「コウガさん、かなり気負ってましたね」
ゲンバーさんが紹介してくれたメルクドールの勇者(?)の一人、コウガさんの衝撃的に告白から一時間後、ボクとサイトさんは白を基調としたベーセッド社の社員食堂で、少し遅い昼食を摂っていた。
「でもあいつが武装ストの首謀者の弟っていうのは、色々マズイだろうな」
サイトさんは仮面から覗く口元に真面目な表情を浮かべ、とろけたチーズが乗ったハンバーグを綺麗に切りわけながら、その一切れを口に運ぶ。
「確かに首謀者の弟となれば周りも警戒しますし、それが多くの試作機のテストパイロットをしていたとなれば」
お皿に盛られたパスタをフォークに巻きながらボクも静かに応える。
ソースはタラコかなにかかな?
世界が違うからそうだとはいえないけど、少し塩気の効いた味わいと口の中でプチプチと弾ける食感、それにミルクのような濃厚さも併せ持つソースが、ボクの舌を楽しませてくれる。
「美味いなこれ!」
「ええ、美味しいですね」
ハンバーグのもう一切れにナイフを突き刺しながら、サイトさんが朗らかに笑うのでボクも軽く微笑みを返す。
ボクたちの周りには、数は疎らだけど胸に社員証らしきものをつけた人もチラホラとおり、大きな声で相談もできず、かといって、なにもいわないとモヤモヤする。
「これ食べたら、少しこの辺りを歩かねぇか?」
サイトさんがボクのお皿に目をやりながら呟く。
よく見ればサイトさんはもう食べ終わっていて、今はグラスに注がれたコーラみたいな飲み物を飲んでいる。
少し考え事をしていたために食が遅いボクを慮った言葉なんだろう。
「いいですね、少し周りも見てみたいし」
気にかけたことに少し嬉しくなったボクは、笑みを浮かべ応えた。
「ここがミャーミャンの故郷らしいし、少しはヤツについて調べたいこともあるからな。この世界にもいないとなれば、あとはドグロウサだろうし」
「そうですね、ドラグさんのためにも」
サイトさんの言葉にボクも頷く。
「Nブロックの三番地区第二ストリート、で問題ないはずだけど」
ボクは真士さんからもらっていたミャーミャンさんの住所が表示された携帯とエリア情報が書かれたプレートを交互に見ながら独りごちる。
確かに住所はその通りだけど目の前に広がるのは……
「なんだよ、この立ち入り禁止って看板と破壊された後は」
露骨に不機嫌な険しい口調でサイトさんが愚痴をこぼす。
そこには黄色地の看板に物々しい黒字で、
『危険、爆発現場。関係者以外、この地域への立ち入りを禁止します』
という言葉と共に、派手な通行止めのテープやフェンスが設けられていた。
「一体全体ここでなにがあったんだ?」
「これは真駆によるものですかね?」
サイトさんの問いにボクも疑問を投げる。
「わからねぇ。ただ父親の居場所すら破壊するとなると、相当真駆はヤバい奴ということになる」
どうにも言葉に荒々しさが滲み出るサイトさんの手は固く握られ、視線はフェンスの隙間からのぞく、ただただ破壊されたあとの黒く荒廃した残骸の山に向けられていた。
「もしこれが真駆の仕業として、なんでここまで破壊する理由が?」
惨状の目の当たりにし顔をしかめるボクの問いにサイトさんは厳しい口調で、
「真士のおっさんの所でやったことと同じだろう。自分の手がかりになりそうなものは破壊し、それは父親も例外ではない、ということだろう」
吐き捨てるように考えを口に出す。
その言葉にボクは背中が冷えるような感覚を覚え、少し後ずさった。すると、
「アラ、ここにくる人がいるなんて珍しい」
突如後から女性の声がかかり、驚きつつボクは振り返ると、そこには青いワンピースの服をまとった金髪の年配女性がにこやかな表情を浮かべ立っていた。
「あんた、誰?」
サイトさんが不躾な声を投げるが、
「あらあら、険しい言葉だこと。私はこの地域のとりまとめを任されているセンデス、ミルカ・センデス。そういうあなた方は?」
少し垂れた頬に笑いシワが刻まれた顔に穏やかな笑みを浮かべながら、センデスさんが聞き返してきた。
「ボクたちは、その、ミャーミャンさんにちょっとお伺いしたいことがあって」
「アラアラ、それは残念ね」
センデスさんは笑いながら返事を返す。
「なんでこうなったんだ?」
疑いがダダ漏れのサイトさんがセンデスさんに疑問を投げるが、
「あれはそう、もう一年以上も前のことよ。前から留守がちだったミャーミャンさんのお部屋でいきなり爆発事故が起きたの」
「爆発事故?」
不穏な言葉にボクが声を上げるけど、センデスさんは笑みを崩さず、
「ええ、最初は小さな爆発だったんだけど、いきなり連鎖的に爆発が起きて大変だったのよ」
物騒な事態を、まるで普段のご近所トラブルの愚痴を話すように、センデスさんがにこやかな笑みを浮かべながら淡々と話す。
「でもすぐに火も爆発もおさまって、まるで前からその状態であったかのような今の姿になったの」
センデスさんが何事もないように話すけど、それって怪奇現象に近いのでは?
