パンプキンズ・ギャラリー

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異世界転職体験記十五・魔法世界ベールガン・黄昏の憂者たち

2023-12-17 19:17:20 | 異世界転職NPC体験記本文
 すべてが黄昏た色彩を滲ませる真仙さんの事務所(あえてそう呼ぶ)に無造作に置かれたソファにその身を投げ出し、ついでにテーブルの上に足まで投げだしながら、虚ろに眼差しを天井に投げかける真仙さんは大きくため息をついた。

「俺はなぁ、呪姫をあんな風に育てた覚えはねぇんだよ。たとえ他の真王が俺の縄張りに手ぇ出したときだって、呪姫だけは絶対に傷つけまい、どんなに俺が血まみれになってもアイツにだけは傷一つつけさせまい、と」

 狂暴性を顕わにしていた真仙さんの瞳の色が鈍り、わずかに揺らめく。

「そう思いながら血ぃ吐くようなクソみたいな毎日にだって、むしろ嬉々としながら立ち向かえたんだよ」

 口元が歪み、微かに悔しさが滲んでいるのがわかる。

「俺にとってアイツが全てだったんだよ」

「……奥さんはどうしたんだよ」

 沈んだ声を漏らす真仙さんにサイトさんが言いにくそうに声をかけた。

 真仙さんは面倒臭そうにサイトさんに目を移し、

「死んだよ」
「死ん……」

 真仙さんの言葉に思わずボクは声を上げる。

「ああ、死んだ。いや、殺されたといった方がいいか」

 真仙さんの顔が一気に苦々しい表情へと歪む。

「俺が戦っている間、他の真王の襲撃を受けてな」
「……すまない」

 サイトさんは俯いたまま小さな声で謝罪の言葉を呟くけど、

「別に謝るこたぁねぇだろ。獲った獲られたは俺達真王の常だ。だからただの派遣NPCのテメェが謝るこたぁねぇよ。ただよ」
「ただ、なんですか?」

 先を促すボクの言葉に真仙さんは一息ついて視線を天井に泳がせながら、

「あの時の呪姫の姿が目に焼きついてなぁ。カミさんの亡骸に縋りつき泣きじゃくっていたアイツの姿を見てたら、さすがに俺もここにきた」

 真仙さんは軽く胸を突きながら、

「だからアイツだけには真王の常ってやつを味あわせたくはねぇんだよ」

 珍しく真面目な声と表情が真仙さんの面に浮かび、ソファに投げだしていた体を起こし、正面からボクたちに向き直り、

「そのためにはでもどうしても強い勇者が必要だ。俺だけじゃなく、もっともっと勇者たちが。そのための勇者候補であり、それを守り育てるのがお前たちNPCの役割だ」

 厳かな口調で真仙さんは言葉を続けた。

「勇者のハジメは現在ここミセケナの隣街であるヨシラにいる」

 真仙さんがテーブルに手をかざすと紙製らしき地図が現れ、その一点を指さす。

「この辺りはこうなってたんですね」

 その地図はまるでボクのいた世界と大差のない現代的な地図だった。
 ただ地名がカナ表記というのが違うといえば違うけど。

「そしてハジメはあと三時間ほどでこのミセケナを通過し、隣町のニナカに向ってこの街道を歩いていく」

 真仙さんは手を動かしながら勇者ハジメさんの進行ルートを説明する。

「そして呪姫が待ち伏せするとすればここだ」

 神仙さんがコツコツと指を叩いた場所、そこはなにか雑多な工場群ともいえる感じの場所だった。

「以前の真王からの攻撃と事故の多発により、現在ここは街道から外れること自体危険とされている」
「じゃあ、ハジメに街道を外れないようにいえばいいじゃないか」

 サイトさんが口を挟むが真仙さんはゴミを見るような表情でウンザリしたような視線を放ち、

「テメェはそうだろうがよ、ハジメは根がいい奴なんだよ。もし誰かが助けを求める声を聞いたら、ハジメはたとえ俺の命に背いてもそのどっかの誰かさんを助けに街道を外れるだろうよ」
「じゃあ、それを罠にして」
「さすがそこのバカと違ってお前は察しがいいな。その通り、呪姫がその点を見逃すはずがねぇ」

