LUXEMBOURG
8月8日(金)~8月9日(土)⇒
バッハラッハ→ルクセンブルク
バッハラッハは日本からの長旅のあとに滞在する町として最適だった。次に向かったのはルクセンブルク。ベネルクス三国のなかでまだ訪れたことがない国だった。面積は神奈川県とほぼ同じだが、世界でも最も豊かな生活水準を誇る国のひとつとして紹介されているのを、最近ドイツのサイトで読んだ。深い渓谷と緑の森の中にある、断崖を利用した城砦都市としても名高いルクセンブルク市はどんな町だろうか。
バッハラッハからルクセンブルクへは鉄道でコブレンツ乗り換えで約3時間半。コブレンツまではライン川に沿って北上し、コブレンツからはモーゼル川に沿って西へ進む。
国境の町、トリーアを過ぎて約1時間で到着したルクセンブルク中央駅は近代的な大きな駅。まずは、明日のリエージュまでの切符を買う。切符売り場の人に"Speaking english or german?" と尋ねたら、「何語でもどうぞ!」と返ってきた。さすが!
時刻はもう6時をまわっていたので時間短縮のためタクシーでホテルへ。ショップや銀行などのビルが建ち並ぶ賑やかな大通りを抜けてやってきたホテル「ル・シャトレ(Le Chatelet)」は閑静な住宅街にあった。部屋は別館の最上階。重いスーツケースを持って最後は狭い螺旋階段を上らねばならなかったが、広々して快適な屋根裏。
荷物を置いたら早速町へ。旧市街までは徒歩で行ける。ホテルの周辺は緑が多くシャレた色合いのアパートが建ち並び、洗練された雰囲気が漂う。お金持ちが住んでいそう。
これも個人宅?と思わせるようなお城のような建物も点在している。
旧市街へ入るにはペトリュス渓谷にかかる大きな橋を渡る。ここはまだその橋の手前の住宅街だが、このあたりの景色は観光スポットとしても価値がありそう。
橋の起点近くの交差点。塔がある大きな館は欧州投資銀行。
谷の街ルクセンブルクの新市街と旧市街を結んでいる橋の道幅は広く、大型観光バスなんかもビュンビュン走っている。この新しい橋と並行してアドルフ橋という石造りの橋が架かっていて、こちらは町の重要な歴史的建造物なんだそうだが、今は工事中で歩行者も通行止めになっていた。
大橋を渡れば旧市街。橋を渡りきったところある広いテラスからは、緑に覆われたペトリュッス渓谷を俯瞰でき、下の方にまた別の世界が広がっている谷の街の地形が体感できる。渓谷の向こうには、橋の反対側に立っていた欧州投資銀行の塔が見える。
旧市街の入口に建つカテドラル(ノートルダム寺院)は、アドルフ橋を渡り始める前から見えていて、これを目印に旧市街に来ることができた。扉はもう閉まっていたので見学は明日までお預けだが、15分置きに鳴るカリヨンの調べが旅情を誘う。
カテドラルのすぐ裏手にあるギョーム広場は、閑静で小ぎれいな広場。ここにはツーリスト・インフォメーションや市庁舎、ホテルなどが建ち並び、どれもが薄いベージュ系の上品な色合いで統一されている。市庁舎のファサード両脇にはライオン像が見張っていた。ここに週二回、朝市が立つ。
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ルクセンブルクの旧市街は古い町並みというより「都会」のイメージで、オフィスビルが並び、スーツをビシッと決めたビジネスマン風の人が行き来している。
通りにはセンスの良いブティックやおしゃれな雑貨屋などが並び、ショーウィンドウを眺めて歩いているだけで気分がウキウキしてくる。
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フィリップⅡ世通りの近くにあるアルム広場"Place d'Armes"には飲食店がたくさんあり、野外ステージではライブ演奏もやっていて賑わっていた。そろそろ夕食の時刻。メニューを見てまわり、ルクセンブルク料理があるお店のテラス席に着いた。目の前に建つ自治宮殿の小ぶりだけれど優美なファサードが夕日に映えている。
