冗談だろ、と俺はさして慌てもしなかった。が、後ろから、
「……嘘でしょ?」
どうやら岩白も深刻な様子らしい。
おいおい、そんな急な話があるかよ。ドラマじゃあるまいし。
しかし深刻な様子の二人に挟まれているうち、
俺は「ひょっとしてこれってマジなのか?」なんてじわじわと思いだす。
「立てないのか?」
セン、無言で頷く。なんだってんだよもう……
「嘘……そんな、嘘よ。いくらなんでもまだ……」
頷いたまま顔をあげないセンを前に、「どうしたもんか」
とまだどこか真面目になりきれずに思案していると、後ろから気になる含みを持った台詞が。
「心当たりでもあるのか?」
振り返るとそいつの動揺はセンの比ではなく、
いったん降りた自転車を支える手は今にも離してしまいそうなほどガタガタ震えていた。
「ま………まだ……解らない。そうよ、いくらなんでもまだないわ。まだ、大丈夫……」
俺の質問に答えてるんだか自分に言い聞かせてるんだか解らないような答えに、
情けなくも多少苛ついてしまう。
「おい、なんのこと言ってる? 解るように言ってくれよ」
岩白の肩を乱暴に掴む。なんでそんなに慌ててる? なのに何が大丈夫なんだ?
自分一人で納得されても、事態の深刻さすら俺には解らないんだぞ?
乱暴とは言え肩を掴む手にそんなに力を入れたつもりはなかった。
だけど、岩白の頭は大袈裟だろと言いたくなるくらいに前後に揺れる。
そしてその揺れが治まると、
「ご、ごめん。でもまだ本当に解らなくて……あの、携帯貸してもらえる?」
「………ああ」
苛つきを隠し切れない口調で答えつつ、
そしてその口調が自分でも嫌だと思いつつ、携帯を渡す。そして岩白が携帯を操作。
「その、何かあったらすぐに連絡して。いつでも出るから」
「何かってなんだよ」
「た……例えば、う、腕まで動かなくなったりとか……」
なんだよそれ? 腕まで? それって、この足はもう治らないってことか?
「それって、今センがなんでこうなってるか知ってるってことか?
腕まで動かなくなるって、どういうことだよ?」
しかし岩白はうなだれて首を横に振る。
「違うなら、それでいいの。だからごめん、これ以上は教えられないの……!」
必死で涙を堪えているような、所々が震えた声。
「明さん。その、わたしは大丈夫ですから春菜さんを虐めないでください……」
真後ろの、低い所からためらいがちな声。虐めるなんて、俺は別にそんなつもりはない。
でも、そのつもりがなくても実際そうなってしまったことくらい解る。だから、
「……わ、悪かった。すまん岩白」
素直に、とはとても言えたものではないが頭を下げた。
「ごめんなさい……」
岩白も頭を下げた。もう許すとか許されるとか問題ではなくなっている。
自分は間違っているのだ。だから自分の中のこの不安もまた間違いだ。
そう思い込むために、自分のために頭を下げている。少なくとも俺はそうだった。
「じゃあ……また明日」
岩白はそれ以上何も言わず、しかし何か言いたげな雰囲気を纏ったまま、
街頭もない夜道に消えていく。
俺達もここで突っ立ってるわけにもいかず、家に入ろうとする。
「あ、あの」
自転車を庭に停めた後、
かがんで自分の両足の下と背中に手を回す俺にセンは何か言おうとしたが、
無視してそのまま持ち上げた。その足は……宙に持ち上げられた人形のように、
俺が一歩を踏み出すたびにふらふらと揺れていた。
「……お、お姫様抱っこですね。えへへ」
気楽な台詞に「こんな時に何言ってる」と言おうとしたが、
その声が明らかに震えていたのでやめておいた。そりゃそうだ。不安じゃないわけがない。
……こんな時に限って人に気を遣うんじゃねえよ。
「とにかく、大人しくゆっくりしてろ。なんならもう電気消すか?」
センをベッドに寝かせ、電灯のスイッチに指をかける。しかし、
「いえ、まだ消さなくてもいいです。眠れそうにないですからね。
いくらなんでもまだ早すぎますし」
外が暗いとは言え、まだ七時ちょうど。
確かに早いが、でも眠れないのはホントにそのせいか?
怖くて、不安で眠れないんじゃないのか?