 真仙さんの満足そうな声にボクも少しいい気分になるが、バカ呼ばわりされたサイトさんから怒気が伝わってくるのが顔を見なくてもわかる。

「でもなんで徒歩移動なんですか?」
「こいつぁは勇者候補を勇者にするための試練という名の訓練だ。そのために可能な限り徒歩でいかせるのが俺の流儀だ」

 ボクの疑問に真仙さんは目を覗きこみながら応える。

「考えてもみろ。機械頼みで満足にテメェで戦えないやつが、もしその機械がなくなったらどうなる?」

 真仙さんが片眉を上げながら言葉を続け、

「でもよぉ、テメェで戦えるやつが機械のサポートを受ければ二倍三倍、下手すりゃ乗算で強くなるってんなら、元値である勇者を鍛えるのが上策だろ。そのための徒歩移動だ」

 わかったか、という感じに目元と口元を歪め、軽く煽るように首を傾げる。

「でもなんでこの工場群だけが呪姫の襲撃箇所だとわかるんだよ。襲えるんならどこでも襲えるだろ?」

 怒りが滲んだサイトさんの声に、真仙さんはサイトさんを一瞥することもなく、

「この辺りは現在呪姫の管轄領域になっている」
「は?」
「だから、呪姫がここの持ち主なんだよ、今は」

 思わず出たボクの声に、面倒そうな応え、

「元々アイツが後継なんで、徐々に領域を分け与えていったんだよ。市街地とか人がいる場所だともしなんらかのトラブルが起きた時面倒なことになるから、まずは人気がない場所を与えトラブルシューティングを学ばせる」
「それじゃぁ、勇者の進行ルートを変えればいいんじゃないのか?」

 サイトさんが怪訝な表情で尋ねるものの、真仙さんは心底面倒くさそうに、

「テメェは本当にわかってねぇなぁ。バカは黙ってろよ」

 再びバカ呼ばわりされたサイトさんの拳に力が入るがボクがすかさずわりこみ、

「ボクもよくわからないので、できれば説明していただければ、と」

 愛想笑いを浮かべながら穏便に尋ねると、真仙さんは気を持ち直したように、

「娘のわがままに、なんで俺が俺の決めたルートを変えなきゃいけねぇんだよ。そんなことするなら圧し通る。テメェらはそのための盾だ。しっかり働けよ」

 邪悪に歪んだ真仙さんの表情をボクは忘れないだろう。



『三時間後、この街境のコンビニの前で待ってろ。ハジメには話をつけておく。もちろん派遣NPCの話はするなよ。あいつは真面目だから、裏事情が知れたらどんな反応するかわからんからな』

 事務所をあとにしながらボクは真仙さんの言葉を思い出す。

「場所を確かめたけど、ここから二十分ほどの場所だな。車なら5分くらいだろう」

 横を歩くサイトさんは軽くスマホを見ながら話し、

「でもここでもスマホが使えるんですね」

 違和感を感じながらもボクは笑みを浮かべるが、

「いや、そうでもないな。色々な部分で、どうにも得体の知れない挙動をしている」
「え?」
「まず地図名称が違うのは当然としても、俺たちの街にないサービスや広告まで出てくる」