「それで周りの対応は?」
サイトさんもどうにも腑に落ちないようで、不信感タラタラで問いただすけど、
「居住区管理局でもあまりにも特異な出来事なので下手に手を出すよりは、という感じで、今見てるような封鎖が敷かれたの」
あからさまな異常現象を変わることのない笑顔でセンデスさんは語り終え、苦り切った口元のサイトさんとそれを残念そうな視線でみつめるボクを置いて立ち去った。
どうにも重い空気の中、ようやくボクは口を開く。
「いきましょうか。しょうがないですよ」
諦めにも似た気持ちと、どうにもやりきれない気持ちがない交ぜになった声。
「……だな。今はミャーミャンのことは忘れよう。まずはコウガに協力して真・魔王軍を撃退し、メクルドールの安定を取り戻す」
どうにも投げやりな気持ちを隠すことができないサイトさんが、少し間をおいて言葉を返す。
「いきましょう」
「ああ」
サイトさんが先に立って格納庫の方へと歩きだす。
ボクも黒ずんだ廃墟を一瞥し、足早にサイトさんのあとを追った。
格納庫につくと、オレンジ色の整備服をまとったゲンバーさんが、周りにいる同じ色の整備服の人たちに檄を飛ばしながら、ボクたちのとは違うオレンジ色の機体のベースガンナーと、ベースガンナーとは少し違う緑色の機体の整備を指揮しており、その隣の整備ブロックではコウガさんが見たこともない白い機体の前で白色の整備服の一団に指示を飛ばしていた。
「ゲンバーさん」
ボクは指示を飛ばすゲンバ―さんに声をかけた。
「これは?」
「こっちの緑色のはフェニックスさん達の新しい機体、ソードガンナー。フェニックスさんの特性に合わせ、高速での一撃離脱が可能な中近特化型の機体です」
そう笑いながらゲンバーさんが指し示す緑色の機体に目をやると、確かにこの前まで乗っていたベースガンナーとは違っていた。
まず胴体はより軽量な細身の作りとなっており、ボクたちが乗りこむコクピットブロックの両側に胸板にも似た箱状のパーツがついてるけど、胴体自体は細く、腰はさらに細いので、無重力の宇宙空間でしか使えないのではないかと思えるほどだ。
でも脚は腰とは違い、まるで鉄の柱のような頑強ささえ感じさせる円柱のような作りをしていて、これで蹴られたら痛いな、とさえ思わせる作りだ。
「いいところに目をつけましたね」
ゲンバーさんがボクの視線を追いながら楽しそうに声な上げる。
「こいつは無重力空間で敵機に対して蹴り上げる、文字通り蹴るためだけに作られたパーツです」
「蹴るためだけ?」
ゲンバーさんの答にボクは疑問の声を上げるけど、
「ええ、基本的にはね。ただの方向転換のためならこんな長物はいりませんから。むしろ加速をつけて敵を粉砕するためだけに備えました」
ボクの目を見つめゲンバーさんが穏やかに答える。
「だけど相手はあんたと同じベーセッド社の社員でもあるんだが、それでもいいのか?」
少し険しさが漂う真面目な声で尋ねるサイトさんに、
「かまいません。私たちが派遣しあの連中が撃退した警備隊だってベーセッド社の社員でした。中には帰ってこないものもいましたから」
あくまで静かな口調のゲンバーさんの言葉に、ボクは思わず息を飲む。
「それに、事態を一刻も早く鎮静化させるのが、上からの命令なので」
「そのためには相手の生死は関係ない、か」
「そこまではいいませんよ。我が社としては労災での死亡事故は一件でも少なくしたいので」
ゲンバーさんは少し自嘲気味に笑う。
「労災ね」
「ええ、これはあくまで操業時に発生した事故、ということですので」
乾いた声でサイトさんが軽く笑うと、ゲンバーさんも口元を歪ませ、乾いた笑顔を作る。
「それでコイツの武器はどうなんだ? 見たところ設置武器はなさそうだけど」
サイトさんがソードガンナーの両腕を見ながら問いただす。
ボクも両腕に目をやると、確かに屈強な感じになっている腕のパーツの先端は武器ではなく、ボクたちと同じような手の形をしている。
「これは手持ちの武器を装備して戦うようにしています。フェニックスさんが接近戦を行う際、万が一武器が壊れても搭載している予備武器が使える仕様にしました」
「助かる」
ゲンバーさんの説明にサイトさんが軽く礼をいう。
「頭部は通常よりもセンサー感度を下げ、逆に防御性を高めました。そのため遠距離での感度は落ちますので」
逆さにしたお椀のような頭部を指さすゲンバーさん。
「それでもう一機のベースガンナーは誰の機体だ?」
自分たちが乗る機体の説明を聞き終わったサイトさんは、もう一機の方の説明を求めるけど、ゲンバーさんはくぐもった笑い声を上げ、
「それは私が搭乗します」
「え?」
「アンタがか?」
ゲンバーさんの思わぬ答にボクとサイトさんが同時に声を上げた。
「だってゲンバーさん、整備士とかじゃないんですか?」
「いや、アンタが真影の窓口役をやってるんなら、万が一があるとまずいんじゃないか?」
ボクとサイトさんが矢継ぎ早に声を上げるけど、ゲンバーさんは軽い笑い声と微かな笑みを浮かべながら、
「私だってね、これでも若いころは企業間紛争では前線を張っていたバリバリのキャリアですから。むしろ古巣に戻るような気分ですよ」
今のゲンバーさんからは想像できない意外な返事にボクたちはたじろぐ。
「それに会社には恩がある」
「恩?」
続くゲンバーさんの言葉に、サイトさんが声を上げた。
「ええ、恩です。私はもうかれこれ30年、ベーセッド社にお世話になりました。そりゃぁ、ノルマだのリスクを避けるなだのといわれ、時には理不尽な戦場や仕事を経験しはしましたけど、お蔭さんで同僚だった今の女房とも一緒になれたし、それに娘ももう一日前になってね」
「アンタ、奥さんや娘がいたのか?」
あまりにも無礼とも思えるサイトさんの質問に、ゲンバーさんも少し真面目な顔になり、
「いちゃぁ悪いんですか? 私も今はこんな身なりですけど、若いころはもっとお腹も引っこんでて、周りの女性社員からはかっこいい、なんて言われたりもしたんですよ」
軽く一瞥した後、敢えてサイトさんの顔を見ずにゲンバーさんは答える。
かっこいい頃のゲンバーさんの姿とは?
