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山下一仁「TPPと農業問題 ①」 視点・論点テキスト化

2010-11-10 19:06:32 | 政治

8日放送の、NHK「視点・論点」 山下一仁「TPPと農業問題 ①」をテキスト化しました。


TPPに関して、総理は参加に意欲を示しておりますが、農業関係者は、米などを関税撤廃の例外とできる2国間の自由貿易協定ならまだしも、例外を認めないTPPは日本農業を壊滅させるんだと反発を強めております。

こうした状況というのは、我が国の特異の農業保護のやり方にあります。日本の農業保護の仕方は、関税が無ければ安い国際価格で消費者は農産物を買えるのに、関税があるために高い価格を消費者に支払わせる、こういうことによって消費者から農家へ所得移転を行なわせて農家を保護しようというものです。我が国は、高い国内価格を維持する為に多くの品目で高い関税を設定しています。農業界が関税の撤廃に抵抗するのはこのためです。対して、アメリカやEU等は政府からの直接支払いという補助金で農家を保護しているため、高い関税が必要ではなくなっています。

農林水産省はTPPに参加すると8兆5千億円の農業生産額が4兆1千億まで減少し、食料自給率は14%まで低下する。また、洪水防止などの農業の多面的機能は3兆7千億減少するという資産を出しました。しかし、この試算は意図的に影響額を大きくしたものです。

第一にデータの取り方に問題があります。生産額の減少の内の半分の2兆円が米についてで、海外から安い米が入ってくると米農業は壊滅するとしています。日本が中国から輸入した米の内、過去最低の10年前の価格を海外の価格とし、これを国内の米の値段と比較して内外価格差は4倍以上だとしています。しかし、中国から輸入した米の値段は、10年前は60kgあたり約3千円でしたが、09年では約1万500円と3.5倍も上昇しています。一方で国産の米価格は1万4千円ぐらいまでに低下しており米中間の米の価格は接近しており、価格差は今や1.4倍以下になっております。

更に、日本の農家の平均的なコストと輸入価格を比較しているという問題があります。肥料や農薬など、米の生産のために実際にかかったコストの平均値は9800円なんですが、0.5ha未満という規模の小さい農家のコストは1万5千円で、15ha以上の規模の大きい農家の6500円と大きな差があります。関税が無くなって国内の米価が下がっていけば、コストの高い規模の小さい兼業農家と言われる人たちは影響が大きいでしょうが、規模の大きい農家は存続できます。

現在の日本の国内の米価は、減反して生産を制限する事によって維持されているわけです。こうした減反は生産者が共同して行なう、いわゆるカルテル行為なわけです。カルテルによって国際価格よりも高い価格が維持できるのは関税があるからです。関税がなくなれば、カルテルである減反政策は維持できなくなります。すると、国内の米価は9500円ぐらいまで低下します。そうすると、いま中国から買っている米よりも国産米の価格が安くなるので、関税ゼロでも影響は生じません。むしろ、価格が下がるので消費は増えます。消費が増えると生産量も増えます。生産量が増えると多面的機能も向上するということです。これまで減反政策によって水田の機能を縮小して多面的機能を低下させてきたのはほかならぬ農政なわけです。

乳製品についても、実際に日本に輸入されている乳酸品は品質の高いものが輸入されているわけです。ところが、農水省は世界貿易の平均価格を取って、内外価格差は3倍もあるとしています。しかし、実際に輸入しているものと比べると内外価格差は1.9倍に過ぎないわけです。米以外の農産物の内外価格差を補填していく為には、3兆円もある農水省の予算から、たかだか2500億程度の予算を捻出するだけで十分です。

消費者負担型の農政というのは、高い価格を消費者に負担させるので消費が減るということです。政府からの直接支払いという補助金でコストを下げていけば、国内生産を維持し、多面的機能を確保した上で、関税撤廃による安い農産物価格のメリットを消費者が受けることができるようになります。国内の生産者も消費者も海外の生産者も得をするという三方一両得になるわけです。貿易を自由化したうえで直接支払いというやり方で国内の農業生産を維持すること、これはアメリカもEUもやっている最善の政策です。

さらに重要なのは、この直接支払いという補助金を規模拡大によるコストダウンのために使う事で新たな日本農業の発展が可能になるということです。食管制度の時代には、高いコストで生産している零細な兼業農家も滞留してしまいました。そこから農地は出てきませんでした。現在は米価が10年間で25%も低下していますので、農地は出てきております。ただし、米価が下がっているので主業農家の地代負担能力も低下します。従って、農地は出てくるんですけど、主業農家は引き取れないので農地は主業農家と兼業農家の間に落ちて耕作放棄されてしまっています。耕作放棄地は39万haにものぼっているという状況になっているわけです。

減反をやめて米価を下げれば零細な兼業農家はさらに農地を貸し出すようになります。農業で生計を立てている主業農家に政府から直接支払いという補助金を交付して地代負担能力を高めれば、農地は主業農家に集まり、規模が拡大してコストが更に低下します。こうすれば米を輸入しなくても済むばかりか、輸出も可能になり、生産は拡大します。

これまで農業界が高い関税で守ってきた国内市場というのは、高齢化で一人当たりの食べる量が少なくなる上に、人口が減少するので更に縮小していきます。自由貿易のもとでの農産物の輸出は人口減少時代に日本が国内農場の市場を確保する有力な道となるわけです。平時には米を輸出して、アメリカやオーストラリア等から小麦や肉を輸入すればいいわけです。食糧危機が生じて輸入が困難となったら、輸出していた米を国内に向けて飢えを凌げばいいのです。こうすれば、平時の自由貿易と危機のときの食糧安全保障は両立します。
というよりも、人口減少によって国内の需要が減少する中で、平時において需要に合わせて生産を行ないながら食糧安全保障に不可欠な農地資源を維持しようとすると、自由貿易のもとで輸出を行なわなければ食糧安全保障は達成できないわけであります。農業界こそ貿易相手国の関税を撤廃して、輸出をより容易にするというTPPに積極的に対応すべきだと思います。

結論を申し上げますと、農業を保護するかどうかが問題ではないんです。関税による高い価格で農家を守るか、それとも直接支払というやり方で発展を図るのか、いずれの政策を取るかが問われているのです。これまで通りの農政を続けて、日本農業の衰亡を招くよりも、直接支払いによる農業改革に懸けるべきではないでしょうか。それが日本農業の活力を生んで、食糧安全保障を確保する道になると思います。