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革ツナギ職人の意外な?一面

■陸上部Vol.9

2007-03-17 | Memories
※:Back number==>>Vol.1Vol.2Vol.3Vol.4Vol.5Vol.6Vol.7Vol.8からどうぞ(^^)
全ての練習後、気が付くとマネージャーの先輩(3年生)の前に立っていた。
「先輩、マット運ぶの手伝ってもらえませんか?!」
自分でもビックリの言葉が口から飛び出し、先輩も目立たない後輩からの申し出に目を丸くしていた。
影で鬼監督と呼ばれる監督にお伺いをたてにその場から先輩が居なくなると膝が震えていたf^^;)
※:跳躍の練習が一通り終るとマットを片付けてしまう。またマットが重いため一人での出し入れは出来ない。
しばらくすると監督と先輩がこちらに向かって歩いてくる。
小生、鬼監督との評判だが「鬼」に変貌した時をまだ見ていないのでさほど怖いという感情は無かったが近づくにつれて体が強張って行くのを感じていた。
監督の第一声「どうした!?」
「自分まだ全然飛べないのでもっと練習がしたくてお願いしました。」
「そうか!やってみたらいい」「マット手伝ってやりなさい」と先輩に声をかけて投てきブロックの方へ去っていった。
なるほど貫禄というか威圧感というかオーラを感じさせる後姿であった。
先輩に手伝ってもらい「マット」「バー」のセッティングを行い念願の「練習」が出来る!!
辺りは既に薄暗くなり跳躍ブロックの皆はみんな帰ってしまい練習しているのは投てきブロックのメンバーと小生だけであった。
しかし、自分ひとりで存分に練習出来るかと思うと嬉しかった事を思い出す(^^)
Vol.10につづく

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■陸上部Vol.8 & ミルコUFCデビュー映像”

2007-03-14 | Memories
■陸上部Vol.8 ※:Back number==>>Vol.1Vol.2Vol.3Vol.4Vol.5Vol.6Vol.7からどうぞ(^^)
自分の記録からして選手には到底なれないのだが、彼と対等に渡り合えたらという思いが湧いてきた。
今はどうなのか分らぬが当時インターハイの地区予選に出れる選手枠は各学校から3名だった。
安定した記録を持つ先輩が既に3人居て、更に同期には県大会(中体連)で優勝している特待生も控えている。
全くスケールは違うが、世界陸上等の解説で「金メダルを取るよりアメリカ代表になる事が難しい程」等を聞くとこの事を思い出す次第である。
なので、彼との勝負は全く代表枠争いとは程遠いところでの低レベルな争いに他ならない。
彼は、Vol.7に書いた様に小生を敵視していたのを感じでいたので「敵わない」と思いつつも「負けたくない」
しかし、ハイジャンプの性格上(クリアすればどんどんバーが上がっていく)思うような練習が出来ない”
なにせベスト記録がたかだか150cmであるからその先は練習に参加できないのだ”
「練習がしたい!!」その思いが日に日に増して当時、自信喪失からかすっかり「人見知り」になっていた小生が自分でも思いもよらぬ行動に出た。
その行動とは?Vol.9につづく
■ミルコ・クロコップUFCデビュー”
先月UFC電撃移籍&デビュー映像発見(^^)v
雑誌等で情報は得ていたがやはり映像は大迫力!!
でもやっぱり小生はプロレスが好きだネf^^;) 
>>ファイトシーン

追伸:PRIDE1が移転する事になりました。
詳しくは下記PRIDEONEバナーもしくはトラックバック(当記事)にてご確認下さいm(__)m

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■陸上部Vol.7

2007-03-12 | Memories
再開した途端、日が開いてしまってm(__)m
気が付けば月が変わり3月”
いよいよレースシーズン突入・確定申告と「何がなんだか」というこの頃である。
■陸上部Vol.7 ※:Back number==>>Vol.1Vol.2Vol.3Vol.4Vol.5Vol.6からどうぞ(^^)
そうは言っても毎日キツイ練習をしていれば筋力も付き少しずつではあるが記録が上がっていく!
背面跳びにチェンジした頃は120cmをようやく跳べていたのが最近ではベリーロール記録を上回る150cmを跳べる様になっていた。
大会に出る選手を決めるために校内記録会が数週間後に迫ったある日、第○中学校出身のS君(市内記録を持ち推薦入学)から思いがけない提案が!?
その提案とは「今度の記録会で君に負けたら俺は三段跳びに転向する!」というものであった。
そんな気は更々無い小生は呆気にとられたのは言うまでも無い!
しばらくして彼の言葉を思い出してみると決してバカにしている訳ではない!?
えっ”「挑戦状」なの!?俺に??
実ははっきり言わないまでも何かにつけて小生に「何でお前がここに居るの?」と視線・態度を送り続けていたのも彼なのであるf^^;)
その彼がある意味「ライバル視」してくれているのだと!
そして本来持っていたはずの今では「なけなしの負けず嫌い」がここで目覚める事になる”
Vol.8につづく

