります。偶然、オククォンと同じ列車に乗ることになるわけです。1話の終わりで、ギョンホの心の傷の深さが描かれます。ギョンホは公園で他の子どもを殴り、仲介に入ったジェスを滑り台から突き落とします。ギョンホは子ども時代から大人になってから一貫して、心の苛立ちに悩まされているように思えます。このギョンホ役の子も大人になった時のインソン君の表情を彷彿させるくらいいい演技をしています。
1話はさらっと登場人物の紹介・・の流れですが、実はとても大切なシーンが盛り込まれています。
・オククォンは海でおぼれていたハスク親分を助けたことがあります。←つまり、泳ぎだけはすごいんです。
・毒蛇兄貴は親分になりたくてハスク親分を裏切ります。そしてハスク親分が自分よりナンバー3の頭の悪いオククォンを可愛がっていることも気に食わないんです。←これもとても大切なポイントです。
・そして、何と言っても前述の列車のシーンです。
1話の最後に大人になったジェスの声でこんなセリフがあります。
『なぜ、父はきびすを返したのだろう。1000個の不幸の中で1個の幸せに命をかけた男。その父の選択が僕を憎しみに突き落とした。しかし何度振り返っても、僕はこうするしかなかった。父がどん底で見たもの 愛の名のもとで』
1話で見たときはこのセリフの意味はさっぱりですが、この言葉の深さも後でわかってきます。
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