心の中で呟くボクの疑問をよそに、ゲンバーさんは言葉をつなぐ。
「それに娘もいい人を見つけて結婚しましたしね」
そういうとゲンバーさんは胸ポケットから手帳をとりだし、
「ほら、これですよ」
そういうと手帳に挟んでいた写真を、ボクたちに自慢げに見せる。
そこには黒い正装らしきスーツを身にまとうゲンバーさんと、同年代の紺色のスーツを着込んだ黒髪の綺麗な女性の姿が。
その右隣りには長身で肩幅が広い白いスーツに身を包んだカッコいいイケメンと、そして純白のドレスをまとい愛らしい笑顔を浮かべる、若く綺麗な黒髪の女性が写っていた。
イケメンは誰とも似てないけど、若い女性は紺色のスーツの女性の面立ちとよく似ていて、少し鼻が高い所がゲンバーさんにも似てるような気が……
「これってもしかして」
「ええ、娘のエイリです」
ボクの問いに、ゲンバーさんは表情を崩して嬉しそうに答える。
「この子ももう二十二ですから」
ゲンバーさんがホクホクした顔で話すので、ボクも少し暖かな気分になる。
「最初エイリがそいつを連れてきた時は……あ、いややめときましょう。よくある話なんで」
そういうとゲンバーさんは照れながら写真を手帳に挟む胸に戻す。
「だからベーセッド社には恩があるんですよ。今ではエイリもこの社の一員ですし、この先の企業存続のためにも今ここで私がやるべきことはやっておきたいんです」
「それでいきなりの現場復帰か?」
ゲンバーさんの思いをサイトさんが口に出すと、
「ええ、そのための現場復帰です。この一戦は絶対に負けられない。だから最初で最後の現場復帰です」
笑顔を浮かべながら朗らかに話すゲンバーさん。
「でも娘さんもいるんですから、絶対に生きて帰りましょう」
不安なものを感じたボクは声をかけるけど、
「可能ならそうしたいですね」
ゲンバーさんは目を細め、口元には微笑みを浮かべ穏やかに応える。
「だけど私はベーセッド社の社員でもあるんです。それにコウガのこともありますから」
そういうとゲンバーさんは隣のブロックで整備を指揮しているコウガさんに視線を向け、
「アイツは今回の武装ストライキ問題で、ラインの弟というだけで謹慎扱いとなりました。上も万が一ラインと同調して動かれては困る、と考えたのでしょう」
ゲンバーさんの言葉には今までにない、どこか辛辣な響きが感じられる。
「でもね、入社以前からコウガのことを知ってる私は抗議もしましたよ。あいつはそんなものに加担しない、もっと真面目で、裏切ることはないって」
ゲンバーさんの声には嘲りすら感じられる色が混ざりこむ。
「そしたら上は、だったらそれを証明してみろっていってきましたから、私はいってやったんですよ。万事を尽くしてそれでもダメなら、その時は私の責任の元、コウガに事態の鎮静化を図らせるって」
少し憤りにも似た声音と諦めにも思える響きが言葉に色彩を与え、
「そして今万事が尽きたので、私は私の責任の元コウガと事態鎮静化のために出撃するんです。現状、他に手の打ちようがないですし、それに、ありえませんが万が一にもコウガが裏切ったとしても、ここまで事態が悪化した現段階ならすでに裏切りですら無意味ですから」
ゲンバ―さんはそういうと、今までの負の感情が混ざったものではない穏やかな笑みをボクたちに見せる。
少し諦めにも似た笑顔を。
「アンタ、それでもいいのかよ。奥さんとか娘さんとか」
険しさが滲むサイトさんの言葉に、ゲンバーさんは少し間を置き、それでもどこか欠けたような笑みを浮かべ、
「せめて初孫の顔は見たかったんですけどねぇ。でも私は、やっぱりベーセッド社の社員なんですよ。大丈夫、私が死んでも変わりはいますから」
朗らかな笑顔を返すゲンバーさんに返す言葉がボクにはなかった。
「ゲンバーさんのこと、いいんですか?」
整備も終わり、ソードガンナーに乗りこんで色々チェックしていたサイトさんにボクは声をかける。
「いいもなにもないだろ」
サイトさんのそっけない声。
「俺達じゃベーセッド社の方針に口出しはできないし、ゲンバーはゲンバーで、コウガのこともあるからそのことをよしとしている。今俺達ができるのは、可能な限りコウガを助け、この武装ストライキとやらを終わらせて、ついでにミャーミャンのことを調べることだけだ」
「でもあの状態じゃぁ……」
ボクはミャーミャンさんの住んでいた廃墟の姿を思い出す。
あそこまで執拗に破壊する必要があるのか?