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陸上部Vol.6

2007-02-18 | Memories
好評??の連載「陸上部」再開!!
この様なモノでも小生の戯言(日記等)よりマシな様で、小休止したとたんアクセスが著しく減った(T_T)
ただ、フラッシュバックしたとは言え何しろ20数年前の記憶で、整理するのに手間取りながらの連載という事で、弱い頭を休ませていた次第である。
まぁ小生、義務感には臆病である故、のんびりとやっていこうと思う(悪しからず^^;)
※:途中からの方==>>Vol.1Vol.2Vol.3Vol.4Vol.5からどうぞ(^^)
■陸上部Vol.6
毎日腹筋に明け暮れる練習。(他にウエイトトレーニング等基礎練習)
「いつやめよかな!?」「先輩との約束あるからもう少し」を自問自答しながら周りを見るとみんな真剣に練習に取り組んでいる。
元々不純な動機で入部してしまった陸上部。
どうでも良いはずなのだが周りの真剣さに「罪悪感」に似た感情を覚え始めた。
真剣にとは行かないまでも真面目にやらないと!?(まぁせめて言われた事ぐらい出来るようになろうかな!?程度ではあるが^^;)
入部から数日が経ったある日、先輩からストレッチの指導(本格的に)を受けながらブリッジをすると「お前凄ぇなぁ!!」と!
何が凄いのか分からずに居ると、どうやら人より体(関節)が柔らかい様でしっかりとアーチ型になっているらしい!?(自分では見えない^^;)
先輩が言うにはこれは「背面跳び」にとってかなり有利らしいのだが本人全くピンと来ていない。
まぁもちろん褒められて気を悪くするはずも無く、抵抗があった背面跳び転向へのキッカケ、そして「真面目にやろう」と思っていたタイミングと併せて動機付けとして十分であった。
そして、その決断が今の自分を形成する基礎になるとは知る由も無い。
Vol.7につづく

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陸上部Vol.5

2007-02-02 | Memories
※:途中からの方==>>Vol.1・Vol.2Vol.3Vol.4からどうぞ(^^)

■陸上部Vol.5
挫折第二章(今思えば些細な出来事なのだが^^;)
入部していよいよ練習に入るわけだが早々にこの「ハイジャンプ(走り高跳び)」という競技はなんと「酷なスポーツ」だという事を気づかされた。
それは「すぐ練習が出来なくなる(>_<)」のである。
そうなのだ”バーが段々に上がっていくルールであるから自分の飛べる高さを超えてしまうと練習がそこで終わってしまう。
小生は何しろ記録が記録(ベスト145cm)なのであっさりと終了(T_T)
同期の特待生諸君と先輩方はピョンピョンと練習している最中、小生一人で「腹筋」である。
数日後、監督(鬼監督で有名らしい”)が小生の試技を見た後、なんと近づいてくるではないか!
ゆっくりとした優しい口調ながら「今ベリーロールは流行らないから背面跳びにした方が良い!」
そう、中学で習ったのはベリーロールだったため小生一人ベリーロールで跳んでいたのだ。
そしてこの監督の言葉は小生にとって、ようやくわずかながら手に入れた「自信」を無にする出来事であった...。
※ベリーロールは、陸上競技の走り高跳びにおける跳躍法の一種。
踏み込んだ足の逆の足を上げ体を水平にし、顔からバーを下に見る形をとり回転して跳ぶ。 正面跳びが基本であった頃に登場してから、より高く跳べるという事で急速に普及し時代を一新した。 現在も義務教育の授業等では広く用いられている跳躍法であるが、背面跳びの登場により現在は国際大会などではまず見られない。
※背面跳びは、陸上競技の走り高跳びにおける跳躍法の一種。
アメリカのディック・フォスベリー選手が正面跳びの練習中にヒントを得て開発したとされ、足を踏み込んだ後に両腕を大きく上げ背中からバーに体を大きく反らして跳び、残った足を持ち上げる跳躍法。
当時主流になっていたベリーロールに変わり走り高跳び界に大きな変化を与えた。現在国際大会などで最もポピュラーな跳躍法。=Wikipediaより抜粋
Vol.6につづく

