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れきしぱうち

日本史を、まんが入りでノートにしました。
☆は山川出版「詳細日本史研究」に対応しています。

旧石器時代 2章-4 「旧石器時代の遺跡」

2013-02-04 | 旧石器
(1)旧石器時代の遺跡



岩宿(いわじゅく)遺跡
宮城県赤城山麓、相沢忠洋によって、日本で初めて旧石器遺跡が発見された。

              
②茂呂(もろ)遺跡
東京都。ここで発見されたナイフ形石器は、茂呂型と呼ばれる。

野尻湖立ヶ鼻(のじりこたてがはな)遺跡
長野県。池跡から、ナウマンゾウやオオツノ鹿等の骨や牙と、
それらの動物を解体したらしき打製石器が出土した。

④茶臼山、上の平(ちゃうすやま、うえのたいら)遺跡
長野県。近くに黒曜石の産地「和田峠」があり、
茶臼山からは大量の黒曜石ナイフ型石器、
上ノ平からは、多くの尖頭器(せんとうき)が発見された。


旧石器時代 2章-3 「旧石器時代の生活」☆

2013-02-03 | 旧石器
(1)日本列島の気候変動

・今からおよそ1万5千年前、それまで周期的に繰り返した気候変動が、
最終氷河期(ヴュルム氷河)を最後におわり、今に続く長い間氷期に入ると、
地球の温暖化がはじまり、南極、北極の氷が溶けて、海は80メートルも海面があがり、
大陸と陸続きだった日本列島は、島国となっていく。


・日本の気温は、現在より年平均6~7度低かったとみられている。
当時の関東地方は、現在の北海道中部に相当する気温である。
 
・やがて植生がかわり、東日本はクリ、コナラなどの暖温帯落葉樹林、
西日本はカシ、シイ等の照葉樹林がひろがった。


(2)気候変動の食べ物の変化
・栗、くるみ、トチの実、どんぐり類の木の実や、クズの根、ワラビなどを
採集して栄養源とする事が出来るようになっていく。
また、どんぐり類には、そのまま食せる物と、加熱加工せねば食べれない物がある。
そうした、食生活の変化により、道具の必要性が出てきたと考えられる。


(3)かまど
炊事用の炉は、家の外に設置され、共同で作業していたと、考えられる。

①地面を浅く掘り、木の葉で包んだ食材を入れ、焼けた石を上に乗せて
少々水をかけて、土をかぶせて蒸す方式。
   

②地面の穴に、シカなどの動物の皮を敷いて水を入れ、その中に焼けた石を
入れることで、水を沸騰させて調理する。


(4)家
・円形に並んだ柱跡が発掘されていることから、テント式の「平地住居」は旧石器時代
から作られていた。(大阪府はさみ山遺跡)
支柱を木材で組み、動物の皮や草木で、屋根を覆っていたと考えられる。


10数人単位の小規模で、季節による移動の多い居住だと考えられている。


(5)狩り 
・旧石器時代は、北海道にマンモス、本土にナウマンゾウ、トウヨウゾウ等の
超大型獣がおり、温暖化とともにイノシシ、シカ、クマなどの中型獣が繁殖しだした。


長野県の野尻湖では、ナウマンゾウ、オオツノジカの骨と、石器や骨角器などが発掘されており、
旧石器時代の人達が、動物を捕らえて解体した、キル・サイトといわれている。
   

大型獣の狩りの時は、近隣の集団と寄りあって、まとまった人数で協力して狩りをした。


(6)墓
・墓は、居住から離れた場所に埋葬されていた。
墓石から、石器の材料や飾りの玉類が出土した例もある。




旧石器時代 2章-2 「旧石器の種類」☆

2013-02-02 | 旧石器
(1)旧石器時代の石器の形

(拡大)

ナイフ型石器
日本の旧石器時代の大きな特徴である「ナイフ形打製石器」は、
約3万年前~1万5千年前の間に、発達した。
骨や木の道具を作ったり、動物の捕獲、木の実の調理など、
生活に必要だったと考えられている。
   

②石斧(せきふ)直接手で握るか、短い柄をつけ、木を切ったり、土を掘る道具。

③尖頭器(せんとうき)先がとがった石槍に使う石器。

④細石刃(さいせきじん)
小さなナイフ形石器を集めて作ったヤリなど、組み合わせ石器も発達した。
   

⑤磨製(ませい)石器
同じく3万年ほど前から、「磨製石器」が作られていた。
磨製石器とは、石を、さらに他の石で擦って、みがいて凹凸を極力なくした石器をさす。
使用石材が堅密なものの場合は光沢のある、きわめて鋭利なものとなり、繰り返しの
使用が可能となる。

(2)日本の磨製石器
石器の製法として『打製石器』と『磨製石器』との区別がある。

世界の考古学の常識では、旧石器時代に「磨製石器」は見られないことになって
いたが、日本では、3万5000年前より前の地層から、局所的に研磨された
磨製石器が出土している。

以前は、旧石器時代は、『打製石器のみの時代』とされていたが、
現在は、旧跡時代から磨製石器が使用されていた、とされている。
 ↓
昭和四八年に東京都練馬区石神井川流域栗原遺跡で、関東ローム層
紀元前二万五〇〇〇年以上の地層から磨製石斧が発見された。
ほぼ同時期に千葉県三里塚からも磨製石斧が出土。
発掘捏造騒動を尻目に、その後も日本では磨製石斧発見が相次いだ。
全てが紀元前三~四万年の地層から出たものである。

(3)AT花山灰
約2万2000年前に、鹿児島湾北部の「姶良(あいら)カルデラ」が大噴火して、
その火山灰が、遠く青森県まで堆積した。
この火山灰を「AT火山灰」として、年代特定のカギになる層としている。

AT地層より古い時代には、全国的に同じような石器がみられるが、
AT地層より新しい時代には、地域的特色が目立ってくる。





旧石器時代 2章-1 「旧石器時代の発見」☆

2013-02-01 | 旧石器
(1)旧石器時代の発見
更新世の日本に、人類がいた痕跡が発見されたのは、第二次世界大戦後であった。

1946年、納豆売りをしつつ考古学をしていた青年、相沢忠洋によって、
群馬県の赤城山麓の関東ローム層から、2万4000年程前の黒曜石の打製石器が発見され、
「岩宿遺跡」とよばれる。
この発見によって初めて、日本の石器時代が確認されるようになった。


「岩宿遺跡」の発見後、関東ローム層の中でも最上面で、
年代の新しい「立川ローム層」(3万5000年~1万年前)の中から、
多数の遺跡が発見されるようになった。

石器に使われていた「黒曜石」とは、伊豆諸島の「神津こうづ島」で産出される、
ガラス質で、鋭い切り口を得られる、良質の石材である。
関東地方では、神奈川県でも黒曜石は採取できるが、舟を造り、海を渡って黒曜石を
採取していた人達がいたと考えられている。



(2)前期、中期石器時代ねつ造事件
その後、40万~70万年前の石器が相次いで見つかり、前期、中期石器時代があったかと
されたが、2000年に一人の考古学者によるねつ造であった事が発覚した。
彼が携わった「宮城県・上高森遺跡」や「座散乱木遺跡」「馬場壇A遺跡」などの価値を
否定される事となり、歴史が訂正される。

現在、旧石器時代の遺跡として確実なのは、約3万5千年前以降の、後期旧石器時代の
遺跡のみである。