だとしたら真駆はなにを恐れている。
「にしても、TAMAはどうした?」
考えこむボクの耳に、少し苛立ったサイトさんの声が響く。
「え、いないんですか?」
「ああ、アイツさっき整備担当に呼ばれたとかで、少し席を外すって。まったくなにしてんだか」
この場にいないTAMAのことをサイトさんが口にすると、
「帰りました~☆」
明るい女の子の声が通信機に飛びこんでくる。
「なんだ?」
「え、誰?」
いきなりの可愛い声にサイトさんも僕もモニターで確認すると、
「もう、開けてくださいよぉ、TAMA、ただ今戻りました~☆」
あの鉄面皮とも呼べるほどの不愛想なTAMAのいきなりの変貌に、ボクもサイトさんも思考が追いつかず、しばし固まっていると、モニター越しのTAMAが、
「え~と、ここだったかな? よし、ポチっとな、と」
そういいながらTAMAが開閉スイッチを押すと、コクピットハッチが開き、すかさずTAMAが入りこむ。
「誰だ、お前?」
あまりにも不躾な言葉を発するサイトさんだけど、その声は微かに震え、目は得体の知れないものを見つめるかのように見開かれている。
「やだなぁ、TAMAですよぉ。前も一緒に戦ったじゃないですか。もしかして、忘れちゃったんですか?」
顔は無表情のままで悲しげな仕草をするTAMA。
「俺の知ってるTAMAじゃない!」
狼狽した色を隠そうともしないサイトさん。
「もう、さっき呼ばれたじゃないですか。アップデートですよ、アップデート☆」
「アップデェトォ?」
明るく軽いTAMAの声に続く、片言で喋るようなぎこちないサイトさんの声。
「色々あるじゃぁないですかぁ。試作機の戦闘データーを移植されたぁ、とか、従来通りの機能を果たせなかったものがアップデートで本来の性能を発揮するようになったぁ、とか」
無表情を崩すことなく、明るく可愛い女の子のような声と口調で説明するTAMA。
そのアンバランスさが不自然さと不気味さをより際立たせる。
「アップデートってなにされたんですか?」
ボクも思わず問いただすけど、TAMAは指を下唇にそえ愛らしく首を傾げ、
「えーとですねぇ、処理速度の向上と感情機能の追加かなぁ、と」
「かなぁ、て、アップデートの内容も知らんのか?」
至極当たり前の疑問をサイトさんは投げるが、
「私だって全部知ってるわけじゃないんです。それよりも今は行動の時ではないんですか?」
開き直りにも似た口調と上から目線な態度で断言するTAMAに、ボクたちは言葉を失うも、
「もう、そんなことやってるから真・魔王軍相手に苦戦を強いられたんですよ」
「いや、お前だったあの時一緒に戦っただろ!」
TAMAの非難の声にサイトさんがいら立ちを隠せずに反論する。
「ふ、甘いですね。今の私はあの頃の私ではない!」
ドヤ顔でいい返すTAMAを見て、ゲンナリした表情を浮かべるサイトさん。
「あ、あのTAMAちゃん」
「TAMAでいいよぉ」
「あ、そう、じゃあ今もし襲撃したとしても、TAMAは対応できるのかな?」
不信感を顕わにしないよう、ボクは言葉を選びながらTAMAに尋ねると、
「もうバッチリですよぉ! というか、管制系は全部私に回しても大丈夫なんで、大船に乗った気持ちでいてくださいよ☆」
明らかに自信過剰ともいえる言葉だけど、妙な説得力と共に断言する自信あふれる態度にボクも口を閉ざす。
『おい、幾らアップデートでもここまで性格って変わるものか?』
精神感応でサイトさんがボクに問いかけてくる。
精神感応だけにTAMAに知られるはずもなく、ボクも遠慮なく疑問をぶちまける。
『万が一にも、真・魔王軍による妨害工作、という線も考えていいかと思います』
『だよなぁ。そもそもアップデートの予定なんて俺は聞いてない』
『ボクもです』
その言葉と共に、ボクたちは明らかに今までとは異なるTAMAに視線を投げかけ、
『万が一のことも考え、非常時にはTAMAとの接続を断ってボクたちで動かすことも考えたほうがいいかもしれません』
『だな。優秀だったと思っていた機体が敵に乗っ取られるなんてよくある話だからな。安心しろ、俺はそういうのに詳しいんだ』
ボクの言葉にサイトさんは妙に自信ありげに応える。
「もう、なに二人で見つめあってるんですかぁ? もしかしてお二人、いい仲だったりしますぅ?」
「違うよ!」
明らかに今までとは違うTAMAのからかいの言葉に即答で否定するサイトさん。
そこ、すぐに否定するんだぁ……
少し残念なものを感じながらもTAMAの異常性がさらに上回ったので、
『絶対変ですよ』
『ああ、気をつける』
ボクとサイトさんは万が一に備え、マニュアルでの操縦ができるよう幾つかのプログラムやシステムをいじることにした。
「もう、また二人で見つめあって。そんなに仲がいいなら、いっそ付きあえばいいのに、ねぇ」
その間もTAMAは不気味に独り言をいい続けていた。
それから一時間ほどのち、ボクたちは出撃のためのブリーフィングルームに集まっていた。
一緒に出撃するのはコウガさんやゲンバーさんの他、10名の警備隊の面々だった。
「……そのため、迂回や誘導などという絡め手では時間を喰い過ぎるし、敵に遠距離射撃の態勢をとらせることにもなりかねない」
集まった面々を前に、背部のスクリーンに映し出される図表と共に指揮官である警備隊長が作戦の詳細を作戦参加者に説明する。
「だからコウガの機体を敵陣に突入させることを第一目的とし、警備隊、及びサポートにあたるものはその援護に注力する。この際、敵機ばかりか僚機の生死には気を取られるな。足を止めれば奴らの餌食だ」
険しい表情で説明する警備隊長。
「隊長、突入後はどうすれば?」
参加者から声が上がる。
「敵陣に突入したら、とにかく砲台や遠距離機体を率先して叩け。本陣はコウガに任せ、俺達は邪魔されないよう周囲を破壊、または牽制だ」
簡潔な警備隊長の答え。
「出撃は一時間後、それまで各々準備をしておくように。皆の健闘を祈る。生きて帰ろう」
隊長の最後の言葉を受け、各々が席を立ち部屋から出ていく。
ボクたちもその流れに逆らうことなく部屋を出ていく。
あと一時間でボクたちはまたあの戦場へと舞い戻る。
真・魔王軍との決着をつけるために。
ゲンバーさんが紹介してくれたメルクドールの勇者(?)の一人、コウガさんの衝撃的に告白から一時間後、ボクとサイトさんは白を基調としたベーセッド社の社員食堂で、少し遅い昼食を摂っていた。
「でもあいつが武装ストの首謀者の弟っていうのは、色々マズイだろうな」
サイトさんは仮面から覗く口元に真面目な表情を浮かべ、とろけたチーズが乗ったハンバーグを綺麗に切りわけながら、その一切れを口に運ぶ。
「確かに首謀者の弟となれば周りも警戒しますし、それが多くの試作機のテストパイロットをしていたとなれば」
お皿に盛られたパスタをフォークに巻きながらボクも静かに応える。
ソースはタラコかなにかかな?