「ということは」

「スマホ自体、この世界にくるときに改変され別のものになってる可能性が高い」

 不可解なものを見るサイトさんの表情に不安を覚え、

「元の世界に戻ったら元の状態に戻るんですかね?」
「……知らん」

 不安げなボクの疑念にサイトさんが無表情で応える。
 これは大切なものは世界移動時に置いてきた方がいいかもしれない。

「ただ二時間は時間ができた。その間に真駆の生みの親であるミャーミャンの情報を探るぞ」
「それが目的でここにきたんでしたよね。真仙さんの強烈さに忘れてた」

「それでどこに行くんですか?」

 ボクとサイトさんの会話に、突如カグラちゃんが割り込んできた。

「なんでアンタがいるんだよ?」

「真仙様が一人になりたいから出てけって。アタシまでとばっちり喰らっちゃいましたよ~」

 サイトさんの声にわざとらしい泣きべそをかいて応えるカグラちゃん。

「ミャーミャンさんが行きそうな場所ってどこなんでしょうね?」
「そのミャーミャンさんってどんな方なんですか?」

 ボクの疑問にカグラちゃんが問いかけで返すとサイトさんは、

「元々技術者系の奴らしいけど、詳しい趣味とかはよく知らん」
「技術者系ですかぁ……」

 簡潔かつ愛想なく応えるサイトさんの答にカグラちゃんは少し考えこみ、

「でしたら、この近くにそういった方が集まる場所がありますよ。カワン商会って電子機器とかを扱っているお店なんですけど、そこならもしかしたらその方を知ってる人がいるかもです」
「そのお店近いんですか?」
「三区画ほど離れてますけど車を使えばすぐですから」

 ボクたちよりもこの世界を知っているカグラちゃんがにこやかに応える。

「じゃあ、あそこにタクシー止まってるから、それに乗っていくか?」
「運賃くらいはアタシがお出しします」
「助かる」

 カグラちゃんの申し出にサイトさんも笑顔で応じる。



 そこかしこに置かれた電子機器と思しき装置からは色とりどりの色彩が輝き、入り口には商品の紹介と価格が書かれた多数の張り紙、新入荷という赤地の文字が派手に書かれたPOPに店内に流れる商品紹介やポイントカードの宣伝文句。

 それがカワン商会だった。

「ここにミャーミャンの足跡とか知るやつがいるのか?」
「確かに技術系が足を運びそうな感じではあるけど」
「大丈夫ですよ! ちょっと奥で聞いてきますね☆」

 店内で立ち尽くすボクとサイトさんの不安をよそに、カグラちゃんが奥のカウンターへと足早に消えていき、しばらくすると戻ってきて、

「この奥の店員さんがそのミャーミャンさんらしき方のことをご存じだそうです」

 にこやかに応える。

「本当かね?」
「とりあえず聞いてみましょう」

 半信半疑のサイトさんを促しつつボクたちは奥のカウンターに向かう。

 そこで待っていたのは普通のおじさんぽい人だった。

「ミャーミャン、というのかどうかは知らないけど、その人なら以前からよく来てましたよ」

 お店のコスチュームと思われる黄色の生地に何本もの黒線が交差状に走ったシャツを着ている店員のおじさんは、事もなげに顧客情報をしゃべりはじめる。

『え、この世界ではOKなの?』

 ボクの感覚がマヒしていたためか、この世界ベールガンがボクたちの世界と同じと思っていたから、その差に少し戸惑いを覚える。

「よく部品を買いに来るので、在庫確認とか注文を取る傍ら立ち話もしましてね。なんでも別の所に行くのに色々と準備が必要なんだと」
「別の所って?」
「なんでも今の手持ちだと部品が足りないので、もう少し買い足したいとか。あと、そこで見る色々な新機体にも興味があるって。そういや最近来ないけど、海外にでも移住したんですかね」

 おじさんはにこやかにペラペラ話す。

 そのあまりにも流暢に話す姿にボクたちが押され気味になる程に。

「つまり最近は来てないんですね」
「ええ、かれこれ一年近くになりますか」

「一年か……わかった。ありがとう」

 店員のおじさんの答を聞き、ボクたちはお店をあとにした。

「ミューミャンは一年ほど前にはこのベールガンにいて、色々な機材や部品を集めていた」
「そして別の世界に行く前に、そこで見る新機体が楽しみとかいってたようですね」

 サイトさんとボクはおじさんから聞きだした情報を整理する。

「となると色々なロボが普通にいるメルクドールの方が行き先としては有力だな」

「じゃあ次はそこの調査ですね」

「その前にここの勇者様を守らんとな」

 ミャーミャンの手がかりを得たためか、自然と笑みがこぼれるボクたちを見てカグラちゃんも、

「お力になれたのなら嬉しいです」

 朗らかな笑顔で応える。

 あとは勇者を助ければこの世界での任務は終了だ。



 街境のコンビニはボクの住む世界と大差のない感じのコンビニだった。
 平屋作りでガラス張りの正面には黄色と緑の色彩で作られた看板があり、車数台は置ける駐車場も完備しているタイプのお店。

