消えさせやしないさ。
とまだ言うわけにはいかないのが辛い。でも言えないものは言えないので、
「お前がどうなろうとも、俺はずっとお前のこと好きだからな。絶対忘れやしないからな」
これが精一杯だった。
「……ありがとうございます。でもですね、もし他に好きな人ができたりしたら……」
「何言い出すんだよ馬鹿」
「馬鹿でもいいです。
だからもしそうなったら、居なくなったわたしに遠慮とかしなくていいですからね。
思いっきり好きになってあげてください。
わたしが知らないところで明さんに辛い思いさせるなんて、絶対に嫌ですから」
センは真剣だった。でも、表情には出てないけどホントは辛いんだろうな。
こんな時にどれだけ優しいんだよお前は……
「……正直今は約束できそうにない。でも、憶えとくよ。ありがとうな、セン」
「はい」
それでだ。俺にはやらなきゃならないことがある。
「なあセン」
「なんですか?」
これから俺がすることは、多分センを深く傷つけると思う。
だからもし、これで失敗してセンが消えたままだったりしたら……
殴ってもらおう、岩白に。岩白が嫌がったら自分でやってもいい。
傷つけるだけ傷つけてそのままお別れなんて、そうなったら俺、最低だからな。
「こんな状況で俺の心配をしてくれたのはホントに嬉しい。
もう言葉だけの感謝じゃ足りないくらいに嬉しい」
「いえ、そんな」
「だけどな」
「だけど?」
言わなくては。怖いけど、辛いけど、俺は言わなくてはならない。
好きな人との別れ際にこんなことを……
「お前自身はどう思ってる? 自分が消えることを」
「え………」
センの顔が曇る。
「受け入れられるのか? 嫌だとか、まだ消えたくないとか、思わないのか?」
「そ、それは……」
更に引きつる。でも俺はそんな顔から目を背けるわけには行かない。
こうなると解ってて、それでもわざと訊いているのだから。
「……俺は、お前にまだ消えて欲しくないんだ。
だから教えてくれ。言ってくれ。お前自信がどう思ってるか。
この一週間は自分が消えると解ったら、
『はいそうですか』って諦められる程度のものだったのか?」
こいつがそんなふうに思ってる筈がない。馬鹿なことを訊いてるのも解ってる。
もう何回もこいつの涙と泣き声を受け止めたのは、俺なんだから。
「そっ、そんなこと思うわけないじゃないですか! わたしだって消えたくない!
明さんと! 春菜さんと! 皆と! まだまだ一緒に居たいですよ!
一緒に、一緒に………!」
またセンが泣いてしまった。しかも今回は、俺が泣かせた。
ホントのことを教えたい。許してくれと今すぐ謝りたい。
でもそれは、絶対にしてはいけない。そしたら全部水の泡だ。それこそ岩白に殴られる。
今口を開けばボロが出てしまいそうだ。だから俺にできるのは、センを抱きしめることだけ。
「せっかく……笑ってさよならできるかと思ったのに、そんな……
嫌だ、嫌だよ……消えたくないよぉ……嫌だよ、明さん……」
センが頑張って作り上げた心の壁を、俺はいとも簡単にたった一つの質問で崩してしまった。
センの涙が止まらない。センの声が止まない。まるで俺の愚行を呪っているかのように。
でも、それも強制的に終わりを迎えることになる。
……センの足が、ついに消え始めたのだ。
「うあ……い、嫌ぁ………やだ、やだよ! まだ全然足りないよ!
わたしはまだ消えたくない!! こんなさよならなんて、嫌だぁ!
