「あれが……勇者……」
ボクの横で桐先さんが間の抜けた声をだす。
それもそうだ。勇者様が貫禄たっぷりの大柄で強面のアメリカンショートだなんて。
「桐先さん、この子のこと、知ってました?」
「それは……だってゴンゾウは沢木さんの奥さんの……」
「?」
「沢木さんの奥さん、ミスエさんっていうんだけど、病弱でね。よく入退院を繰り返していたの。だからミスエさん、沢木さんが寂しくないようにって……」
「じゃあ、奥さんからの……」
「ミスエさん、ゴンゾウのことを可愛がっていたわ……それはもう、ゴンゾウのように自由に外に出かけたいって」
「じゃあ……」
「だから……その甲斐あって病気がよくなってね」
「……は?」
「今はもう随分よくなって、今までできなかった海外旅行にも沢木さん放っといてでもバンバン行くようになって……」
「おい?」
「だから留守中にもしゴンゾウになにかあったら……」
「誰がビビってんだよ?」
話の成行きにサイトさんが浮かない表情で尋ねると、
「沢木さん。もう、ミスエさんにぞっこんなんだけど、その分怒られたり嫌われたりするのに恐怖心まで抱くようになっちゃって……人を好きになるって難しいわよねぇ」
他人の家庭の事情をご近所の奥様会話調で暴露する桐先さんだけど、話を聞いているサイトさんの顔がみるみる曇る。
「サ、サイトさん……サイトさんは大丈夫だから、大丈夫だから……」
ボクは落ちこみつつあるサイトさんを明るくフォローする。しかし桐先さんが、
「君もなにか痴情でもめてんの? 大変よねぇ、若い子は特に」
さらなる追い打ちをかける!
しかし……
『おい!』
いきなり渋オジ調の声が頭に響く!
「だ、誰?」
思わずボクは声を上げるが、
『声に出すんじゃねぇ! コイツにばれちまうだろ!』
ボクは声の主を探しきょろきょろと周囲を見回すと……ソレと目があった……
『そう! 俺様だよ! 待ってたぜ!』
そこには勇者のゴンゾウさんが、その貫禄たっぷりの体躯を沢木さんに渾身のハグをされ、顔と左腕だけを沢木さんの肩の上から見せて、不敵な笑みを浮かべてボクたちを見返していた。意識共有を使ったのか……
正直、下ぶくれで傷だらけの顔に眼つきの悪いアメショーの不敵な笑みって怖いです……
『おい、聞えてるぞ! 俺様が怖いって? 馬鹿いうな! ミスエ嬢ちゃんにはラブリーでプリチーな可愛い子って呼ばれてんを知らねぇのか!?』
ゴンゾウさんのドスの利いた声が飛んでくる。
うん、知ってる。そういうのって必ず飼い主さんがいうセリフだから。可愛いと思っていないで溺愛できる飼い主さんなんていないから!
『おいおい……溺愛されてるなんて……照れるじゃねぇか』
目を細めて満足げに口を歪めるゴンゾウさん!
なんなのこの勇者様!
『それより、コイツをどうにかしてくれ』
『……コイツ?』
『コイツっていったらコイツしかいないだろ!』
顎をクイッと動かして沢木さんを示す。
『コイツ、さっきから力いっぱい抱きしめやがって、身動き取れねぇ!』
『あ……』
そのことに気づいたボクたちは沢木さんに駆けより、
「よかったですね、ゴンゾウが見つかって」
「うん! これでミスエさんに怒られなくてすむ!」
声をかける桐先さんに涙交じりの声で応える沢木さん。
この人、奥さんが好きなのか怖いのかどっちなんだ?
それで力が弱ったのか、ゴンゾウさんが沢木さんの手を逃れようとモゾモゾ動く。
「あ、ゴメンゴメン! 強く抱きしめすぎちゃったね」
そういうと沢木さんは、ソッと床にゴンゾウさんを降ろす。
『ちぃ……せっかくきれいに舐めたっていうのに、男の臭いがついちまった!』
体を不機嫌に振りながらのゴンゾウさんの声。
気持ちが荒れているのか尻尾を荒くブンブン振っている。
「あ、あの……なんでこの子が?」
ボクはゴンゾウさんに気を使いながらも、沢木さんに事情を尋ねると、
「だってミスエさんがいない間は、大学にはいつも連れてきてるんだよ。もちろん許可を取って、僕の研究室から出さない、っていう条件だけど」
沢木さんが事もなさ気に応える。
「大学としても、幾つかの条件を提示して、一応それが順守されていましたから、お咎めするわけにもいきませんし」
「それで今回ここに出張ることになったんだけど、留守中になにかあるのも嫌だから、ケージに入れて連れてきたんだけど、何故かロックが外れて逃げ出してしまってね」
「一時はどうなることかと思いましたよ。まさか遺跡に向かって行くだなんて!」
「僕だって予測できなかった。でもゴンゾウは一直線に遺跡に向かったから、気が気じゃなくて……でも君たちの到着を待っても大丈夫そうだったし」
沢木さんがゴンゾウさんとボクたちの間でどういった会話がないされているかも知らずに、朗らかにゴンゾウさんへの思いを語る。
『……知らないってことは、幸せなんだな……』
遠い目をしつつそんな感想を抱く。
「でも、この部屋の奥にある扉の先に、まだなにか通路のようなものがあるようです」
桐先さんがタブレットを見つつ状況を説明する。
もちろん、タブレットがあるからわかるのではない。彼女のタブレットは錬成されたもので、通常以上のサーチ能力と情報分析処理能力を持つ一種のマジックアイテムみたいなものだ。
それに彼女の能力とあわさり、神がかった探知能力を発揮しているんだ。
「この扉を開けられれば……」
「それよりこの警官たち、どうするんだよ?」
扉の先に興味津々の沢木さんの言葉を遮り、サイトさんが警官たちのことを告げる。
確かにこのままここに放置したら、今度はどうなるか……
「それじゃ一度この人たちを、出入り口まで運びましょう。幾ら三人の警官とはいえ、四人で運べば大丈夫!」
ボクたちは桐先さんの提案を飲み、一度警官たちを連れて出入り口へと戻る。
この異常事態に、待機していた警官隊から色々尋ねられる。
でもボクたちは適当にごまかし(さらに桐先さんが倒れていた警官たちの記憶を操作して、ガスのようなもので気を失ったことにしたようだ)、まだ危険があるようなので、ボクたちの調査が終わるまで、待機していてくれないか、ということで、なんとか承諾を得ることができた。
そして再度扉の前までやってくると……
「やっぱり最近開閉した形跡がある」
沢木さんが小さな声を口にする。
「見てごらん、この床のホコリを。あまり積ってはいないが、こことそこの色が違う。これは開閉時についた扉の軌跡だ」
そういいながら床の一部分を指し示す。
云われたとおり、そこには扉が開閉した跡があった。
「つまり、今まで遭遇したものたちは……」
「最近ここから現れた可能性がある」
沢木さんが断定調で告げる。
「だから、この扉を開けると……」
「こうか?」
沢木さんの言葉が終わる前に、サイトさんがおもむろに扉に手をかけ開けてしまう!
「な、なんでいきなり!?」
唐突のことに驚く沢木さん!
「いや、扉が開くんなら開くかなぁ、と思って」
サイトさんが悪気もなく応える!
「この扉、なにがあるかわからないんだよ! なんで無造作に開けられるの!? もし罠や仕掛けがあったらどうするの!?」
柄にもなくサイトさんを怒鳴りつける沢木さん!
