「着いたわ」
霧原さんが立ち止まる。
普通の家。だが、俺達にとっては最初の関門だ。
「まずはどうやって中に入れてもらうか、ですが」
とりあえず聞いてみる。
「それは多分大丈夫よ。まあこういうのは年寄りに任せなさい」
と、策ありげなお袋さん。そう言って下さるならお任せします。……いや、もうひとつ。
「あんまりぞろぞろ行ったら迷惑でしょうし、何人か残りませんか?」
と言うか、中に入るのは霧原さんとお袋さんだけでいいのだ。実際は。
「まあ、私と霧原さんは確定よね」
とお袋さん。
「お母さん一人だとやっぱり霧原さんと関係あるように見えないし……私も行きます」
と里美さん。それもそうだ。
「里美が行くなら俺も行こう!」
と一志。どうせ見えないんだからお前は最初から数に入ってない。好きにしろ。
「森口はどうするんだ?」
「うーん……僕が行く必要は無いしねえ……あ、でも待てよ」
「何だ?」
急に何か思いついたようだ。
「やっぱり僕も行くよ」
という訳で、残るのは言い出しっぺの俺だけになった。
さっそくお袋さんがインターホンに指を……
「あ、そうだ」
指が止まる。
「霧原さんの下の名前ってなんて言ったっけ?」
「あ、瑠奈です」
「オッケー。それでは……オホン!」
ひとつ咳払いをし、インターホンを押した。あの気の抜けそうな音が鳴り、静寂。
実は俺はこの間が嫌いだ。……なんて事はどうでもいいな。
「はい」
女性の声。恐らくお袋さんだろう。さて、こっちのお袋さんはどう出る?
「突然すみません。私、瑠奈さんの知り合いで長谷川と申します。
少しお話をお聞きしたいと思いまして……」
「……少々、お待ち下さい」
「そ、そのままですね」
俺は思ったままを口にした。
「ええ。こういうときは堂々としてるのが一番よ。別に嘘はついてないしね。
それに、顔も見ずに門前払いなんてまず無いわ。気になるでしょ? やっぱり」
なるほど。だからセールスマンが仕事できるわけだな。優しいねえ日本社会。
なんて感心していると、家のドアが開いた。
「どうぞ」
俺は中に入らないので塀の影に隠れている。
故に見ることは出来ないが、さっきと同じ声がした。
「お友達が二人一緒ですけど、構いませんか?」
「……ええ。どうぞお入り下さい」
そして、三人が中に入る。実際には五人なのだが。
それから先、中で何がどうなったか、俺には解らない。
霧原家の塀の前で、黙って座り込んでいた。
他人から見たら不審者なのだろうが、幸い人通りは無かったし、
何より俺にそんな事を気にする余裕は無かった。
――中はどうなっているだろうか。
説明は上手くいっているだろうか。
こんな時に限って携帯に写らないなんてことになってないだろうか。
霧原さんは大丈夫だろうか。
時間にすればそれは十分くらいだったが、とても長く感じられた。
不安だった。
なんせ幽霊の存在を信じさせなくてはならないのだ。
テレビやら映画やらで人間をおどかしたり殺しまわったりするような化物ではなく、
ただ普通の人間と同じように、ひっそりと暮らしているそれらの存在を。
化物じみている方がまだ信じやすいかもしれない。存在そのものが規格外だからな。
でもあの人たちは、死んでしまってもやっぱり普通の人間だ。だから俺は……
そして約十分後、玄関の辺りが騒がしくなった。どうやら終わったようだ。
暫らく色々な声がした後、ドアが開いた。
「そーれっ!」
「うわぁっ!」
霧原さんが飛び出してきた。……正確には「飛び出させられた」だな。
あいつら、人の家で何やってんだ……
ドアが閉められ、鍵まで掛けられた。
意味無いから。この人、壁抜けれるから。
「どうでしたか」
あいつらの行動的に成功だったのだろうが、一応聞いてみる。
……これで駄目だったらあいつら後で殴ってやろう。お袋さんは流石に無理だが。
「……上手くいった」
「それはよかった」
助かったなお前等。
「あの……そ、その、ありがとう」
何故緊張気味なんですか。あいつら何かいらん事言ったんじゃないだろうな。
「俺何もしてないんですけど。
写真とったら化物だし、そもそも写真撮ろうって言ったの森口だし。
しかも今日だって待ってただけですよ?」
「だ、だから、前にも言ったでしょ?