 まだ日も高く、少し冷たさがない混じった風が頬を撫でる。
 駐車場には車もなく、お店に人の出入りはあるものの数は多くない。

「ここで待ってれば来るのか?」
「そのはずですよ。ちょっと待ってくださいね、今確認しますから」

 サイトさんの言葉にカグラちゃんが懐からスマホらしきものをとりだして少しいじると、

「もう直にここに到着します。それじゃぁ、アタシは少し姿を消しますから、お二人ともNPCのお仕事、頑張ってくださいねぇ」

 屈託のない笑顔でそういうと、カグラちゃんは店の裏手へと消えていく。
 やがて街道を青年が一人歩いてくるのが見えた。

「あなた方が真仙様がお話していた同行してくれる方たちですか?」

 神仙さんおカグラちゃんが話していた外見の青年が近づいてきたので、ボクたちは確認のために名前を聞くと、青年は凛とした澄んだ力強い声で勇者候補の永畑ハジメであることを話してくれた。

「ええ、真仙様からハジメさんを助けてやってくれと」

 真面目な口調のハジメさんにボクも安心し穏やかな声で返す。

 この世界の勇者候補の永畑ハジメさんの外見は実直な感じだった。
 七三わけの髪形もそうだけど、目鼻立ちがはっきりした彫りが深い容貌にもかかわらず目元には穏やかな気配が漂い、長身でありながら程よく鍛えられた体はシュッっとしてスタイリッシュな雰囲気を醸し出す。

 サイトさんがファイター系イケメン、真仙さんが細身系イケメンだとすれば、ハジメさんはドラグさん同様なスタイリッシュなイケメンだと思う。

「ハジメさんだっけ? あんたの専門も魔法か?」

 サイトさんはカードを確認するように尋ねると、

「ええ、僕……あ、いえ、私の専門は魔法ですが、むしろそれを応用した接近戦を得意とします」

 ハジメさんは少し言葉につかえながら応える。

『この人、僕っていうタイプなんだ』

 ボクは少し心の中で笑みを浮かべる。

『そういえば、最近そういう人たちとつきあってないもんね……』

 色々な顔を思い浮かべつつ、隣に立つサイトさんにも笑みを向ける。
 ボクの笑顔に気づいてなにか怪訝なものを見たような表情で顔を背けるサイトさん。

『こんな人たちばっかりだったもんねぇ……』

 心の笑顔に苦笑に変るけど気を取り直して、

「この先に行くには工場群を抜けなければいけないのですが、そこでは幾つかの事故の発生が確認されているようなので、無事通過できるようボクたちがハジメさんをサポートします」
「助かります。私としてもこの任務が世界の安寧を守るためであれば、たとえこの身が傷つこうがかまいません。ですからあなた方も無理はしないで」

 ボクの説明にハジメさんがあまりにも真摯かつ優しい言葉を返してくる。

『これだよ、これでこそ勇者だよ!』

 ハジメさんの言葉にボクは思わずガッツポーズを密かに決めるが、

「お前なに変な格好で力んでるんだ? 腹でも痛いか?」

 サイトさんが不躾な言葉を投げてくる。

「いえ、ただあまりにも嬉しい言葉を聞いたので」
「そうか」

 少し怒気を含んだ声で返すボクに、サイトさんはこともなげなそっけない言葉で返す。

『ここだよ、その気遣いがないんですよ!』

 表情を見られないよう顔を俯かせながら心の中で毒を吐く。

「お前本当に大丈夫か? 腹痛いんなら抜けてもいいぞ」

 さすがのボクの態度に、サイトさんも不安な表情を浮かべ心配げな声をかけてくる。

「いえ、大丈夫ですよ」

 少し無理した笑顔を返す。

『少しズレてるけど気遣ってくれてるんだよね』



 そんなことを思いつつ街道を歩いていく。
 ボクの世界にもよくある郊外の幹線道みたいな感じで、街から離れると建物もまばらになり、人影も車の影も少なくなっていく。

 日も傾きはじめ、そろそろ夕暮れに近くなっていく。
 そんな頃に呪姫さんが待ちかまえる工場群へと辿り着いた。

「この辺りではなにが起こるかわかりませんから警戒を」
「わかってます」

 ボクの声にハジメさんが言葉少なに応える。
 サイトさんはすでに周囲警戒用のなにかを飛ばしているようで、時おり首をあらぬ方向に向けては、なにかをじっと見てからまた視線を戻す。