「でもま、今のところ問題ないようですし、この先に進みましょう!」
その場の雰囲気が悪くなったのを察したのか、桐先さんが二人の間に入り、沢木さんをなだめる。
「まったく……桐先くんからは調査の専門家だと聞いていたから、君たちのような未成年でも同行させたというのに……桐先くん、その情報は確かなんだろうね!?」
怒りの矛先を桐先さんに向け、ボクたちの素性を再度確認する沢木さん。
「はい。この手の探索などに離れていて、すでに幾つもの調査で功績を立てている方たちです」
「僕は知らないけどね」
桐先さんの丁寧な対応に憤懣やるかたない沢木さんの声。
「しかし……今から他の人を呼んでも時間がかかりすぎるだろうし、さっきのようなのが出てこないとは限らないし……少なくとも君は戦いだけなら得意なようだから、余計なことはしないでくれよ」
「ヘイヘイ……」
指を差して抗議する沢木さんの言葉をそっぽを向いて応えるサイトさん。
サイトさんの態度も褒められたものじゃないな……
そんなことを思いながらも、ボクたちは扉の向こうへと、その戸口を潜って進んだ。
『でも、なんで沢木さんのことをコイツって呼ぶんですか?』
照明もなく、漆黒の闇に満たされた通路を、手に持った懐中電灯や安全ヘルメットのヘッドライトで照らしながら進む中、ボクはゴンゾウさんに意識共有によって尋ねる。
『お前、ヒエラルキーって言葉、知ってるか?』
ボクの前、ちょうど沢木さんの横を尻尾を振り振り歩くゴンゾウさんが、ちょっと僕を見て返してくる。
『ええ、支配制というか階層制というか』
『わかってんな。じゃあいいことを教えてやる』
そこでゴンゾウさんは一息吸い、
『俺様の飼い主、というか、まぁ、俺様のファンだわな。ミスエ嬢ちゃんは俺様にぞっこんだ。ここまではいいな』
『はい』
『そしてコイツは嬢ちゃんにぞっこんだ。ここまでもいいな』
『はい』
『じゃあ考えてみろ! コイツよりもミスエ嬢ちゃんは偉いが、その嬢ちゃんは俺様にぞっこんなんだよ! 一番上にいるのは誰だ?』
『……ゴンゾウさん?』
ボクの答えを聞いて、満足げな目を細め、口をニマァ、とするゴンゾウさん。
正直可愛いというより、少しムカつく。
『そうだよ! つまり一番偉いのは俺様だから、ミスエ嬢ちゃんよりも下の奴の名前なんか覚えるわけねぇだろ! だからコイツでいいんだよ!』
『………………』
ボクはその時言葉を返すことができなかった。いや、その場でゴンゾウさんの言葉を聞いたサイトさんや桐先さんもなにも言葉を返せないのだろう。
二人ともなんともいえない目でゴンゾウさんを見ているが、上機嫌に尻尾を振りながら歩くゴンゾウさんを、時折気づかいながら声をかける沢木さんを見る目つきには、確かに前よりも優しいものに満ちていたような気がする。
「この先の通路が途切れて……巨大な縦穴?」
桐先さんが怪訝な声を上げる。
「縦穴ってなんだよ?」
「わからないわ……でもおおよそ直径30mの円形状の空間が、下に向っている……」
サイトさんの言葉に桐先さんがタブレットの画像を見せて応える。
確かにそこには、直径30mほどの円形の空間と、下に向かって延びているという表示がされている。
「これって……」
「とにかく行ってみるしかないな……」
「ええ……」
ボクたちの深刻な雰囲気をよそに、
「この先にどんな光景が広がっているのか、実に楽しみだよ、なぁ、ゴンゾウ!」
「ニャ~☆」
沢木さんの言葉に愛想よく応えるゴンゾウさん。
『もっともテメェは足手まといだかな!』
……ゴンゾウさん、心の声が駄々漏れです……
やがてその空間へと辿り着く。
そこはタブレットの表示通り、直径30mの円形の空間となっており、壁は煉瓦をくみ上げて作られたもので、さらにその壁面には下へと向かう階段が、壁に沿って螺旋状に続いている。
そしてさらに不可思議ともいえるのは、その穴の遥か下からは、青白い光が発せられていた。
「この下に、なにかあるな……」
「ええ、タブレットにも反応がないところから、なにか……より強力なものが……」
サイトさんと桐先さんが顔を見合わせ、互いの意見を述べる。
確かにこの下になにかが……でも……
「あ! ゴンゾウ、待ってぇぇ!」
沢木さんが声を上げた方をボクたちは一斉で見つめる!
するとゴンゾウさんが足早に階段を降りていく!
「なっ! あのバカ猫!?」
「なにを焦って!?」
サイトさんと桐先さんが口々に叫び後を追う!
「ボ、ボクたちも行きましょう!」
「そ、そうだね!」
ボクと沢木さんもその後を追った!
思ったよりもゴンゾウさんの歩みは早い。
猫と人間では速度が違うというが、今のゴンゾウさんはまるでなにかに引き寄せられるかのように、その足を速めている。
『ちょ、ちょっと待ってよゴンゾウさん!』
『馬鹿野郎! 早くしないと大変なことになりかねねぇんだぞ!』
意識共有で話しかけたボクの言葉に、ゴンゾウさんがやや興奮気味に応える。
『大変ってなんだよ?』
足早に階段を下りながら、サイトさんも意識共有で話しかけた。
『さっきあった連中いたろ?』
『あの虫というか宇宙人というか変なの?』
ボクの言葉にゴンゾウさんはちらっと振り向き、軽く頷く。
『ありゃ、元々は敵じゃねぇ!』
『どういうことだ?』
ゴンゾウさんの意外な答えにサイトさんの声。
『ありゃ、もう一人の俺様を護るために配置された警備用のヤツらだ。本来は俺様のいうことを聞くはずだったんだが……』
予想外の返答。もう一人の俺様って?
『俺様はあくまで司令塔、まぁ、魂と呼んでもいいがな。そのために自由な行動は許されているが、一兆事あるときにはそいつに乗ってこの世界を護るための勇者として戦う使命を与えられている』
『じゃあ……』
『ああ。そこには勇者としての力を持つ器が保管されているんだ』
『じゃあ、この崩落事故っていうのは……』
『事故、じゃねぇな……誰かが勇者の器をどうにかするために入りこんだんだろう。そして護るはずの奴らを洗脳して、俺様たちを襲わせた』
ゴンゾウさんが視線も厳しくそう告げる。
『あの事故以来、器との交信が途絶えたんで、変だと思ったから、なんだかんだでコイツと一緒にやってきて、様子を調べるはずだったんだが……まさか侵入者がいるとはな……』
足早に階段を下りながら状況の説明を続けるが、
『まさか……その器を乗っ取るため?』
桐先さんが不安げな声を上げるが、
『それはねぇ! だがな、考えてもみろ。今器には魂である俺様がいねぇ。だったらほぼ一方的に攻撃ができるはずだ』
『ちょっと待てよ……それじゃあ……!』
ゴンゾウさんの激しく揺れる尻尾を見つめサイトさんの声が荒ぶる。
『ああ。今勇者の力を持つ器は、障壁を除けば無防備状態だ。障壁さえ壊せば、破壊できる状態だということだ!』
ゴンゾウさんの厳しい声がボクたちの頭に響いた!
「ちょっとぉ、ゴンゾウ! もう少しゆっくり行こうよぉ!」
危機的状況を全く知らない沢木さんの間の抜けた声。
少し息が上がっているのは、歳のせいか日頃の運動不足のせいか……
『アイツは気にするな。あえて離れればアイツに被害はない』
ゴンゾウさんの決然とした言葉。
だからあえて足早に……
どうにかボクでもついていくのにやっとの、足早に階段を下りるゴンゾウさんの後姿を見ながら、不思議と笑みが浮かぶ。
『やっぱり沢木さんのこと、好きなんですね』
するとしばしの沈黙ののち、
『……勘違いするなよ。俺様はアイツになにかあって、ミスエ嬢ちゃんが泣いた姿を見るのが嫌なだけだ』
憮然とした態度でいうものの、ボクは思わず笑いを抑えるのに必死になる。
それ、ツンデレセリフのテンプレートですよ……
『なんだよ? そのツンデレって? 食えんのか?』
ゴンゾウさんのキョトンとした声。
変に言葉は知ってるけど、最近の造語とかには疎いところをみると、やっぱりゴンゾウさんはなんだかんだで可愛いニャンコなんですね。
『おいおい、可愛いだなんて、もう聞き慣れてるから……よしてくれよ』
ボクの声に笑みを浮かべる。これさえなければ……
「変だな……」
深淵へと至る階段が無限の時を刻むかのように、ボクたちの足音を響かせている中、前を行くサイトさんが独りごちた。
「どうしたんです?」
気になって尋ねる。
「この先に魔法発動の反応がある……」
そして少し口を閉じると、
『おい、ゴンゾウ!』
『この無礼者! ゴンゾウ様と呼ばんか、若造が!』
脳内で響く会話と共に、互いを凄まじい憎悪のこもる視線で睨みつけるサイトさんとゴンゾウさん。
『お前の器、障壁とか張ってるっていってたな?』
『サポート役のボウズが勇者様に尋ねる態度じゃねぇな! だが教えてやる! そう、俺様の器はそう簡単に奪われないよう、多重の魔法障壁が張られている! だから、ちょっとやそっとの攻撃じゃあ、器に傷すらつけられねぇよ!』
『え、待って! なにかの魔法が解除された形跡が……』
ゴンゾウさんが得意満面の顔で説明している最中、桐先さんがタブレットに目をやって叫ぶ!
『おい……攻撃では傷はつかないんだよな?』
『……そのはずだが……』
『じゃあ……解除魔法に対しては?』
しばしの沈黙……
『……その手があったのか……』
ゴンゾウさんの妙に感心した声!
『バカものぉぉぉぉぉ!』
サイトさんが罵声一発、いきなり階段を駆け下りはじめる!
『障壁の数は憶えてますか?』
桐先さんがゴンゾウさんに尋ねるが、
『さぁてなぁ……俺様も何度か器に乗って動かそうとしたことはあったものの、障壁を張ったのは先代……いや、先々代かもしれねぇが、とりあえず所定位置に戻して呪文を唱えれば何重かの障壁がかかって器を保管状態に出来る、っていうことくらいしか記憶がないからなぁ……』
桐先さんとゴンゾウさんが、猛スピードで階段を駆け下りるサイトさんに追いつこうと、駆け足で階段を降りていく。
ボクもそれに遅れまじと、以前サイトさんがくれたブーツの加速魔法を発動させ、猛スピードで階段を下る!
