「春菜さんの言い方だと、腕が動かなくなった後にまだ何かある感じでしたよね」
風呂の湯沸しをスタートさせて部屋に戻り、
沸ききるまでの間俺とセンは寄り添ってテレビを眺めていた。
内容なんて全然全く頭に入って来やしないが。
「そう……だったな、言われてみれば確かに」
岩白は確か、腕が動かなくなったりしたら呼んでくれ、
みたいな言い方をしたと記憶している。
腕が動かなくなることが最悪の事態だとしたら、それまでには呼んでほしいだろうからな。
つまりは腕が動かなくなるのは何かの前兆なのだろう。
大津波の前に一気に潮が引く、みたいな。
残念ながら海には縁がないので実際に見たことないけどな。
「本当に、どうなっちゃうんでしょうねわたし」
もちろん俺がその問いに答えられるわけはない。
気休めで「心配するな」なんてことも言う気にはなれなかった。
何故なら俺は、ホントに何一つ解らないのだ。
もしかしたらこの一件は岩白の早とちりで一晩寝たらすっかり回復、
などとつい期待してしまうくらいに。
「でも、怪我の功名ですよね」
「何がだ?」
「病人だから甘え放題です。移動するのも抱っこしてもらえちゃいますし」
実際ベッドの横からテレビの前までの僅かな距離……
いや、殆ど方向転換だけと言ってもいいかもしれない。
とにかく、たったそれだけのことでも俺はセンを抱きかかえた。
センに床を這いずらせるなんてはことしたくなかったし、
そんなセンを見たくもなかったからだ。
足以外は――「今のところ」と付け加えたほうが良いのだろうか――なんともないのに、
いたっていつも通りの元気な馬鹿なのに、そんな姿……
「お前は軽いからな。いろんな部分が足りないおかげで。
だからそのくらいの甘えごとだったらいくらでもほいほい引き受けるぞ」
「じゃあその『いろんな部分』が足りてたら抱っこはお断りですか?」
「む? うむむ、それはそれで引き受けざるを得ないような」
「じゃあ結局抱っこが駄目な条件って何かあるんですか?」
「……解ってて訊いてないか?」
「解りません。解らないから訊いてるんです」
じゃあ笑うな。にこにこするな。甘え放題にも限度があるんだぞ。
「解らないなら解らないで結構。
どうせお前はその駄目な条件には引っかかってないんだから知る必要もない」
「じゃあ代わりにわたしが黙って抱っこされる条件を教えてあげましょうか」
代わりってなんだよ代わりって。それを聞いたら俺に何か不都合があるってことなのか?
「その条件とはなんと! 抱っこしてくれる人が明さんであることです!」
「アホだろお前」
ぺん、と頭を軽く叩く。なんと! も何も想定の範囲内だ大アホ。
「でも明さんだって、口には出さないけどわたしと同じアホなんじゃないですか?」
「そういうことをわざわざ口に出すところがアホだってんだよ」
わざわざ言わなくたって、解ってんだからさ。
とここまで繋げると俺もアホの仲間入りなのでやめておく。
「じゃあ何も言わない無口な女の子のほうが好みですか?」
「今俺が好きなやつがどんなのかよく考えてから発言するように」
「あはは。わたし、どうしたらいいんでしょうねぇ」
「どうもしなくていいよ」
「それは何もするなって意味ですか? それとも今のままでいいって意味ですか?」
「何もするなって言ったら何もしなくなれるのかお前は」
「無理です」
きっぱり。つまりそっちははずれってことだよ。
お前もこんなふうに遠回しに伝える術を見につけてくれたらいいんだが。
それも「無理です」なんだろうけどな。
暫らくそんな行ったり来たりの問答を繰り返していると、どうやら風呂が沸いたらしい。
部屋の外から軽やかな音楽が聞こえてきた。
「沸いたみたいだな。じゃあ風呂入ってくるけど、お前まだテレビ見とく?」
見ないってんならまた抱きかかえることになるが。
「あ、はい。ここでいいです。ごゆっくり……じゃなくて、できるだけ早く」
「言われなくてもそのつもりだよ」
この状況で一人でゆっくりなんて、無理に決まってるだろ?
「うーん、ごゆっくりの反対って、どう言うんだろう? お急ぎください?