僕と奥さんが注文したのは"Cordon bleu de veau"というルクセンブルク料理。薄い肉とゴルゴンゾーラチーズが何層にも重なって、マッシュルームのソースがかかった一品。なかなかの美味!これに地元産の白ワインを合わせた。息子が食べているのはごく普通のスパゲッティ・ミートソースです。
ライブのジャズ演奏を聴きながら(広場のステージなのでチップの心配もなし!)、ゆっくりと食事を楽しんだ。さっきは夕日を受けていた自治宮殿が、気が付くと今度はライトアップで照らし出されていた。
食後、街をぶらぶら。息子は途中のドリンクスタンドでマンゴーテイストのシェイクを自分の小遣いで買って飲み歩き。ルクセンブルク市内は、夜でも怪し気な雰囲気は全く感じず、夜更かしして外をほっつき歩きたい気分になってしまった。
寝る頃、外は激しい雷雨になり、翌朝も空は厚い雲に覆われ、時折雨が落ちていたが、朝食に出かける頃には青空が広がってきた。気温は18度。
ホテルは朝食を付けなかったので、早々とチェックアウトを済ませてホテルに荷物を預かってもらい、町に繰り出した。ルクセンブルクはクロワッサンがおいしいらしいので、テーブル席があるおしゃれなパン屋さんを見つけてそこで朝食。
クロワッサンは普通のやつとチョコのを食べた。外側はパリパリで香ばしく、中はしっとりモッチリで絶品!カプチーノにはマカロンが添えられていた。
ギョーム広場の朝市 Marchés hebdomadaires Place Guillaume II
朝食を済ませて早速市内散策開始。最初に行ったのはギョーム広場。ここは昨日も行ったが、今日は大規模な朝市が開かれていた。水曜日と土曜日に毎週開かれているそうだ。
新鮮な野菜と果物が所狭しと並べられている。
ルクセンブルクのチーズって日本では知られていないが、種類もボリュームもすごい。
花は種類も数も多い!
このほか、肉、スパイス、雑貨、衣類等々市の種類は多彩で豊富。結局何も買わなかったが、散歩するだけで楽しい。
次に、昨日は到着が遅くて入れなかったカテドラルへ。
ノートルダム寺院 Cathédrale Notre Dame
幼子イエスを抱いた聖母マリアの真っ白な像が立つ西側の入口は、後に新たに増築された部分。
大聖堂の中はゴシック様式のアーチが整然と並ぶ柱に支えられ、シンプルな美しさ。静かな聖堂内にどこからかグレゴリオ聖歌の調べが聞こえてきて、静謐な雰囲気で満たされていた。地下聖堂で歌っていたのだろうか…
祭壇正面のステンドグラスは息を呑む美しさ!
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こちらは聖堂側面のステンドグラス
朝市をやっているギョーム広場をもう一回りして、ルクセンブルクで是非訪れたかったボックの砲台方面へ歩を進める。旧市街の建物は新市街の色合いと同様の明るい暖色系で、高級感が漂う。正面には大公宮殿の左翼部分が見えてきた。
ここはルクセンブルク大公国の国家元首である大公の宮殿。大公の執務のための宮殿と迎賓館として使われている。正面にルクセンブルクの国旗が揚げられていれば大公が宮殿内で執務中という印だそうだが、すると今日は土曜日だけれど大公さんはお仕事中ってことかな?
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ボックの砲台目指し、眺めの良いテラスのようなコルニッシュ通りを歩く。
行く手に要塞っぽい岩壁が見えてきた。あれがボックの砲台だ。アルゼット川が流れる渓谷の底にはグルント地区と呼ばれる町並みが佇む。川沿いに建つとんがった塔のある教会はサン・ジャン教会。この辺りの眺めは絵になる!