後の沢木さんの姿は、いつしか遠く見えなくなっていた。
「もう! この障壁って幾つあるの!」
さすがに階段を下り続けたおかげか、やっと底が見えてきた。
そして上から見えた光の近くから、奇妙に甲高い声も聞こえてくる。
「なんだ、あいつ?」
サイトさんが声を殺してボクたちにその存在を教える。
その姿……それはいわゆる悪の魔導師然とした、赤地に金色の刺繍で彩られた派手で重そうなローブを纏い、手には杖、そして短い銀髪で彩られた額には魔法発動を助けるのかもしれない緋色の宝石がはめこまれたサークレットをつけ、今まさにその光に向け呪文を唱えている最中だった。
「あいつが……敵役のNPCか?」
サイトさんが呟くと、それから見つからないくらいの位置でボクたちを集め、軽く精神集中すると、ボクたちの姿が薄れ、そして身が軽くなる。
『透明化の魔法と浮遊魔法か……ボウズ、お前意外とやるな』
ゴンゾウさんがサイトさんの手を舐めながら、舐めたように口をきく。
『もう少し奴に近づこう。詳細を知りたい』
サイトさんはそういい、ボクたちを魔導師の後ろ側の位置へと導き、そして様子を窺いはじめる。
やがて魔導師が唱えていた呪文が完成したのか、その手にしている竜を象った金色の杖から光が放たれ、そして!
光を発していたものが、一瞬強烈な光と、まるでガラスが砕けるような甲高く耳障りな音とともに、光の破片をばらまき、その光を一段下げる。
薄くなった光の中に、なにか……巨大ななにかが横たわっているのが見てとれた。
『ちっ! 障壁がまた一枚解除された!』
その光景にゴンゾウさんが声を上げる!
『あの中に見えるのが器なんですか?』
『ああ……だが奴がいたんじゃ器に乗れねぇ!』
ボクの問いかけに、苦々しい顔で応えるゴンゾウさん。
『そもそもあいつはなんなんだ? NPCにしては行動がこそこそしすぎていて、ストーリーに絡むにはあまりにも隠密行動すぎる』
サイトさんが魔導師について言及する。
確かに伝説成就のために勇者と対峙するのであれば、その器を破壊してしまっては勇者の役割が果たせなくなる。
「まさか……他の真王が差し向けた……」
思わずボクが声を上げると、
「……なに?」
その声を敏感に感じとったのか、魔導師が振り向く!
そして顔を上げ、まるで周囲の臭いを探るように、
「臭う……臭うわぁ……これは、魔法の香り……」
そして杖を前に両手で捧げ、意識を集中させるように念を込めると、杖の先が魔法の輝きを示す。
「ほう……透明化の魔法の使い手がいるの……それに他にも微弱な魔法の反応もある……これは複数の魔法の使い手が……」
そういいながら、光の明滅が激しくなる方向を探り、やがて僕たちの方へと決然とした足取りで近づいてきた!
『ちっ! こうなったら……』
そういった刹那!
サイトさんが突如横へと跳躍し、魔導師の背後から襲える場所へと移動する!
「!!????」
しかし移動しようとしたはずのサイトさんが激しい光を発すると、その体には光の鎖が巻きつけられている。
鎖を振りほどこうともがくものの、それは徐々にサイトさんの体を締めつける!
「ああん、やっぱりいた! 万が一に備えて、対人用魔法トラップを仕掛けておいてよかった☆」
そう色っぽくいうと、魔導師はサイトさんの方へと、一歩、また一歩近づいていく。
「お前、NPCじゃないのかよ」
サイトさんが苦しい息の元で魔導師に問いただす。
「あらあら、まだ抵抗する意思があるとは……それにNPCという言葉を知っているということは、あなた、どこかの真王に頼まれたの?」
そういうと拘束されているサイトさんの顎に優しく指を走らせる。
短くカットした銀髪と中性的な容貌のため、男か女かはわからないけど、その美しい造形とは裏腹に、口元には嗜虐的笑みを浮かべ、瞳には、獲れたての獲物をどう料理するかという狂気に満ちた緋色の輝きに満ちている。
「………………」
サイトさんが無言で応える。
その反抗的な視線にニッコリと笑みを返すと、
「まぁ、いいでしょう。どうせこの世界は真姫のものだから、その手下、というところでしょう?」
「あいつのこと知ってんのか?」
唐突に出てきた真姫ちゃんの名前に、サイトさんが反応する!
「ん~……やっぱりそうなの? あの子、ワタシね……嫌いなの」
「………………」
「たって、ワタシよりも大したことないのに、いっつも取り巻きがいて……だからね……」
「……どうするんだよ……?」
魔導師の一人語りに胸騒ぎを覚えたサイトさんが口をはさむ。
「ワタシ、この世界の勇者を倒して、世界を滅亡させてやるの! ここばかりじゃない! あの子が持っている世界、全部!」
瞳から緋色に染まる狂気の輝きを放ち、満面の笑みを浮かべながら、魔導師は高らかに宣言する!
「そ、そんなこと……させねぇぞ!」
サイトさんは必死でもがくが、どうにも力が出ない感じだ。
「……どうなってんだ、この鎖!?」
思わず声を上げる!
すると魔導師は再びサイトさんへと向き直り、手を後ろに廻して、まるでサイトさんに見せつけるようにゆっくりとその前を歩きながら、
「その鎖にはね、魔法封印と魔力吸収、それに脱力の魔法が付与してあるの……」
「!?」
サイトさんの驚きの表情を眺めながらニヤニヤし、さらに続ける。
「だからぁ、もしアナタが元勇者であっても……ムゥダ☆」
サイトさんの顔に顔を近づけ、最大級の侮蔑をこめて口調で言い放つ!
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
高らかな笑い声を上げるが、またクルリとサイトさんに振り向き、
「そ・れ・で……他のものはどこか、お・し・え・て!」
そういって杖の先端をサイトさんに胸倉に突きつける。
「……いうわけねぇだろ……」
「もう! アナタのその瞳、たまらなく好きなタイプ」
そういうと、再び杖を両手で前にかざし、
「……そう……そこなの……」
そして再びボクたちがいる場所へとやってくる!
『……桐先さん』
『なに?』
『サイトさんの魔法、解除できますか?』
『……魔法強度はそれほどでもないから、たぶんできる。ただ時間がかかりそうだけど……』
『……わかりました』
桐先さんから説明を聞き終えると、ボクはサイトさんとは逆の方向に駆けだす!
少しでもサイトさんから離さないと!
でも……
「甘い!」
激しい衝撃が体を突き抜けたかのような感覚を覚えるのと同時に、魔導師の耳障りな声が飛びこんでくる!
「ん……あ……」
罠にかかったボクは苦しさと痛さのあまり、声にならない悲鳴を上げる!
「アラアラァ……こんな可愛い子までいたなんて……」
そして魔導師はボクの方へとゆっくりと歩みを進める。
それはボクの恐怖を増すためでもあり、その瞳に映る自分の姿を見て、悦にいるためでもあると、ボクの瞳を見つめ続ける魔導師の表情から読みとれた。
『ま、まだ、ですか……』
『もう少しだから……』
痛みで意識が朦朧とする中、解除の進行具合を桐先さんに尋ねる。
でもボク……もう……
体を縛りつける痛みと苦しさのあまり、ボクの意識が薄れゆこうとした時!
『おい、そこのどサンピン!』
凄みの効いたイケオジの声が頭にこだました!
「な、なに!?」
いきなりのことに動転する魔導師!
『ここだよ、ここ! 待たせたな!』
「えっ!?」
声の方向に、ボクたちの視線が一斉に集約される!
そこには全高5m、全身を白い毛で覆われ、青白く光る縞模様を持つ巨大なホワイトタイガーが雄々しく立っている。
その瞳は縞模様同様、青白い光を迸らせ、その口腔からも青白い吐息が漏れている!
そしてその額の上に立ち、帝王が如くボクたちを見下ろしていたのは……
「ゴンゾウさん!」
思わず声を上げた!
『確かに、対人トラップってヤツァ、相当厄介なものみたいだよなぁ! そう、人にはな!』
「な! 猫が!?」
『でもなぁ……試しに俺もそこいら歩いてみたがピクリともしねぇ……重さかそれとも大きさか……どういった基準で発動するのかは知らねぇが、お前がそのボウズを可愛がっている間、好き勝手歩かせてもらったぜ!』
ゴンゾウさんがすでに見慣れて満足げな笑み上げる。
『障壁まで減らしてくれたおかげで、解除にも時間がかからなかったしなぁ……だからよぉ……楽しませてくれた礼をしねぇとな……』
そういうと、ゴンゾウさんの瞳にも、器と同じ青白い輝きがほとばしる!
「ま、まさか……あんたが……!?」
悲鳴にも似た魔導師の叫び!
『そうよ! 三百代目、四聖獣白虎! 久々にお目覚めよ!』
そう雄叫びを上げると、ゴンゾウさんは器の額の中へと吸いこまれていき、そして白虎と化した器と一体となる!
『ウ……ウォォォォォォォォォォォォォォォォォ!』
凄まじい咆哮と共に、いきなり魔導師へと突進する!
「ひっ!?」
思わずうずくまる魔導師! その上を飛び越え、壁に派手にぶち当たる白虎!?
