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日本の‘報道の自由’が危ない!?

2024-05-21 | Weblog
日本の‘報道の自由’が危ない!?
 パリに本部を置く国際NGO「国境なき記者団」は、4月20日、2016年の‘報道の自由度ランキング’を発表した。
 180か国を対象としているが、日本は2015年より11位も下がり、72位で、180国中の中程度の報道の自由度となっている。
 多くの人は、普段から多くの報道を目にしているので、どうしてそんなに低いのかと思うであろう。中小国や途上国を含めた比較であるので、国家体制の成熟度や安定性、社会秩序、法治体制の安定度などが異なるので、順位を余り気にする必要はないのだろうというのが、このランキングを見ての偽りない印象だ。自然災害や事件・事故、芸能・スポーツ等の報道を見ている限り、日本の報道は素晴らしく見える。
 しかし主要先進国7か国(G7)で比較すると、ドイツ(16位)が最も自由度が高く、次いでカナダ(18位)、英国(34位)、フランス(45位)、米国(49位)となっており、可成り離れて日本(72位)となっている。自由なイメージが強いイタリア(77位)が最低で、日本はイタリアとほぼ同じグループとなっている。2015年についても、G7中の順位は変わらない。
 問題であるのは、順位がどうかということではなく、世界のジャーナリストに日本の‘報道の自由’度がこんなに低く見られているということだ。
 世界のジャーナリストから、日本の‘報道の自由’がG7の中で最下位グループに見られ、180か国中でも中のやや上程度にしか見られていないことは、日本の新聞、テレビのマスコミ界、言論界としては余り誇れることではないし、日本の報道の自由度は何故それ程低く評価されているかがもっと真剣に検討されて良いのだろう。マスコミ界からそのような危機意識は伝わって来ていない。そのような評価に納得し、安住しているのだろうか。しかし、マスコミにより伝えられる報道が、読者、視聴者にはそれ程自由には伝えられていないということであり、政府による報道規制かマスコミによる自主規制か、それともその両方が存在するとすれば、報道が真実を伝えず、何らかの形で歪曲されているということであるので、読者、視聴者にとっては大問題だ。報道は歪曲されることなく自由に真実が伝えられ、その評価や是非は読者、視聴者が判断すべきであろう。読者、視聴者は、日本の報道は政府による報道規制かマスコミの自主規制により歪曲されていると世界のジャーナリストに見られていることを認識する必要があるようだ。
 ‘報道の自由’度が低い理由としては、特定秘密保護法が施行され、‘多くのメディアが自主規制し、独立性を欠いている’ことが挙げられており、特に‘安倍首相に対するマスコミの自主規制’が強いと指摘されている。NHKに対する圧力や民放に対する政府与党の最近の姿勢も影響しているであろう。官邸記者クラブをはじめとして、各省庁に取材のための記者クラブが存在するが、外国人記者をはじめメンバーが規制されて来たこともその背景にある。
 日本の‘報道の自由’につき評価しているのは「国境なき記者団」だけではない。4月に政府の招待で訪日した‘表現の自由’に関する国連特別報告者デビッド・ケイ氏は、日本での調査を終えた後の記者会見で、‘日本の報道の独立性は重大な脅威に直面している’として、メディアの独立性保護等のため対策を講じるよう政府に求めたと伝えられている。高市早苗総務相は、これより先、番組の公平性を理由に放送局の「電波停止」に言及したが、ケイ氏が高市総務相との面会を要請したものの、国会会期中との理由で面談できなかったようだ。
いずれにしても、日本より高い自由度を持つ米国人のケイ氏も、‘特定秘密保護法や、メデイアは中立、公平でないとする日本政府の圧力により、日本メディアが自己検閲を生み出している’との心証を得たと伝えられており、日本の報道姿勢が国際機関の調査においても問題視されている。確かに、政府与党側は、一部メデイアは中立、公平でないとしているが、野党側からすると、政府与党側の記事は良く出るが、野党側の意見やコメントはほとんど出ないと嘆く。そのことは、自民・公明両党が野党に転落した際、事務所は閑古鳥となり取材も少なかったと嘆いていたところであり、良く知っているはずだ。だからこそ、自民・公明両党は何が何でも政権を奪取し、しがみつくとしていた。
政府の姿勢が問題視されているようだが、日本の‘報道の自由’が世界から低いと見られていることを余り伝えないマスコミ界、メデイア界自体が問題でもある。マスコミのビジネス優先の体質や政府から情報を得たいがための自主規制があるのかもしれない。確かに日本の報道は、民間情報や災害、事件事故等については迅速で自由度は高いと見られるが、政府・行政関連情報については、政府発表、政権与党説明等はブリーフィング任せの報道のようであり、疑問や反対意見や野党コメント等については少ないようだ。政府の政策発表や説明と共に反対意見を合わせて掲載し、判断は、読者、視聴者に委ねるという姿勢がもっと必要なのかもしれない。報道の多様性の欠如と言ってもよいのだろう。
いずれにしても、世界から日本の報道の自由が低いと見られていることを知る人は少ないだろう。余り報道されていないからだ。そうなると読者、視聴者自体が、特定のマスコミ報道等は政府見解に沿ったものも少なくないと認識し、報道されている記事や論評の‘中立性、公平性’を疑い、外国の報道やインターネットなど、情報源の多様化を図る必要があるようだ。
(2016.5.25.)(All Rights Reserved.)
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マイナンバー情報流出の被害者に賠償を!

