どうも如月マトです。
ボクは今、現創界クラフティアと呼ばれる世界にきています。
だけど……
朝日を受け輝きを放つ幾つもの尖塔を誇る白き王城。
その城をぐるりと囲む二重三重の堅牢な城壁の外郭を、いともたやすく巨大剣で粉砕し、前進を続ける20mはありそうな白銀の巨大騎士。
それが今、ボクの眼下で繰り広げられている。
「この頑丈さ! ドラグの四天王すら超える!」
180cmを超える逞しい体格とやや彫りの深い整った容貌を持つ十代後半のような青年、元勇者の神屋サイトさんが声を上げる。
「一ヶ所に留まるのは危険です!」
紅い法衣をまとう美女、この現創界クラフティアの勇者様おつきの魔導師であるメルレーンさんが警告する。
「だが奴のコアを見つけさえすれば砕ける!」
身の丈2mは超える大柄で屈強な体躯を漆黒の鎧で覆う黒騎士にして現創界の勇者、黒竜の化身ガルドベルグさんがドスの利いた低い声で蛮声を放つ!
その光景を空を飛びながら眼下に捉え、感覚共有でサイトさんたちにボクから見える光景を送り続けていた。
ボクはただの一般人でサイトさんたちのような特殊な力はない。
空を飛んでいられるのもサイトさんがかけてくれた飛行魔法のお蔭だし感覚の共有だってそうだ。
ボクは剣も魔法も使えないけど、こうしてやれることはある。
「それにしても堅いな」
外郭を破壊しなおも前進しようとする巨大騎士を見下ろしながら、サイトさんがこぼす。
「貴様の剣では貫くのは無理そうだな」
「そういうお前の金槌はどうなんだよ!」
巨大騎士がまとう堅牢な鎧にサイトさんの剣が通じないことを嘲るガルドさん。
でもガルドさんが持つ黒光りする巨大な戦槌だって、決定打を与えてはいなかった。
二人が言いあう間もなく、城下の被害が広がっていく。
「ここはいくしかねぇか」
「メルレーン、奴のコアの場所はどこだ?」
ガルドさんの声に僕の近くまで避難していたメルレーンさんが呪文を唱えると、巨大騎士の姿が半透明の黒い姿へと変わる。
心臓の位置に、一際どす黒く浮かび上がる球体。
「コアは胸、ちょうど心臓の位置にあります!」
その声に応え、即座に動くサイトさんとガルドさん。
サイトさんは軽く跳躍し飛行魔法を使うと騎士の周りを飛び回りながら剣で斬りかかる!
甲高い金属音と共に弾き返される攻撃。
お返しとばかりに巨大剣がサイトさんを襲うが、突如サイトさんの姿が消えると、いきなり5人のサイトさんが騎士の周りに現れ飛び回る!
混乱したように手にした剣を大きく振り回す巨大騎士。
「今だ! ガルド!」
「応!」
サイトさんの声に応え、騎士に駆けよったガルドさんは大きく跳躍し、両手で振りかぶった巨大な戦鎚を騎士の胸元に叩きつけた!
ガッッキィィィィィ!
絶叫にも似た金属音の悲鳴が周囲に轟く!
だけど……
無数の金属片をまき散らし、派手な破壊音と軋みの音を上げ粉砕されたのは、ガルドさんが持つ戦鎚だった。
『馬鹿な!?』
攻撃の反動で壊れた戦鎚の柄を握りながら落下するガルドさんの見開いた眼差しが言葉を放つ。
さらなる一閃!
落ちゆくガルドさんの体を巨大剣の一凪が捉え、城壁に弾き飛ばし、派手な爆煙と共に叩きつけられたガルドさんもろとも城壁が崩れ落ちた。
「ガルド様!」
崩れた城壁に埋もれ、動けないガルドさんと騎士の間に降り立つメルレーンさん。
杖を前にだし魔法を唱えはじめるが、騎士は止まることなく二人に近づいていく。
「お前の相手はこっちだろ!」
再び騎士の周りに幾人ものサイトさんが出現し、前進を阻む。
そしてメルレーンさんの呪文は完成した!
「深淵より噴き上がる紅蓮の炎神よ! 今我が怨敵を業火により滅却されたし!」
明瞭な声と巨大な炎がメルレーンさんを覆い、杖の先激しい焔の奔流が巨大騎士へと注がれる!
左半身に直撃し、軽い爆発と共によろける巨大騎士。
鎧に炎がまとわりつき、徐々に装甲を蝕んでいく。
『!!!?』
その光景に驚愕を覚えたのか、騎士は少しずつ後ずさりし、城壁の外へと後退する。
「やったか!」
サイトさんが声を上げるけど、力を使い果たし崩れ落ちるメルレーンさんの姿をボクは捉えていた。
「これ以上はダメだよ……」
ガルドさんたちの元に降り立ちボクは力なく応える。
瓦礫に埋もれたガルドさんとその前で倒れるメルレーンさん。
これ以上騎士と戦うことはできない。
背を向け敗走する巨大騎士の後姿を見送りながらも、ただ虚しさだけがボクの心を支配していた。
これ以上、二人を戦わせちゃダメだ。
「それであの異変はどうして生まれたんだ?」
あれから二日経ち、日常を取り戻した城下町を歩きながら、サイトさんはボクを横目で見ながら、現創界を脅かす怪物“異変”についての疑問を口にする。
幸いガルドさんの怪我は重傷というほどでもなく、数日で治るだろうといわれてるけど、それよりも重症なのが武器である戦鎚を壊されたことによるショックで、ガルドさんにしては珍しく塞ぎこんでいた。
その様子があまりにも痛々しいのでメルレーンさんからも気が気でないという様子がダダ漏れ状態で、ボクたちとしてもどうにかしなければという義務感というか使命感が芽生えていた。
「それがよくわからないんです。王城の人も言葉を濁して、原因はまだわかってないって」
「でもさぁ、異変が鎧騎士みたいな姿なら、それ系の関係者を当たればいいだろ?」
「それはそうなんですけどねぇ」
ボクだってサイトさんが思いつきそうなことなら当然尋ねたよ。
でも誰も答えてくれない。
いや、答えられるわけがない、という人までいる始末。
「でもよぉ、あの鎧、どうやったら抜けるかねぇ。俺やガルドの武器じゃ歯が立たないし、メルレーンの必殺攻撃はすぐに弾切れ。撃退はできても破壊はできないじゃ、勇者がどうこうの話じゃないしな」
サイトさんが近くの甘味屋さんでアイスクリームみたいな食べ物を頼みながら言葉を紡ぐ。
ボクも同じものを頼みながら、
「あの装甲は武器攻撃には滅茶苦茶強いみたいですけど、魔法はそれほどではないみたいですね」
「そこだよ。ただ俺も決して魔法は強いというほどではないし」
「でも雷撃魔法とか重力操作なら可能でしょ」
「まぁ、できるけど、問題は動きを止めようが感電させようが、要はあの装甲を貫かないとコアにに辿り着けないし、それができないと異変を破壊できない点だろ?」
店員さんから渡された甘味が入った器を受け取り、一口食べてサイトさんが片眉を上げながら話す。
確かにコアを破壊しなければいずれ異変はまた再生し、王城ばかりかこの世界各地を襲うだろう。
「そもそも異変は誰かがコアになってるんだから、いなくなったやつを探せば手がかりくらいにはなるだろう」
サイトさんの気楽な声にボクは心の中で毒つく。
『そんなことは皆知ってるしやってるけど、だから黙ってるんじゃないかって思わないのかな?』
席につき甘味を美味しそうに食べるサイトさんの横顔を見つめながら、少し羨ましい気持ちが浮かぶ。
『悪気はないんだろうけど』
「お前、それ早く食べないと溶けるぞ」
ボクの視線に気づいたのかサイトさんが声をかける。
手元を見ると半ば液状になりかけてる甘味。