「勇者様よ」
「ハジメでいいです。なんですか?」

 不愛想なサイトさんの声にハジメさんが礼儀正しく応える。

「真仙……様から言われたこと、覚えてるか?」
「ええ、どんなことがあろうと街道から外れるな、ということですよね」
「そうだ。それを絶対に破るな、と」

 サイトさんの声に少し剣呑としたものが混じる。

「僕……私は真仙様よりこの世界を守る勇者となるための命を受けたもの。道を外すような真似など……」

「だーれーかぁぁぁぁ!」

『な!』

 サイトさんのハジメさんの会話に突如割り込み轟くうら若き女性の悲鳴!
 思わず声を上げるボクとハジメさん!

「どこだ!」

 ハジメさんが頸や上体をグリグリと回しながら周囲に目を走らせ、一つの柱の影から手を伸ばし助けを求める女性の姿に目が止まる!

「バカ! 行くな!」

 サイトさんが声を上げるよりも早く、凄まじい速度で女性の元に近づこうと飛び出すハジメさん!

「お嬢さん、ご無事ですか! 助けが必要なんですかお嬢さん!」

 心底女性の心配する声を上げ、足早に接近するハジメさんの周りに突如影らしきものが降ってきた!

「ハジメさん!」
「あのバカ! いわんこっちゃない!」

 突如はじまった緊急事態にボクもサイトさんも街道を外れハジメさんがいた場所へと駆け寄る。

 落ちてきたものが巻き上げた土埃が薄れ、周囲の状況がハッキリしてくる。

 助けを求めていたうら若き女性はすでに立ち上がっていた。
 服装こそ普通の緑色のブラウスと紺色のロングスカートだけど、前髪を整えられた漆黒の髪は腰まで伸び、その髪に包まれた容貌は日本的な感じだけど、ややつり目の瞳は黄色の輝きを帯び、瞳孔は蛇のように細い。
 紅色を塗られた唇は艶やかに色めき、ほっそりとした手足と反比例するように胸元は大きいように感じられる。

 その彼女の横やハジメさんの周りを囲むようにいるものの姿は、漆黒の全身タイツのようなものを着こんだ、遮光器土偶の頭部に似た覆面を被る人たち。
 体型から男女いるようだけど、誰一人声を発しない。

「まさか本当にこんな単純な罠に引っかかるなんて、さすがに拍子抜けですわね」

 さきほどの悲鳴と同じ、まだ若く少しハスキーさを感じさせる声音を女性が上げる。

「なにものだ!」

 取り囲むものを軽快しながらハジメさんが問いただすと、女性は尊大な口調で、

「あなたが勇者候補の永畑ハジメ?」
「そうだ。こんなことをするあなたこそ誰だ!」

「ワタクシ……ワタクシの名は呪姫」

 女性の答にボクたちの言葉が詰まる。
 ハジメさんは突如現れた謎の人物として、そしてボクたちは会いたくもなかった相手を目の前にした心境で!

「勇者候補よ、あなたの力は真仙様には不要なもの。ここより戻り勇者になることをやめれば見逃してさしあげますわ。でなければ……」
「どうするつもりだ!」

「あなたをここで始末いたしますわ! このワタクシ直々にね!」

 そういうと呪姫は高々とジャンプし、ハジメさんから少し離れた場所へと着地し、悠然と立ち上がる。

「その姿は……」

 目の前へと立ち現れた呪姫。

 さっきの服装とは違い、紫色をベースとした、まるで魔法使いが着るようなローブのようで、それでいながら肩口は大きく開けられ胸元を見せないようにするためかその下にインナーのような黒い服を着ている。
 裾も脇から大きく開き、運動で鍛えられた張りのある脚をのぞかせている。
 色が暗褐色なのはストッキングかなにかをつけているからかな?
 手には魔法使いがつけそうな腕輪と指輪が光り、それが今輝きを増している。

「まずい! 俺たちが盾になるんだ!」

 危険を察したサイトさんがハジメさんへと駆ける!
 ボクもその後に続き、

「やめろ! お前を相手にするのは俺だ!」

 サイトさんが両手を広げハジメさんの前に立ちはだかり、呪姫の攻撃を防ごうとする!

