明日から1週間、集中内観へ行ってきます。
集中内観は今回で2度目、前回に行ったのは、今年の5月でした。
一週間ただ一人、半畳に仕切られた薄暗いびょうぶの中で、ひたすら自分を調べた毎日・・・。
ご飯のときもトイレでもお風呂でも内観を続け、時間数にすると一日15時間、一週間で100時間。
終わったとき、正直なところ「もう二度としたくない」って思ったのに、苦しさっていうのはこんなにすぐ忘れるもんなんだね。
本当は、内観は2度目がいいんだそうです。
とても深く自分を見ることができるそうです。
ところで。
10年ほど前に実施されたアメリカでのあるアンケート調査によると、「死んだあと天国に行けるのは誰か?」の質問に対し、ダイアナ妃(60%)、マイケル・ジョーダン(65%)などが比較的票を集めたそうですが、やはり一番多かったのはマザー・テレサの79%だったのだそうです。
しかし、アンケートには最後の質問として「あなたは天国へ行けると思いますか?」とあり、その質問にはなんと87%が「行ける」と回答したのだそうです。
これを見たときは驚きました。
他人への評価は厳しく自分への評価は甘いという傾向が、こんなにはっきりと結果として出ているなんて。
この結果は自分にもよく当てはまっていると思います。
「裁判官になったつもりで、自分自身を調べてください」
と、前回内観が始まるときに言われましたが、そのときはその意味がよく分かりませんでした。
自分にはそんなに悪いところはない、と思っていたから。
でも、内観をしていくにつれて、そして内観が終わって日々を過ごしていく中で、だんだんと分かってきたような気がします。
悪いのは悪気があってやることだけじゃない、法律をおかすことだけでもない。
自分の無意識や無関心、そして被害者意識のせいで、いかに人を傷つけたり迷惑をかけたりしているか。
そして、どれだけ自分を苦しめているか。
“日常内観”という言葉もあるとおり、そんな自分を日々内省し気付きを得ていくこともできる。
だけど、普通人間というものは、見たくないものから目をそらしたり、都合のいい見方で物事を捉えるもので、そんな自分に気付くのは難しい。
加えて普段の生活では、人間関係や仕事など、自分以外のたくさんのことに意識を向ける必要があるので、自分を深く掘り下げて調べるのはなかなか難しいのだ。
・・というのが、集中内観を勧められる理由です。
前回はわけも分からず楽しみにして行ったけど、今回はまるで違います。
苦しいのが分かる、きっと前回より苦しいと思う。
でも・・・その恐れの奥に、前回以上に楽しみにしている気持ちがある、ような気がする。
きっと、まだ私が知らない「私」に出会えると思うから。
快く送り出してくれる夫に感謝しつつ、行って来ます
それにしてもこの季節の米子・・・さむそう
上の写真は、今日もみじを見に生駒山をドライブしに行ったときの写真です。
こちらは、すばらしい深紅の楓。
集中内観は今回で2度目、前回に行ったのは、今年の5月でした。
一週間ただ一人、半畳に仕切られた薄暗いびょうぶの中で、ひたすら自分を調べた毎日・・・。
ご飯のときもトイレでもお風呂でも内観を続け、時間数にすると一日15時間、一週間で100時間。
終わったとき、正直なところ「もう二度としたくない」って思ったのに、苦しさっていうのはこんなにすぐ忘れるもんなんだね。
本当は、内観は2度目がいいんだそうです。
とても深く自分を見ることができるそうです。
ところで。
10年ほど前に実施されたアメリカでのあるアンケート調査によると、「死んだあと天国に行けるのは誰か?」の質問に対し、ダイアナ妃(60%)、マイケル・ジョーダン(65%)などが比較的票を集めたそうですが、やはり一番多かったのはマザー・テレサの79%だったのだそうです。
しかし、アンケートには最後の質問として「あなたは天国へ行けると思いますか?」とあり、その質問にはなんと87%が「行ける」と回答したのだそうです。
これを見たときは驚きました。
他人への評価は厳しく自分への評価は甘いという傾向が、こんなにはっきりと結果として出ているなんて。
この結果は自分にもよく当てはまっていると思います。
「裁判官になったつもりで、自分自身を調べてください」
と、前回内観が始まるときに言われましたが、そのときはその意味がよく分かりませんでした。
自分にはそんなに悪いところはない、と思っていたから。
でも、内観をしていくにつれて、そして内観が終わって日々を過ごしていく中で、だんだんと分かってきたような気がします。
悪いのは悪気があってやることだけじゃない、法律をおかすことだけでもない。
自分の無意識や無関心、そして被害者意識のせいで、いかに人を傷つけたり迷惑をかけたりしているか。
そして、どれだけ自分を苦しめているか。
“日常内観”という言葉もあるとおり、そんな自分を日々内省し気付きを得ていくこともできる。
だけど、普通人間というものは、見たくないものから目をそらしたり、都合のいい見方で物事を捉えるもので、そんな自分に気付くのは難しい。
加えて普段の生活では、人間関係や仕事など、自分以外のたくさんのことに意識を向ける必要があるので、自分を深く掘り下げて調べるのはなかなか難しいのだ。
・・というのが、集中内観を勧められる理由です。
前回はわけも分からず楽しみにして行ったけど、今回はまるで違います。
苦しいのが分かる、きっと前回より苦しいと思う。
でも・・・その恐れの奥に、前回以上に楽しみにしている気持ちがある、ような気がする。
きっと、まだ私が知らない「私」に出会えると思うから。
快く送り出してくれる夫に感謝しつつ、行って来ます
それにしてもこの季節の米子・・・さむそう
上の写真は、今日もみじを見に生駒山をドライブしに行ったときの写真です。
こちらは、すばらしい深紅の楓。