その何かした人たちに遭えたのはあんたのおかげだって」
以前同じ褒められ方をしたのが思い出されたが、嫌な記憶も蘇る。
「ラムネですね。おもちゃ付きラムネ」
「そーよ、ラムネ。あたしにとって皆はおもちゃであんたはラムネ。
で、でもね。おもちゃ付きラムネはおもちゃ付きラムネであって、
何があってもラムネ付きおもちゃにはならないの。ラムネがメインなの。絶対に」
「……意味が解りませんね。馬鹿ですから」
「嘘つき。耳まで真っ赤な癖に」
なぬ。
「次はあんた……えっと、悟の番。悟があたしの事どう思ってるか、白状しなさい。
ただし! 馬鹿なんだから変な例え話とか無し! 馬鹿でも解る様に簡単に!」
順番とかそういう……ああ、もういい。どうせ逃げられやしないんだ。
「霧原さんはその……幽霊ですけど、死んじゃってますけど、
俺にとっては何の変哲も無い普通の人で……
あれ、普通って言ったら変なのかな。よ、要するにですね」
「要するに?」
「好き……です」
「…………」
「…………」
「……うん」
「……はい」
「…………」
「…………」
「み、皆呼んでくるね」
「あ、はい」
霧原さんがドアに向かう。
あのドアが開いたら、いつもの様に俺はあいつらにからかわれるんだろうな。
それが終わったら解散して、うちに帰って、また暇を持て余す訳だ。
で、明日からもいつもと同じ学校生活。
授業受けて、学食行って、寝て、皆で下校する。
どこにでもある普通な日常。
そこにちょっとだけ非日常を加えた、俺達の日常。
変わり映えなんかしないけど、変わらなくてもそれで充分だ。
明日もまた、一緒に帰ろうな。
霧原さんが立ち止まる。
普通の家。だが、俺達にとっては最初の関門だ。
「まずはどうやって中に入れてもらうか、ですが」
とりあえず聞いてみる。
「それは多分大丈夫よ。まあこういうのは年寄りに任せなさい」
と、策ありげなお袋さん。そう言って下さるならお任せします。……いや、もうひとつ。
「あんまりぞろぞろ行ったら迷惑でしょうし、何人か残りませんか?」
と言うか、中に入るのは霧原さんとお袋さんだけでいいのだ。実際は。
「まあ、私と霧原さんは確定よね」
とお袋さん。
「お母さん一人だとやっぱり霧原さんと関係あるように見えないし……私も行きます」
と里美さん。それもそうだ。
「里美が行くなら俺も行こう!」
と一志。どうせ見えないんだからお前は最初から数に入ってない。好きにしろ。
「森口はどうするんだ?」
「うーん……僕が行く必要は無いしねえ……あ、でも待てよ」
「何だ?」
急に何か思いついたようだ。
「やっぱり僕も行くよ」
という訳で、残るのは言い出しっぺの俺だけになった。
さっそくお袋さんがインターホンに指を……
「あ、そうだ」
指が止まる。
「霧原さんの下の名前ってなんて言ったっけ?」
「あ、瑠奈です」
「オッケー。それでは……オホン!」
ひとつ咳払いをし、インターホンを押した。あの気の抜けそうな音が鳴り、静寂。
実は俺はこの間が嫌いだ。……なんて事はどうでもいいな。
「はい」
女性の声。恐らくお袋さんだろう。さて、こっちのお袋さんはどう出る?