2024-05-21 | Weblog
シリーズ平成の本音―マイナンバー情報流出の被害者に賠償を!
 各種申請や社会保障などに使用される個人番号制(マイナンバー)が10月からスタートし、2016年1月から実施に移される。
 これにより国民のほとんどがマイナンバーを持ち(希望しないものは申請しないで良い)、一つのカードで各種申請や年金、税金の処理等が出来るので便利になる。行政事務処理においても、ほとんどの国民を捕捉出来、税金の徴収漏れなども防げるので便利になる。行政事務の簡素化になると言われているが、新しい制度に当面予算を3,000億円使用することになっており、煩雑な入力作業などが増えるし、旧来の制度は当面残るだろうから、簡素化などにはならないだろう。国民を効率的に捕捉できる膨大な行政システムが構築される。
 しかし利用者側にも行政側にも便利ということは、それを犯罪目的に利用しようとする者にも、マイナンバーには住所、戸籍、生年月日、家族構成、年金事項、銀行口座など重要な個人情報が詰まっているので、情報を入手したら使い勝手が良く、犯罪集団にも便利であろうから、情報保護が最大の課題だ。
 その恐れが現実のものになっている。茨城県取手市や札幌市厚別区でマイナンバーが入った住民票が発給された。住民票の提出先の善意を信じたいところであるが、悪用や再流失等から詐欺等に利用される可能性がある。更に深刻なのは、マイナンバー制度の企画・設計に携わっている厚労省情報政策担当参事官室の室長補佐(事務職)が制度企画・設計入札において受注したIT会社から賄賂を受け取った汚職事件が発生している。マイナンバー制度企画で不正を行ったIT民間会社がマイナンバーの仕様を最もよく知っていることになるので、その仕様が漏れれば犯罪等に悪用される幅が広がり、マイナンバー制度自体の安全性や保秘性が疑わしくなるので、深刻な問題だ。
またマイナンバー制度が実施に移されれば、その情報管理は行政当局が行うとしても、実際の情報処理は外部の民間会社か日本年金機構等と同様、天下りで作る行政法人で行われる可能性が強いので、個人情報が外部に流失する恐れは非常に高くなる。マイナンバーに入れられる情報が財産・口座情報や年金・医療情報、納税情報等と増え、使途が拡大されればされるほど、1億人以上の国民の重要な個人情報が危険に晒されることになる。マイナンバーは、地方自治体にも連結されるので、故意か過失かは別として、情報流失の危険性は更に高まる。
 厚労省の監督下にある日本年金機構でも多数の情報流失が出ており、政府機関による個人情報の流失は現実の問題になっている。マイナンバーについては、使途が複数に亘り、地方当局とも繋がるので、どのように注意していても、情報流失が起こる可能性は高い。それを防ぐためには、使途を限定的にし、外部インターネットと遮断することが必要であろう。
 しかしどのように注意していても情報流失は起こるであろうから、流失を引き起こした行政当局や行政法人等は、責任を認識にし、被害者のマイナンバーの取り消し、再発給等の不利益に対し補償すべきであろう。また情報流失により具体的な被害にあった場合には、関係行政法人を含む行政当局が賠償することが当然ではなかろうか。
 また流失したマイナンバー情報を利用して詐欺等を行って経済的利益を得た個人やグループについては、それぞれの犯罪行為に従って罰せられることになるが、従来中心となっている禁固刑から、利益の3倍以上の罰金を中心とした罰則に転換して行くことが望まれる。経済的利益を目的とした犯罪を抑止し、また被害者の被害を補てんする上でも、高額の罰金を科す方が効果的であろう。現状では罰金が少額過ぎるので、禁固刑を受けても儲かるとの印象を与えてしまい、抑止には余りなっていない。その上、税金で禁固刑中の経費を国民が負担することになり、2重の負担となっているように見える。経済犯には高額の罰金で抑止することがより効果的であろう。
(2015.10.17.)(All Rights Reserved.)
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年金生活不安をもたらした安倍自・公政権の責任!!