明さん、お願いです! なんとかして、くださいよぉ……」
必死の頼みは嗚咽によってかき消され、それきり声を上げることを諦めてしまう。
ただ俺の胸に力なく寄りかかって止まらぬ涙を流すだけ。
その間にも、センの体はどんどん消えていく。
下半身とそこまでの服は既に消失し、腰から上が宙に浮いていた。
「セン……絶対に忘れないからな。俺はお前が好きだ。
お前が消えてしまったって、『好きだった』なんて過去形にはしないからな」
「わたしも忘れたくないです。……でも、わたしが消えちゃうんです。
何も残らないんですよ。体も、記憶も。……それが好きな人のことでさえも。
誰でも嫌ですよねこんなの。だからわたしも嫌です、こんなの。
わたしはまだこの体も、この記憶も、失いたくないです」
そこまでだった。それっきりセンの声はしなくなり、センの姿は消えてしまった。
残ったのは欲で作られた物でない、リボンと五円玉だけ。
なんと寂しい別れの言葉だろうか。俺はどれだけ非道いことをしたのだろうか。
「まだ泣くなよ甘ったれ……まだやることがあるんだろうが」
呆然としようとする自分にそう言い聞かせ、ぐっと手を握り締め、俺は部屋を後にする。
少しでも急いだほうがいい。
あれが大人しくあそこに留まってくれるかどうかは、解かりゃしないんだ。
「日永君……ま、まだ大丈夫よ。次の欲食いは現れてないわ。泣き声とかしないし」
自転車を乗り捨て石段を駆け上がった先で待っていた岩白は、
俺の姿を確認すると明らかに泣くのを我慢しながら大丈夫だと言った。
そりゃそうなるのも当然だ。
俺がここに来たってことはつまり、センが消えてしまたってことだからな。
もう少しだ。もう少しで答えが出る。それが歓喜であれ、絶望であれ。
俺はポケットに右手を突っ込み、その中身を――
――あれ、ここは……ここは、もしかして……そうか、ここか。
ってことは、全部夢だったのか。誰かが好きだった男の子を、欲として取り込んで……
そっかそっか。その子、凄く好きだったんだろうな、その男の子のこと。
夢に出てくるくらいだもん。自分が好きなんだと本気で思っちゃった。
それにしても長い夢だったなあ。何日くらい寝ちゃったんだろう? 三日くらい? もっと?
誰も起こしてくれないんだもんなあ。わたし、お荷物だし……わたし?
これって、夢の中の……
「……静かだな」
「やっぱり駄目だったのかしら……」
……え? この声もしかして、春菜さんと、あと、あと――
「明さん!? そ、そこに居るんですか!? え? なんで?
だってわたし、この中でずっと寝てたんじゃ? だって、あれは夢で……!」
「声が……! センか!? お前か!?」
「そ、その名前は夢の中でもらった……?」
「馬鹿! 夢ってなんだよ夢って! 意味解んねえよ!」
「そ、そ、それじゃあわたしは、わたしなんですか!?」
「アホか! 違ったらお前誰なんだよ!」
「……岩白センです……! 違わないです! わたしです!」
賽銭箱を覗き込みながら、俺はひたすら中に居るそいつに語りかけた。
もちろん中は見えない。でも間違いなく、新しく生まれた欲食いはあいつだった。
なんせ、俺がつけた名前だからな。間違えようがないさ。
「鍵! 持ってきたわよ!」
興奮冷めやらぬといった感じで、岩白が裏から走ってきた。
この鍵を開ければ、中から飛び出してくるのは――
「明さん! 春菜さん! なんだかよく解らないけど……
ってあれ、どうして明さんそっぽ向いてるんですか?」
飛び出した頭が俺の鼻先をかすりながら……ってしまった、そりゃそうなるか。
「あー、お金持ってくるわね。あはは、感動の再開シーンがサービスシーンになっちゃった」
出て来た途端に抱きつきかねない勢いだった岩白も、
すっかりその勢いを削がれてすごすごと家の中へ。
「へ?」
センさん、下を見る。そう、そっちで正解。
「ひゃあーーーーーーーっ! ななななんで裸なんですかぁ~~~!」
自分のおかれた状況を把握すると、再び賽銭箱に引っ込んでしまいました。
開いたままだけど。
「わ、悪い。ちゃんとよく考えてりゃこうなることも想定できた筈なんだが……」
「うぅ~~……ま、まあいいですよ。明さんと春菜さんだし。
それより! なんでわたし、まだここに居るんですか!? 消えちゃった筈ですよね!?」
そうだ、今はそれが大事なんだった。つまらんことに惑わされてる場合じゃ……
いや、正直つまらんことじゃないけどさ。とにかくそれは置いといて、
「リボンの五円玉。そっちの中に入ってる筈だぞ」
「……あ、ありました五円玉。これって、わたしが付けてたやつなんですか?」
「そう。俺や岩白の欲でお前を作り出そうとしても無理そうだったからさ、
お前自身の欲に賭けてみたんだよ。まだ消えたくないって言ってただろ?