おい……
『ちっ……久々だけにコントロールが上手くいかねぇ……』
ゴンゾウさんの声が漏れてくる。
久々って……どのくらい使ってなかったんだ……
「ひ……ひぃぃぃぃぃ!」
魔導師があまりのことにパニックに陥り、様々な攻撃呪文を無差別に放つ!
「ふん!」
その前に立ちふさがり、魔法障壁によって魔法をことごとくはねのける芸当を見せるサイトさん!
「か、解除……できたんですか……?」
苦しい息の中、その姿を見て、嬉しさのあまり涙声になるボク。
「ああ、お前が時間を稼いでくれたおかげだよ!」
サイトさんが振り返らずに背中で語る。
ボクを護ってくれるその背中だけでも、ボクは……
「今すぐ君も解除するから!」
桐先さんがタブレットをそうすると、僕の拘束も解けた。
「大丈夫?」
「は、はい……」
桐先さんがボクに手を当てる。するとそこから痛みも薄れていき、高速で傷ついた衣類が、元の状態へと戻っていく。
「これって……」
「回復魔法は私の専門。だから大丈夫」
そういって笑みを浮かべる桐先さん。
「ば……ばけもの……聞いてた話と違うじゃない!」
「どういう意味だ?」
魔導師の言葉に問い返すサイトさん。だが、
「こ、ここは逃げの一手……」
そう囁くと、魔法を使ったのか一気に上空へと上昇する!
「ちっ! 高速飛行の魔法か!?」
サイトさんも後を追おおうと、魔法発動のため意識を集中させるが、
『フッ!』
その掛け声とともに、一陣の風がボクたちの横を駆け抜けた!
「な、なんだ……」
呆気にとられるボクの隣で、タブレットを見つめていた桐先さんが、
「白虎……ううん、ゴンゾウさんよ! 今壁を蹴って急上昇しながら、魔導師のあとを追ってる!」
タブレットに移った二つの輝点は、徐々にその距離を縮めていった!
「な……なに、なんなの! アイツら!」
意識共有のおかげか、ゴンゾウさんの耳がいいのか、魔導師の囁きまで聞こえてくる。
「あんなの相手じゃワタシでは勝てない……やっぱりあの方に目覚めてもらわないと……ん?」
上昇する魔導師がさらに上を見て、なにかに気づく。
その言葉にゴンゾウさんも上を見る。
沢木さんだ。
もう疲れきっているのか、足取りも重く、這う這うの体で階段をまだ下りている最中だ。
「アイツ……使える……」
その魔導師の含みのある囁きに、ゴンゾウさんの視野が一気に赤くなる!
そしてゴンゾウさんのスピードは今までのそれを超え、ボクの意識では処理できない速度へと上昇した!
やがて……
「ハァイ!」
魔導師が陽気に沢木さんに声をかける!
空中に浮かぶ珍妙な存在と疲れのため、目をパチクリする沢木さん!
「いいところであったわねぇ! ア・ナ・タには、人質になってもらうわ」
「は?」
「だぁかぁらぁ!」
呆然とする沢木さんに魔法の杖の先端を向け、
「答えにノーはないから。一緒にきて……」
その瞬間二人の間に巨大な白い壁が立ちふさがる!
『お前にコイツはやらせはしねぇ……』
その壁を見上げるように凝視する魔導師。
『ミスエお嬢が、俺様よりも大切に想っているコイツの命を、やらせはしねぇ!!』
まるでスローモーションで見るかのように、その顔には絶望と恐怖、そして今から自分の身に起こるであろう事態を予期してか、その顔を大きく歪み……
『フン!!』
次の瞬間! 巨大な白い塊の直撃を受け、地の底へと落ちて行く!
やがて絶望的な絶叫と共に……
魔導師はボクたちがいる奈落へと叩きつけられる!
でも……
「……こいつ、すげぇな……」
奈落の底で、白目は向いているが、人としての原型を保ち、さらに息まである魔導師をこずいて、サイトさんは感心の声を上げる。
「……しぶといですね……」
桐先さんも感慨深い声を漏らす。
そこに壁つたいで白虎のゴンゾウさんが帰ってきた。
背中には意識のない沢木さんを乗せている。
「沢木さん、どうしたんですか?」
不審がったボクはゴンゾウさんに尋ねるが、
『なぁに、あの変なのや俺様を見たら気絶しやがった! 意外と根性ねぇ奴だなぁ!』
そういいながら鼻先で沢木さんの頭を小突く。
でも、さっきのゴンゾウさんの言葉、あれが本音なんだと思うと、この仕草ですら可愛らしい。
『おい、舐めんじゃねぇぞ! コイツは俺様より下だから、面倒見てやってるだけなんだからな!』
睨みを効かせた顔でボクを見る。
『はいはい。ゴンゾウさんは沢木さんが頼りないから助けたんですよね』
『おお、わかってんじゃねぇか! コイツァ、俺様がいねぇとダメな奴なんだよ!』
上機嫌の笑顔を浮かべる。
もっとも猫の時と違い、巨大な白虎の笑顔というのは、コワカワイイという感想しか抱けないけど。
『これからどうするんだ?』
サイトさんが尋ねる。
『そうさなぁ……ここにはもう障壁もねぇし、差しあたって器保護のためにも他の場所に移らねぇと』
『どこか候補でもあるのか?』
『先代の言い伝えじゃ、カミシロ地区、つまり俺様のテリトリーでもある場所なんだが、そこにも似たような場所があるっていう話だから、とりあえずそこに移るわ』
『しかし、ここにその器が安置されていたというのにはわけがあるのでは?』
桐先さんが疑問の声を上げる。
だがゴンゾウさんはあまり考える風もなく、
『さぁなぁ……俺様はただこの器を護り、なにかあったら戦え、この世界を護れ、といわれてただけだしなぁ……』
『でも、この遺跡のデーターでは……』
「なんですか?」
桐先さんの話に興味を惹かれたボクは、タブレットを覗きこむ。
そこには、白虎が安置されていたと思しき場所に、人型が描かれている。
「なんですか、この印?」
ボクは尋ねるが、ゴンゾウさんは首を傾げ、
『知らねぇなぁ……ただ先代やその前からも、白虎はみだりに場所を動かすな、とはいわれてたけどな』
「それってどういう……」
『まぁ、なんにせよ、障壁がないんじゃ常時接続していない限り器は無防備だし、それじゃあ俺様がもたないから、カミシロに移るわ! なにしろあそこには俺様のハニーたちや娘息子がいるからよ!』
「子持ちなのかよ!?」
『いちゃ悪ぃのかよ?』
サイトさんの驚きの声に憮然と応えるゴンゾウさん。
『じゃ、ま、コイツのことは頼むわ。記憶もいいように操作して誤魔化してくれよ、ベッピンさん!』
そう言い放つと、ゴンゾウさんは降りてきたときと同じように壁つたいに外へと出ていく。
「じゃあ、私達も戻りましょう」
桐先さんがそういい、ボクたちの帰還を促す。
「ああ、戻ろう」
「でも……」
ボクは奈落を振り返る。
『あそこに描かれた人型は、なんだったんだろう……』
魔法を使ったおかげで、小一時間もかからずにボクたちは外にでられた。
警官たちには沢木さんが倒れたことで、一時調査中止ということで納得してもらい、真姫ちゃんの意見も聞きたいので、引き続き警戒と現場の立ち入りを禁止するように依頼して、その場をあとに、異空間の部屋へと戻ってくると……
「おかえりなさ~い! ねぇ、疲れたでしょ? ご飯にする? お風呂にする? そ・れ・と・も……」
「おい、あの遺跡の器のこと、知ってたのか?」
「器?」
「白虎のことだよ」
「ううん……でもなにかでアレが封印されてたところっていうのは知ってた。だからね、真姫、封印が解かれると困るから、少し不安だったけど、さすがサイトくん! 敵を撃退したんだね!」
その言葉にボクたちはゴンゾウさんのいっていたことをを思い出し、顔を見合わせ、
「あのね、真姫ちゃん……その……」
ボクが言い難そうにしていると、横からサイトさんが、
「すまないが、その封印、解けちまったかもしれない」
その言葉に一瞬呆然となり、そして震えだす真姫ちゃん。
「な……なんで……だって敵は……」
真姫ちゃんらしからぬ様子に、ボクたちも不安になり、
「いや、でもしょうがなかったんです。あそこで勇者の器である白虎を破壊されたら、この世界を護ることができなくなるから……」
「だから、もしなにかあっても、この世界は俺と勇者ゴンゾウで守るから!」
そういってボクとサイトさんは真姫ちゃんを慰めるが、
「……ダメだよ……だって……だって……」
真姫ちゃんが顔を俯かせて涙声で訴える。
「……おい? あそこには一体なにが封印されてたんだ?」
その様子の異様さにサイトさんが真姫ちゃんの肩を掴んで問いただすと、真姫ちゃんはサイトさんを見つめ、
「……あそこにいるのは真歌……私と同じ真王の一人……」
その名前には聞き覚えがある。
確か黒竜が口走った真王の名!
「だから……だから早くあそこに戻らないと!!」
真姫ちゃんが鬼気とした眼差しで告げる!
