2009年02月22日 | ものづくり 家づくり
大工職人がつくった凧
我が家の2代目大工棟梁は現役を退いた後、凧づくりに凝ってました。
寸法:6尺×4尺(182センチ×120センチ)

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鯉金


3尺×3.3尺 

形:江戸角
絵柄:鯉金
材料:表面はシルクで京都黒谷和紙を裏打ちしてある。
竹は明治5年に建てられた民家の茅葺の煤竹を使用。
平成7年作成: 故 古谷定雄
撮影日:H.21.2.22


生前、凧をつくっていた(凧部屋)当時そのまま残してあります。 

 
↑かなり大きな2間凧と9尺凧↑
今度広げてみたいと思います


 2代目大工棟梁は52歳の若さで現役を退きました。原因は腎臓がんでした。右側の腎臓を摘出した1年後、同じ場所に大きながんの塊が見つかり、上手く摘出できないままふたをされてしまいました。

 術後、死の宣告を言い渡されてしまいましたが、3年もてばいいほうだとも言われました。でも芯の強い2代目は死を恐れませんでした。これでおれの好きな事が出来る、それからというものは凧づくりに夢中になり、持前の器用さで創意工夫を凝らして見事な骨組、そして武者絵を描くようになりましたが、やはり少しずつ癌にむしばまれているのが家族のみんなには分かるほどでした。

 癌は体中に回り肺癌(内視鏡手術) 腹部の大動脈瘤(18時間の大手術) 気管支癌(放射線治療)それでも生きるという執念からでしょうか、酒好きな父は好きな凧づくりをやめようとはしませんでした。酒と、たばこ、まるで逆療法とも思える行動の毎日。不思議な事に数年後病院に検査入院したところ癌が消えかけているではありませんか、これには先生も家族もびっくりです。

孫と一緒にお風呂に入るとき、じぃじぃはフランケンシュタインみたいだね、と、手術の傷あとをじぃーと見ながら言っておりました。そんな事をいわれながら父は孫と、いい湯だな、は、ビバドンドンと歌ってましたね。

 私が言いたいのは、決して病気に気持ちで負けてはいけないんだなと思いましたね。 “死んでたまるか” 何が何でも生きてやる、しつこいまでの執念が必要だという事です。癌で苦しんでおられる方、決してあきらめないでください。父は死の宣告を受けて26年も生きたんですから。そうなんです、どんな酒癖や悪態をついても父は父なんですよね家族なんです。いつまでも生きていてほしいんです。

 凧の絵は名のある方の模写です。でも本物よりも凄みを感じられる凧の絵でした。
この他にも保存してあります。近くのお店 「大工道具専門店」 の天井にも飾っていただいてます。
(現役時代父の仕事熱心さが凧づくりにも表れております。)
多幸の会(たこうのかい)の皆様、生前父がお世話になりました。享年78歳 。

(相模の大凧)

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