で、岩白は万が一先に誰かが賽銭入れに来ないか、見張っててもらってたんだ」
「えっと、つまりわたしがわたしで居たかったから、
その欲でわたしはわたしを作り出せた……ややこしいですね。わたしわたしって。
え、じゃあ最期の時にあんなこと訊いてきたのはもしかして」
「できるだけ強くそれを思って欲しかったんだ……けど、謝る。あれは酷過ぎた」
今思い出してもセンのあの顔は辛い。もう二度とあんなことは……
と思ったら、センが賽銭箱からピョコリと頭だけを現した。
中を覗かないよう、賽銭箱に背をもたれて座っていた俺を見下ろす形で。
「そこまで考えてくれてのことだったら、謝らなくてもいいですよ」
そして少しだけ体を乗り出し、顔を近づけてくる。
俺は何の抵抗もせず、甘んじてそれを受け入れた。
「元気出ました?」
口が離れると、センはにっこりと微笑んだ。この顔がまた見れて、ホントによかった。
「ああ、ありがとうな」
「あらあらお熱いこと」
「あわわっ!」
聞こえてきた冷やかしの声に、センが慌てて引っ込む。
……しまった、もう戻ってたのか。
「日永君になら見られても平気ってことかしら? 乗り出しちゃってまあ。
お金いらなかったかな~?」
「いりますいります! それがないとここから出られないです~!」
「じゃ、はい」
無造作に金を賽銭箱へと投げ込む岩白。そんなことをすればもちろん、
「あいたたっ」
透明状態じゃないセンに当たる当たる。可哀想に。
やや間があって、ゆっくりとセンが立ち上がった。今度はちゃんと衣服着用で。
リボンがなくなった長い黒髪が、風に流されて微かに揺れる。
俺はそれを、純粋に綺麗だと思った。
「……もう、なんてお礼を言ったらいいのか……」
「いらないわよそんなの。
あんたのためじゃなくて、私たちがあんたに会いたかっただけなんだから」
「だな。それにしても初めて会った時と同じ五円玉でまた会えるとは、
つくづく縁があると言うか」
「五円玉だけに、とか言わないでね。最悪だから」
………ごめんなさい。
「わたし、また二十年くらい一緒に居られるんですかね?」
「そうなんじゃないか? そうなったらもうおばさんだけどな」
「じゃあそのおばさんが今回みたいに消えたくないって思えるくらい、
頑張ってくださいね明さん」
「そりゃ厳しいな」
「も~、こんな時でもいじわるなんですから」
「あんただって『三十過ぎてもラブラブ宣言』しちゃってるじゃないの。
本当、あと何年変わらないつもりなのかしらこの二人」
「ずっと変わりませんよ。明さんがわたしを好きでいてくれる限り欲は尽きませんから」
とのことなので、俺はこれからもずっとこいつを好きでいなければならないらしい。
そんなの、お安い御用さ。
その代わりお前も俺のこと好きでいてくれよ?