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谷とは反対方面に目をやると、こちらにも教会が。これはサン・ミシェル教会で、ルクセンブルク市で最も古い宗教建築物だそうだ。西暦987年にこの場所に建立され、度重なる破壊の度に再建・修復を重ねた歴史を持っている。それでいろんな形の塔が立っているのかな。
谷の向う側には高層ビル群が見える。新市街のほうかな? 深い谷の両端を結ぶ高い橋脚の石造りの風情ある橋には頻繁に列車が走っていて、これがまた風景の中で映える。
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ボックの砲台入口前までやってきた。ここには広いテラスがあって、グルント地区や町の中心部方面が見渡せて一際いい眺め。サン・ジャン教会の中庭広場の整然とした模様も美しい。
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ボックの砲台 Casemates du Bock
「ボック」というのは、ここに来る道すがらずっと見えていた岩山の名称。ルクセンブルクは谷と断崖の大きな起伏の真っ只中に造られた町で、古くから天然の要塞の役割を果たし、発展してきた。
ボックの断崖に最初に砲台が築かれたのがスペイン統治下の1644年。それから40年後に、要塞攻城の名手と言われたフランスの軍事技師、ヴォーヴァンらによって地下砲台が建設され、その後18世紀にこの地を統治したオーストリアによって、深さ40メートル、総延長で一時は23キロにも及ぶ巨大な地下砲台に発達し、「北のジブラルタル」と呼ばれるほどのヨーロッパでも最も堅固な要塞の一つとなった。これが、今日「ボックの砲台」と呼ばれている。ここはルクセンブルク旧市街と共に世界文化遺産に登録されている。
お金を払って入口に足を踏み入れると、早速暗くて狭いトンネルが出迎えてくれた。
足場の良くないらせん状の石段がいくつもあって、砲台の奥深くへと導かれてゆく。トンネルがアリの巣のように張り巡らされ、行き止まりもあり、迷路のようで迷子になりそう。
手作業で掘り進んだようなゴツゴツしたトンネルもあれば、こんな整然としたところもあり、長い年月をかけて造られたことがうかがえる。
トンネル内にはこうした外界を覗ける空間がいくつもあって、大砲が置かれている。ボックの砲台が要塞として使われていた当時は、50もの大砲と1200人の兵士が配備されていたという。
先の2度に渡る世界大戦時にはこの砲台は防空壕として使われ、空襲警報が発令されたときには3万5千人もの人たちが避難したそうだ。
ボックの砲台はルクセンブルク最大の見所の一つで、年間10万人もの人が訪れるという。僕たちが訪れたときも、小さな子供連れの家族がたくさん来ていた。ここは子供も楽しめる観光スポットだ。
約1時間かけて公開されているコースはほぼ網羅できた。来た道を戻る途中、来るときにチェックしておいたビューポイントでスケッチすることにした。ホテルの集合時刻を決めてそれぞれ自由行動に。時間はあまりなかったが、取り敢えず描きたかった景色をスケッチブックにおさめることができた。
ホテルに戻り、15分ほどの道のりをスーツケースを転がして歩いて中央駅へ。そして次の訪問地、ベルギーのリエージュへ向かった。
ルクセンブルクには前日の夕方から今日の午後1時過ぎまでの滞在。この時間で行けるところは行って、スケッチもできた。けれど、旧市街をもっとくまなく歩きたかったし、この町の一番の特徴である大きな起伏を歩いて実感するヒマがなかったのは残念。
谷の底のグルント地区とか、自然豊かな渓谷なんかも歩いてみたかった。おしゃれで趣があり、活気もあり、風光明媚かつ特異な景観を持つ世界遺産の町の魅力を満喫するには、少なくとももう半日は欲しかったな。また訪れたい場所にルクセンブルクを加えておこう!
リエージュ ~重工業で栄えたベルギーフランス語圏のダウンタウン~
バッハラッハ ~ライン河畔に佇む珠玉の町~
ヨーロッパ家族旅行2014
8月8日(金)~8月9日(土)⇒
バッハラッハ→ルクセンブルク
バッハラッハは日本からの長旅のあとに滞在する町として最適だった。次に向かったのはルクセンブルク。ベネルクス三国のなかでまだ訪れたことがない国だった。面積は神奈川県とほぼ同じだが、世界でも最も豊かな生活水準を誇る国のひとつとして紹介されているのを、最近ドイツのサイトで読んだ。深い渓谷と緑の森の中にある、断崖を利用した城砦都市としても名高いルクセンブルク市はどんな町だろうか。
バッハラッハからルクセンブルクへは鉄道でコブレンツ乗り換えで約3時間半。コブレンツまではライン川に沿って北上し、コブレンツからはモーゼル川に沿って西へ進む。
国境の町、トリーアを過ぎて約1時間で到着したルクセンブルク中央駅は近代的な大きな駅。まずは、明日のリエージュまでの切符を買う。切符売り場の人に"Speaking english or german?" と尋ねたら、「何語でもどうぞ!」と返ってきた。さすが!