2024-05-21 | Weblog
シリーズ本音トークー年金生活不安をもたらした安倍自・公政権の責任!!
 政府の金融審議会作業部会がまとめた「人生100年時代を見据えた資産形成を促す報告書」(2019年6月3日公表)は、「95歳まで生きるには年金収入だけでは足りず、夫婦で約2千万円の金融資産の取り崩しが必要になる」との試算を明らかにし、批判が相次いだ。安倍自・公政権が打ち出した「1億総活躍社会」や「人生100歳時代」が少なくても2000万円の金融資産がないと‘まぼろし~’であることが、政府内部の資料で暴かれた形だ。
 これに対し麻生財務相(副首相)は、「政府の政策スタンスに沿わない」などとして同報告書の受け取りを拒否した。自ら諮問したものでありながら、気にくわないと受け取り自体を拒否すると言う無責任ぶりだ。政府審議会というものは何のためか疑問が呈される。
また安倍首相は、6月26日の通常国会終了に際する記者会見で、この報告書を巡る野党の対応に関し、『具体的な対案もないまま、ただ不安だけをあおるような無責任な議論は決してあってはならない』旨批判した。そして『年金を増やす打ち出の小づちはない。年金を充実させる唯一の道は年金の原資を確かなものとすることだ』と指摘しつつ、経済面での実績を強調した。
しかし誰が無責任なのか。
 1、無責任なのは自・公政権
 そもそも老後、年金だけでは生活できないとの報告書をまとめたのは政府(金
融庁)の審議会ではないか。不安をあおったのはマスコミでも野党でもない。
厚労省や経産省でも老後の生活には年金に加え、2,000万から3,000万円が必要との試算をしていたと報じられている。
 責任を転嫁することこそ無責任の極みだ。

 2、後退した年金給付
 2013年1月からの安倍自・公政権において、国民が福祉制度改革を期待していたのに反し、年金は給付額が削減された上、給付年齢が引き上げられ、年金から強制的に差し引かれる介護保険料が引き上げられるなど、国民にとって年金受給額は後退した。
 その上8%への消費増税が行われ、2019年10月には10%に引き上げられる。国民は、消費増税による政府の歳入増により、年金を含む福祉が良くなると期待した。消費税は社会福祉に充てられるというふれ込みで増税されたわけであるので、国民が負担する増税分が政府にとっての『打ち出の小づち』になるはずだ。国民はそれに期待し消費増税をある程度容認したが、安倍自・公政権は、年金にはその『打ち出の小づち』を振らなかった。
 増税は仕方なかった面はあるが、問題は税の使い道にある。予算で票を集めるような選挙目当ての無駄が多く、事実上の票の買収に予算を使用すべきではない。

 3、『税と社会保障制度の一体改革』に取り組まず
 自民・公明連立政権は、民主党政権時代に「社会保障と税制の一体改革」に同意し、また議員定数の実質的削減にも同意し、2011年12月の総選挙で勝利し政権の座に返り咲いた。しかしいずれについても進んでいないばかりか、消費増税を実施し国民に負担を求めた一方、社会保障については反福祉の福祉切り、国民酷使政策に向かっている。
 安倍自・公政権は、口先ばかりで、「社会保障と税制の一体改革」に取り組むとの国会、国民への約束を実行していない。6年以上政権を保持していながら実施していない。しかも議席の上では圧倒的多数を占めており、実施する意思があれば出来るのにかかわらず実施していない。『安定政治』を標榜しているが、それは政権維持、党利党略のためだけであろう。国会、国民への約束を実行できるのに実行していないのであるから、その責任は重大だ。
 そもそも社会保障の改善のために消費増税を実施したとされているので、国民の負担が増加することは仕方ないが、年金他の社会保障サービスの向上、充実が図られるのであればという期待感が国民サイドにあった。しかしその期待は見事に裏切られている。自・公連立政権の下では、受益者へのサービスや給付額の改善は行わず、逆に個別に利用者、受給者の「負担増・給付減」を強いており、国民を騙しているに等しいのではないだろうか。
 年金が破たん状態になっており、また医療などの社会福祉支出が財政を圧迫し、今後更に財政が厳しくなることが予想されるのであれば、政府がまずやらなくてはならないことは、抜本的な経費節減、無駄の削減ではないだろうか。どの事業でも、業績が振るわず、赤字が増加し破たん状態になれば、まず人件費、管理費などのコスト削減を行うのが常識だ。
 安倍自・公政権は、行政、国会の人件費、管理費などのコスト削減にも取り組んでいない。何のための『安定政治』か。
 もっともその政権を選んで来たのは有権者自身であるから、有権者の責任も重い。有権者自身がもっとしっかりしなくてはならない。(2019.7.4.)
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