「こういう状態も美味しいんですよ」
ボクは甘味が入った器を一気にあおる。
液状化した甘味の甘さが口の中に広がるけど、心には少し苦いものを感じる。
「もう少し異変について調べてみるか?」
「そう……ですね」
サイトさんの声に力なくボクも応える。
「あの……勇者様と戦っていた方ですか?」
突然かけられた声にボクたちの視線が向いた。
そこにいたのは160cmくらいの作業着を着た女の子だ。
まだ十代後半のボクと同じような年頃だろう。
やや赤みがかったブロンドのショートヘアーに、少し幼さが見える可愛らしい顔立ち、でも結構手足はしっかりしてそうな体格をしている。
「ああ、そうだけど?」
サイトさんが言葉を返すと、女の子の顔が少し輝き、
「あ、あの……アタシ、ハリサ・マリスといいます。その武器とか防具とか作ってる職人で……」
「職人……?」
ハリサさんという子の言葉にボクが疑問の声を上げる。
「あ、あのアタシはあまり知られてないし、なんていうかまだ駆け出しだからその……」
「いいから、話してみて」
しどろもどろのハリサさんにボクは優しそうな声で先を促す。
「あの……お兄ちゃん……あ、いえ、兄がその……」
「兄ちゃんがなんだって?」
「サイトさんは黙ってて」
サイトさんの多少威圧的な声に少し警戒を強めたハリサさんを見て、ボクはサイトさんを制止する。
「大丈夫、怖くないから」
露骨に不服そうな表情でボクを見つめるサイトさんをよそに、笑みを浮かべて尋ねるボクの声にハリサさんはまたホッとしたような表情で言葉をつなげた。
「兄が行方不明になっているんです。もう一週間前から」
「お兄さんと異変に関係があるのかな?」
ボクの疑問にハリサさんは顔をしかめ、
「ぜ、絶対とはいえませんけど、兄はいなくなる前に色々悩んでました。自分の作ったものに満足できず、作っては壊しを繰り返してましたから」
「お兄さんってなにを作ってたんですか?」
「防具です。アタシと同じ職人で……その……アタシの兄弟子でもあるんです」
「お兄さん、どんな防具を作ってたんですか?」
「鎧です! 金属製の鎧で、王国騎士団のお抱えにもなっている有名な防具職人で、名前はハリウス・マリスっていいます」
その言葉にボクとサイトさんは互いにうなづいた。
あれからお昼も過ぎ、ボクたちは内密に話せる城下町の一つの宿屋へと場所を移した。
食事が運ばれた室内で衆人環視の心配がなくなったお蔭で安心したのか、ハリサさんは話しはじめた。
「兄は優れた鎧職人でした。兄の作る防具は剣も槍も斧も矢も弾き返す、堅牢にして強固な鎧だと。革細工でも下手な金属鎧よりも頑強だと評判で」
ハリサさんは少し嬉しそうに話す。余程お兄さんのことが好きなんだろう。
「でもある日から兄は、少し変わりました」
「きっかけとかあったのかな?」
「……た、たぶん……アタシ……です」
少し沈んだ顔でハリサさんが応える。心なしか声が少し震えてる。
「アタシ、兄ほどではないけど鎧も武器も作れます。でもお兄ちゃんはそんなこと気にしない、なんていうかもっと大きな心の人で、いつもアタシを応援してくれていて……」
ハリサさんの楽しげな声。
「でも……」
ハリサさんの声がいきなり低くなる。
「アタシ、試しにやってみたんです。付加魔法っていう武器や防具に特殊効果をつけるっていう技法を。そしたらできたんです! その時は凄く嬉しかったんです。でもそのことをお兄ちゃんに知らせたら……」
ハリサさんの顔が一瞬歪む。
「お兄ちゃん、凄い顔でアタシを睨みました。見つめたんじゃないんです。睨んでたんです。アタシ、あんな目をしたお兄ちゃんを見たことがありませんでした。だからアタシすごく怖くなって……」
ハリサさんの声が次第に泣き声へと変わっていく。
「お師匠様もアタシの魔法を付加した武器を見て褒めてくれました。でもお兄ちゃんはそれからどんどん変わっていって、怖くなっていって」
「魔法の才には差異があるからな。あるものはあるがないものにはない」
サイトさんが落ち着いた声で言葉をつなげる。
「そうなんです……お兄ちゃんはどんなに頑張って魔法を付加した防具は作れなかったんです。アタシ、それを知らずにお兄ちゃんにこれ見よがしに……」
泣き声に代わったハリサさんの手をボクは優しく包み、
「ハリサさんのせいじゃないよ」
「でもアタシ、お兄ちゃんに嫌われるのが世界で一番怖いんです。お兄ちゃんさえ傍にいてくれればそれでいいんです」
テーブルにポタポタと落ちるハリサさんの涙をボクは優しく拭いて、
「大丈夫。絶対に勇者様たちはお兄さんを助けてくれるから。そのための勇者だし」
「おい……」
ボクの言葉にサイトさんが不満げな声を上げるが、
「だから気を落とさないで協力してくれるかな?」
「おい!」
声を無視して話を続けていたのがよほど不満になったのかサイトさんが声を荒げる。
「お前、ちょっとこい」
サイトさんは席を立ち、ドア向こうにボクを呼び寄せ、小さな声で、
「お前、約束できないことをいうなよ。そもそもあの鎧に傷がつかいわけだよな。王国騎士団御用達かよ」
サイトさんが腕組みして困ったような表情を浮かべる。
「でも勝機はありますよ」
「なんで?」
「考えても見てください。傷もつかない優秀な鎧を作れる鎧職人のお兄さんが、妹弟子でもあるハリサさんになんであそこまでの感情を見せたのか? むしろハリサさんがハリウスさんの最大長所である鎧をも凌駕したものを作り出したからじゃないのかって」
ボクの言葉にサイトさんが少し考え、
「もしかしたら……」
「彼女に聞いてみましょう」
そしてボクたちは部屋に戻りハリサさんに作ったものの特徴を尋ねた。
「魔法を付加した武器や防具は幾つか作りました。魔法のシールドを張れるガントレットや破壊効果の高い突撃槍とか。でも一番自信作だったのは、装甲効果を無効化する大きな打撃用パワーガントレットです」
その言葉を耳にするとボクとサイトさんは声を合せて言葉にした。
『それ、どこにありますか!?』
ハリサさんがいる工房は、王城近くにあった。
すでに日が沈み、職人の多くは酒場にくりだしたり家路についたあとで、今工房には親方であり二人の師匠でもあるアナカルさんと、そして、
「なんで我までここにこさせる」
露骨に不貞腐れた声を上げるガルドさん。
「サイトさんがガルド様のために武器を用立ててくださるといわれましたので……」
気まずい表情で作り笑顔を浮かべるメルレーンさん。
「まぁ、お前に合えばいい武器になるんじゃないの?」
そして少し自信ありげなサイトさんに、
「魔法の武器や防具は使用者に合うように調整されます」
先ほどの泣き顔とは打って変わり、笑顔が戻ったハリサさん。
「それでその魔法を付加したものはどこにあります?」
そしてボク。
「こちらです」
ハリサさんが先に立ち工房の中を歩く。
やがて一つの扉の前で立ち止まる。
「ここは兄が変わってしまってから封印してました」
少し沈んだハリサさんの低い声。
「アタシ、自分がいけないことをしたんじゃないかって。間違ったことをしたんじゃないかって。でも……」
