会津若松市議会議員 渡部 みとむ オフィシャルHP

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平成30年度「姉妹都市むつ市訪問事業」最終日報告m(_ _)m

2018年08月22日 | ブログ


【写真:「霊場恐山」本尊安置地蔵殿(祈願祈祷の道場)】

むつ市訪問も最終日を迎えました。今朝も宿泊先のホテルで朝食を取り、集合時間までに荷物をまとめてロビーに降りました。チェックアウトを済ませてから会津交通のバスに乗り込んで、最後の視察先となる「恐山」に向かいます。ここは比叡山、高野山と共に日本三大霊場に数えられ、貞観4年(862)に慈覚大師によって開山されました。



【写真:雨上がりの「釜臥山」にきれいな虹がかかりました】

元々は「天台宗」の修験道場として栄え、田名部海縁辺三十三観音の最終札所になっています。本州最北端「まさかり」の形をした下北半島は、豊かな海が育んだ最果ての大地です。また本州最北の「ジオパーク」(平成28年9月認定)として、人々の暮らしと自然や大地とのつながりを学び、楽しめる場所でもあります。(@^^)/~~~



【写真:今日の「東奥日報」に昨日開催された講演会の記事が載っていました】

この世とは思えない景観、現世とあの世をつなぐ霊山・恐山は、全国各地から人々が訪れる信仰の山です。恐山は下北ジオパークの中で唯一海に面していないジオサイトで、宇曽利湖(うそりこ)を中心に、釜臥山、大尽山、小尽山、北国山、屏風山、剣の山、地蔵山、鶏頭山の八峰がめぐり、その形はあたかも花開く八葉の蓮華にたとえられます。



【写真:恐山にある「慈覚大師堂」周辺】

恐山には古くから、東北一円にとどまらず、日本各地から信者の参拝が絶えませんでした。とりわけ、七月の大祭典、十月の秋詣りは、肉親の菩提を弔い、故人の面影を偲ぶ多くの人々が、連日境内にあふれます。今日も駐車場にはマイカーやレンタカー、それに観光バスが来ています。(^0_0^)



【写真:ガイドさんの案内で参拝順路を歩く同僚議員や市役所幹部職員】

火山ガスの噴出する岩肌の一帯は地獄に、そして湖をとりまく白砂の浜は極楽になぞらえられ、人々は、千年の長きにわたって、「人が死ねばお山に行く」という素朴な信仰と祈りを伝えてきました。 大地と母胎を象徴する「本尊地蔵菩薩」は、そうした人々の想いを受けとめてくださると考えられています。



【写真:「本尊安置地蔵殿」に向かう私です】

今日は下北ジオパークのガイドさんの案内で、総門から山門をくぐり、本尊安置地蔵殿を参拝して、地獄にたとえられる霊場を歩きました。途中には、「無間地獄」「血の池地獄」「塩屋地獄」「賭博地獄」「重罪地獄」「どうや地獄」「金堀地獄」「修羅王地獄」などがあります。 _(._.)_



【写真:なんとも不思議な景色が広がっています】

地獄と極楽の境目にある木橋を渡ると、そこには沖縄の海のような景色が広がります。白い砂浜とコバルトブルーの湖が「宇曽利湖」(宇曽利山湖)です。湖畔には、あの東日本大震災以降に建立された「震災慰霊塔」があります。参拝順路に従って駐車場に戻りました。奥の院(釜臥山山頂)までは残念ながら行く時間がありませんでした。



【写真:「宇曽利湖」(宇曽利山湖)は正に絶景です】

この3日間に再会できた皆さん、初めてお目にかかった方々など大勢の関係者にお世話になりました。会津人は、誰が言うでもなく、陸奥湾を猪苗代湖に、釜臥山を故郷会津の磐梯山に見立てて、「斗南磐梯」と呼んで墳墓の地を偲んだそうです。その「むつ市姉妹都市推進連絡協議会」では、2年後の「斗南藩」立藩150年に向けて取り組みを進めています。(*^^)v



【写真:真宗大谷派「徳玄寺」で石澤責任役員からお話をお聞きしました】
※ 石澤さんは「斗南會津会」の特別顧問です

今回は、偶然にも生誕100年を迎えた映画監督の「川島雄三氏」の記念碑がある、真宗大谷派「徳玄寺」にもお参りが出来ました。このお寺は曹洞宗「円通寺」のすぐそばにあり、松平容大公の食事や遊びの際に利用されたり、斗南藩重臣の会議場ともなりました。この場所に「斗南ヶ丘街建設計画図面」などが保存されています。



【写真:「徳玄寺」境内にある映画監督川島雄三監督の碑】

川島雄三監督は大正7年(1918)に旧下北郡田名部町(現むつ市)に生まれ、「野辺地中学校」(現野辺地高校)から明治大学専門部文芸科へ入学。卒業後は松竹大船撮影所・助監督に採用試験に合格し、その後日活へ移籍しています。むつ市立図書館内には「川島雄三記念室」が平成12年に開設されています。(*^。^*)



【写真:懐かしい方々との再会を果たした両市の「交歓会」】

その他にも東洋大学の大先輩で、むつ市議会の川下八十美議員(通算10期)にもお会いできました。先輩は昭和15年生まれで、故小此木彦三郎衆議院議員の第一秘書を務めたのち、27歳でむつ市議会議員に初当選されたそうです。第17代むつ市議会議長も経験されています。二晩ご一緒しましたが、お歳をまったく感じさせない若さの持ち主です。



【写真:市場棟が休みでも大勢のお客さんが来場しています】

むつ市を出発したバスは、国道から八戸自動車道に乗りました。八戸まで来ると、八戸北ICで降りて昼食場所の「八食センター」に向かいました。水曜日で市場棟は定休日ですが、「厨スタジアム」と呼ばれる飲食街は営業しています。あらかじめ予約をしておいた「勢登鮨」で、お勧めの「八食丼」(海鮮丼)を食べました。



【写真:八戸にある「八食センター」で食べた昼食です】

昼食後、バスは再び八戸自動車道を走って南下しました。その後東北自動車道に入り、紫波SA、長者原SA、安達太良SAで休憩を取りました。初日の一昨日は、バスの車内で昭和61年に日本テレビ系列で放送された年末時代劇「白虎隊」(2夜連続)を観賞しながらむつ市に向かいました。(-。-)y-゜゜゜



【写真:東北自動車道「紫波SA」で休憩を取りました】

今日の車内では、「綾小路きみまろ」や第38回日本アカデミー賞最優秀脚本賞と第57回ブルーリボン賞作品賞を受賞した、弱小貧乏藩の奮闘を描いた時代劇コメディ「超高速!参勤交代」、それに山田洋二監督の「家族はつらいよパート2」などを観ながら帰ってきました。



【写真:すでに真っ暗になっていた「安達太良SA」】

DVDを3本観てもまだ着かない会津若松は、移動時間だけで片道約8時間ですから、やはりサロンバスでも腰に来ます。おかげさまで会津若松ICを午後7時30分頃に通過して、無事に会津若松市役所に到着しました。バスを降りたら、この暑さにびっくりしてしまいました。(^。^)y-~

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