『真仙の野郎の言葉通りなら攻撃されねぇよ!』

 精神可能ので余裕綽々のサイトさんの声が届く。

 が!

 呪姫の指輪と腕輪が一斉に光ると、高圧な熱量を伴った光線がサイトさんへと撃ちこまれる!

「え? なんで?」

 驚愕の表情を浮かべるサイトさんとボク。
 その姿を悲痛な表情で見るハジメさんとは真逆に無表情で光線を撃ちこみ続ける呪姫。

「え! あ! やめ! いた! え!」

 まるで連続パンチを食らったように光線を受けては躍り続けるサイトさんに、さもつまらなそうな口調で、

「あなたそれでも真士様から派遣されたNPCなの? 正直拍子抜けですわ。こんなに弱いだけのザコだったなんて」

 丁寧な口調だけど、言ってる文言が真仙さんと変わらないのがさすが親子というところか。

「あなたのように弱いものが真士様のNPCなんてチャンチャラおかしいですわよねぇ。いっそここで始末してしまえば、今後真士様のお手を煩わせることもないでしょう」

 物騒なことをいっているのにひたすら無表情で光線を打ち続ける呪姫に、ハジメさんが忿怒の表情を浮かべ、

「貴様、呪姫といったな!」
「は! ワタクシの名前くらい一度で覚えられないとは、飛んだおバカさんね」

 さらりといなす呪姫。

「貴様の野望は、僕……私が必ず止めてみせる! 魔甲装身!」

 ハジメさんが叫ぶと、突如まばゆい光に包まれる。
 すると両手の先に魔法陣が浮かび上がり、肩へと移動しながら眩い鎧なような装甲が腕を包みこんでいく。
 さらに足元からも現れ、胸へと上りながらハジメさんの体を鎧が包みこんでいき、頭部は頭上に現れた魔法陣が頸へと落ちながら兜へと変貌させた。

「シャイニングランサー!」

 すべての魔法陣が消え去り光が薄れると、そこには手に巨大槍をかまえる白銀に輝く騎士の姿が!

