本書の順に従い要約してみることにする。
日本のジャーナリズムはワイアーサービス(通信社の仕事)とごっちゃになっているので速報性にこだわりすぎる。従って日本の新聞は本来なら通信社の仕事もこなすため多数の記者をかかえている。記者の数は多いがその書く内容はストレートニュース(単なる生の事実の報道)がほとんどで分析や批評を書ける記者は少ないので新聞の分量が少ない(朝刊で36頁)。
NYTでは速報性にこだわらないので日本みたいに締切もない。日本みたいに政治部、社会部、経済部といった区分もない。日本では縦割りが徹底しており、同じ政治部でも与党と野党担当が分かれていて野党担当者が与党担当者に無断で取材することもできない。
日本の記者クラブは政治家に密着しているため、政治部記者によって政権与党に都合の悪いニュースが報道されたことはない。それはすべて社会部やその他のジャーナリストによる。リクルート事件も朝日新聞社会部(川崎支局)から始まった。
コメント;
リクルート事件は世紀の空騒ぎだったと思っている。あのおかげて小選挙区制を中心とするいわゆる政治改革が実現した。私は改革でなく改悪だったと思っている。
番記者。担当政治家が出世すると自分も出世する。NHK会長の島桂次(田中角栄と密接)、読売会長の渡辺恒雄(中曽根康弘と密接)はその代表例。
記者クラブでのメモ合わせ。各社の記者が取材の後互いのメモ内容を確かめあう。これっていわゆる一つの談合でしょう。
新聞社の採用のあり方。日本は新卒中心。NYTは多様な中途採用中心。しかも日本では世間を知らない新卒の書く記事が中心を占める。だから深い分析記事など書けるわけがない。
日本の新聞はソースが週刊誌である場合、引用先を明記せず「一部週刊誌」という言い方をする。これには週刊誌などおれ達新聞に比べれば格下であるから彼らの後追い記事であることを明示するのは沽券にかかわるといわんばかり。メンツにこだわり引用先を明記しないのは法律的責任を問われる可能性がある。
筆者注;もっとも有名な週刊誌の後追い記事は「週刊文春」のいわゆるロス疑惑「疑惑の銃弾」であろう。新聞が後を追っただけでなく警察も後を追って殺人罪で逮捕した。日本では無罪確定、今ロサンジェルスで一事不再理を巡って係争中。
NYTでは編集と経営は分離されている。経営が編集に口を出すことはありえない。日本では記者が社内での履歴を重ねて偉くなり、その一部は経営側(役員)に立つ。従って経営と取材編集は一つのラインとしてつながっているため経営側が編集に介入するのは当然と見なされている。
続く