世界が違うからそうだとはいえないけど、少し塩気の効いた味わいと口の中でプチプチと弾ける食感、それにミルクのような濃厚さも併せ持つソースが、ボクの舌を楽しませてくれる。
「美味いなこれ!」
「ええ、美味しいですね」
ハンバーグのもう一切れにナイフを突き刺しながら、サイトさんが朗らかに笑うのでボクも軽く微笑みを返す。
ボクたちの周りには、数は疎らだけど胸に社員証らしきものをつけた人もチラホラとおり、大きな声で相談もできず、かといって、なにもいわないとモヤモヤする。
「これ食べたら、少しこの辺りを歩かねぇか?」
サイトさんがボクのお皿に目をやりながら呟く。
よく見ればサイトさんはもう食べ終わっていて、今はグラスに注がれたコーラみたいな飲み物を飲んでいる。
少し考え事をしていたために食が遅いボクを慮った言葉なんだろう。
「いいですね、少し周りも見てみたいし」
気にかけたことに少し嬉しくなったボクは、笑みを浮かべ応えた。
「ここがミャーミャンの故郷らしいし、少しはヤツについて調べたいこともあるからな。この世界にもいないとなれば、あとはドグロウサだろうし」
「そうですね、ドラグさんのためにも」
サイトさんの言葉にボクも頷く。
「Nブロックの三番地区第二ストリート、で問題ないはずだけど」
ボクは真士さんからもらっていたミャーミャンさんの住所が表示された携帯とエリア情報が書かれたプレートを交互に見ながら独りごちる。
確かに住所はその通りだけど目の前に広がるのは……
「なんだよ、この立ち入り禁止って看板と破壊された後は」
露骨に不機嫌な険しい口調でサイトさんが愚痴をこぼす。
そこには黄色地の看板に物々しい黒字で、
『危険、爆発現場。関係者以外、この地域への立ち入りを禁止します』
という言葉と共に、派手な通行止めのテープやフェンスが設けられていた。
「一体全体ここでなにがあったんだ?」
「これは真駆によるものですかね?」
サイトさんの問いにボクも疑問を投げる。
「わからねぇ。ただ父親の居場所すら破壊するとなると、相当真駆はヤバい奴ということになる」
どうにも言葉に荒々しさが滲み出るサイトさんの手は固く握られ、視線はフェンスの隙間からのぞく、ただただ破壊されたあとの黒く荒廃した残骸の山に向けられていた。
「もしこれが真駆の仕業として、なんでここまで破壊する理由が?」
惨状の目の当たりにし顔をしかめるボクの問いにサイトさんは厳しい口調で、
「真士のおっさんの所でやったことと同じだろう。自分の手がかりになりそうなものは破壊し、それは父親も例外ではない、ということだろう」
吐き捨てるように考えを口に出す。
その言葉にボクは背中が冷えるような感覚を覚え、少し後ずさった。すると、
「アラ、ここにくる人がいるなんて珍しい」
突如後から女性の声がかかり、驚きつつボクは振り返ると、そこには青いワンピースの服をまとった金髪の年配女性がにこやかな表情を浮かべ立っていた。
「あんた、誰?」
サイトさんが不躾な声を投げるが、
「あらあら、険しい言葉だこと。私はこの地域のとりまとめを任されているセンデス、ミルカ・センデス。そういうあなた方は?」
少し垂れた頬に笑いシワが刻まれた顔に穏やかな笑みを浮かべながら、センデスさんが聞き返してきた。
「ボクたちは、その、ミャーミャンさんにちょっとお伺いしたいことがあって」
「アラアラ、それは残念ね」
センデスさんは笑いながら返事を返す。
「なんでこうなったんだ?」
疑いがダダ漏れのサイトさんがセンデスさんに疑問を投げるが、
「あれはそう、もう一年以上も前のことよ。前から留守がちだったミャーミャンさんのお部屋でいきなり爆発事故が起きたの」
「爆発事故?」
不穏な言葉にボクが声を上げるけど、センデスさんは笑みを崩さず、
「ええ、最初は小さな爆発だったんだけど、いきなり連鎖的に爆発が起きて大変だったのよ」
物騒な事態を、まるで普段のご近所トラブルの愚痴を話すように、センデスさんがにこやかな笑みを浮かべながら淡々と話す。
「でもすぐに火も爆発もおさまって、まるで前からその状態であったかのような今の姿になったの」
センデスさんが何事もないように話すけど、それって怪奇現象に近いのでは?