ボクの横で桐先さんが間の抜けた声をだす。
それもそうだ。勇者様が貫禄たっぷりの大柄で強面のアメリカンショートだなんて。
「桐先さん、この子のこと、知ってました?」
「それは……だってゴンゾウは沢木さんの奥さんの……」
「?」
「沢木さんの奥さん、ミスエさんっていうんだけど、病弱でね。よく入退院を繰り返していたの。だからミスエさん、沢木さんが寂しくないようにって……」
「じゃあ、奥さんからの……」
「ミスエさん、ゴンゾウのことを可愛がっていたわ……それはもう、ゴンゾウのように自由に外に出かけたいって」
「じゃあ……」
「だから……その甲斐あって病気がよくなってね」
「……は?」
「今はもう随分よくなって、今までできなかった海外旅行にも沢木さん放っといてでもバンバン行くようになって……」
「おい?」
「だから留守中にもしゴンゾウになにかあったら……」
「誰がビビってんだよ?」
話の成行きにサイトさんが浮かない表情で尋ねると、
「沢木さん。もう、ミスエさんにぞっこんなんだけど、その分怒られたり嫌われたりするのに恐怖心まで抱くようになっちゃって……人を好きになるって難しいわよねぇ」
他人の家庭の事情をご近所の奥様会話調で暴露する桐先さんだけど、話を聞いているサイトさんの顔がみるみる曇る。
「サ、サイトさん……サイトさんは大丈夫だから、大丈夫だから……」
ボクは落ちこみつつあるサイトさんを明るくフォローする。しかし桐先さんが、
「君もなにか痴情でもめてんの? 大変よねぇ、若い子は特に」
さらなる追い打ちをかける!
しかし……
『おい!』
いきなり渋オジ調の声が頭に響く!
「だ、誰?」
思わずボクは声を上げるが、
『声に出すんじゃねぇ! コイツにばれちまうだろ!』
ボクは声の主を探しきょろきょろと周囲を見回すと……ソレと目があった……
『そう! 俺様だよ! 待ってたぜ!』
そこには勇者のゴンゾウさんが、その貫禄たっぷりの体躯を沢木さんに渾身のハグをされ、顔と左腕だけを沢木さんの肩の上から見せて、不敵な笑みを浮かべてボクたちを見返していた。意識共有を使ったのか……
正直、下ぶくれで傷だらけの顔に眼つきの悪いアメショーの不敵な笑みって怖いです……
『おい、聞えてるぞ! 俺様が怖いって? 馬鹿いうな! ミスエ嬢ちゃんにはラブリーでプリチーな可愛い子って呼ばれてんを知らねぇのか!?』
ゴンゾウさんのドスの利いた声が飛んでくる。
うん、知ってる。そういうのって必ず飼い主さんがいうセリフだから。可愛いと思っていないで溺愛できる飼い主さんなんていないから!
『おいおい……溺愛されてるなんて……照れるじゃねぇか』
目を細めて満足げに口を歪めるゴンゾウさん!
なんなのこの勇者様!
『それより、コイツをどうにかしてくれ』
『……コイツ?』
『コイツっていったらコイツしかいないだろ!』
顎をクイッと動かして沢木さんを示す。
『コイツ、さっきから力いっぱい抱きしめやがって、身動き取れねぇ!』
『あ……』
そのことに気づいたボクたちは沢木さんに駆けより、
「よかったですね、ゴンゾウが見つかって」
「うん! これでミスエさんに怒られなくてすむ!」
声をかける桐先さんに涙交じりの声で応える沢木さん。
この人、奥さんが好きなのか怖いのかどっちなんだ?
それで力が弱ったのか、ゴンゾウさんが沢木さんの手を逃れようとモゾモゾ動く。
「あ、ゴメンゴメン! 強く抱きしめすぎちゃったね」
そういうと沢木さんは、ソッと床にゴンゾウさんを降ろす。
『ちぃ……せっかくきれいに舐めたっていうのに、男の臭いがついちまった!』
体を不機嫌に振りながらのゴンゾウさんの声。
気持ちが荒れているのか尻尾を荒くブンブン振っている。
「あ、あの……なんでこの子が?」
ボクはゴンゾウさんに気を使いながらも、沢木さんに事情を尋ねると、
「だってミスエさんがいない間は、大学にはいつも連れてきてるんだよ。もちろん許可を取って、僕の研究室から出さない、っていう条件だけど」
沢木さんが事もなさ気に応える。
「大学としても、幾つかの条件を提示して、一応それが順守されていましたから、お咎めするわけにもいきませんし」
「それで今回ここに出張ることになったんだけど、留守中になにかあるのも嫌だから、ケージに入れて連れてきたんだけど、何故かロックが外れて逃げ出してしまってね」
「一時はどうなることかと思いましたよ。まさか遺跡に向かって行くだなんて!」
「僕だって予測できなかった。でもゴンゾウは一直線に遺跡に向かったから、気が気じゃなくて……でも君たちの到着を待っても大丈夫そうだったし」
沢木さんがゴンゾウさんとボクたちの間でどういった会話がないされているかも知らずに、朗らかにゴンゾウさんへの思いを語る。
『……知らないってことは、幸せなんだな……』
遠い目をしつつそんな感想を抱く。
「でも、この部屋の奥にある扉の先に、まだなにか通路のようなものがあるようです」
桐先さんがタブレットを見つつ状況を説明する。
もちろん、タブレットがあるからわかるのではない。彼女のタブレットは錬成されたもので、通常以上のサーチ能力と情報分析処理能力を持つ一種のマジックアイテムみたいなものだ。
それに彼女の能力とあわさり、神がかった探知能力を発揮しているんだ。
「この扉を開けられれば……」
「それよりこの警官たち、どうするんだよ?」
扉の先に興味津々の沢木さんの言葉を遮り、サイトさんが警官たちのことを告げる。
確かにこのままここに放置したら、今度はどうなるか……
「それじゃ一度この人たちを、出入り口まで運びましょう。幾ら三人の警官とはいえ、四人で運べば大丈夫!」
ボクたちは桐先さんの提案を飲み、一度警官たちを連れて出入り口へと戻る。
この異常事態に、待機していた警官隊から色々尋ねられる。
でもボクたちは適当にごまかし(さらに桐先さんが倒れていた警官たちの記憶を操作して、ガスのようなもので気を失ったことにしたようだ)、まだ危険があるようなので、ボクたちの調査が終わるまで、待機していてくれないか、ということで、なんとか承諾を得ることができた。
そして再度扉の前までやってくると……
「やっぱり最近開閉した形跡がある」
沢木さんが小さな声を口にする。
「見てごらん、この床のホコリを。あまり積ってはいないが、こことそこの色が違う。これは開閉時についた扉の軌跡だ」
そういいながら床の一部分を指し示す。
云われたとおり、そこには扉が開閉した跡があった。
「つまり、今まで遭遇したものたちは……」
「最近ここから現れた可能性がある」
沢木さんが断定調で告げる。
「だから、この扉を開けると……」
「こうか?」
沢木さんの言葉が終わる前に、サイトさんがおもむろに扉に手をかけ開けてしまう!
「な、なんでいきなり!?」
唐突のことに驚く沢木さん!
「いや、扉が開くんなら開くかなぁ、と思って」
サイトさんが悪気もなく応える!
「この扉、なにがあるかわからないんだよ! なんで無造作に開けられるの!? もし罠や仕掛けがあったらどうするの!?」
柄にもなくサイトさんを怒鳴りつける沢木さん!