ハリサさんが扉のカギ穴に鍵を挿しこみ、
「だけどアタシの作ったものでお兄ちゃんを助けられるなら、アタシ!」
鍵を外し、ドアを開ける。
「勇者の皆さん、ここにあるのはアタシの作った武器や防具です。世界と……お兄ちゃんを助けてください!」
ハリサさんが指し示す棚に並んでいたのは、左手につけるガントレットと、3mに近い騎士が使うランスに禍々しい突起を幾つもつけドリル状にした槍、そして両手につけるかなり大きく破壊力がありそうな大振りのパワーガントレット(というか、見た目はもう金属製のかなり巨大なパンチンググローブ)。
「この槍はどんな能力があるんだ?」
「それはその突起部分が突撃時に回転し、突撃すればその軌道上にあるものをまきこみ攻撃し前進します」
「これはあいつ向きじゃないか?」
ハリサさんの説明を聞きサイトさんが軽口を放つ。
「ドラグさんですか?」
「ああ。奴が好きそうな武器だろ?」
「ドラグさんってどなたですか?」
楽しそうに話すボクたちにハリサさんが興味深げに尋ねる。
「ああ、アンタたちみたいに物作りが大好きな奴でな。何回か作ったものを壊したら死ぬほど恨まれた」
サイトさんが半ばおちゃらけたように応え、
「それはサイトさんが悪いです。作ったものを壊されたらアタシだって壊した人を恨みます」
ハリサさんが笑顔で返す。
「世界の危機が去ったら会わせてやるよ」
「はい!」
サイトさんとハリサさんが楽しそうに話す微笑ましい光景。
「それでこの普通そうなガントレットはなんだ?」
渋々出てきたにもかかわらず蚊帳の外に置かれていたガルドさんが不満げな声を上げる。
「これは普通に使うとただのガントレットですけど」
ハリサさんがガントレットをボクの左腕につける。
「マトさん、少し防御する感覚で左腕を前にして念じてください」
「こう?」
ハリサさんにいわれた姿勢をとり、ボクは防御するよう念じるといきなり!
「うわ!?」
円盤形で半透明の青色に光り輝く魔法のシールドがガントレットの手の甲より出現する。
「これって?」
「魔法のシールドを展開します。物理攻撃も魔法攻撃も少しは弾く効果をもちますし、他にも使い道はありますよ」
ハリサさんの楽しげな声。
「それはマトが使えよ。俺だっていつでも守れるわけじゃないしな」
「うん」
サイトさんの声にボクも応える。
そうだよね。いつでも助けてもらえるとは限らないんだよね。
「それで本番はこいつかぁ……」
サイトさんが巨大なパワーガントレットの前にいきしげしげと眺める。
巨大な鉄製のグローブともいうべき外観を持つパワーガントレットは、その横に妙な排気管のようなパーツが付けられていて、どうしても物々しいゴツさを感じずにはいられない。
「これは試作品でもあるので、付加した魔法効果は回数制となっていて、使い切ると魔力の充填に一定期間を置かなければなりません」
ハリサさんがパワーガントレットの解説をする。
「それで貴様はこれを我に使え、というのか?」
ガルドさんの不審げな声。
「ああ。どの道戦鎚は壊れて、今代わりはないしな」
「ふむ……で、どう使えばいい?」
サイトさんの言葉にめずらしく頷くと、ガルドさんはハリサさんに使い方を尋ねる。
「これはもう装着して相手を殴ればいいです。ただ相手の装甲を無効化したい場合は、コマンドキーワードを唱えれば発動します」
「そのキーワードとは?」
「装着者が最初に決めることができます」
ハリサさんの言葉にガルドさんは少し考え、
「ガッス!」
一言口にする。
「それでいいんですか?」
確認のために尋ねるハリサさん。
「ああ、それでいい」
その言葉を聞くとハリサさんはガルドさんの両手にガントレットを装着し声をかける。
「でももう一度先ほどの言葉を」
「ガッス!」
ガルドさんが声を上げると、ガントレットは光を放ち、ガルドさんの鎧の色と同じく黒色へと変わる。
「これでアタシの作った魔法を付加した武器と防具は全部です」
「ご苦労さん」
ハリサさんの言葉に、部屋の外から声が響く。
「お師匠様!」
彼女の視線の先には、白髪頭の屈強そうな男性が立っている。この人が二人の……
「私はアナカル。この工房の主でハリウス、ハリサの師にあたるものです」
アナカルさんはボクたちに深く一礼すると、
「今回の騒動の一端は私にもあります。ハリウスに魔法の才がないのはわかっていたのに、ハリサにそれができることを知り、しかもハリウスをも超える才能を秘めていることを知った時、私は有頂天になってしまい、ハリウスの気持ちを考えることができなかった」
アナカルさんの少し視線を落とし、
「だから、あいつがハリサを恨んだと知った時は、自分を責めたしこんな日がくるんじゃないかとも思っていた」
アナカルさんの目元が微かに歪む。
「あいつは最高の防具職人です。私が育てた弟子の中でも突出している。それは今でも変わりません。だから」
伏せていた視線を再びサイトさんたちに戻し、
「あいつを止めてほしい。そして救ってもらいたい。お願いします」
そういうと、アナカルさんは深々と頭を垂れた。
「いや、俺たちだってそのためにここにきたんだし」
「それに我が使命はこの世界を救うこと」
サイトさんとガルドさんがアナカルさんの丁重な姿に柄にもなくお行儀のいいことを並べ立てる。
その言葉にアナカルさんの頭を上げ、
「ありがとうございます、勇者様とそのご一行。私はこの時を一生忘れることはできないでしょう」
アナカルさんは微笑みを浮かべてそう告げると部屋をあとにした。
残されたボクたちは、
「それであの巨大騎士とどう戦いますか?」
メルレーンさんが真剣な表情で尋ねる。
「いくら装甲無効の効果があるとはいえ回数制限があるなら、叩いているうちに回数が尽きるかもしれないし」
ボクも続く。
「確かに装甲が厚い前面からいくのはまずいな」
「重厚な鎧でも急所の周りは比較的薄い」
サイトさんの疑問にガルドさんが気まずそうに応える。
「急所って……まさか、お前!」
「致し方ないだろう。勝つためだ」
やや沈痛そうな面持ちで話す二人。
そして翌朝、再び巨大騎士は現れた。
その日の朝日は白色の輝きを帯び、大地に染みわたるように光を届ける。
その陽光を背にし、白銀に輝く巨大な騎士。
その近づく姿は王城からも確認できた。
「城につく前に終わらせる。メルレーン、神屋サイト、如月マト、覚悟はいいか」
ガルドさんが王国騎士団たちを前に重々しく宣言する。
「ああ、俺は大丈夫だ」
「私もです」
「ボクも」
ボクたちの返事を聞き、重々しく頷くと、騎士団たちに向けガルドさんが声を上げる。
「これより我々は異変討伐へと向かう。安心されよ。我は勇者だ。決して城や街のものたちを危険にさらすことはない。そして必ず帰ってくる」
ガルドさんの言葉に騎士団から歓声が上がる。
そう、ボクたちは勇者一行なんだ。
人々が見送る中、ボクたちは街を抜け迫りくる巨大騎士へと近づいていく。
そして予定していたポイントにボクたちは到達した。
そこは渓谷のような場所だ。
そんなに深い渓谷ではないが、20mの巨大騎士が動くには少し不自由な場所。