「それで周りの対応は?」
サイトさんもどうにも腑に落ちないようで、不信感タラタラで問いただすけど、
「居住区管理局でもあまりにも特異な出来事なので下手に手を出すよりは、という感じで、今見てるような封鎖が敷かれたの」
あからさまな異常現象を変わることのない笑顔でセンデスさんは語り終え、苦り切った口元のサイトさんとそれを残念そうな視線でみつめるボクを置いて立ち去った。
どうにも重い空気の中、ようやくボクは口を開く。
「いきましょうか。しょうがないですよ」
諦めにも似た気持ちと、どうにもやりきれない気持ちがない交ぜになった声。
「……だな。今はミャーミャンのことは忘れよう。まずはコウガに協力して真・魔王軍を撃退し、メクルドールの安定を取り戻す」
どうにも投げやりな気持ちを隠すことができないサイトさんが、少し間をおいて言葉を返す。
「いきましょう」
「ああ」
サイトさんが先に立って格納庫の方へと歩きだす。
ボクも黒ずんだ廃墟を一瞥し、足早にサイトさんのあとを追った。
格納庫につくと、オレンジ色の整備服をまとったゲンバーさんが、周りにいる同じ色の整備服の人たちに檄を飛ばしながら、ボクたちのとは違うオレンジ色の機体のベースガンナーと、ベースガンナーとは少し違う緑色の機体の整備を指揮しており、その隣の整備ブロックではコウガさんが見たこともない白い機体の前で白色の整備服の一団に指示を飛ばしていた。
「ゲンバーさん」
ボクは指示を飛ばすゲンバ―さんに声をかけた。
「これは?」
「こっちの緑色のはフェニックスさん達の新しい機体、ソードガンナー。フェニックスさんの特性に合わせ、高速での一撃離脱が可能な中近特化型の機体です」
そう笑いながらゲンバーさんが指し示す緑色の機体に目をやると、確かにこの前まで乗っていたベースガンナーとは違っていた。
まず胴体はより軽量な細身の作りとなっており、ボクたちが乗りこむコクピットブロックの両側に胸板にも似た箱状のパーツがついてるけど、胴体自体は細く、腰はさらに細いので、無重力の宇宙空間でしか使えないのではないかと思えるほどだ。
でも脚は腰とは違い、まるで鉄の柱のような頑強ささえ感じさせる円柱のような作りをしていて、これで蹴られたら痛いな、とさえ思わせる作りだ。
「いいところに目をつけましたね」
ゲンバーさんがボクの視線を追いながら楽しそうに声な上げる。
「こいつは無重力空間で敵機に対して蹴り上げる、文字通り蹴るためだけに作られたパーツです」
「蹴るためだけ?」
ゲンバーさんの答にボクは疑問の声を上げるけど、
「ええ、基本的にはね。ただの方向転換のためならこんな長物はいりませんから。むしろ加速をつけて敵を粉砕するためだけに備えました」
ボクの目を見つめゲンバーさんが穏やかに答える。
「だけど相手はあんたと同じベーセッド社の社員でもあるんだが、それでもいいのか?」
少し険しさが漂う真面目な声で尋ねるサイトさんに、
「かまいません。私たちが派遣しあの連中が撃退した警備隊だってベーセッド社の社員でした。中には帰ってこないものもいましたから」
あくまで静かな口調のゲンバーさんの言葉に、ボクは思わず息を飲む。
「それに、事態を一刻も早く鎮静化させるのが、上からの命令なので」
「そのためには相手の生死は関係ない、か」
「そこまではいいませんよ。我が社としては労災での死亡事故は一件でも少なくしたいので」
ゲンバーさんは少し自嘲気味に笑う。
「労災ね」
「ええ、これはあくまで操業時に発生した事故、ということですので」
乾いた声でサイトさんが軽く笑うと、ゲンバーさんも口元を歪ませ、乾いた笑顔を作る。
「それでコイツの武器はどうなんだ? 見たところ設置武器はなさそうだけど」
サイトさんがソードガンナーの両腕を見ながら問いただす。
ボクも両腕に目をやると、確かに屈強な感じになっている腕のパーツの先端は武器ではなく、ボクたちと同じような手の形をしている。
「これは手持ちの武器を装備して戦うようにしています。フェニックスさんが接近戦を行う際、万が一武器が壊れても搭載している予備武器が使える仕様にしました」
「助かる」
ゲンバーさんの説明にサイトさんが軽く礼をいう。
「頭部は通常よりもセンサー感度を下げ、逆に防御性を高めました。そのため遠距離での感度は落ちますので」
逆さにしたお椀のような頭部を指さすゲンバーさん。
「それでもう一機のベースガンナーは誰の機体だ?」
自分たちが乗る機体の説明を聞き終わったサイトさんは、もう一機の方の説明を求めるけど、ゲンバーさんはくぐもった笑い声を上げ、
「それは私が搭乗します」
「え?」
「アンタがか?」
ゲンバーさんの思わぬ答にボクとサイトさんが同時に声を上げた。
「だってゲンバーさん、整備士とかじゃないんですか?」
「いや、アンタが真影の窓口役をやってるんなら、万が一があるとまずいんじゃないか?」
ボクとサイトさんが矢継ぎ早に声を上げるけど、ゲンバーさんは軽い笑い声と微かな笑みを浮かべながら、
「私だってね、これでも若いころは企業間紛争では前線を張っていたバリバリのキャリアですから。むしろ古巣に戻るような気分ですよ」
今のゲンバーさんからは想像できない意外な返事にボクたちはたじろぐ。
「それに会社には恩がある」
「恩?」
続くゲンバーさんの言葉に、サイトさんが声を上げた。
「ええ、恩です。私はもうかれこれ30年、ベーセッド社にお世話になりました。そりゃぁ、ノルマだのリスクを避けるなだのといわれ、時には理不尽な戦場や仕事を経験しはしましたけど、お蔭さんで同僚だった今の女房とも一緒になれたし、それに娘ももう一日前になってね」
「アンタ、奥さんや娘がいたのか?」
あまりにも無礼とも思えるサイトさんの質問に、ゲンバーさんも少し真面目な顔になり、
「いちゃぁ悪いんですか? 私も今はこんな身なりですけど、若いころはもっとお腹も引っこんでて、周りの女性社員からはかっこいい、なんて言われたりもしたんですよ」
軽く一瞥した後、敢えてサイトさんの顔を見ずにゲンバーさんは答える。
かっこいい頃のゲンバーさんの姿とは?