「もちろん、その欲がある限りわたしはずっと好きですよ。明さんのこと」
俺がこいつを好きだからこいつは俺を好きで、
こいつが俺を好きだから俺はこいつを好きでってか。永久機関みたいだな。
そうだな、ずっと続くさ。俺とお前なら。
とまだ言うわけにはいかないのが辛い。でも言えないものは言えないので、
「お前がどうなろうとも、俺はずっとお前のこと好きだからな。絶対忘れやしないからな」
これが精一杯だった。
「……ありがとうございます。でもですね、もし他に好きな人ができたりしたら……」
「何言い出すんだよ馬鹿」
「馬鹿でもいいです。
だからもしそうなったら、居なくなったわたしに遠慮とかしなくていいですからね。
思いっきり好きになってあげてください。
わたしが知らないところで明さんに辛い思いさせるなんて、絶対に嫌ですから」
センは真剣だった。でも、表情には出てないけどホントは辛いんだろうな。
こんな時にどれだけ優しいんだよお前は……
「……正直今は約束できそうにない。でも、憶えとくよ。ありがとうな、セン」
「はい」
それでだ。俺にはやらなきゃならないことがある。
「なあセン」
「なんですか?」
これから俺がすることは、多分センを深く傷つけると思う。
だからもし、これで失敗してセンが消えたままだったりしたら……
殴ってもらおう、岩白に。岩白が嫌がったら自分でやってもいい。
傷つけるだけ傷つけてそのままお別れなんて、そうなったら俺、最低だからな。
「こんな状況で俺の心配をしてくれたのはホントに嬉しい。
もう言葉だけの感謝じゃ足りないくらいに嬉しい」
「いえ、そんな」
「だけどな」
「だけど?」
言わなくては。怖いけど、辛いけど、俺は言わなくてはならない。
好きな人との別れ際にこんなことを……
「お前自身はどう思ってる? 自分が消えることを」
「え………」
センの顔が曇る。
「受け入れられるのか? 嫌だとか、まだ消えたくないとか、思わないのか?」
「そ、それは……」
更に引きつる。でも俺はそんな顔から目を背けるわけには行かない。
こうなると解ってて、それでもわざと訊いているのだから。
「……俺は、お前にまだ消えて欲しくないんだ。
だから教えてくれ。言ってくれ。お前自信がどう思ってるか。
この一週間は自分が消えると解ったら、
『はいそうですか』って諦められる程度のものだったのか?」
こいつがそんなふうに思ってる筈がない。馬鹿なことを訊いてるのも解ってる。
もう何回もこいつの涙と泣き声を受け止めたのは、俺なんだから。
「そっ、そんなこと思うわけないじゃないですか! わたしだって消えたくない!
明さんと! 春菜さんと! 皆と! まだまだ一緒に居たいですよ!
一緒に、一緒に………!」
またセンが泣いてしまった。しかも今回は、俺が泣かせた。
ホントのことを教えたい。許してくれと今すぐ謝りたい。
でもそれは、絶対にしてはいけない。そしたら全部水の泡だ。それこそ岩白に殴られる。
今口を開けばボロが出てしまいそうだ。だから俺にできるのは、センを抱きしめることだけ。
「せっかく……笑ってさよならできるかと思ったのに、そんな……
嫌だ、嫌だよ……消えたくないよぉ……嫌だよ、明さん……」
センが頑張って作り上げた心の壁を、俺はいとも簡単にたった一つの質問で崩してしまった。
センの涙が止まらない。センの声が止まない。まるで俺の愚行を呪っているかのように。
でも、それも強制的に終わりを迎えることになる。
……センの足が、ついに消え始めたのだ。
「うあ……い、嫌ぁ………やだ、やだよ! まだ全然足りないよ!
わたしはまだ消えたくない!! こんなさよならなんて、嫌だぁ!