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陸上部Vol.4

2007-01-29 | Memories
※:途中からの方==>>Vol.1Vol.2Vol.3からどうぞ(^^)
■陸上部Vol.4
挫折の第二章を語る前にまずは第一章を!
挫折第一章は中学一年の体育祭の時に訪れた。
小生、自慢する程では無いが走るの速い方である。
ちなみに小学生時代は徒競走で負けた事が無い(^^)v
もちろん校内で一番という訳ではないが、クラス対抗のリレーでは必ず選手に選ばれ、6年の時は市大会のリレー選手を務めたほどだった”
しかしである!その小生が中学の体育祭での徒競走は3位、しかも小学時代のクラスメイトでそれこそ「目をつぶっても」勝てる相手が2位だったのだ(T_T)
平静は装ったもののかなりのショックであった事を思い出す。
これが第一章の始まりで、「大きくなる」と言われ入ったバスケ部では「レイアップシュート」が出来ず、先輩に「お前ちょっと変だ!」「こっちに来い」といわれ個別指導を受ける屈辱(>_<)
などなど、自分では「スポーツ万能」と思っていたにもかかわらず、Vol.3に書いた「ハイジャンプの授業」まで続くのであった。
強いて言えばSKIだけは人並みよりは上手かったように思う(^^;) 
小生、中学入学時まだ身長が150cmにも満たずだったが、そのクラスメイトはいつの間にか150cmを超えていた。
要は小生の成長が遅い方だったという事なだけだったのだが、そんな事は今だから分かる事、その当時は本当にショックで「呆然自失」状態だった事は言うまでも無いだろう。
今では、177cmとまぁ大きい方といえる身長になったが、今の身長になったのは高校3年生だった。
やはり人より成長が遅かった様である。
さて、Vol.5では第二章の幕開けと行こう(^^)

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陸上部Vol.3

2007-01-27 | Memories
※:途中からの方==>>Vol.1Vol.2 からどうぞ(^^)
■陸上部Vol.3
入部してみてビックリ(O_O)
“楽”どころかなんと!県内有数の陸上高だった(T_T)
「跳躍ブロック」とは字の通りピョンピョン跳ぶ競技”
小生がチョイスした「ハイジャンプ(走り高跳び)」「ロングジャンプ(幅跳び)」「ポールジャンプ(棒高跳び)」の選手が“ブロック”の一員で一緒に練習するのである。
「中学時代面白かった」と書いたがそれには“不純な動機”とはいえある程度の自信とは言わないまでも「それなら出来るだろう!?」的な思いはあったのだが、どうしてどうして世の中そんなに甘くは無い!!
入部して早々に各ブロック毎に自己紹介的な新入部員の挨拶はお決まりの行事!
「自分は○○中学出身で自己ベスト(中学時の記録)は1m○○cmです」と始まる訳である”
黙って聞いていると、もう(O_O?)
どうやら県内のエリートが集まっているらしいぞぉ!?
要は、中学時代に県大会優勝、ベスト○位・市大会優勝、ベスト○位等の「特待入学」「推薦入学」な訳!
「凹む”」ってこういう事ぉ~(T_T)
小生の「確証無き自信」さもあっさり吹き飛んだ次第f^^;)
何せ、体育祭で3位確か記録は1m45cm(ハイジャンプ)程度
考えてみれば、体育の時間にハイジャンプの授業があり「クラス」で1番になったのがきっかけで体育祭での選手になっただけ(^^;)
ホントの「井の中の蛙」だった事を思い知らされた瞬間であり“挫折”第二章の始まりだった...。
Vol.4につづく