心の中で呟くボクの疑問をよそに、ゲンバーさんは言葉をつなぐ。
「それに娘もいい人を見つけて結婚しましたしね」
そういうとゲンバーさんは胸ポケットから手帳をとりだし、
「ほら、これですよ」
そういうと手帳に挟んでいた写真を、ボクたちに自慢げに見せる。
そこには黒い正装らしきスーツを身にまとうゲンバーさんと、同年代の紺色のスーツを着込んだ黒髪の綺麗な女性の姿が。
その右隣りには長身で肩幅が広い白いスーツに身を包んだカッコいいイケメンと、そして純白のドレスをまとい愛らしい笑顔を浮かべる、若く綺麗な黒髪の女性が写っていた。
イケメンは誰とも似てないけど、若い女性は紺色のスーツの女性の面立ちとよく似ていて、少し鼻が高い所がゲンバーさんにも似てるような気が……
「これってもしかして」
「ええ、娘のエイリです」
ボクの問いに、ゲンバーさんは表情を崩して嬉しそうに答える。
「この子ももう二十二ですから」
ゲンバーさんがホクホクした顔で話すので、ボクも少し暖かな気分になる。
「最初エイリがそいつを連れてきた時は……あ、いややめときましょう。よくある話なんで」
そういうとゲンバーさんは照れながら写真を手帳に挟む胸に戻す。
「だからベーセッド社には恩があるんですよ。今ではエイリもこの社の一員ですし、この先の企業存続のためにも今ここで私がやるべきことはやっておきたいんです」
「それでいきなりの現場復帰か?」
ゲンバーさんの思いをサイトさんが口に出すと、
「ええ、そのための現場復帰です。この一戦は絶対に負けられない。だから最初で最後の現場復帰です」
笑顔を浮かべながら朗らかに話すゲンバーさん。
「でも娘さんもいるんですから、絶対に生きて帰りましょう」
不安なものを感じたボクは声をかけるけど、
「可能ならそうしたいですね」
ゲンバーさんは目を細め、口元には微笑みを浮かべ穏やかに応える。
「だけど私はベーセッド社の社員でもあるんです。それにコウガのこともありますから」
そういうとゲンバーさんは隣のブロックで整備を指揮しているコウガさんに視線を向け、
「アイツは今回の武装ストライキ問題で、ラインの弟というだけで謹慎扱いとなりました。上も万が一ラインと同調して動かれては困る、と考えたのでしょう」
ゲンバーさんの言葉には今までにない、どこか辛辣な響きが感じられる。
「でもね、入社以前からコウガのことを知ってる私は抗議もしましたよ。あいつはそんなものに加担しない、もっと真面目で、裏切ることはないって」
ゲンバーさんの声には嘲りすら感じられる色が混ざりこむ。
「そしたら上は、だったらそれを証明してみろっていってきましたから、私はいってやったんですよ。万事を尽くしてそれでもダメなら、その時は私の責任の元、コウガに事態の鎮静化を図らせるって」
少し憤りにも似た声音と諦めにも思える響きが言葉に色彩を与え、
「そして今万事が尽きたので、私は私の責任の元コウガと事態鎮静化のために出撃するんです。現状、他に手の打ちようがないですし、それに、ありえませんが万が一にもコウガが裏切ったとしても、ここまで事態が悪化した現段階ならすでに裏切りですら無意味ですから」
ゲンバ―さんはそういうと、今までの負の感情が混ざったものではない穏やかな笑みをボクたちに見せる。
少し諦めにも似た笑顔を。
「アンタ、それでもいいのかよ。奥さんとか娘さんとか」
険しさが滲むサイトさんの言葉に、ゲンバーさんは少し間を置き、それでもどこか欠けたような笑みを浮かべ、
「せめて初孫の顔は見たかったんですけどねぇ。でも私は、やっぱりベーセッド社の社員なんですよ。大丈夫、私が死んでも変わりはいますから」
朗らかな笑顔を返すゲンバーさんに返す言葉がボクにはなかった。
「ゲンバーさんのこと、いいんですか?」
整備も終わり、ソードガンナーに乗りこんで色々チェックしていたサイトさんにボクは声をかける。
「いいもなにもないだろ」
サイトさんのそっけない声。
「俺達じゃベーセッド社の方針に口出しはできないし、ゲンバーはゲンバーで、コウガのこともあるからそのことをよしとしている。今俺達ができるのは、可能な限りコウガを助け、この武装ストライキとやらを終わらせて、ついでにミャーミャンのことを調べることだけだ」
「でもあの状態じゃぁ……」
ボクはミャーミャンさんの住んでいた廃墟の姿を思い出す。
あそこまで執拗に破壊する必要があるのか?