そこがボクたちが選んだ場所だった。
「我はここで待機する。サイト、マト、誘導を頼んだぞ」
「ああ、お前もちゃんとやれよ。あと、急所には当てるなよ」
ガルドさんとサイトさんが真剣な顔で話しているのを聞いてメルレーンさんが、
「急所には当てるなですって? それでは敵を倒せないではないですか?」
不審な表情を浮かべ疑問を口にするメルレーンさん。
「急所は外していいのだ」
「しかしそれでは!?」
渋々答えるガルドさんの声にさらに食い下がるメルレーンさん。その光景を目にしたサイトさんは、
「……俺、もう行くわ。あと、男の情けは捨てるなよ」
「わかっている。絶対に外す!」
ガルドさんも決意をもって応える。
その姿をメルレーンさんは不可思議に見つめていた。
巨大騎士は渓谷近くを通り王城へと向かっている。
ボクたちは騎士を少しでも王城から離し、渓谷に誘導するために動きはじめる。
サイトさんが飛行魔法で前を飛ぶ姿をボクは後から眺めている。
でも前の僕とは違う。
ガントレットに秘められた魔法シールド。それを回転させることにより、飛行できることを知ったボクは、今自分の力で空を飛んでいる。
「随分使い勝手のいいものもらったじゃないか」
「ええ、とても」
サイトさんの楽しげな声にボクも応える。
今空を飛んでいた持襲うものがいないし、シールドの傾け方でスピードの調節もできる。
「もうじき接敵だ」
サイトさんの言葉にボクは巨大騎士に視線を注ぐ。
この前損傷を受けた左半身はすでに修復されており、また攻撃を受けても修復されるだろう。
「やっばりコアをどうにかしないと」
「ああ、でないとまた振りだしだしな」
サイトさんも同じ感想だ。
「よし、マトはここより視界援護。下手な攻撃を受けてもシールドで防げるな」
「この距離なら破片と飛び散った岩くらいなら大丈夫」
「よし、じゃあ俺、行ってくるわ!」
「行ってらっしゃい」
巨大騎士に突撃するサイトさんの後姿を脳裏に焼きつける。
サイトさんなら絶対大丈夫!
「やっと気づいたか」
巨大騎士もサイトさんの接近を感知したらしく向きをサイトさんに向ける。
サイトさんは再び分身のようなものを作り出し、巨大騎士の周りを飛び交う。
振るわれる巨大剣!
それが空ばかりでなく岩を、大地を、森を斬り裂き、周囲に破片や岩塊をまき散らす!
ボクの方にも飛んできたがシールドで容易く受ける。
巧みにかわし避けるサイトさんに業を煮やした巨大騎士がサイトさんへと歩みを進めはじめた。
「釣れた!」
サイトさんの声と共に、ガルドさんたちにも動きが見える。
メルレーンさんが少し離れた高台へと移動し、コアの位置を判明する呪文を放つ。
半透明となった巨大騎士の胸元にどす黒いコア。
さらに前に使った火炎呪文を唱えはじめる。
ガルドさんは渓谷の一部に身を潜ませ、巨大騎士の到来を待ち受ける。
「もうすぐだ!」
サイトさんの声と共に巨大騎士が渓谷へと足を踏み入れる。すでにガルドさんの横を過ぎ、今まさに狙えるチャンス!
「今だ! 放てメルレーン!」
ガルドさんの声にメルレーンさんが火炎を放つ!
巨大な炎が直撃し、大きくよろける巨大騎士!
「オォォォォォォォォォ!」
そこにガルドさんが突撃し、
「悲しいがこれは戦だ。許せ!」
騎士の足元から股間に跳躍して放つ凄まじい一撃!
その一撃は狙いあまたず装甲の薄い股関節へと決まり、ガルドさんが雄叫びを上げる!
「ガッス!」
パワーガントレットの排気管から魔法光が噴射し、機械音と共に拳が突出し装甲無効の効果が騎士の股関節を直撃、ガルドさんは一気に騎士の体を貫きはじめる!
「ガッス!」
さらなる雄叫びと共に噴射する魔法光!
「ガッス! ガッス! ガッス! ガッス!」
ガルドさんが叫べば叫ぶほどパワーガントレットで騎士の体を貫き進みコアへと到達する!
「その殻を打ち破り、自らを変えていけぇぇぇぇ!」
コアとなったハリウスさんにガルドさんの渾身の拳の一撃が炸裂し、巨大な破砕音が周囲に轟くと、今まで巨大騎士を形作っていたものが崩壊していく。
そして大地にその破片たちが降り注ぐ中、意識を失ったハリウスさんを抱きかかえたガルドさんが静かに降り立つ。
それはまさに英雄譚ともいえる光景だった。
そう、ガルドさんの伝説はまた作られたんだ。
「あの時は大変ご迷惑を……」
大柄でがっしりとした体格。でもガルドさんのような荒々しさはなく、落ち着いた雰囲気の青年、ハリウスさんが深々と頭を垂れる。
あれから四日後、ボクたちは王城の居室でハリウスさんとハリサさんを出迎えた。
不思議とハリウスさんの回復は早かった。
そしてもっと不可思議なことに、ハリウスさんは回復後すぐに職務に復帰できた。
「師匠やハリサに事情を聞かされたあとは、自分の未熟さ、卑しさに落胆しました。妹が自分にはない才能を持ってるからってあんなことをしでかして」
ハリウスさんは申し訳なさそうな声で話す。
「でもよかったですよ。こんなに回復が早くて」
ボクはハリウスさんの元気そうな様子やハリサさんの嬉しそうな姿を見て、心底喜びの上が湧く。
「アタシ、お兄ちゃんのこと今でも好きだよ」
「……ありがとう、ハリサ」
仲睦まじく話す二人。
「でも、ただの嫉妬心だけでああなるか?」
サイトさんの疑問の声。
「それは……たしかにそうですね。ただ声が聞こえたんです。このままでいいのか、それでいいのか、という」
「誰の?」
ハリウスさんの答えにガルドさんが尋ねると、
「それが……男か女かわからない声で、ただ自分の黒い感情が湧きたち暴れる感覚だけが増幅していって……」
「そいつが誰かわからないのか?」
サイトさんが続いて尋ねると、
「それは確か真駆と答えました。自分の名は真駆だと」
「真駆? なんだそりゃ」
ハリウスさんの言葉にサイトさんが首を傾げている横で、メルレーンさんが不意に声を上げる。
「その名前、以前聞いたことがあります」
「どこで?」
ボクが尋ねるとメルレーンさんは、
「真姫様が真王の中の変わり者として話していた方です」
真王の名が出た途端、ボクもサイトさんも、そしてドラグさんも、皆表情を硬くした。
破壊者の一手・END
ボクは今、現創界クラフティアと呼ばれる世界にきています。
だけど……
朝日を受け輝きを放つ幾つもの尖塔を誇る白き王城。
その城をぐるりと囲む二重三重の堅牢な城壁の外郭を、いともたやすく巨大剣で粉砕し、前進を続ける20mはありそうな白銀の巨大騎士。
それが今、ボクの眼下で繰り広げられている。
「この頑丈さ! ドラグの四天王すら超える!」
180cmを超える逞しい体格とやや彫りの深い整った容貌を持つ十代後半のような青年、元勇者の神屋サイトさんが声を上げる。
「一ヶ所に留まるのは危険です!」
紅い法衣をまとう美女、この現創界クラフティアの勇者様おつきの魔導師であるメルレーンさんが警告する。
「だが奴のコアを見つけさえすれば砕ける!」
身の丈2mは超える大柄で屈強な体躯を漆黒の鎧で覆う黒騎士にして現創界の勇者、黒竜の化身ガルドベルグさんがドスの利いた低い声で蛮声を放つ!