時刻はもう6時をまわっていたので時間短縮のためタクシーでホテルへ。ショップや銀行などのビルが建ち並ぶ賑やかな大通りを抜けてやってきたホテル「ル・シャトレ(Le Chatelet)」は閑静な住宅街にあった。部屋は別館の最上階。重いスーツケースを持って最後は狭い螺旋階段を上らねばならなかったが、広々して快適な屋根裏。
荷物を置いたら早速町へ。旧市街までは徒歩で行ける。ホテルの周辺は緑が多くシャレた色合いのアパートが建ち並び、洗練された雰囲気が漂う。お金持ちが住んでいそう。
これも個人宅?と思わせるようなお城のような建物も点在している。
旧市街へ入るにはペトリュス渓谷にかかる大きな橋を渡る。ここはまだその橋の手前の住宅街だが、このあたりの景色は観光スポットとしても価値がありそう。
橋の起点近くの交差点。塔がある大きな館は欧州投資銀行。
谷の街ルクセンブルクの新市街と旧市街を結んでいる橋の道幅は広く、大型観光バスなんかもビュンビュン走っている。この新しい橋と並行してアドルフ橋という石造りの橋が架かっていて、こちらは町の重要な歴史的建造物なんだそうだが、今は工事中で歩行者も通行止めになっていた。
大橋を渡れば旧市街。橋を渡りきったところある広いテラスからは、緑に覆われたペトリュッス渓谷を俯瞰でき、下の方にまた別の世界が広がっている谷の街の地形が体感できる。渓谷の向こうには、橋の反対側に立っていた欧州投資銀行の塔が見える。
旧市街の入口に建つカテドラル(ノートルダム寺院)は、アドルフ橋を渡り始める前から見えていて、これを目印に旧市街に来ることができた。扉はもう閉まっていたので見学は明日までお預けだが、15分置きに鳴るカリヨンの調べが旅情を誘う。
カテドラルのすぐ裏手にあるギョーム広場は、閑静で小ぎれいな広場。ここにはツーリスト・インフォメーションや市庁舎、ホテルなどが建ち並び、どれもが薄いベージュ系の上品な色合いで統一されている。市庁舎のファサード両脇にはライオン像が見張っていた。ここに週二回、朝市が立つ。
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ルクセンブルクの旧市街は古い町並みというより「都会」のイメージで、オフィスビルが並び、スーツをビシッと決めたビジネスマン風の人が行き来している。
大通りはそれなりに交通量も多く、路肩には車がズラリと駐車している。丸の内の官庁街的でもあるが、おしゃれで洗練された雰囲気が漂っている。 ギョーム広場から更に旧市街を中へ入って行ったところにあるフィリップⅡ世通り"Rue Philippe II"は、そんなおしゃれなシティ的な雰囲気を象徴する通りではないだろうか。 遠くから見たときはフェスティバル用のモールでも飾られているのかと思ったが、この通りはいつもこんな風にたくさんのカラフルな傘が空を飾っているらしい。 |
通りにはセンスの良いブティックやおしゃれな雑貨屋などが並び、ショーウィンドウを眺めて歩いているだけで気分がウキウキしてくる。
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フィリップⅡ世通りの近くにあるアルム広場"Place d'Armes"には飲食店がたくさんあり、野外ステージではライブ演奏もやっていて賑わっていた。そろそろ夕食の時刻。メニューを見てまわり、ルクセンブルク料理があるお店のテラス席に着いた。目の前に建つ自治宮殿の小ぶりだけれど優美なファサードが夕日に映えている。
僕と奥さんが注文したのは"Cordon bleu de veau"というルクセンブルク料理。薄い肉とゴルゴンゾーラチーズが何層にも重なって、マッシュルームのソースがかかった一品。なかなかの美味!これに地元産の白ワインを合わせた。息子が食べているのはごく普通のスパゲッティ・ミートソースです。
ライブのジャズ演奏を聴きながら(広場のステージなのでチップの心配もなし!)、ゆっくりと食事を楽しんだ。さっきは夕日を受けていた自治宮殿が、気が付くと今度はライトアップで照らし出されていた。