だとしたら真駆はなにを恐れている。
「にしても、TAMAはどうした?」
考えこむボクの耳に、少し苛立ったサイトさんの声が響く。
「え、いないんですか?」
「ああ、アイツさっき整備担当に呼ばれたとかで、少し席を外すって。まったくなにしてんだか」
この場にいないTAMAのことをサイトさんが口にすると、
「帰りました~☆」
明るい女の子の声が通信機に飛びこんでくる。
「なんだ?」
「え、誰?」
いきなりの可愛い声にサイトさんも僕もモニターで確認すると、
「もう、開けてくださいよぉ、TAMA、ただ今戻りました~☆」
あの鉄面皮とも呼べるほどの不愛想なTAMAのいきなりの変貌に、ボクもサイトさんも思考が追いつかず、しばし固まっていると、モニター越しのTAMAが、
「え~と、ここだったかな? よし、ポチっとな、と」
そういいながらTAMAが開閉スイッチを押すと、コクピットハッチが開き、すかさずTAMAが入りこむ。
「誰だ、お前?」
あまりにも不躾な言葉を発するサイトさんだけど、その声は微かに震え、目は得体の知れないものを見つめるかのように見開かれている。
「やだなぁ、TAMAですよぉ。前も一緒に戦ったじゃないですか。もしかして、忘れちゃったんですか?」
顔は無表情のままで悲しげな仕草をするTAMA。
「俺の知ってるTAMAじゃない!」
狼狽した色を隠そうともしないサイトさん。
「もう、さっき呼ばれたじゃないですか。アップデートですよ、アップデート☆」
「アップデェトォ?」
明るく軽いTAMAの声に続く、片言で喋るようなぎこちないサイトさんの声。
「色々あるじゃぁないですかぁ。試作機の戦闘データーを移植されたぁ、とか、従来通りの機能を果たせなかったものがアップデートで本来の性能を発揮するようになったぁ、とか」
無表情を崩すことなく、明るく可愛い女の子のような声と口調で説明するTAMA。
そのアンバランスさが不自然さと不気味さをより際立たせる。
「アップデートってなにされたんですか?」
ボクも思わず問いただすけど、TAMAは指を下唇にそえ愛らしく首を傾げ、
「えーとですねぇ、処理速度の向上と感情機能の追加かなぁ、と」
「かなぁ、て、アップデートの内容も知らんのか?」
至極当たり前の疑問をサイトさんは投げるが、
「私だって全部知ってるわけじゃないんです。それよりも今は行動の時ではないんですか?」
開き直りにも似た口調と上から目線な態度で断言するTAMAに、ボクたちは言葉を失うも、
「もう、そんなことやってるから真・魔王軍相手に苦戦を強いられたんですよ」
「いや、お前だったあの時一緒に戦っただろ!」
TAMAの非難の声にサイトさんがいら立ちを隠せずに反論する。
「ふ、甘いですね。今の私はあの頃の私ではない!」
ドヤ顔でいい返すTAMAを見て、ゲンナリした表情を浮かべるサイトさん。
「あ、あのTAMAちゃん」
「TAMAでいいよぉ」
「あ、そう、じゃあ今もし襲撃したとしても、TAMAは対応できるのかな?」
不信感を顕わにしないよう、ボクは言葉を選びながらTAMAに尋ねると、
「もうバッチリですよぉ! というか、管制系は全部私に回しても大丈夫なんで、大船に乗った気持ちでいてくださいよ☆」
明らかに自信過剰ともいえる言葉だけど、妙な説得力と共に断言する自信あふれる態度にボクも口を閉ざす。
『おい、幾らアップデートでもここまで性格って変わるものか?』
精神感応でサイトさんがボクに問いかけてくる。
精神感応だけにTAMAに知られるはずもなく、ボクも遠慮なく疑問をぶちまける。
『万が一にも、真・魔王軍による妨害工作、という線も考えていいかと思います』
『だよなぁ。そもそもアップデートの予定なんて俺は聞いてない』
『ボクもです』
その言葉と共に、ボクたちは明らかに今までとは異なるTAMAに視線を投げかけ、
『万が一のことも考え、非常時にはTAMAとの接続を断ってボクたちで動かすことも考えたほうがいいかもしれません』
『だな。優秀だったと思っていた機体が敵に乗っ取られるなんてよくある話だからな。安心しろ、俺はそういうのに詳しいんだ』
ボクの言葉にサイトさんは妙に自信ありげに応える。
「もう、なに二人で見つめあってるんですかぁ? もしかしてお二人、いい仲だったりしますぅ?」
「違うよ!」
明らかに今までとは違うTAMAのからかいの言葉に即答で否定するサイトさん。
そこ、すぐに否定するんだぁ……
少し残念なものを感じながらもTAMAの異常性がさらに上回ったので、
『絶対変ですよ』
『ああ、気をつける』
ボクとサイトさんは万が一に備え、マニュアルでの操縦ができるよう幾つかのプログラムやシステムをいじることにした。
「もう、また二人で見つめあって。そんなに仲がいいなら、いっそ付きあえばいいのに、ねぇ」
その間もTAMAは不気味に独り言をいい続けていた。
それから一時間ほどのち、ボクたちは出撃のためのブリーフィングルームに集まっていた。
一緒に出撃するのはコウガさんやゲンバーさんの他、10名の警備隊の面々だった。
「……そのため、迂回や誘導などという絡め手では時間を喰い過ぎるし、敵に遠距離射撃の態勢をとらせることにもなりかねない」
集まった面々を前に、背部のスクリーンに映し出される図表と共に指揮官である警備隊長が作戦の詳細を作戦参加者に説明する。
「だからコウガの機体を敵陣に突入させることを第一目的とし、警備隊、及びサポートにあたるものはその援護に注力する。この際、敵機ばかりか僚機の生死には気を取られるな。足を止めれば奴らの餌食だ」
険しい表情で説明する警備隊長。
「隊長、突入後はどうすれば?」
参加者から声が上がる。
「敵陣に突入したら、とにかく砲台や遠距離機体を率先して叩け。本陣はコウガに任せ、俺達は邪魔されないよう周囲を破壊、または牽制だ」
簡潔な警備隊長の答え。
「出撃は一時間後、それまで各々準備をしておくように。皆の健闘を祈る。生きて帰ろう」
隊長の最後の言葉を受け、各々が席を立ち部屋から出ていく。
ボクたちもその流れに逆らうことなく部屋を出ていく。
あと一時間でボクたちはまたあの戦場へと舞い戻る。
真・魔王軍との決着をつけるために。
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