明さん、お願いです! なんとかして、くださいよぉ……」
必死の頼みは嗚咽によってかき消され、それきり声を上げることを諦めてしまう。
ただ俺の胸に力なく寄りかかって止まらぬ涙を流すだけ。
その間にも、センの体はどんどん消えていく。
下半身とそこまでの服は既に消失し、腰から上が宙に浮いていた。
「セン……絶対に忘れないからな。俺はお前が好きだ。
お前が消えてしまったって、『好きだった』なんて過去形にはしないからな」
「わたしも忘れたくないです。……でも、わたしが消えちゃうんです。
何も残らないんですよ。体も、記憶も。……それが好きな人のことでさえも。
誰でも嫌ですよねこんなの。だからわたしも嫌です、こんなの。
わたしはまだこの体も、この記憶も、失いたくないです」
そこまでだった。それっきりセンの声はしなくなり、センの姿は消えてしまった。
残ったのは欲で作られた物でない、リボンと五円玉だけ。
なんと寂しい別れの言葉だろうか。俺はどれだけ非道いことをしたのだろうか。
「まだ泣くなよ甘ったれ……まだやることがあるんだろうが」
呆然としようとする自分にそう言い聞かせ、ぐっと手を握り締め、俺は部屋を後にする。
少しでも急いだほうがいい。
あれが大人しくあそこに留まってくれるかどうかは、解かりゃしないんだ。
「日永君……ま、まだ大丈夫よ。次の欲食いは現れてないわ。泣き声とかしないし」
自転車を乗り捨て石段を駆け上がった先で待っていた岩白は、
俺の姿を確認すると明らかに泣くのを我慢しながら大丈夫だと言った。
そりゃそうなるのも当然だ。
俺がここに来たってことはつまり、センが消えてしまたってことだからな。
もう少しだ。もう少しで答えが出る。それが歓喜であれ、絶望であれ。
俺はポケットに右手を突っ込み、その中身を――
――あれ、ここは……ここは、もしかして……そうか、ここか。
ってことは、全部夢だったのか。誰かが好きだった男の子を、欲として取り込んで……
そっかそっか。その子、凄く好きだったんだろうな、その男の子のこと。
夢に出てくるくらいだもん。自分が好きなんだと本気で思っちゃった。
それにしても長い夢だったなあ。何日くらい寝ちゃったんだろう? 三日くらい? もっと?
誰も起こしてくれないんだもんなあ。わたし、お荷物だし……わたし?
これって、夢の中の……
「……静かだな」
「やっぱり駄目だったのかしら……」
……え? この声もしかして、春菜さんと、あと、あと――
「明さん!? そ、そこに居るんですか!? え? なんで?
だってわたし、この中でずっと寝てたんじゃ? だって、あれは夢で……!」
「声が……! センか!? お前か!?」
「そ、その名前は夢の中でもらった……?」
「馬鹿! 夢ってなんだよ夢って! 意味解んねえよ!」
「そ、そ、それじゃあわたしは、わたしなんですか!?」
「アホか! 違ったらお前誰なんだよ!」
「……岩白センです……! 違わないです! わたしです!」
賽銭箱を覗き込みながら、俺はひたすら中に居るそいつに語りかけた。
もちろん中は見えない。でも間違いなく、新しく生まれた欲食いはあいつだった。
なんせ、俺がつけた名前だからな。間違えようがないさ。
「鍵! 持ってきたわよ!」
興奮冷めやらぬといった感じで、岩白が裏から走ってきた。
この鍵を開ければ、中から飛び出してくるのは――
「明さん! 春菜さん! なんだかよく解らないけど……
ってあれ、どうして明さんそっぽ向いてるんですか?」
飛び出した頭が俺の鼻先をかすりながら……ってしまった、そりゃそうなるか。
「あー、お金持ってくるわね。あはは、感動の再開シーンがサービスシーンになっちゃった」
出て来た途端に抱きつきかねない勢いだった岩白も、
すっかりその勢いを削がれてすごすごと家の中へ。
「へ?」
センさん、下を見る。そう、そっちで正解。
「ひゃあーーーーーーーっ! ななななんで裸なんですかぁ~~~!」
自分のおかれた状況を把握すると、再び賽銭箱に引っ込んでしまいました。
開いたままだけど。
「わ、悪い。ちゃんとよく考えてりゃこうなることも想定できた筈なんだが……」
「うぅ~~……ま、まあいいですよ。明さんと春菜さんだし。
それより! なんでわたし、まだここに居るんですか!? 消えちゃった筈ですよね!?」
そうだ、今はそれが大事なんだった。つまらんことに惑わされてる場合じゃ……
いや、正直つまらんことじゃないけどさ。とにかくそれは置いといて、
「リボンの五円玉。そっちの中に入ってる筈だぞ」
「……あ、ありました五円玉。これって、わたしが付けてたやつなんですか?」
「そう。俺や岩白の欲でお前を作り出そうとしても無理そうだったからさ、
お前自身の欲に賭けてみたんだよ。まだ消えたくないって言ってただろ?