「はん、なにかと思えば変身ヒーロー? お父様が勇者候補に選んだのも頷けますわ?」
「なに?」

 変身したハジメさんの姿を馬鹿にする呪姫の言葉にハジメさんが反応するが、

「お父様といいましたのよ、聞えませんでした?」

「ちょっと待て……では貴様……あ、いや、あなたは真仙様の」

 突然の事情の暴露と変化についてこれないハジメさん。

「娘よ。そしていずれはこの世界を統治する真王になるもの」

「え?」

 呪姫の答に処理が追いつかず言葉を失うハジメさん。

「だから、お父様から勇者候補として選ばれたあなたは、ワタクシにとってはいらない存在ですの」

 呪姫が放った何気ない言葉、その一言を聞いたハジメさんの動きがビクッとすると、突如糸が切れたようにヘナヘナと崩れ落ちる。

「わ、私がいらない……」
「ええ、いりませんわ」

 落胆の声を上げるハジメさんにさらに追い打ちをかける呪姫。

「ま、待ってください!」

 思わずボクもハジメさんと呪姫の間に割り込み、

「なんで真仙さんの邪魔をするんですか? 娘でしょ」

 サイトさんでさえまだ転がり呻いている姿を視界の隅に捉えながらも、ボクは震える声で呪姫に問いかける。

「そう……娘だからよ!」

 顔を一瞬歪ませながら呪姫が苦々しく言葉を吐く。

「考えてもごらんなさい。自分の父親が娘と同じくらいの年齢の子に色目使っておべっか使ってる姿を……その連中から催促されたらなんでも言うことを聞くような姿を!」

 呪姫の言葉に怒りのようなものが混ざる。

「昔のお父様はそうではなかった。いつでもワタクシのために命がけで戦い、たとえ血まみれでどんなに傷ついても、ワタクシに笑顔を向け、そしていつも守ってくれた……」

 呪姫は大切な懐かしい宝物を思いだすような表情を浮かべ、

「あの頃のお父様はワタクシだけを見ていてくれた……ワタクシだけが大切で、一番の宝物だといってくれましたわ」

 恍惚とした呪姫の顔は、突如苦いものを飲み下すような感情を顕わにし、

「それをあの女どもは奪ったのですわ! ワタクシだけに向けられていた視線、思い、それをあの女どもが!」
「ちょ……ちょっと待てよ……」

 色々な感情が渦巻く呪姫の言葉に、なんとか胸を抑えながら立ち上がったサイトさんは苦しい声で、

「お前、真士が好きなんじゃないのかよ?」

 胸をさすりながら声を上げるサイトさんに呪姫はつまらないものを見るような視線を投げつけ、

「確かに真士様は好きですわ。あの紳士然としたお姿と立ち居振る舞いに、憧れない女子などおりませんわよ」

「じゃあなんで真士のNPCである俺を撃った?」

 怒りと困惑が混ざったサイトさんの問いに当然というような声音で、

「あの攻撃を防げないものなど真士様のNPCには不要ですからよ。ワタクシの知っている真士様なら、あのような攻撃をエレガントな仕草で回避しつつ、相手に紅茶を振る舞うくらいのことは致しますわよ」

「無茶いうなよ……」

 サイトさんが苦し気とも悔し気ともつかない声を漏らしながら崩れ落ちる。

『確かにあの真士さんならやりかねないけど……これが真王と勇者との力量差なのか……』

 真士の妄想に浸っているのか幸せそうな笑みを浮かべる呪姫の横顔に目をやりながらボクは思う。
 たぶんここで下手にやりあっても、今のボクたちでは呪姫を倒すどころか返り討ちにあい全滅になる。

「もしかして真士さんからNPCを派遣されるのをわざと促したんですが? 真仙さんが真士さんを嫌っているのはご存じなんでしょう!」
「派遣……NPC?」

 幾つかの疑念を口にするが、ボクの横でくずおれたはずのハジメさんが頭をもたげる。

「そんなの決まっているじゃありませんの! お父様がお嫌いな真士様にお父様がNPCの派遣を要請する時、お父様はどう思うかしら?」
「そりゃぁ、腸は煮えくり返り不快の極みでしょう」

 笑みを浮かべながら話す呪姫の態度にボクは少し苛立ちを覚えつつ言葉を返すと、

「そう、それこそが重要なの! お父様は真士様の名を上げると、決まって不愉快な表情を浮かべますの!」
「なにがいいたい?」

 真士さんとの落差から立ち直ったサイトさんが不機嫌極まりない表情でツッコむと、

「その時のお父様の表情! 真士様はお嫌いでもワタクシを嫌いになれないお父様がお困りになっている時のあの表情を思い浮かべた時、お父様の不潔極まりない所業によるワタクシの苛立ちが少し鎮まるのがわかる」

「ちょっと待て……」

 大切な思いを語るように瞳を閉じ胸に手を当てながら話す呪姫にサイトさんが言葉を挟むが、呪姫は聞いちゃいない。

「あの時のお父様の悔しそうな表情……その時ワタクシ確信しましたの! お父様が本当に大切なのはワタクシだけだということに」

「だったらそれでいいんじゃないですか?」

 とても幸せそうな表情の呪姫にボクは声をかけるが、

「でも大切なのはワタクシだけでいいの。他の女に逢ってもらいたくもないし、言葉を交わされるのも嫌。ただワタクシだけを見ていて欲しい」

 まるで愛おしい想いを口にするような呪姫。

「お前、そっちの気があるのか?」

 サイトさんが不審なものを見る目つきで言葉を吐く。

「なにか勘違いなさっているようね。ワタクシが求めているのはお父様の庇護としての愛情と唯一大切な存在としての扱い、それだけですわ。あなたのように不純な存在と一緒にしないでいただきたいですわね!」
「不純だと!」
「ええ、不純ですわ。まったくお可哀想ですわよねぇ、真姫様と真歌様。ワタクシでしたらこのようなことがあったら想い余って不純なものになにをするかわかりませんのに、あの方たちは辛抱強くお耐えになって」