その光景を空を飛びながら眼下に捉え、感覚共有でサイトさんたちにボクから見える光景を送り続けていた。
ボクはただの一般人でサイトさんたちのような特殊な力はない。
空を飛んでいられるのもサイトさんがかけてくれた飛行魔法のお蔭だし感覚の共有だってそうだ。
ボクは剣も魔法も使えないけど、こうしてやれることはある。
「それにしても堅いな」
外郭を破壊しなおも前進しようとする巨大騎士を見下ろしながら、サイトさんがこぼす。
「貴様の剣では貫くのは無理そうだな」
「そういうお前の金槌はどうなんだよ!」
巨大騎士がまとう堅牢な鎧にサイトさんの剣が通じないことを嘲るガルドさん。
でもガルドさんが持つ黒光りする巨大な戦槌だって、決定打を与えてはいなかった。
二人が言いあう間もなく、城下の被害が広がっていく。
「ここはいくしかねぇか」
「メルレーン、奴のコアの場所はどこだ?」
ガルドさんの声に僕の近くまで避難していたメルレーンさんが呪文を唱えると、巨大騎士の姿が半透明の黒い姿へと変わる。
心臓の位置に、一際どす黒く浮かび上がる球体。
「コアは胸、ちょうど心臓の位置にあります!」
その声に応え、即座に動くサイトさんとガルドさん。
サイトさんは軽く跳躍し飛行魔法を使うと騎士の周りを飛び回りながら剣で斬りかかる!
甲高い金属音と共に弾き返される攻撃。
お返しとばかりに巨大剣がサイトさんを襲うが、突如サイトさんの姿が消えると、いきなり5人のサイトさんが騎士の周りに現れ飛び回る!
混乱したように手にした剣を大きく振り回す巨大騎士。
「今だ! ガルド!」
「応!」
サイトさんの声に応え、騎士に駆けよったガルドさんは大きく跳躍し、両手で振りかぶった巨大な戦鎚を騎士の胸元に叩きつけた!
ガッッキィィィィィ!
絶叫にも似た金属音の悲鳴が周囲に轟く!
だけど……
無数の金属片をまき散らし、派手な破壊音と軋みの音を上げ粉砕されたのは、ガルドさんが持つ戦鎚だった。
『馬鹿な!?』
攻撃の反動で壊れた戦鎚の柄を握りながら落下するガルドさんの見開いた眼差しが言葉を放つ。
さらなる一閃!
落ちゆくガルドさんの体を巨大剣の一凪が捉え、城壁に弾き飛ばし、派手な爆煙と共に叩きつけられたガルドさんもろとも城壁が崩れ落ちた。
「ガルド様!」
崩れた城壁に埋もれ、動けないガルドさんと騎士の間に降り立つメルレーンさん。
杖を前にだし魔法を唱えはじめるが、騎士は止まることなく二人に近づいていく。
「お前の相手はこっちだろ!」
再び騎士の周りに幾人ものサイトさんが出現し、前進を阻む。
そしてメルレーンさんの呪文は完成した!
「深淵より噴き上がる紅蓮の炎神よ! 今我が怨敵を業火により滅却されたし!」
明瞭な声と巨大な炎がメルレーンさんを覆い、杖の先激しい焔の奔流が巨大騎士へと注がれる!
左半身に直撃し、軽い爆発と共によろける巨大騎士。
鎧に炎がまとわりつき、徐々に装甲を蝕んでいく。
『!!!?』
その光景に驚愕を覚えたのか、騎士は少しずつ後ずさりし、城壁の外へと後退する。
「やったか!」
サイトさんが声を上げるけど、力を使い果たし崩れ落ちるメルレーンさんの姿をボクは捉えていた。
「これ以上はダメだよ……」
ガルドさんたちの元に降り立ちボクは力なく応える。
瓦礫に埋もれたガルドさんとその前で倒れるメルレーンさん。
これ以上騎士と戦うことはできない。
背を向け敗走する巨大騎士の後姿を見送りながらも、ただ虚しさだけがボクの心を支配していた。
これ以上、二人を戦わせちゃダメだ。
「それであの異変はどうして生まれたんだ?」
あれから二日経ち、日常を取り戻した城下町を歩きながら、サイトさんはボクを横目で見ながら、現創界を脅かす怪物“異変”についての疑問を口にする。
幸いガルドさんの怪我は重傷というほどでもなく、数日で治るだろうといわれてるけど、それよりも重症なのが武器である戦鎚を壊されたことによるショックで、ガルドさんにしては珍しく塞ぎこんでいた。
その様子があまりにも痛々しいのでメルレーンさんからも気が気でないという様子がダダ漏れ状態で、ボクたちとしてもどうにかしなければという義務感というか使命感が芽生えていた。
「それがよくわからないんです。王城の人も言葉を濁して、原因はまだわかってないって」
「でもさぁ、異変が鎧騎士みたいな姿なら、それ系の関係者を当たればいいだろ?」
「それはそうなんですけどねぇ」
ボクだってサイトさんが思いつきそうなことなら当然尋ねたよ。
でも誰も答えてくれない。
いや、答えられるわけがない、という人までいる始末。
「でもよぉ、あの鎧、どうやったら抜けるかねぇ。俺やガルドの武器じゃ歯が立たないし、メルレーンの必殺攻撃はすぐに弾切れ。撃退はできても破壊はできないじゃ、勇者がどうこうの話じゃないしな」
サイトさんが近くの甘味屋さんでアイスクリームみたいな食べ物を頼みながら言葉を紡ぐ。
ボクも同じものを頼みながら、
「あの装甲は武器攻撃には滅茶苦茶強いみたいですけど、魔法はそれほどではないみたいですね」
「そこだよ。ただ俺も決して魔法は強いというほどではないし」
「でも雷撃魔法とか重力操作なら可能でしょ」
「まぁ、できるけど、問題は動きを止めようが感電させようが、要はあの装甲を貫かないとコアにに辿り着けないし、それができないと異変を破壊できない点だろ?」
店員さんから渡された甘味が入った器を受け取り、一口食べてサイトさんが片眉を上げながら話す。
確かにコアを破壊しなければいずれ異変はまた再生し、王城ばかりかこの世界各地を襲うだろう。
「そもそも異変は誰かがコアになってるんだから、いなくなったやつを探せば手がかりくらいにはなるだろう」
サイトさんの気楽な声にボクは心の中で毒つく。
『そんなことは皆知ってるしやってるけど、だから黙ってるんじゃないかって思わないのかな?』
席につき甘味を美味しそうに食べるサイトさんの横顔を見つめながら、少し羨ましい気持ちが浮かぶ。
『悪気はないんだろうけど』
「お前、それ早く食べないと溶けるぞ」
ボクの視線に気づいたのかサイトさんが声をかける。
手元を見ると半ば液状になりかけてる甘味。
「こういう状態も美味しいんですよ」
ボクは甘味が入った器を一気にあおる。
液状化した甘味の甘さが口の中に広がるけど、心には少し苦いものを感じる。
「もう少し異変について調べてみるか?」
「そう……ですね」
サイトさんの声に力なくボクも応える。
「あの……勇者様と戦っていた方ですか?」
突然かけられた声にボクたちの視線が向いた。
そこにいたのは160cmくらいの作業着を着た女の子だ。
まだ十代後半のボクと同じような年頃だろう。