食後、街をぶらぶら。息子は途中のドリンクスタンドでマンゴーテイストのシェイクを自分の小遣いで買って飲み歩き。ルクセンブルク市内は、夜でも怪し気な雰囲気は全く感じず、夜更かしして外をほっつき歩きたい気分になってしまった。
寝る頃、外は激しい雷雨になり、翌朝も空は厚い雲に覆われ、時折雨が落ちていたが、朝食に出かける頃には青空が広がってきた。気温は18度。
ホテルは朝食を付けなかったので、早々とチェックアウトを済ませてホテルに荷物を預かってもらい、町に繰り出した。ルクセンブルクはクロワッサンがおいしいらしいので、テーブル席があるおしゃれなパン屋さんを見つけてそこで朝食。
クロワッサンは普通のやつとチョコのを食べた。外側はパリパリで香ばしく、中はしっとりモッチリで絶品!カプチーノにはマカロンが添えられていた。
ギョーム広場の朝市 Marchés hebdomadaires Place Guillaume II
朝食を済ませて早速市内散策開始。最初に行ったのはギョーム広場。ここは昨日も行ったが、今日は大規模な朝市が開かれていた。水曜日と土曜日に毎週開かれているそうだ。
新鮮な野菜と果物が所狭しと並べられている。
ルクセンブルクのチーズって日本では知られていないが、種類もボリュームもすごい。
花は種類も数も多い!
このほか、肉、スパイス、雑貨、衣類等々市の種類は多彩で豊富。結局何も買わなかったが、散歩するだけで楽しい。
次に、昨日は到着が遅くて入れなかったカテドラルへ。
ノートルダム寺院 Cathédrale Notre Dame
「ノートル・ダム」とはフランス語で聖母マリアのこと。「カテドラル」は町(教区)を束ねる教会なので、この教会(カテドラル・ノートル=ダム)はルクセンブルク市のカトリック教会として、町のシンボル的存在と言える。 教会の歴史は古く、1621年に最も古い部分が建設されたが、その後改築や増築を繰り返し、最近では1935~38年に南側の部分が増築されている。建物は、後期ゴシック、ルネサンス、初期バロックなど様々な様式が混ざり合っている。 精巧なレリーフが施された風格のある北側の正面玄関は、最も古い1621年のもの。 |
幼子イエスを抱いた聖母マリアの真っ白な像が立つ西側の入口は、後に新たに増築された部分。
大聖堂の中はゴシック様式のアーチが整然と並ぶ柱に支えられ、シンプルな美しさ。静かな聖堂内にどこからかグレゴリオ聖歌の調べが聞こえてきて、静謐な雰囲気で満たされていた。地下聖堂で歌っていたのだろうか…
祭壇正面のステンドグラスは息を呑む美しさ!
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こちらは聖堂側面のステンドグラス
朝市をやっているギョーム広場をもう一回りして、ルクセンブルクで是非訪れたかったボックの砲台方面へ歩を進める。旧市街の建物は新市街の色合いと同様の明るい暖色系で、高級感が漂う。正面には大公宮殿の左翼部分が見えてきた。
ここはルクセンブルク大公国の国家元首である大公の宮殿。大公の執務のための宮殿と迎賓館として使われている。正面にルクセンブルクの国旗が揚げられていれば大公が宮殿内で執務中という印だそうだが、すると今日は土曜日だけれど大公さんはお仕事中ってことかな?
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ペトリュス渓谷を見下ろす崖の縁に沿って作られているコルニッシュ通りに入ると人通りも減り、緑が増えて視界が開けてくる。通りが曲がりくねっているおかげで、渓谷の様子と、その上に広がる旧市街の様子を手に取るように眺めることができる。 渓谷の底には豊かな緑地帯が整備されている。緑地帯に作られた道は遊歩道? 建物の下にくり抜かれたトンネルはどこに通じているんだろうか… 天然の要塞都市らしい入り組んだ風景が続く。 |
ボックの砲台目指し、眺めの良いテラスのようなコルニッシュ通りを歩く。
行く手に要塞っぽい岩壁が見えてきた。あれがボックの砲台だ。アルゼット川が流れる渓谷の底にはグルント地区と呼ばれる町並みが佇む。川沿いに建つとんがった塔のある教会はサン・ジャン教会。この辺りの眺めは絵になる!