「突然すみません。私、瑠奈さんの知り合いで長谷川と申します。
少しお話をお聞きしたいと思いまして……」
「……少々、お待ち下さい」
「そ、そのままですね」
俺は思ったままを口にした。
「ええ。こういうときは堂々としてるのが一番よ。別に嘘はついてないしね。
それに、顔も見ずに門前払いなんてまず無いわ。気になるでしょ? やっぱり」
なるほど。だからセールスマンが仕事できるわけだな。優しいねえ日本社会。
なんて感心していると、家のドアが開いた。
「どうぞ」
俺は中に入らないので塀の影に隠れている。
故に見ることは出来ないが、さっきと同じ声がした。
「お友達が二人一緒ですけど、構いませんか?」
「……ええ。どうぞお入り下さい」
そして、三人が中に入る。実際には五人なのだが。
それから先、中で何がどうなったか、俺には解らない。
霧原家の塀の前で、黙って座り込んでいた。
他人から見たら不審者なのだろうが、幸い人通りは無かったし、
何より俺にそんな事を気にする余裕は無かった。
――中はどうなっているだろうか。
説明は上手くいっているだろうか。
こんな時に限って携帯に写らないなんてことになってないだろうか。
霧原さんは大丈夫だろうか。
時間にすればそれは十分くらいだったが、とても長く感じられた。
不安だった。
なんせ幽霊の存在を信じさせなくてはならないのだ。
テレビやら映画やらで人間をおどかしたり殺しまわったりするような化物ではなく、
ただ普通の人間と同じように、ひっそりと暮らしているそれらの存在を。
化物じみている方がまだ信じやすいかもしれない。存在そのものが規格外だからな。
でもあの人たちは、死んでしまってもやっぱり普通の人間だ。だから俺は……
そして約十分後、玄関の辺りが騒がしくなった。どうやら終わったようだ。
暫らく色々な声がした後、ドアが開いた。
「そーれっ!」
「うわぁっ!」
霧原さんが飛び出してきた。……正確には「飛び出させられた」だな。
あいつら、人の家で何やってんだ……
ドアが閉められ、鍵まで掛けられた。
意味無いから。この人、壁抜けれるから。
「どうでしたか」
あいつらの行動的に成功だったのだろうが、一応聞いてみる。
……これで駄目だったらあいつら後で殴ってやろう。お袋さんは流石に無理だが。
「……上手くいった」
「それはよかった」
助かったなお前等。
「あの……そ、その、ありがとう」
何故緊張気味なんですか。あいつら何かいらん事言ったんじゃないだろうな。
「俺何もしてないんですけど。
写真とったら化物だし、そもそも写真撮ろうって言ったの森口だし。
しかも今日だって待ってただけですよ?」
「だ、だから、前にも言ったでしょ?
その何かした人たちに遭えたのはあんたのおかげだって」
以前同じ褒められ方をしたのが思い出されたが、嫌な記憶も蘇る。
「ラムネですね。おもちゃ付きラムネ」
「そーよ、ラムネ。あたしにとって皆はおもちゃであんたはラムネ。
で、でもね。おもちゃ付きラムネはおもちゃ付きラムネであって、
何があってもラムネ付きおもちゃにはならないの。ラムネがメインなの。絶対に」
「……意味が解りませんね。馬鹿ですから」
「嘘つき。耳まで真っ赤な癖に」
なぬ。
「次はあんた……えっと、悟の番。悟があたしの事どう思ってるか、白状しなさい。
ただし! 馬鹿なんだから変な例え話とか無し! 馬鹿でも解る様に簡単に!」
順番とかそういう……ああ、もういい。どうせ逃げられやしないんだ。
「霧原さんはその……幽霊ですけど、死んじゃってますけど、
俺にとっては何の変哲も無い普通の人で……
あれ、普通って言ったら変なのかな。よ、要するにですね」
「要するに?」
「好き……です」
「…………」
「…………」
「……うん」
「……はい」
「…………」
「…………」
「み、皆呼んでくるね」
「あ、はい」
霧原さんがドアに向かう。
あのドアが開いたら、いつもの様に俺はあいつらにからかわれるんだろうな。
それが終わったら解散して、うちに帰って、また暇を持て余す訳だ。
で、明日からもいつもと同じ学校生活。
授業受けて、学食行って、寝て、皆で下校する。
どこにでもある普通な日常。
そこにちょっとだけ非日常を加えた、俺達の日常。
変わり映えなんかしないけど、変わらなくてもそれで充分だ。
明日もまた、一緒に帰ろうな。
楽しく読ませていただきました。
全然的にほのぼのマターリとしていて良かったです(^-^)
次回作も期待しています! GJ
第二部って言うか、既に次の話書き始めちゃってるんで…
やるとしても大分後になっちゃいます。すいません。
で、次の話ですが、ツンデレじゃないです。完全に。
で、また長編です。
まあ今までのがツンデレかと言われると自信無いですが。
それでもよければ見てやってくださいまし。
次回作楽しみにしてます
ノシ
では、まいりましょう。
ツンデレ縛り脱却作品第一号、その名も(ry