「でもま、今のところ問題ないようですし、この先に進みましょう!」
その場の雰囲気が悪くなったのを察したのか、桐先さんが二人の間に入り、沢木さんをなだめる。
「まったく……桐先くんからは調査の専門家だと聞いていたから、君たちのような未成年でも同行させたというのに……桐先くん、その情報は確かなんだろうね!?」
怒りの矛先を桐先さんに向け、ボクたちの素性を再度確認する沢木さん。
「はい。この手の探索などに離れていて、すでに幾つもの調査で功績を立てている方たちです」
「僕は知らないけどね」
桐先さんの丁寧な対応に憤懣やるかたない沢木さんの声。
「しかし……今から他の人を呼んでも時間がかかりすぎるだろうし、さっきのようなのが出てこないとは限らないし……少なくとも君は戦いだけなら得意なようだから、余計なことはしないでくれよ」
「ヘイヘイ……」
指を差して抗議する沢木さんの言葉をそっぽを向いて応えるサイトさん。
サイトさんの態度も褒められたものじゃないな……
そんなことを思いながらも、ボクたちは扉の向こうへと、その戸口を潜って進んだ。
『でも、なんで沢木さんのことをコイツって呼ぶんですか?』
照明もなく、漆黒の闇に満たされた通路を、手に持った懐中電灯や安全ヘルメットのヘッドライトで照らしながら進む中、ボクはゴンゾウさんに意識共有によって尋ねる。
『お前、ヒエラルキーって言葉、知ってるか?』
ボクの前、ちょうど沢木さんの横を尻尾を振り振り歩くゴンゾウさんが、ちょっと僕を見て返してくる。
『ええ、支配制というか階層制というか』
『わかってんな。じゃあいいことを教えてやる』
そこでゴンゾウさんは一息吸い、
『俺様の飼い主、というか、まぁ、俺様のファンだわな。ミスエ嬢ちゃんは俺様にぞっこんだ。ここまではいいな』
『はい』
『そしてコイツは嬢ちゃんにぞっこんだ。ここまでもいいな』
『はい』
『じゃあ考えてみろ! コイツよりもミスエ嬢ちゃんは偉いが、その嬢ちゃんは俺様にぞっこんなんだよ! 一番上にいるのは誰だ?』
『……ゴンゾウさん?』
ボクの答えを聞いて、満足げな目を細め、口をニマァ、とするゴンゾウさん。
正直可愛いというより、少しムカつく。
『そうだよ! つまり一番偉いのは俺様だから、ミスエ嬢ちゃんよりも下の奴の名前なんか覚えるわけねぇだろ! だからコイツでいいんだよ!』
『………………』
ボクはその時言葉を返すことができなかった。いや、その場でゴンゾウさんの言葉を聞いたサイトさんや桐先さんもなにも言葉を返せないのだろう。
二人ともなんともいえない目でゴンゾウさんを見ているが、上機嫌に尻尾を振りながら歩くゴンゾウさんを、時折気づかいながら声をかける沢木さんを見る目つきには、確かに前よりも優しいものに満ちていたような気がする。
「この先の通路が途切れて……巨大な縦穴?」
桐先さんが怪訝な声を上げる。
「縦穴ってなんだよ?」
「わからないわ……でもおおよそ直径30mの円形状の空間が、下に向っている……」
サイトさんの言葉に桐先さんがタブレットの画像を見せて応える。
確かにそこには、直径30mほどの円形の空間と、下に向かって延びているという表示がされている。
「これって……」
「とにかく行ってみるしかないな……」
「ええ……」
ボクたちの深刻な雰囲気をよそに、
「この先にどんな光景が広がっているのか、実に楽しみだよ、なぁ、ゴンゾウ!」
「ニャ~☆」
沢木さんの言葉に愛想よく応えるゴンゾウさん。
『もっともテメェは足手まといだかな!』
……ゴンゾウさん、心の声が駄々漏れです……
やがてその空間へと辿り着く。
そこはタブレットの表示通り、直径30mの円形の空間となっており、壁は煉瓦をくみ上げて作られたもので、さらにその壁面には下へと向かう階段が、壁に沿って螺旋状に続いている。
そしてさらに不可思議ともいえるのは、その穴の遥か下からは、青白い光が発せられていた。
「この下に、なにかあるな……」
「ええ、タブレットにも反応がないところから、なにか……より強力なものが……」
サイトさんと桐先さんが顔を見合わせ、互いの意見を述べる。
確かにこの下になにかが……でも……
「あ! ゴンゾウ、待ってぇぇ!」
沢木さんが声を上げた方をボクたちは一斉で見つめる!
するとゴンゾウさんが足早に階段を降りていく!
「なっ! あのバカ猫!?」
「なにを焦って!?」
サイトさんと桐先さんが口々に叫び後を追う!
「ボ、ボクたちも行きましょう!」
「そ、そうだね!」
ボクと沢木さんもその後を追った!
思ったよりもゴンゾウさんの歩みは早い。
猫と人間では速度が違うというが、今のゴンゾウさんはまるでなにかに引き寄せられるかのように、その足を速めている。
『ちょ、ちょっと待ってよゴンゾウさん!』
『馬鹿野郎! 早くしないと大変なことになりかねねぇんだぞ!』
意識共有で話しかけたボクの言葉に、ゴンゾウさんがやや興奮気味に応える。
『大変ってなんだよ?』
足早に階段を下りながら、サイトさんも意識共有で話しかけた。
『さっきあった連中いたろ?』
『あの虫というか宇宙人というか変なの?』
ボクの言葉にゴンゾウさんはちらっと振り向き、軽く頷く。
『ありゃ、元々は敵じゃねぇ!』
『どういうことだ?』
ゴンゾウさんの意外な答えにサイトさんの声。
『ありゃ、もう一人の俺様を護るために配置された警備用のヤツらだ。本来は俺様のいうことを聞くはずだったんだが……』
予想外の返答。もう一人の俺様って?
『俺様はあくまで司令塔、まぁ、魂と呼んでもいいがな。そのために自由な行動は許されているが、一兆事あるときにはそいつに乗ってこの世界を護るための勇者として戦う使命を与えられている』
『じゃあ……』
『ああ。そこには勇者としての力を持つ器が保管されているんだ』
『じゃあ、この崩落事故っていうのは……』
『事故、じゃねぇな……誰かが勇者の器をどうにかするために入りこんだんだろう。そして護るはずの奴らを洗脳して、俺様たちを襲わせた』
ゴンゾウさんが視線も厳しくそう告げる。
『あの事故以来、器との交信が途絶えたんで、変だと思ったから、なんだかんだでコイツと一緒にやってきて、様子を調べるはずだったんだが……まさか侵入者がいるとはな……』
足早に階段を下りながら状況の説明を続けるが、
『まさか……その器を乗っ取るため?』
桐先さんが不安げな声を上げるが、
『それはねぇ! だがな、考えてもみろ。今器には魂である俺様がいねぇ。だったらほぼ一方的に攻撃ができるはずだ』
『ちょっと待てよ……それじゃあ……!』
ゴンゾウさんの激しく揺れる尻尾を見つめサイトさんの声が荒ぶる。
『ああ。今勇者の力を持つ器は、障壁を除けば無防備状態だ。障壁さえ壊せば、破壊できる状態だということだ!』
ゴンゾウさんの厳しい声がボクたちの頭に響いた!
「ちょっとぉ、ゴンゾウ! もう少しゆっくり行こうよぉ!」
危機的状況を全く知らない沢木さんの間の抜けた声。
少し息が上がっているのは、歳のせいか日頃の運動不足のせいか……
『アイツは気にするな。あえて離れればアイツに被害はない』
ゴンゾウさんの決然とした言葉。
だからあえて足早に……
どうにかボクでもついていくのにやっとの、足早に階段を下りるゴンゾウさんの後姿を見ながら、不思議と笑みが浮かぶ。
『やっぱり沢木さんのこと、好きなんですね』
するとしばしの沈黙ののち、
『……勘違いするなよ。俺様はアイツになにかあって、ミスエ嬢ちゃんが泣いた姿を見るのが嫌なだけだ』
憮然とした態度でいうものの、ボクは思わず笑いを抑えるのに必死になる。
それ、ツンデレセリフのテンプレートですよ……
『なんだよ? そのツンデレって? 食えんのか?』
ゴンゾウさんのキョトンとした声。
変に言葉は知ってるけど、最近の造語とかには疎いところをみると、やっぱりゴンゾウさんはなんだかんだで可愛いニャンコなんですね。
『おいおい、可愛いだなんて、もう聞き慣れてるから……よしてくれよ』
ボクの声に笑みを浮かべる。これさえなければ……
「変だな……」
深淵へと至る階段が無限の時を刻むかのように、ボクたちの足音を響かせている中、前を行くサイトさんが独りごちた。
「どうしたんです?」
気になって尋ねる。
「この先に魔法発動の反応がある……」
そして少し口を閉じると、
『おい、ゴンゾウ!』
『この無礼者! ゴンゾウ様と呼ばんか、若造が!』
脳内で響く会話と共に、互いを凄まじい憎悪のこもる視線で睨みつけるサイトさんとゴンゾウさん。
『お前の器、障壁とか張ってるっていってたな?』
『サポート役のボウズが勇者様に尋ねる態度じゃねぇな! だが教えてやる! そう、俺様の器はそう簡単に奪われないよう、多重の魔法障壁が張られている! だから、ちょっとやそっとの攻撃じゃあ、器に傷すらつけられねぇよ!』
『え、待って! なにかの魔法が解除された形跡が……』
ゴンゾウさんが得意満面の顔で説明している最中、桐先さんがタブレットに目をやって叫ぶ!
『おい……攻撃では傷はつかないんだよな?』
『……そのはずだが……』
『じゃあ……解除魔法に対しては?』
しばしの沈黙……
『……その手があったのか……』
ゴンゾウさんの妙に感心した声!
『バカものぉぉぉぉぉ!』
サイトさんが罵声一発、いきなり階段を駆け下りはじめる!
『障壁の数は憶えてますか?』
桐先さんがゴンゾウさんに尋ねるが、
『さぁてなぁ……俺様も何度か器に乗って動かそうとしたことはあったものの、障壁を張ったのは先代……いや、先々代かもしれねぇが、とりあえず所定位置に戻して呪文を唱えれば何重かの障壁がかかって器を保管状態に出来る、っていうことくらいしか記憶がないからなぁ……』
桐先さんとゴンゾウさんが、猛スピードで階段を駆け下りるサイトさんに追いつこうと、駆け足で階段を降りていく。
ボクもそれに遅れまじと、以前サイトさんがくれたブーツの加速魔法を発動させ、猛スピードで階段を下る!