なんか違うような……」
顎に指を当てて考える。風呂入るのを急かすのに丁寧もクソもあるかってんだ。
「でもま、なんかあったらすぐ呼べよ」
何があるか解らんしな。
「はい。じゃあお急ぎください」
んー、やっぱりなんか間違ってるような。じゃあって部分か? でもできる限り、とか。
風呂の湯沸しをスタートさせて部屋に戻り、
沸ききるまでの間俺とセンは寄り添ってテレビを眺めていた。
内容なんて全然全く頭に入って来やしないが。
「そう……だったな、言われてみれば確かに」
岩白は確か、腕が動かなくなったりしたら呼んでくれ、
みたいな言い方をしたと記憶している。
腕が動かなくなることが最悪の事態だとしたら、それまでには呼んでほしいだろうからな。
つまりは腕が動かなくなるのは何かの前兆なのだろう。
大津波の前に一気に潮が引く、みたいな。
残念ながら海には縁がないので実際に見たことないけどな。
「本当に、どうなっちゃうんでしょうねわたし」
もちろん俺がその問いに答えられるわけはない。
気休めで「心配するな」なんてことも言う気にはなれなかった。
何故なら俺は、ホントに何一つ解らないのだ。
もしかしたらこの一件は岩白の早とちりで一晩寝たらすっかり回復、
などとつい期待してしまうくらいに。
「でも、怪我の功名ですよね」
「何がだ?」
「病人だから甘え放題です。移動するのも抱っこしてもらえちゃいますし」
実際ベッドの横からテレビの前までの僅かな距離……
いや、殆ど方向転換だけと言ってもいいかもしれない。
とにかく、たったそれだけのことでも俺はセンを抱きかかえた。
センに床を這いずらせるなんてはことしたくなかったし、
そんなセンを見たくもなかったからだ。
足以外は――「今のところ」と付け加えたほうが良いのだろうか――なんともないのに、
いたっていつも通りの元気な馬鹿なのに、そんな姿……
「お前は軽いからな。いろんな部分が足りないおかげで。
だからそのくらいの甘えごとだったらいくらでもほいほい引き受けるぞ」
「じゃあその『いろんな部分』が足りてたら抱っこはお断りですか?」
「む? うむむ、それはそれで引き受けざるを得ないような」
「じゃあ結局抱っこが駄目な条件って何かあるんですか?」
「……解ってて訊いてないか?」
「解りません。解らないから訊いてるんです」
じゃあ笑うな。にこにこするな。甘え放題にも限度があるんだぞ。
「解らないなら解らないで結構。
どうせお前はその駄目な条件には引っかかってないんだから知る必要もない」
「じゃあ代わりにわたしが黙って抱っこされる条件を教えてあげましょうか」
代わりってなんだよ代わりって。それを聞いたら俺に何か不都合があるってことなのか?
「その条件とはなんと! 抱っこしてくれる人が明さんであることです!」
「アホだろお前」
ぺん、と頭を軽く叩く。なんと! も何も想定の範囲内だ大アホ。
「でも明さんだって、口には出さないけどわたしと同じアホなんじゃないですか?」
「そういうことをわざわざ口に出すところがアホだってんだよ」
わざわざ言わなくたって、解ってんだからさ。
とここまで繋げると俺もアホの仲間入りなのでやめておく。
「じゃあ何も言わない無口な女の子のほうが好みですか?」
「今俺が好きなやつがどんなのかよく考えてから発言するように」
「あはは。わたし、どうしたらいいんでしょうねぇ」
「どうもしなくていいよ」
「それは何もするなって意味ですか? それとも今のままでいいって意味ですか?」
「何もするなって言ったら何もしなくなれるのかお前は」
「無理です」
きっぱり。つまりそっちははずれってことだよ。
お前もこんなふうに遠回しに伝える術を見につけてくれたらいいんだが。
それも「無理です」なんだろうけどな。
暫らくそんな行ったり来たりの問答を繰り返していると、どうやら風呂が沸いたらしい。
部屋の外から軽やかな音楽が聞こえてきた。
「沸いたみたいだな。じゃあ風呂入ってくるけど、お前まだテレビ見とく?」
見ないってんならまた抱きかかえることになるが。
「あ、はい。ここでいいです。ごゆっくり……じゃなくて、できるだけ早く」
「言われなくてもそのつもりだよ」
この状況で一人でゆっくりなんて、無理に決まってるだろ?
「うーん、ごゆっくりの反対って、どう言うんだろう? お急ぎください?
なんか違うような……」
顎に指を当てて考える。風呂入るのを急かすのに丁寧もクソもあるかってんだ。
「でもま、なんかあったらすぐ呼べよ」
何があるか解らんしな。
「はい。じゃあお急ぎください」
んー、やっぱりなんか間違ってるような。じゃあって部分か? でもできる限り、とか。
できれば、二人には幸せになってもらいたいなぁ…
今でも幸せそうですが、
状況的にこのままずっとってこともなさそうです。
はてさてどうなってしまうことやら?
……まあもちろん私自身は知ってるんですがね。
それがどれだけ表現できるか、
という問題は付き纏いますがね。