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谷とは反対方面に目をやると、こちらにも教会が。これはサン・ミシェル教会で、ルクセンブルク市で最も古い宗教建築物だそうだ。西暦987年にこの場所に建立され、度重なる破壊の度に再建・修復を重ねた歴史を持っている。それでいろんな形の塔が立っているのかな。
谷の向う側には高層ビル群が見える。新市街のほうかな? 深い谷の両端を結ぶ高い橋脚の石造りの風情ある橋には頻繁に列車が走っていて、これがまた風景の中で映える。
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ボックの砲台入口前までやってきた。ここには広いテラスがあって、グルント地区や町の中心部方面が見渡せて一際いい眺め。サン・ジャン教会の中庭広場の整然とした模様も美しい。
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ボックの砲台 Casemates du Bock
「ボック」というのは、ここに来る道すがらずっと見えていた岩山の名称。ルクセンブルクは谷と断崖の大きな起伏の真っ只中に造られた町で、古くから天然の要塞の役割を果たし、発展してきた。
ボックの断崖に最初に砲台が築かれたのがスペイン統治下の1644年。それから40年後に、要塞攻城の名手と言われたフランスの軍事技師、ヴォーヴァンらによって地下砲台が建設され、その後18世紀にこの地を統治したオーストリアによって、深さ40メートル、総延長で一時は23キロにも及ぶ巨大な地下砲台に発達し、「北のジブラルタル」と呼ばれるほどのヨーロッパでも最も堅固な要塞の一つとなった。これが、今日「ボックの砲台」と呼ばれている。ここはルクセンブルク旧市街と共に世界文化遺産に登録されている。
お金を払って入口に足を踏み入れると、早速暗くて狭いトンネルが出迎えてくれた。
足場の良くないらせん状の石段がいくつもあって、砲台の奥深くへと導かれてゆく。トンネルがアリの巣のように張り巡らされ、行き止まりもあり、迷路のようで迷子になりそう。
手作業で掘り進んだようなゴツゴツしたトンネルもあれば、こんな整然としたところもあり、長い年月をかけて造られたことがうかがえる。
トンネル内にはこうした外界を覗ける空間がいくつもあって、大砲が置かれている。ボックの砲台が要塞として使われていた当時は、50もの大砲と1200人の兵士が配備されていたという。
先の2度に渡る世界大戦時にはこの砲台は防空壕として使われ、空襲警報が発令されたときには3万5千人もの人たちが避難したそうだ。
ボックの砲台はルクセンブルク最大の見所の一つで、年間10万人もの人が訪れるという。僕たちが訪れたときも、小さな子供連れの家族がたくさん来ていた。ここは子供も楽しめる観光スポットだ。
約1時間かけて公開されているコースはほぼ網羅できた。来た道を戻る途中、来るときにチェックしておいたビューポイントでスケッチすることにした。ホテルの集合時刻を決めてそれぞれ自由行動に。時間はあまりなかったが、取り敢えず描きたかった景色をスケッチブックにおさめることができた。
ホテルに戻り、15分ほどの道のりをスーツケースを転がして歩いて中央駅へ。そして次の訪問地、ベルギーのリエージュへ向かった。
ルクセンブルクには前日の夕方から今日の午後1時過ぎまでの滞在。この時間で行けるところは行って、スケッチもできた。けれど、旧市街をもっとくまなく歩きたかったし、この町の一番の特徴である大きな起伏を歩いて実感するヒマがなかったのは残念。
谷の底のグルント地区とか、自然豊かな渓谷なんかも歩いてみたかった。おしゃれで趣があり、活気もあり、風光明媚かつ特異な景観を持つ世界遺産の町の魅力を満喫するには、少なくとももう半日は欲しかったな。また訪れたい場所にルクセンブルクを加えておこう!
リエージュ ~重工業で栄えたベルギーフランス語圏のダウンタウン~
バッハラッハ ~ライン河畔に佇む珠玉の町~
ヨーロッパ家族旅行2014