後の沢木さんの姿は、いつしか遠く見えなくなっていた。
「もう! この障壁って幾つあるの!」
さすがに階段を下り続けたおかげか、やっと底が見えてきた。
そして上から見えた光の近くから、奇妙に甲高い声も聞こえてくる。
「なんだ、あいつ?」
サイトさんが声を殺してボクたちにその存在を教える。
その姿……それはいわゆる悪の魔導師然とした、赤地に金色の刺繍で彩られた派手で重そうなローブを纏い、手には杖、そして短い銀髪で彩られた額には魔法発動を助けるのかもしれない緋色の宝石がはめこまれたサークレットをつけ、今まさにその光に向け呪文を唱えている最中だった。
「あいつが……敵役のNPCか?」
サイトさんが呟くと、それから見つからないくらいの位置でボクたちを集め、軽く精神集中すると、ボクたちの姿が薄れ、そして身が軽くなる。
『透明化の魔法と浮遊魔法か……ボウズ、お前意外とやるな』
ゴンゾウさんがサイトさんの手を舐めながら、舐めたように口をきく。
『もう少し奴に近づこう。詳細を知りたい』
サイトさんはそういい、ボクたちを魔導師の後ろ側の位置へと導き、そして様子を窺いはじめる。
やがて魔導師が唱えていた呪文が完成したのか、その手にしている竜を象った金色の杖から光が放たれ、そして!
光を発していたものが、一瞬強烈な光と、まるでガラスが砕けるような甲高く耳障りな音とともに、光の破片をばらまき、その光を一段下げる。
薄くなった光の中に、なにか……巨大ななにかが横たわっているのが見てとれた。
『ちっ! 障壁がまた一枚解除された!』
その光景にゴンゾウさんが声を上げる!
『あの中に見えるのが器なんですか?』
『ああ……だが奴がいたんじゃ器に乗れねぇ!』
ボクの問いかけに、苦々しい顔で応えるゴンゾウさん。
『そもそもあいつはなんなんだ? NPCにしては行動がこそこそしすぎていて、ストーリーに絡むにはあまりにも隠密行動すぎる』
サイトさんが魔導師について言及する。
確かに伝説成就のために勇者と対峙するのであれば、その器を破壊してしまっては勇者の役割が果たせなくなる。
「まさか……他の真王が差し向けた……」
思わずボクが声を上げると、
「……なに?」
その声を敏感に感じとったのか、魔導師が振り向く!
そして顔を上げ、まるで周囲の臭いを探るように、
「臭う……臭うわぁ……これは、魔法の香り……」
そして杖を前に両手で捧げ、意識を集中させるように念を込めると、杖の先が魔法の輝きを示す。
「ほう……透明化の魔法の使い手がいるの……それに他にも微弱な魔法の反応もある……これは複数の魔法の使い手が……」
そういいながら、光の明滅が激しくなる方向を探り、やがて僕たちの方へと決然とした足取りで近づいてきた!
『ちっ! こうなったら……』
そういった刹那!
サイトさんが突如横へと跳躍し、魔導師の背後から襲える場所へと移動する!
「!!????」
しかし移動しようとしたはずのサイトさんが激しい光を発すると、その体には光の鎖が巻きつけられている。
鎖を振りほどこうともがくものの、それは徐々にサイトさんの体を締めつける!
「ああん、やっぱりいた! 万が一に備えて、対人用魔法トラップを仕掛けておいてよかった☆」
そう色っぽくいうと、魔導師はサイトさんの方へと、一歩、また一歩近づいていく。
「お前、NPCじゃないのかよ」
サイトさんが苦しい息の元で魔導師に問いただす。
「あらあら、まだ抵抗する意思があるとは……それにNPCという言葉を知っているということは、あなた、どこかの真王に頼まれたの?」
そういうと拘束されているサイトさんの顎に優しく指を走らせる。
短くカットした銀髪と中性的な容貌のため、男か女かはわからないけど、その美しい造形とは裏腹に、口元には嗜虐的笑みを浮かべ、瞳には、獲れたての獲物をどう料理するかという狂気に満ちた緋色の輝きに満ちている。
「………………」
サイトさんが無言で応える。
その反抗的な視線にニッコリと笑みを返すと、
「まぁ、いいでしょう。どうせこの世界は真姫のものだから、その手下、というところでしょう?」
「あいつのこと知ってんのか?」
唐突に出てきた真姫ちゃんの名前に、サイトさんが反応する!
「ん~……やっぱりそうなの? あの子、ワタシね……嫌いなの」
「………………」
「たって、ワタシよりも大したことないのに、いっつも取り巻きがいて……だからね……」
「……どうするんだよ……?」
魔導師の一人語りに胸騒ぎを覚えたサイトさんが口をはさむ。
「ワタシ、この世界の勇者を倒して、世界を滅亡させてやるの! ここばかりじゃない! あの子が持っている世界、全部!」
瞳から緋色に染まる狂気の輝きを放ち、満面の笑みを浮かべながら、魔導師は高らかに宣言する!
「そ、そんなこと……させねぇぞ!」
サイトさんは必死でもがくが、どうにも力が出ない感じだ。
「……どうなってんだ、この鎖!?」
思わず声を上げる!
すると魔導師は再びサイトさんへと向き直り、手を後ろに廻して、まるでサイトさんに見せつけるようにゆっくりとその前を歩きながら、
「その鎖にはね、魔法封印と魔力吸収、それに脱力の魔法が付与してあるの……」
「!?」
サイトさんの驚きの表情を眺めながらニヤニヤし、さらに続ける。
「だからぁ、もしアナタが元勇者であっても……ムゥダ☆」
サイトさんの顔に顔を近づけ、最大級の侮蔑をこめて口調で言い放つ!
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
高らかな笑い声を上げるが、またクルリとサイトさんに振り向き、
「そ・れ・で……他のものはどこか、お・し・え・て!」
そういって杖の先端をサイトさんに胸倉に突きつける。
「……いうわけねぇだろ……」
「もう! アナタのその瞳、たまらなく好きなタイプ」
そういうと、再び杖を両手で前にかざし、
「……そう……そこなの……」
そして再びボクたちがいる場所へとやってくる!
『……桐先さん』
『なに?』
『サイトさんの魔法、解除できますか?』
『……魔法強度はそれほどでもないから、たぶんできる。ただ時間がかかりそうだけど……』
『……わかりました』
桐先さんから説明を聞き終えると、ボクはサイトさんとは逆の方向に駆けだす!
少しでもサイトさんから離さないと!
でも……
「甘い!」
激しい衝撃が体を突き抜けたかのような感覚を覚えるのと同時に、魔導師の耳障りな声が飛びこんでくる!
「ん……あ……」
罠にかかったボクは苦しさと痛さのあまり、声にならない悲鳴を上げる!
「アラアラァ……こんな可愛い子までいたなんて……」
そして魔導師はボクの方へとゆっくりと歩みを進める。
それはボクの恐怖を増すためでもあり、その瞳に映る自分の姿を見て、悦にいるためでもあると、ボクの瞳を見つめ続ける魔導師の表情から読みとれた。
『ま、まだ、ですか……』
『もう少しだから……』
痛みで意識が朦朧とする中、解除の進行具合を桐先さんに尋ねる。
でもボク……もう……
体を縛りつける痛みと苦しさのあまり、ボクの意識が薄れゆこうとした時!
『おい、そこのどサンピン!』
凄みの効いたイケオジの声が頭にこだました!
「な、なに!?」
いきなりのことに動転する魔導師!
『ここだよ、ここ! 待たせたな!』
「えっ!?」
声の方向に、ボクたちの視線が一斉に集約される!
そこには全高5m、全身を白い毛で覆われ、青白く光る縞模様を持つ巨大なホワイトタイガーが雄々しく立っている。
その瞳は縞模様同様、青白い光を迸らせ、その口腔からも青白い吐息が漏れている!
そしてその額の上に立ち、帝王が如くボクたちを見下ろしていたのは……
「ゴンゾウさん!」
思わず声を上げた!
『確かに、対人トラップってヤツァ、相当厄介なものみたいだよなぁ! そう、人にはな!』
「な! 猫が!?」
『でもなぁ……試しに俺もそこいら歩いてみたがピクリともしねぇ……重さかそれとも大きさか……どういった基準で発動するのかは知らねぇが、お前がそのボウズを可愛がっている間、好き勝手歩かせてもらったぜ!』
ゴンゾウさんがすでに見慣れて満足げな笑み上げる。
『障壁まで減らしてくれたおかげで、解除にも時間がかからなかったしなぁ……だからよぉ……楽しませてくれた礼をしねぇとな……』
そういうと、ゴンゾウさんの瞳にも、器と同じ青白い輝きがほとばしる!
「ま、まさか……あんたが……!?」
悲鳴にも似た魔導師の叫び!
『そうよ! 三百代目、四聖獣白虎! 久々にお目覚めよ!』
そう雄叫びを上げると、ゴンゾウさんは器の額の中へと吸いこまれていき、そして白虎と化した器と一体となる!
『ウ……ウォォォォォォォォォォォォォォォォォ!』
凄まじい咆哮と共に、いきなり魔導師へと突進する!
「ひっ!?」
思わずうずくまる魔導師! その上を飛び越え、壁に派手にぶち当たる白虎!?
