仕事で5年ぶりに中国広州にきました。
着いてまず思ったのが街がブレードランナーばりにアップデートしている!
広州に初めて出張で来たのは30年前。 マリオットやヒルトンといった外資がまだ進出しておらず、地元のChina Hotelというところが会社指定滞在だった。普通のホテルだけど、毎夜、知らない女性が何人もドアをノックしてくるのが当時新米社員としては怖かった。
日が暮れたら街灯があまりなくホテルの外はほぼ真っ暗だけれど、目を凝らすとストリートにはズラっと露店が並んでいてコピーDVDが1枚10円で売られていた。
日中は、そこら中で古い建物を取り壊していて、ホコリで大気が黄土色をしていた。
路上はまだ自転車が大挙していたけど、少数派のクルマが最優先。地道を車で1時間程離れた工場へ移動中、毎日のように死亡事故を目にした。道路がまだアスファルト化が進んでないところが多く、事故で流れた血をスコップで土をかぶせていた。なんて雑な扱いなんだと憤りを覚えた。
街中を走る少数の車はどうゆうわけかタクシーが白色、他のクルマは黒色ばかりで、もしかしたら公用車が大半だったのかもしれない。
それから30年、土の道路は全てアスファルトに代わり、縦横無尽に配され高速道路にはカラフルな車が渋滞を成し、壊した古い建物は高層ビルになり、自転車は電動バイクへと変わった。
日本では失われた30年と揶揄されるが、
同じ時期の中国にとっては成長の30年だったのでしょう。
街では若者達がインスタ映えな写真を撮影するためか、撮影スポットには列ができている。
今回、中国に来てヒシと感じたのは、 時代・環境変化に対応するスピード感
“It’s now not about the big beating the small, but the fast beating the slow”
(今の時代、大が小に勝つのではなく、速い者が遅い者に勝つ時代)
仕事に目をやると、以前は中国は安かろう悪かろう、一方の日本は高品質だがコスト高というのが常識だった。
それが、今やメイド・イン・チャイナ製品は少なくとも消費材のような精密機器でないカテゴリーでは品質は日本に追いつき、コストもそこそこ近似してきた。
そうすると、次の土俵は開発と生産のリードタイムなのだけど、これは圧倒的に中国が速い。加えて最小オーダー可能なロットサイズも日本より小さいのでキャッシュフロー的にも利がある。
実際、今回サプライヤーの工場を訪ねる機会があったが、もう日本マーケットでの需要でやりくりしているサプライヤーでは追いつけ無いほどのスケールとデジタル化、自動化、省人化が進んでいた。人海戦術に頼る中国の工場というのは昔の話し。
工場内をツアー中、あれこれと感心してしばらく立ち止まってると、複数台のAGV(自動搬送機)に囲まれ四面楚歌な状態になったのには苦笑した。AGVらはとても行儀良く根気よく私がルート上を去るのを待っていてくれた。
工場長曰く、今や世界でも有数のシェアを誇る会社になったが、何せ中国は競争が激しく来月にはシェアがないかもしれない、という危機感で継続して投資、改良し続けることが必須で、じっとしていると潰れると言っていたのが印象的だった。それは日本も変わらない。
ちなみに彼はなんと元同じ会社の中国ブランチで一年後に入社した中国人で、彼とは20年前に天津で仕事する機会があった。久しぶりの再会にお互い歳を重ねたね、と、しばし互いを労いあった。
彼はこの20年の激変する中国をモロど真ん中で体験してきたことだろう。
帰りにセブンイレブンにノド飴を求めて寄ってみる。
想像した通り誰も現金支払いをしている様子はなく、セルフレジ。
驚いたことに、レジ前のラストマイルな一等地、日本では電池とかガムを置いているところに、、
極薄なゴムが勢揃い。中国も少子化が今社会問題になっているらしいけど、レジ前で、
あ、これもついでに、って買えるのだろうか?文化の違いを感じさせてくれるひとときだった。
夜はホテル近くのJazz Clubで打ち上げパーティ
皆、結構疲れているはずだけど飲むエネルギーは別。飲めない自分を悔やむ。
現地ホスト社員のはからいで、連日連夜、いろんなところを連れて行ってくれた。
今夜はミシュラン認定の広東料理店
盾が飾ってあるけど⭐︎が無いのはどうしてだろう? 中国では⭐︎評価しないのかな?
高級中華なんて滅多に口にしないけど、
馴染みの街中華と違いどれも洗練されていて美味い。
最後にカスタードのプリンみたいなのが出てきたのだけど、美味すぎて思わずのけぞった。
この1週間、ホストをしてくれた現地社員皆さんのホスピタリティに感謝♪
日本に来たら倍返ししないと、と思ったら来週に来るらしい。
帰ったらダイエット!宣言してたけど、当分はダイエットできそうにない。。
今回、いろんな意味で気づきとリセットとリフレッシュをさせてくれる出張でした。
中国の皆さんありがとう!