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陸上部Vol.2

2007-01-25 | Memories
※:途中からの方==>>Vol.1からどうぞ(^^)
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Vol.2
何故、断れなかったのかと自分を責めながら帰宅の途に...(T_T)
まぁ怖くて最初から断れるはずも無いのだがf^^;)
しかし、小生根っから諦めが悪い!
足りない頭をフル回転させ「先輩を怒らせずに断る方法は無いものか!?」と!
窮地に陥った時の人間はなかなかどうして閃くものである(^^)v
「応援団」→「当然応援するのは運動部」そう”簡単なのである!
応援する側ではなくされる側に入ればきっと快く送り出してくれるであろう!!
「運動部」といっても中学時代はバスケ部に在籍していたが、レギュラーに成れる訳でもないのにやたら練習がキツイ!しかも当時は身長168cmと小柄である。
運動部で一番楽そうな部は何だろう!?⇒「陸上部」だぁ~(怒られそう^^;)バスケ部の小生達が必死に走っている脇でのんびりそうに練習をしていたのを思い出したのだ!(決して全ての陸上部では無いので...)
翌日、登校するや先輩を探し出し「自分やっぱり陸上やりたいのですみませんが...」
案の定といったら先輩に失礼だがあっさり「そうか頑張れよ!」と言ってくれた。
「ヨッシャー!!」と心の中で叫んだのは言うまでも無い。
そして放課後、もちろん先輩との約束でもあるので「陸上部」の部室門を叩く。
やさしそうな僕がマネージャーやってるからこっちでクラスと名前書いて、ウチは県陸上競技場で練習してるからすぐ準備してね!ところで君は何をやるの?と
「えっ?」応援団を抜ける事しか頭に無かった小生は少し面食らってしまったが、中学時代にちょっと面白かった「走り高跳び」か「ハードル」と答えた。
すると、「じゃぁ今日から跳躍ブロックでね」「跳躍ブロック???」その「ブロック」って何とも聞けず「ハイ!」と返事はしたもののどうも中学の陸上部とやたら様子が違う(^^;)
ここから、“超”不純な動機で入部した激動の陸上部生活の始まりだったとは小生知る良しも無い...
Vol.3へつづく

追伸:PRIDE1JP==Column==からのトラックバック「74Daijiro(ポケバイ)」是非アクセス程m(__)m

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陸上部

2007-01-23 | Memories
投稿がしばらく空いてしまってm(__)m
実は数日前に記事を書いていたのだが、概ね終わった所でちょっとした操作ミス?のため作成ページ(記事)が消えてしまいしばらくスネていた次第である。(誰かに当る訳にもいかず^^;)
言い訳する気は無いが未だ明確な原因は分からぬままで以前にも2度ほど同様の事が起こっている。
Blogシステムの不具合なのではないかと思う次第である。
※:LiveDoorBlogでは一度も起こった事が無い。
そんな話はさておき、先日の投稿で小生が陸上競技をしていたと触れて、当時の事がフラッシュバックしてきた。
実はひょんな事から陸上部に入る羽目になりその後小生なりのドラマが!
諸君にはどうでもいい様な話と思うがお付き合い頂ければ幸いである。
---
■陸上部Vol.1
高校に入学すると同校先輩諸君が新入部員獲得に躍起になり方々でスカウト活動をしていた。
そんな時、後ろから小生を誰かが呼んでいる。
振り向くと中学時代の部活の先輩が肩で風きり歩いて来るではないか!?
小生に手招きで「こっちへ来い!」そして身を翻しノッシノッシと歩いていく。
その迫力につられる様に後を付いていくとそこは応援団の勧誘ブースであった”
そこにはテーブルがあり入部申請のノートの様な物が置いてあり、正面に竹刀を持った応援団長がドッシリと座っている。
「終わったぁ~!!」状況を把握した時は既に遅しで、ノートにペンを走らす自分が居た(T_T)
その当時は今と違って先輩後輩の規律は格段に厳しく「先輩命令は絶対」なのである。
しかし、応援団というと入学早々小生たち新入生全員体育館に集められ応援練習という事で応援団(先生不在)にこっれりしごかれていた。
そしてまだ名も知らぬクラスメートが数日前から応援団に入部した様で、毎朝先輩が投稿する前に部室前に整列している姿を目撃している。
また別の部員は先輩を校門で出迎えカバンを預かりダッシュで部室まで駆け込む!
そう先輩はチャリンコで当然先輩より早く部室にたどり着かねばならぬのである(^^;)
そんな光景を見ていた小生は「応援団だけには入りたくない」と硬く誓っていたのだが...。 
Vol.2へつづく

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