「そうか? じゃあ点けとくけど、なんか用とかあったら言ってくれよ。
その、足……そんなだし」
できれば今すぐ何か用事を言って欲しかった。何もしてやれないのは、不安だった。
「じゃあ明さん。晩ご飯を食べてください。わたしのことは気にせずに」
「……嘘でしょ?」
どうやら岩白も深刻な様子らしい。
おいおい、そんな急な話があるかよ。ドラマじゃあるまいし。
しかし深刻な様子の二人に挟まれているうち、
俺は「ひょっとしてこれってマジなのか?」なんてじわじわと思いだす。
「立てないのか?」
セン、無言で頷く。なんだってんだよもう……
「嘘……そんな、嘘よ。いくらなんでもまだ……」
頷いたまま顔をあげないセンを前に、「どうしたもんか」
とまだどこか真面目になりきれずに思案していると、後ろから気になる含みを持った台詞が。
「心当たりでもあるのか?」
振り返るとそいつの動揺はセンの比ではなく、
いったん降りた自転車を支える手は今にも離してしまいそうなほどガタガタ震えていた。
「ま………まだ……解らない。そうよ、いくらなんでもまだないわ。まだ、大丈夫……」
俺の質問に答えてるんだか自分に言い聞かせてるんだか解らないような答えに、
情けなくも多少苛ついてしまう。
「おい、なんのこと言ってる? 解るように言ってくれよ」
岩白の肩を乱暴に掴む。なんでそんなに慌ててる? なのに何が大丈夫なんだ?
自分一人で納得されても、事態の深刻さすら俺には解らないんだぞ?
乱暴とは言え肩を掴む手にそんなに力を入れたつもりはなかった。
だけど、岩白の頭は大袈裟だろと言いたくなるくらいに前後に揺れる。
そしてその揺れが治まると、
「ご、ごめん。でもまだ本当に解らなくて……あの、携帯貸してもらえる?」
「………ああ」
苛つきを隠し切れない口調で答えつつ、
そしてその口調が自分でも嫌だと思いつつ、携帯を渡す。そして岩白が携帯を操作。
「その、何かあったらすぐに連絡して。いつでも出るから」
「何かってなんだよ」
「た……例えば、う、腕まで動かなくなったりとか……」
なんだよそれ? 腕まで? それって、この足はもう治らないってことか?
「それって、今センがなんでこうなってるか知ってるってことか?
腕まで動かなくなるって、どういうことだよ?」
しかし岩白はうなだれて首を横に振る。
「違うなら、それでいいの。だからごめん、これ以上は教えられないの……!」
必死で涙を堪えているような、所々が震えた声。
「明さん。その、わたしは大丈夫ですから春菜さんを虐めないでください……」
真後ろの、低い所からためらいがちな声。虐めるなんて、俺は別にそんなつもりはない。
でも、そのつもりがなくても実際そうなってしまったことくらい解る。だから、
「……わ、悪かった。すまん岩白」
素直に、とはとても言えたものではないが頭を下げた。
「ごめんなさい……」
岩白も頭を下げた。もう許すとか許されるとか問題ではなくなっている。
自分は間違っているのだ。だから自分の中のこの不安もまた間違いだ。
そう思い込むために、自分のために頭を下げている。少なくとも俺はそうだった。
「じゃあ……また明日」
岩白はそれ以上何も言わず、しかし何か言いたげな雰囲気を纏ったまま、
街頭もない夜道に消えていく。
俺達もここで突っ立ってるわけにもいかず、家に入ろうとする。
「あ、あの」
自転車を庭に停めた後、
かがんで自分の両足の下と背中に手を回す俺にセンは何か言おうとしたが、
無視してそのまま持ち上げた。その足は……宙に持ち上げられた人形のように、
俺が一歩を踏み出すたびにふらふらと揺れていた。
「……お、お姫様抱っこですね。えへへ」
気楽な台詞に「こんな時に何言ってる」と言おうとしたが、
その声が明らかに震えていたのでやめておいた。そりゃそうだ。不安じゃないわけがない。
……こんな時に限って人に気を遣うんじゃねえよ。
「とにかく、大人しくゆっくりしてろ。なんならもう電気消すか?」
センをベッドに寝かせ、電灯のスイッチに指をかける。しかし、
「いえ、まだ消さなくてもいいです。眠れそうにないですからね。
いくらなんでもまだ早すぎますし」
外が暗いとは言え、まだ七時ちょうど。
確かに早いが、でも眠れないのはホントにそのせいか?
怖くて、不安で眠れないんじゃないのか?
「そうか? じゃあ点けとくけど、なんか用とかあったら言ってくれよ。
その、足……そんなだし」
できれば今すぐ何か用事を言って欲しかった。何もしてやれないのは、不安だった。
「じゃあ明さん。晩ご飯を食べてください。わたしのことは気にせずに」
それはともかく、眠たくなったら寝てください。
眠たくなくてもお休みの時間には寝てください。
果報は寝て待て(漢字合ってるかな……)
なんて諺もありますし。
……時代錯誤な諺ですがね。
気になって寝られない・・・
いや、寝ちゃうんだけどw