タイトルが堅苦しいけど、「殺風景」の登場人物の年齢について考えてみた。
記憶違いもあるかもなので、間違っていたらごめんなさい。
各自、ご確認を。
ねたばれあるので、ねたばれを読みたくない方は読まないように。
今から51年前の昭和38年(1963年)。
クニオは20才。
昭和43年(1968年)。
クニオ25才の時に、マリと結婚。
恐らく、クニオ26才の時に直也誕生。
平成16年(2004年)のクニオは61才。
とすると、2004年の直也は35才。
2004年にマリが「(自分は)50をちょっと超えたくらい」と言う台詞がある。
例えば、マリが53才だとしたら、クニオと8才違いとなり、
知り合った昭和38年時、12才と言うことになる。
12才で売春云々は、いくら昭和38年でもおかしい。
マリの唄から、クニオと2才くらいの違いかなと思うんだけど、
そうなると、2004年のマリは59才となり、
「50をちょっと超えたくらい」と言うのは当てはまらない。
うーーん。
直也と稔がどれくらい年齢が離れているのか。
家族で熱海に行ったのが、十年以上前で、稔は小学生だったと。
例えば、十数年前を12年前とすると、1992年。
1992年に稔が8才だと仮定すると、20才。
1992年に稔が12才だと仮定すると、24才。
となると、稔は、20才~26才の間くらいの設定になるかな。
クニオは昭和38年では左効きだったのが、平成16年には右効きになってる設定(笑)。
年齢設定は、ほぼ忠実な感じになってるかな。
「ダークシステム」なんて、年齢設定めちゃくちゃだったよね(笑)。
昭和25年に15才の鉄山と一郎は、平成26年には79才になってるので、
加賀見の父も、ユリちゃんの父も、79才。
79才なのに、子どもが若すぎる。
完全に孫年齢だよね。
うちの親より年上だよ、79才なんて(笑)。
父親の年齢を考えたら、加賀見くんもユリちゃんも、50才以上設定になってしまう(笑)。
作品って、ここまで深く掘り上げるものではないんだけど、
年齢層で、その時代の背景が全く違うから、
結構、いちいち検証してしまったりします(笑)。
記憶違いもあるかもなので、間違っていたらごめんなさい。
各自、ご確認を。
ねたばれあるので、ねたばれを読みたくない方は読まないように。
今から51年前の昭和38年(1963年)。
クニオは20才。
昭和43年(1968年)。
クニオ25才の時に、マリと結婚。
恐らく、クニオ26才の時に直也誕生。
平成16年(2004年)のクニオは61才。
とすると、2004年の直也は35才。
2004年にマリが「(自分は)50をちょっと超えたくらい」と言う台詞がある。
例えば、マリが53才だとしたら、クニオと8才違いとなり、
知り合った昭和38年時、12才と言うことになる。
12才で売春云々は、いくら昭和38年でもおかしい。
マリの唄から、クニオと2才くらいの違いかなと思うんだけど、
そうなると、2004年のマリは59才となり、
「50をちょっと超えたくらい」と言うのは当てはまらない。
うーーん。
直也と稔がどれくらい年齢が離れているのか。
家族で熱海に行ったのが、十年以上前で、稔は小学生だったと。
例えば、十数年前を12年前とすると、1992年。
1992年に稔が8才だと仮定すると、20才。
1992年に稔が12才だと仮定すると、24才。
となると、稔は、20才~26才の間くらいの設定になるかな。
クニオは昭和38年では左効きだったのが、平成16年には右効きになってる設定(笑)。
年齢設定は、ほぼ忠実な感じになってるかな。
「ダークシステム」なんて、年齢設定めちゃくちゃだったよね(笑)。
昭和25年に15才の鉄山と一郎は、平成26年には79才になってるので、
加賀見の父も、ユリちゃんの父も、79才。
79才なのに、子どもが若すぎる。
完全に孫年齢だよね。
うちの親より年上だよ、79才なんて(笑)。
父親の年齢を考えたら、加賀見くんもユリちゃんも、50才以上設定になってしまう(笑)。
作品って、ここまで深く掘り上げるものではないんだけど、
年齢層で、その時代の背景が全く違うから、
結構、いちいち検証してしまったりします(笑)。