 息巻くサイトさんをよそに色々とよそ様の内情を口にしながら小馬鹿にしたようにサイトさんに視線を送る呪姫に、言葉を失うサイトさん。

『怖い……女子のネットワーク……怖い……』

 ボクは二人のやりとりを見ながらそう思う。
 たぶんこの情報は真仙さんも知らないかもしれない。

『下手な真似したら明日はないね、サイトさん』

 同情とも軽蔑ともつかない視線を、立ち上がったまま硬直しているサイトさんに投げかける。

「ちょと待ってください。NPCとか真士とか、どういったことなんですか?」

 今まで外野に置かれていたハジメさんが声を上げると、

「なにもお父様から知らされていないのですわね」
「だからなにをですか?」

 魔甲の頭部を解除し、素顔を顕わにして問いただすハジメさんに、

「でしたらワタクシがあなたに真実を教えて差し上げますわ」

 呪姫の言葉と共に、夕暮れは夜の帳を落とした。




「そんな……俺たちが守っていた世界は、そんな理由で……」

 大地に手をつき絶望と悔恨の表情を浮かべながら、ハジメさんは呪姫が語った世界の真実とやらに涙した。

『確かに間違ってはいないけど、確かに真仙さんが他の女の子に逢いたいがための世界だけど……』

 どうしてもハジメさんの誤解を解きたくてウズウズしてるけど、呪姫がにこやかな笑みをボクに向けているので動けない。

「だから、お父様のためにあなたがこの世界を守る必要はないの。むしろワタクシと共に戦ってくだされば、世界はよりよくなりますわ」

 呪姫の慈愛に満ちた声に、まるで女神の声を聞いたかのような表情を浮かべるハジメさん。

「そう、ですよね! ええ、確かに世界は護られねばならない! そのための勇者、そのための僕たちです!」

 今までの落胆した表情とは打って変わり、輝かんばかりの表情で声を上げるハジメさん。

『これでいいのか?』

 心の中でボクは呟くが、いつの間にか立ち直ったサイトさんが肩に手をかけ、

「俺たちの任務はもう終わった。あとは家庭の事情だ。俺たちが立ち入るべきではない」

 なにかを悟ったような表情で言葉を告げる。

「で、でもこのままだとハジメさん、呪姫さんに就いちゃいますけど」

 どうにも割り切れない思いを口にするボクだけど、

「俺はもう勇者じゃない。それにマト、お前は一般人だ。他人の家庭の問題は勇者に任せればいい」

 爽やかともとれる笑顔だけど、目から光が失われているのがわかる。

「俺たちはやれることはやったしミャーミャンの情報も手に入れた。それで十分じゃないか。な!」

 サイトさんの心のこもらない爽やかすぎる言葉に薄ら寒いものを感じたボクも無言でうなずく。

「勇者様、結局寝返えられちゃいましたねぇ」

 どこからともなくカグラさんが現れ、呪姫とハジメさんに目をやりながら、

「あの年頃の女の子は、皆あんな感じなんですかねぇ」

 微笑ましい光景を目にするような表情を浮かべながら言葉をつむぐ。

「皆が皆そうじゃないけど、そういうところはあるかもですね」
「俺にはわからんね」
「それはサイトさんが鈍いからですよ」

 カグラちゃんの言葉にボクやサイトさんが言葉を返すけど、

「でもこれじゃぁ、アタシも真仙様の所に帰ったらなにされるかわかりませんから、別の世界に行きます」

 困ったような笑みを浮かべながるカグラちゃん。

「あんたも一緒にどうだ?」

 サイトさんが声をかけるけど、

「アタシにもやりたいことがあるから、今は別行動で」

 カグラさんが朗らかに答える。

「じゃあ、今回はここまでですね」
「ええ、いずれまた!」

 そういうとカグラさんの姿が歪み気配が消えた。

「ボクたちも戻って真士さんに報告しないと」
「こんなのどうやって報告すりゃいいんだよ」

 ボクの言葉にサイトさんが困った表情で応える。

 ボクたちも世界を離れようとする視線の片隅に、騎士の誓いを立て、呪姫の手の甲に口づけをしようとしているのを思いっきり張り倒されているハジメさんの姿が映る。

 でもその表情はにこやかで、呪姫の顔にも屈託のない笑みが浮かんでいる。

 任務自体は失敗だけど、たぶん……

 こういう終り方もいいのかもしれない。


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