やや赤みがかったブロンドのショートヘアーに、少し幼さが見える可愛らしい顔立ち、でも結構手足はしっかりしてそうな体格をしている。
「ああ、そうだけど?」
サイトさんが言葉を返すと、女の子の顔が少し輝き、
「あ、あの……アタシ、ハリサ・マリスといいます。その武器とか防具とか作ってる職人で……」
「職人……?」
ハリサさんという子の言葉にボクが疑問の声を上げる。
「あ、あのアタシはあまり知られてないし、なんていうかまだ駆け出しだからその……」
「いいから、話してみて」
しどろもどろのハリサさんにボクは優しそうな声で先を促す。
「あの……お兄ちゃん……あ、いえ、兄がその……」
「兄ちゃんがなんだって?」
「サイトさんは黙ってて」
サイトさんの多少威圧的な声に少し警戒を強めたハリサさんを見て、ボクはサイトさんを制止する。
「大丈夫、怖くないから」
露骨に不服そうな表情でボクを見つめるサイトさんをよそに、笑みを浮かべて尋ねるボクの声にハリサさんはまたホッとしたような表情で言葉をつなげた。
「兄が行方不明になっているんです。もう一週間前から」
「お兄さんと異変に関係があるのかな?」
ボクの疑問にハリサさんは顔をしかめ、
「ぜ、絶対とはいえませんけど、兄はいなくなる前に色々悩んでました。自分の作ったものに満足できず、作っては壊しを繰り返してましたから」
「お兄さんってなにを作ってたんですか?」
「防具です。アタシと同じ職人で……その……アタシの兄弟子でもあるんです」
「お兄さん、どんな防具を作ってたんですか?」
「鎧です! 金属製の鎧で、王国騎士団のお抱えにもなっている有名な防具職人で、名前はハリウス・マリスっていいます」
その言葉にボクとサイトさんは互いにうなづいた。
あれからお昼も過ぎ、ボクたちは内密に話せる城下町の一つの宿屋へと場所を移した。
食事が運ばれた室内で衆人環視の心配がなくなったお蔭で安心したのか、ハリサさんは話しはじめた。
「兄は優れた鎧職人でした。兄の作る防具は剣も槍も斧も矢も弾き返す、堅牢にして強固な鎧だと。革細工でも下手な金属鎧よりも頑強だと評判で」
ハリサさんは少し嬉しそうに話す。余程お兄さんのことが好きなんだろう。
「でもある日から兄は、少し変わりました」
「きっかけとかあったのかな?」
「……た、たぶん……アタシ……です」
少し沈んだ顔でハリサさんが応える。心なしか声が少し震えてる。
「アタシ、兄ほどではないけど鎧も武器も作れます。でもお兄ちゃんはそんなこと気にしない、なんていうかもっと大きな心の人で、いつもアタシを応援してくれていて……」
ハリサさんの楽しげな声。
「でも……」
ハリサさんの声がいきなり低くなる。
「アタシ、試しにやってみたんです。付加魔法っていう武器や防具に特殊効果をつけるっていう技法を。そしたらできたんです! その時は凄く嬉しかったんです。でもそのことをお兄ちゃんに知らせたら……」
ハリサさんの顔が一瞬歪む。
「お兄ちゃん、凄い顔でアタシを睨みました。見つめたんじゃないんです。睨んでたんです。アタシ、あんな目をしたお兄ちゃんを見たことがありませんでした。だからアタシすごく怖くなって……」
ハリサさんの声が次第に泣き声へと変わっていく。
「お師匠様もアタシの魔法を付加した武器を見て褒めてくれました。でもお兄ちゃんはそれからどんどん変わっていって、怖くなっていって」
「魔法の才には差異があるからな。あるものはあるがないものにはない」
サイトさんが落ち着いた声で言葉をつなげる。
「そうなんです……お兄ちゃんはどんなに頑張って魔法を付加した防具は作れなかったんです。アタシ、それを知らずにお兄ちゃんにこれ見よがしに……」
泣き声に代わったハリサさんの手をボクは優しく包み、
「ハリサさんのせいじゃないよ」
「でもアタシ、お兄ちゃんに嫌われるのが世界で一番怖いんです。お兄ちゃんさえ傍にいてくれればそれでいいんです」
テーブルにポタポタと落ちるハリサさんの涙をボクは優しく拭いて、
「大丈夫。絶対に勇者様たちはお兄さんを助けてくれるから。そのための勇者だし」
「おい……」
ボクの言葉にサイトさんが不満げな声を上げるが、
「だから気を落とさないで協力してくれるかな?」
「おい!」
声を無視して話を続けていたのがよほど不満になったのかサイトさんが声を荒げる。
「お前、ちょっとこい」
サイトさんは席を立ち、ドア向こうにボクを呼び寄せ、小さな声で、
「お前、約束できないことをいうなよ。そもそもあの鎧に傷がつかいわけだよな。王国騎士団御用達かよ」
サイトさんが腕組みして困ったような表情を浮かべる。
「でも勝機はありますよ」
「なんで?」
「考えても見てください。傷もつかない優秀な鎧を作れる鎧職人のお兄さんが、妹弟子でもあるハリサさんになんであそこまでの感情を見せたのか? むしろハリサさんがハリウスさんの最大長所である鎧をも凌駕したものを作り出したからじゃないのかって」
ボクの言葉にサイトさんが少し考え、
「もしかしたら……」
「彼女に聞いてみましょう」
そしてボクたちは部屋に戻りハリサさんに作ったものの特徴を尋ねた。
「魔法を付加した武器や防具は幾つか作りました。魔法のシールドを張れるガントレットや破壊効果の高い突撃槍とか。でも一番自信作だったのは、装甲効果を無効化する大きな打撃用パワーガントレットです」
その言葉を耳にするとボクとサイトさんは声を合せて言葉にした。
『それ、どこにありますか!?』
ハリサさんがいる工房は、王城近くにあった。
すでに日が沈み、職人の多くは酒場にくりだしたり家路についたあとで、今工房には親方であり二人の師匠でもあるアナカルさんと、そして、
「なんで我までここにこさせる」
露骨に不貞腐れた声を上げるガルドさん。
「サイトさんがガルド様のために武器を用立ててくださるといわれましたので……」
気まずい表情で作り笑顔を浮かべるメルレーンさん。
「まぁ、お前に合えばいい武器になるんじゃないの?」
そして少し自信ありげなサイトさんに、
「魔法の武器や防具は使用者に合うように調整されます」
先ほどの泣き顔とは打って変わり、笑顔が戻ったハリサさん。
「それでその魔法を付加したものはどこにあります?」
そしてボク。
「こちらです」
ハリサさんが先に立ち工房の中を歩く。
やがて一つの扉の前で立ち止まる。
「ここは兄が変わってしまってから封印してました」
少し沈んだハリサさんの低い声。
「アタシ、自分がいけないことをしたんじゃないかって。間違ったことをしたんじゃないかって。でも……」
ハリサさんが扉のカギ穴に鍵を挿しこみ、