おい……
『ちっ……久々だけにコントロールが上手くいかねぇ……』
ゴンゾウさんの声が漏れてくる。
久々って……どのくらい使ってなかったんだ……
「ひ……ひぃぃぃぃぃ!」
魔導師があまりのことにパニックに陥り、様々な攻撃呪文を無差別に放つ!
「ふん!」
その前に立ちふさがり、魔法障壁によって魔法をことごとくはねのける芸当を見せるサイトさん!
「か、解除……できたんですか……?」
苦しい息の中、その姿を見て、嬉しさのあまり涙声になるボク。
「ああ、お前が時間を稼いでくれたおかげだよ!」
サイトさんが振り返らずに背中で語る。
ボクを護ってくれるその背中だけでも、ボクは……
「今すぐ君も解除するから!」
桐先さんがタブレットをそうすると、僕の拘束も解けた。
「大丈夫?」
「は、はい……」
桐先さんがボクに手を当てる。するとそこから痛みも薄れていき、高速で傷ついた衣類が、元の状態へと戻っていく。
「これって……」
「回復魔法は私の専門。だから大丈夫」
そういって笑みを浮かべる桐先さん。
「ば……ばけもの……聞いてた話と違うじゃない!」
「どういう意味だ?」
魔導師の言葉に問い返すサイトさん。だが、
「こ、ここは逃げの一手……」
そう囁くと、魔法を使ったのか一気に上空へと上昇する!
「ちっ! 高速飛行の魔法か!?」
サイトさんも後を追おおうと、魔法発動のため意識を集中させるが、
『フッ!』
その掛け声とともに、一陣の風がボクたちの横を駆け抜けた!
「な、なんだ……」
呆気にとられるボクの隣で、タブレットを見つめていた桐先さんが、
「白虎……ううん、ゴンゾウさんよ! 今壁を蹴って急上昇しながら、魔導師のあとを追ってる!」
タブレットに移った二つの輝点は、徐々にその距離を縮めていった!
「な……なに、なんなの! アイツら!」
意識共有のおかげか、ゴンゾウさんの耳がいいのか、魔導師の囁きまで聞こえてくる。
「あんなの相手じゃワタシでは勝てない……やっぱりあの方に目覚めてもらわないと……ん?」
上昇する魔導師がさらに上を見て、なにかに気づく。
その言葉にゴンゾウさんも上を見る。
沢木さんだ。
もう疲れきっているのか、足取りも重く、這う這うの体で階段をまだ下りている最中だ。
「アイツ……使える……」
その魔導師の含みのある囁きに、ゴンゾウさんの視野が一気に赤くなる!
そしてゴンゾウさんのスピードは今までのそれを超え、ボクの意識では処理できない速度へと上昇した!
やがて……
「ハァイ!」
魔導師が陽気に沢木さんに声をかける!
空中に浮かぶ珍妙な存在と疲れのため、目をパチクリする沢木さん!
「いいところであったわねぇ! ア・ナ・タには、人質になってもらうわ」
「は?」
「だぁかぁらぁ!」
呆然とする沢木さんに魔法の杖の先端を向け、
「答えにノーはないから。一緒にきて……」
その瞬間二人の間に巨大な白い壁が立ちふさがる!
『お前にコイツはやらせはしねぇ……』
その壁を見上げるように凝視する魔導師。
『ミスエお嬢が、俺様よりも大切に想っているコイツの命を、やらせはしねぇ!!』
まるでスローモーションで見るかのように、その顔には絶望と恐怖、そして今から自分の身に起こるであろう事態を予期してか、その顔を大きく歪み……
『フン!!』
次の瞬間! 巨大な白い塊の直撃を受け、地の底へと落ちて行く!
やがて絶望的な絶叫と共に……
魔導師はボクたちがいる奈落へと叩きつけられる!
でも……
「……こいつ、すげぇな……」
奈落の底で、白目は向いているが、人としての原型を保ち、さらに息まである魔導師をこずいて、サイトさんは感心の声を上げる。
「……しぶといですね……」
桐先さんも感慨深い声を漏らす。
そこに壁つたいで白虎のゴンゾウさんが帰ってきた。
背中には意識のない沢木さんを乗せている。
「沢木さん、どうしたんですか?」
不審がったボクはゴンゾウさんに尋ねるが、
『なぁに、あの変なのや俺様を見たら気絶しやがった! 意外と根性ねぇ奴だなぁ!』
そういいながら鼻先で沢木さんの頭を小突く。
でも、さっきのゴンゾウさんの言葉、あれが本音なんだと思うと、この仕草ですら可愛らしい。
『おい、舐めんじゃねぇぞ! コイツは俺様より下だから、面倒見てやってるだけなんだからな!』
睨みを効かせた顔でボクを見る。
『はいはい。ゴンゾウさんは沢木さんが頼りないから助けたんですよね』
『おお、わかってんじゃねぇか! コイツァ、俺様がいねぇとダメな奴なんだよ!』
上機嫌の笑顔を浮かべる。
もっとも猫の時と違い、巨大な白虎の笑顔というのは、コワカワイイという感想しか抱けないけど。
『これからどうするんだ?』
サイトさんが尋ねる。
『そうさなぁ……ここにはもう障壁もねぇし、差しあたって器保護のためにも他の場所に移らねぇと』
『どこか候補でもあるのか?』
『先代の言い伝えじゃ、カミシロ地区、つまり俺様のテリトリーでもある場所なんだが、そこにも似たような場所があるっていう話だから、とりあえずそこに移るわ』
『しかし、ここにその器が安置されていたというのにはわけがあるのでは?』
桐先さんが疑問の声を上げる。
だがゴンゾウさんはあまり考える風もなく、
『さぁなぁ……俺様はただこの器を護り、なにかあったら戦え、この世界を護れ、といわれてただけだしなぁ……』
『でも、この遺跡のデーターでは……』
「なんですか?」
桐先さんの話に興味を惹かれたボクは、タブレットを覗きこむ。
そこには、白虎が安置されていたと思しき場所に、人型が描かれている。
「なんですか、この印?」
ボクは尋ねるが、ゴンゾウさんは首を傾げ、
『知らねぇなぁ……ただ先代やその前からも、白虎はみだりに場所を動かすな、とはいわれてたけどな』
「それってどういう……」
『まぁ、なんにせよ、障壁がないんじゃ常時接続していない限り器は無防備だし、それじゃあ俺様がもたないから、カミシロに移るわ! なにしろあそこには俺様のハニーたちや娘息子がいるからよ!』
「子持ちなのかよ!?」
『いちゃ悪ぃのかよ?』
サイトさんの驚きの声に憮然と応えるゴンゾウさん。
『じゃ、ま、コイツのことは頼むわ。記憶もいいように操作して誤魔化してくれよ、ベッピンさん!』
そう言い放つと、ゴンゾウさんは降りてきたときと同じように壁つたいに外へと出ていく。
「じゃあ、私達も戻りましょう」
桐先さんがそういい、ボクたちの帰還を促す。
「ああ、戻ろう」
「でも……」
ボクは奈落を振り返る。
『あそこに描かれた人型は、なんだったんだろう……』
魔法を使ったおかげで、小一時間もかからずにボクたちは外にでられた。
警官たちには沢木さんが倒れたことで、一時調査中止ということで納得してもらい、真姫ちゃんの意見も聞きたいので、引き続き警戒と現場の立ち入りを禁止するように依頼して、その場をあとに、異空間の部屋へと戻ってくると……
「おかえりなさ~い! ねぇ、疲れたでしょ? ご飯にする? お風呂にする? そ・れ・と・も……」
「おい、あの遺跡の器のこと、知ってたのか?」
「器?」
「白虎のことだよ」
「ううん……でもなにかでアレが封印されてたところっていうのは知ってた。だからね、真姫、封印が解かれると困るから、少し不安だったけど、さすがサイトくん! 敵を撃退したんだね!」
その言葉にボクたちはゴンゾウさんのいっていたことをを思い出し、顔を見合わせ、
「あのね、真姫ちゃん……その……」
ボクが言い難そうにしていると、横からサイトさんが、
「すまないが、その封印、解けちまったかもしれない」
その言葉に一瞬呆然となり、そして震えだす真姫ちゃん。
「な……なんで……だって敵は……」
真姫ちゃんらしからぬ様子に、ボクたちも不安になり、
「いや、でもしょうがなかったんです。あそこで勇者の器である白虎を破壊されたら、この世界を護ることができなくなるから……」
「だから、もしなにかあっても、この世界は俺と勇者ゴンゾウで守るから!」
そういってボクとサイトさんは真姫ちゃんを慰めるが、
「……ダメだよ……だって……だって……」
真姫ちゃんが顔を俯かせて涙声で訴える。
「……おい? あそこには一体なにが封印されてたんだ?」
その様子の異様さにサイトさんが真姫ちゃんの肩を掴んで問いただすと、真姫ちゃんはサイトさんを見つめ、
「……あそこにいるのは真歌……私と同じ真王の一人……」
その名前には聞き覚えがある。
確か黒竜が口走った真王の名!
「だから……だから早くあそこに戻らないと!!」
真姫ちゃんが鬼気とした眼差しで告げる!
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