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シリーズ平成の本音―自民党憲法改正草案、これでは国はまとまらない! (その4)

2013-05-24 | Weblog
シリーズ平成の本音―自民党憲法改正草案、これでは国はまとまらない! (その4)
 自民党は、憲法改正草案を公表し、7月に予定されている参議院議員選挙において憲法改正を公約として訴えるとしている。
 自・公政権は、61年前の4月28日、サンフランシスコ講和条約が発効し(1952年)、主権が回復されたことを記念して、天皇皇后両陛下ご出席の下で記念式典を開催した。議事次第には載せていなかったが、閉会に際し“天皇陛下、万歳”を唱えた。これは、1947年5月3日に施行された憲法は、主権が奪われていた占領下で成立したもので、自分たちの意志ではなかったと言っているに他ならない。今回公表された同党憲法改正草案は、時計を戦前の帝国憲法に戻すような復古調が強く、保守政権の改正案とはなっても、これではとてもとても国論を纏められそうにない。
 現行憲法は、成立の経緯は別として、戦争の惨禍を経験した熟年層はもとより、戦後教育を受けた若年層から中堅層まで広く定着して来ているが、ここでは特に、現行憲法から乖離が著しい下記の3点について論点を提供したい。自民党憲法草案は、民主党政権時代の野党であった頃に、全自民党議員の参加の下で3年半を掛けて纏めたと言われており、国家のあり方や、基本的な国民の権利義務、統治機構などについて同党の本質、本音を文字化したものと言えるので、国民が慎重に判断し、選択することが必要のようだ。
 1、天皇の元首としての明文化は世襲元首の恒久化          (その1で掲載)
 2、9条改正で自衛権と共に、軍の治安出動、国民の生命・自由の制限が可能に (その2で掲載)
 3、国民の自由、権利を制限する“公益”、“公の秩序”とは何か?    (その3で掲載)
4、憲法改正判断前に不可欠な1票の格差の解消  
 このように、天皇の元首明文化と大統領制・首相公選制の排除や保守政党政権の恒久化、自衛権の明文化と緊急事態での治安出動や諸権利の制限、そして公益と公の秩序による自由と諸権利の制限などだけをとっても、自民党憲法改正草案には、戦前の旧帝国憲法の下での世襲元首・専制国家、中央統制の強化など、復古的要素が多く含まれており、現行憲法の下での自由や民主主義から、世襲元首・専制国家的な中央統制に逆戻りしている。
 現自民党政権が“日本を取り戻す”とし、1952年4月28日を“主権回復の日”として両陛下を招いて記念することにより、米国など連合国による占領下での現行憲法や諸決定を否定、あるいは見直す姿勢を示していることに沿ったものと言えよう。同憲法改正草案は、全自民党議員が参加し3年以上の検討、審議を経てまとめられているので、単に首相や一部の要路の考え方だけでなく、全自民党議員の考え方であり、同党が目指す日本の国家像に関する本音の現れと見ることが出来る。
 そのような大きな転換、復古について日本国民の選択を迫るのであるから、議員の3分の2であろうと、過半数による提起であろうと、有権者の1票の重さを1対1に近づけ、格差を解消した上で、国民の選択を求めるべきであろう。
 現在、1票の格差により、31の選挙区、31人の衆議院議員が違憲選挙で当選しており、このように歪んだ状態で国会や国民の選択を求めることは、政治の歪みだけでなく、国家の将来を歪める結果となろう。
 自民党は、現在、衆議院議員定数を“05減”で選挙区の区割りを微調整する区割り法案を採択すべく努力しているが、それが実現しても格差は最大で1.998倍となる。有権者の1票の重みが、1対1.998となり、平等などとは決して言えない。子供でも分かる。従って、このような区割り法案が採択され、選挙が行われてもまた憲法違反となろう。
 有権者が平等と言えるのは、投じる票の重みが1対1となることであり、それに近づけることが政治責任だ。従来最高裁は、衆議院で格差が2倍以内、参議院で5倍以内であれば違憲とはしてこなかったが、それは立法府の自主性を尊重し、国会自身による是正を促して来たのであろう。しかし、そのような緩く恣意的な基準が、憲法上の大原則である平等性を歪め、政治の歪みを容認して来たと言えよう。平等原則は民主主義を前提とする現行憲法の大原則であるので、裁判所は司法としての適正な基準を示すべきであろう。このような数字や平等性等に対する恣意的で不適切な解釈、適用が、不明朗な解決や子供の算数の学力低下を知らず知らずに許してきたのではないだろうか。このような数字認識や平等性の解釈をしておきながら、教育改革など出来そうにない。
 ましてや国のあり方を決める憲法の改正を行うというのであれば、3分の2の多数であろうと、過半数であろうと、まず有権者の票の重さを1対1に近い形に是正し、フェアーな形で行うべきであろう。自民党等は、現行憲法を占領下の憲法として尊重しないというのかもしれないが、有権者の票の重さを1対1に近い形にし、フェアーな土俵で判断を求めなければ歪んだ結果しか出て来ない。
 このような有権者を軽視する政党、自・公連立政権を7月の参議院選挙で進出させ、過半数を取らせるようなことは、日本の政治のみならず、民主主義や日本の進路を歪めることになるので、望ましくない。それを判断するのが国民、有権者である。もっとも参院選でまた違憲判決となる可能性もあり、“良識の府”の良識や存在意義が疑問視される可能性がある。          
(2013.5.12.)(All Rights Reserved.)(不許無断引用)

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