「だけどアタシの作ったものでお兄ちゃんを助けられるなら、アタシ!」
鍵を外し、ドアを開ける。
「勇者の皆さん、ここにあるのはアタシの作った武器や防具です。世界と……お兄ちゃんを助けてください!」
ハリサさんが指し示す棚に並んでいたのは、左手につけるガントレットと、3mに近い騎士が使うランスに禍々しい突起を幾つもつけドリル状にした槍、そして両手につけるかなり大きく破壊力がありそうな大振りのパワーガントレット(というか、見た目はもう金属製のかなり巨大なパンチンググローブ)。
「この槍はどんな能力があるんだ?」
「それはその突起部分が突撃時に回転し、突撃すればその軌道上にあるものをまきこみ攻撃し前進します」
「これはあいつ向きじゃないか?」
ハリサさんの説明を聞きサイトさんが軽口を放つ。
「ドラグさんですか?」
「ああ。奴が好きそうな武器だろ?」
「ドラグさんってどなたですか?」
楽しそうに話すボクたちにハリサさんが興味深げに尋ねる。
「ああ、アンタたちみたいに物作りが大好きな奴でな。何回か作ったものを壊したら死ぬほど恨まれた」
サイトさんが半ばおちゃらけたように応え、
「それはサイトさんが悪いです。作ったものを壊されたらアタシだって壊した人を恨みます」
ハリサさんが笑顔で返す。
「世界の危機が去ったら会わせてやるよ」
「はい!」
サイトさんとハリサさんが楽しそうに話す微笑ましい光景。
「それでこの普通そうなガントレットはなんだ?」
渋々出てきたにもかかわらず蚊帳の外に置かれていたガルドさんが不満げな声を上げる。
「これは普通に使うとただのガントレットですけど」
ハリサさんがガントレットをボクの左腕につける。
「マトさん、少し防御する感覚で左腕を前にして念じてください」
「こう?」
ハリサさんにいわれた姿勢をとり、ボクは防御するよう念じるといきなり!
「うわ!?」
円盤形で半透明の青色に光り輝く魔法のシールドがガントレットの手の甲より出現する。
「これって?」
「魔法のシールドを展開します。物理攻撃も魔法攻撃も少しは弾く効果をもちますし、他にも使い道はありますよ」
ハリサさんの楽しげな声。
「それはマトが使えよ。俺だっていつでも守れるわけじゃないしな」
「うん」
サイトさんの声にボクも応える。
そうだよね。いつでも助けてもらえるとは限らないんだよね。
「それで本番はこいつかぁ……」
サイトさんが巨大なパワーガントレットの前にいきしげしげと眺める。
巨大な鉄製のグローブともいうべき外観を持つパワーガントレットは、その横に妙な排気管のようなパーツが付けられていて、どうしても物々しいゴツさを感じずにはいられない。
「これは試作品でもあるので、付加した魔法効果は回数制となっていて、使い切ると魔力の充填に一定期間を置かなければなりません」
ハリサさんがパワーガントレットの解説をする。
「それで貴様はこれを我に使え、というのか?」
ガルドさんの不審げな声。
「ああ。どの道戦鎚は壊れて、今代わりはないしな」
「ふむ……で、どう使えばいい?」
サイトさんの言葉にめずらしく頷くと、ガルドさんはハリサさんに使い方を尋ねる。
「これはもう装着して相手を殴ればいいです。ただ相手の装甲を無効化したい場合は、コマンドキーワードを唱えれば発動します」
「そのキーワードとは?」
「装着者が最初に決めることができます」
ハリサさんの言葉にガルドさんは少し考え、
「ガッス!」
一言口にする。
「それでいいんですか?」
確認のために尋ねるハリサさん。
「ああ、それでいい」
その言葉を聞くとハリサさんはガルドさんの両手にガントレットを装着し声をかける。
「でももう一度先ほどの言葉を」
「ガッス!」
ガルドさんが声を上げると、ガントレットは光を放ち、ガルドさんの鎧の色と同じく黒色へと変わる。
「これでアタシの作った魔法を付加した武器と防具は全部です」
「ご苦労さん」
ハリサさんの言葉に、部屋の外から声が響く。
「お師匠様!」
彼女の視線の先には、白髪頭の屈強そうな男性が立っている。この人が二人の……
「私はアナカル。この工房の主でハリウス、ハリサの師にあたるものです」
アナカルさんはボクたちに深く一礼すると、
「今回の騒動の一端は私にもあります。ハリウスに魔法の才がないのはわかっていたのに、ハリサにそれができることを知り、しかもハリウスをも超える才能を秘めていることを知った時、私は有頂天になってしまい、ハリウスの気持ちを考えることができなかった」
アナカルさんの少し視線を落とし、
「だから、あいつがハリサを恨んだと知った時は、自分を責めたしこんな日がくるんじゃないかとも思っていた」
アナカルさんの目元が微かに歪む。
「あいつは最高の防具職人です。私が育てた弟子の中でも突出している。それは今でも変わりません。だから」
伏せていた視線を再びサイトさんたちに戻し、
「あいつを止めてほしい。そして救ってもらいたい。お願いします」
そういうと、アナカルさんは深々と頭を垂れた。
「いや、俺たちだってそのためにここにきたんだし」
「それに我が使命はこの世界を救うこと」
サイトさんとガルドさんがアナカルさんの丁重な姿に柄にもなくお行儀のいいことを並べ立てる。
その言葉にアナカルさんの頭を上げ、
「ありがとうございます、勇者様とそのご一行。私はこの時を一生忘れることはできないでしょう」
アナカルさんは微笑みを浮かべてそう告げると部屋をあとにした。
残されたボクたちは、
「それであの巨大騎士とどう戦いますか?」
メルレーンさんが真剣な表情で尋ねる。
「いくら装甲無効の効果があるとはいえ回数制限があるなら、叩いているうちに回数が尽きるかもしれないし」
ボクも続く。
「確かに装甲が厚い前面からいくのはまずいな」
「重厚な鎧でも急所の周りは比較的薄い」
サイトさんの疑問にガルドさんが気まずそうに応える。
「急所って……まさか、お前!」
「致し方ないだろう。勝つためだ」
やや沈痛そうな面持ちで話す二人。
そして翌朝、再び巨大騎士は現れた。
その日の朝日は白色の輝きを帯び、大地に染みわたるように光を届ける。
その陽光を背にし、白銀に輝く巨大な騎士。
その近づく姿は王城からも確認できた。
「城につく前に終わらせる。メルレーン、神屋サイト、如月マト、覚悟はいいか」
ガルドさんが王国騎士団たちを前に重々しく宣言する。
「ああ、俺は大丈夫だ」
「私もです」
「ボクも」
ボクたちの返事を聞き、重々しく頷くと、騎士団たちに向けガルドさんが声を上げる。
「これより我々は異変討伐へと向かう。安心されよ。我は勇者だ。決して城や街のものたちを危険にさらすことはない。そして必ず帰ってくる」
