あめ~ば気まぐれ狂和国(Caprice Republicrazy of Amoeba)~Livin'LaVidaLoca

勤め人目夜勤科の生物・あめ~ばの目に見え心に思う事を微妙なやる気と常敬混交文で綴る雑記。
コメント歓迎いたします。

知らないものを知ろうとして

2014-10-21 10:55:26 | 日替わりchris亭・仮設店舗
第百四回歴史書籍レビューは、ひと月半ぶりに小説を取り上げます。


冲方丁『天地明察』(角川書店)

前回紹介した『遊芸師の誕生』の191ページには、次の記述があります。
「算哲は三五歳の時に碁界から退き渋川助左衛門春海と名を改め、幕府の天文暦法の専門家となって数々の著作を残した。これが、碁打ちが将棋指しより優れているという主張の根拠にもなった。」
後半は碁打ちに幕府から与えられる俸禄が将棋指しよりも高かったという話題を受けての文。将棋囲碁の優劣はおいておくとして、江戸幕府お抱えの碁打ちが、天文学者に転身して業績をあげたという事実は、碁界からも注目に値する事件だったということでしょう。
この(二代目)安井算哲こと渋川春海が、今回紹介する小説『天地明察』の主人公です。

やはり江戸城で碁を打つ身分であった(初代)安井算哲の、遅い実子として生まれた春海。当然安井家の跡継ぎということになりますが、彼には年の離れた義兄(初代算哲の養子)の算知がおり、碁の腕前は義兄の方が優れているというのが春海の実感でした。そのためどうしても家業に今一つのめり込めない日々。彼が代わりに没頭したのが算術でした。

おっとりしてマイペース。およそ武士の居並ぶ江戸城にそぐわないように見える一介の碁打ちが、いかにして天文の道を究めるに至ったか。挫折と葛藤、恋愛も少し織り交ぜながら軽妙なタッチで綴られる人物伝です。

文庫版はわざわざ上下組になっていますが、さほど長いわけではなく、また読みやすいのであまり時間はかかりません。一点気になるとすれば、「読みやすすぎる」こと。戦国時代に興味がある人であれば、例えば羽柴秀吉には「秀吉」という諱(いみな)の他に「筑前守」という官位名や「藤吉郎」という通称があったことをご存じかと思います。近世までの日本では身分の高い人は諱を避けて官位名や通称で呼ぶのが礼儀であり、現在でも当時の人名に関して「本多平八郎忠勝」とか「石田治部少輔三成」という風に2種の名前を併記する表記がされることがありますが、特に混乱したりすることはないでしょう。
しかしこの小説では、官位名を併記する際に英語圏のニックネームのように二重引用符をつけるという、他で見たことのない表記を使っています。他にもこういった表記が随所に見られます。

この小説が本屋大賞や吉川英治新人賞など数々の文学賞に輝いたのには、こうした工夫にも理由があるのかもしれません。もし、このように過剰にも思えるほど「わかりやすい」ものでないと、いまどき歴史小説にヒット作は生まれないのだろうかなどと考えると、歴史小説好きとして少しさみしい読書でもありました。