で、岩白は万が一先に誰かが賽銭入れに来ないか、見張っててもらってたんだ」
「えっと、つまりわたしがわたしで居たかったから、
その欲でわたしはわたしを作り出せた……ややこしいですね。わたしわたしって。
え、じゃあ最期の時にあんなこと訊いてきたのはもしかして」
「できるだけ強くそれを思って欲しかったんだ……けど、謝る。あれは酷過ぎた」
今思い出してもセンのあの顔は辛い。もう二度とあんなことは……
と思ったら、センが賽銭箱からピョコリと頭だけを現した。
中を覗かないよう、賽銭箱に背をもたれて座っていた俺を見下ろす形で。
「そこまで考えてくれてのことだったら、謝らなくてもいいですよ」
そして少しだけ体を乗り出し、顔を近づけてくる。
俺は何の抵抗もせず、甘んじてそれを受け入れた。
「元気出ました?」
口が離れると、センはにっこりと微笑んだ。この顔がまた見れて、ホントによかった。
「ああ、ありがとうな」
「あらあらお熱いこと」
「あわわっ!」
聞こえてきた冷やかしの声に、センが慌てて引っ込む。
……しまった、もう戻ってたのか。
「日永君になら見られても平気ってことかしら? 乗り出しちゃってまあ。
お金いらなかったかな~?」
「いりますいります! それがないとここから出られないです~!」
「じゃ、はい」
無造作に金を賽銭箱へと投げ込む岩白。そんなことをすればもちろん、
「あいたたっ」
透明状態じゃないセンに当たる当たる。可哀想に。
やや間があって、ゆっくりとセンが立ち上がった。今度はちゃんと衣服着用で。
リボンがなくなった長い黒髪が、風に流されて微かに揺れる。
俺はそれを、純粋に綺麗だと思った。
「……もう、なんてお礼を言ったらいいのか……」
「いらないわよそんなの。
あんたのためじゃなくて、私たちがあんたに会いたかっただけなんだから」
「だな。それにしても初めて会った時と同じ五円玉でまた会えるとは、
つくづく縁があると言うか」
「五円玉だけに、とか言わないでね。最悪だから」
………ごめんなさい。
「わたし、また二十年くらい一緒に居られるんですかね?」
「そうなんじゃないか? そうなったらもうおばさんだけどな」
「じゃあそのおばさんが今回みたいに消えたくないって思えるくらい、
頑張ってくださいね明さん」
「そりゃ厳しいな」
「も~、こんな時でもいじわるなんですから」
「あんただって『三十過ぎてもラブラブ宣言』しちゃってるじゃないの。
本当、あと何年変わらないつもりなのかしらこの二人」
「ずっと変わりませんよ。明さんがわたしを好きでいてくれる限り欲は尽きませんから」
とのことなので、俺はこれからもずっとこいつを好きでいなければならないらしい。
そんなの、お安い御用さ。
その代わりお前も俺のこと好きでいてくれよ?
「もちろん、その欲がある限りわたしはずっと好きですよ。明さんのこと」
俺がこいつを好きだからこいつは俺を好きで、
こいつが俺を好きだから俺はこいつを好きでってか。永久機関みたいだな。
そうだな、ずっと続くさ。俺とお前なら。
読んでて楽しかったです。
それにしても……ガラハトさん、当てちゃいましたね。
あれ、おかしいな。
目から汗が…
もう泣きまくってしまいました。
うっ…これで楽しみが一つ減ってしまったのか……
約半年の間、楽しませてくれてありがとうございました!
よかったけどなんかさみしい。この話が終わってしまって・・・
次回作期待してます。
センと明が笑っている終わり方でホントに良かった…
作者さん、お疲れ様でした。
ありがとう
おつかれさまでした
本当に有難う