ガルドさんの言葉に騎士団から歓声が上がる。
そう、ボクたちは勇者一行なんだ。
人々が見送る中、ボクたちは街を抜け迫りくる巨大騎士へと近づいていく。
そして予定していたポイントにボクたちは到達した。
そこは渓谷のような場所だ。
そんなに深い渓谷ではないが、20mの巨大騎士が動くには少し不自由な場所。
そこがボクたちが選んだ場所だった。
「我はここで待機する。サイト、マト、誘導を頼んだぞ」
「ああ、お前もちゃんとやれよ。あと、急所には当てるなよ」
ガルドさんとサイトさんが真剣な顔で話しているのを聞いてメルレーンさんが、
「急所には当てるなですって? それでは敵を倒せないではないですか?」
不審な表情を浮かべ疑問を口にするメルレーンさん。
「急所は外していいのだ」
「しかしそれでは!?」
渋々答えるガルドさんの声にさらに食い下がるメルレーンさん。その光景を目にしたサイトさんは、
「……俺、もう行くわ。あと、男の情けは捨てるなよ」
「わかっている。絶対に外す!」
ガルドさんも決意をもって応える。
その姿をメルレーンさんは不可思議に見つめていた。
巨大騎士は渓谷近くを通り王城へと向かっている。
ボクたちは騎士を少しでも王城から離し、渓谷に誘導するために動きはじめる。
サイトさんが飛行魔法で前を飛ぶ姿をボクは後から眺めている。
でも前の僕とは違う。
ガントレットに秘められた魔法シールド。それを回転させることにより、飛行できることを知ったボクは、今自分の力で空を飛んでいる。
「随分使い勝手のいいものもらったじゃないか」
「ええ、とても」
サイトさんの楽しげな声にボクも応える。
今空を飛んでいた持襲うものがいないし、シールドの傾け方でスピードの調節もできる。
「もうじき接敵だ」
サイトさんの言葉にボクは巨大騎士に視線を注ぐ。
この前損傷を受けた左半身はすでに修復されており、また攻撃を受けても修復されるだろう。
「やっばりコアをどうにかしないと」
「ああ、でないとまた振りだしだしな」
サイトさんも同じ感想だ。
「よし、マトはここより視界援護。下手な攻撃を受けてもシールドで防げるな」
「この距離なら破片と飛び散った岩くらいなら大丈夫」
「よし、じゃあ俺、行ってくるわ!」
「行ってらっしゃい」
巨大騎士に突撃するサイトさんの後姿を脳裏に焼きつける。
サイトさんなら絶対大丈夫!
「やっと気づいたか」
巨大騎士もサイトさんの接近を感知したらしく向きをサイトさんに向ける。
サイトさんは再び分身のようなものを作り出し、巨大騎士の周りを飛び交う。
振るわれる巨大剣!
それが空ばかりでなく岩を、大地を、森を斬り裂き、周囲に破片や岩塊をまき散らす!
ボクの方にも飛んできたがシールドで容易く受ける。
巧みにかわし避けるサイトさんに業を煮やした巨大騎士がサイトさんへと歩みを進めはじめた。
「釣れた!」
サイトさんの声と共に、ガルドさんたちにも動きが見える。
メルレーンさんが少し離れた高台へと移動し、コアの位置を判明する呪文を放つ。
半透明となった巨大騎士の胸元にどす黒いコア。
さらに前に使った火炎呪文を唱えはじめる。
ガルドさんは渓谷の一部に身を潜ませ、巨大騎士の到来を待ち受ける。
「もうすぐだ!」
サイトさんの声と共に巨大騎士が渓谷へと足を踏み入れる。すでにガルドさんの横を過ぎ、今まさに狙えるチャンス!
「今だ! 放てメルレーン!」
ガルドさんの声にメルレーンさんが火炎を放つ!
巨大な炎が直撃し、大きくよろける巨大騎士!
「オォォォォォォォォォ!」
そこにガルドさんが突撃し、
「悲しいがこれは戦だ。許せ!」
騎士の足元から股間に跳躍して放つ凄まじい一撃!
その一撃は狙いあまたず装甲の薄い股関節へと決まり、ガルドさんが雄叫びを上げる!
「ガッス!」
パワーガントレットの排気管から魔法光が噴射し、機械音と共に拳が突出し装甲無効の効果が騎士の股関節を直撃、ガルドさんは一気に騎士の体を貫きはじめる!
「ガッス!」
さらなる雄叫びと共に噴射する魔法光!
「ガッス! ガッス! ガッス! ガッス!」
ガルドさんが叫べば叫ぶほどパワーガントレットで騎士の体を貫き進みコアへと到達する!
「その殻を打ち破り、自らを変えていけぇぇぇぇ!」
コアとなったハリウスさんにガルドさんの渾身の拳の一撃が炸裂し、巨大な破砕音が周囲に轟くと、今まで巨大騎士を形作っていたものが崩壊していく。
そして大地にその破片たちが降り注ぐ中、意識を失ったハリウスさんを抱きかかえたガルドさんが静かに降り立つ。
それはまさに英雄譚ともいえる光景だった。
そう、ガルドさんの伝説はまた作られたんだ。
「あの時は大変ご迷惑を……」
大柄でがっしりとした体格。でもガルドさんのような荒々しさはなく、落ち着いた雰囲気の青年、ハリウスさんが深々と頭を垂れる。
あれから四日後、ボクたちは王城の居室でハリウスさんとハリサさんを出迎えた。
不思議とハリウスさんの回復は早かった。
そしてもっと不可思議なことに、ハリウスさんは回復後すぐに職務に復帰できた。
「師匠やハリサに事情を聞かされたあとは、自分の未熟さ、卑しさに落胆しました。妹が自分にはない才能を持ってるからってあんなことをしでかして」
ハリウスさんは申し訳なさそうな声で話す。
「でもよかったですよ。こんなに回復が早くて」
ボクはハリウスさんの元気そうな様子やハリサさんの嬉しそうな姿を見て、心底喜びの上が湧く。
「アタシ、お兄ちゃんのこと今でも好きだよ」
「……ありがとう、ハリサ」
仲睦まじく話す二人。
「でも、ただの嫉妬心だけでああなるか?」
サイトさんの疑問の声。
「それは……たしかにそうですね。ただ声が聞こえたんです。このままでいいのか、それでいいのか、という」
「誰の?」
ハリウスさんの答えにガルドさんが尋ねると、
「それが……男か女かわからない声で、ただ自分の黒い感情が湧きたち暴れる感覚だけが増幅していって……」
「そいつが誰かわからないのか?」
サイトさんが続いて尋ねると、
「それは確か真駆と答えました。自分の名は真駆だと」
「真駆? なんだそりゃ」
ハリウスさんの言葉にサイトさんが首を傾げている横で、メルレーンさんが不意に声を上げる。
「その名前、以前聞いたことがあります」
「どこで?」
ボクが尋ねるとメルレーンさんは、
「真姫様が真王の中の変わり者として話していた方です」
真王の名が出た途端、ボクもサイトさんも、そしてドラグさんも、皆表情を硬くした。
破壊者の一手・END
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