11月18日(木)新国立劇場オペラ公演
新国立劇場
【演目】
ワーグナー/「ニュルンベルクのマイスタージンガー」
【配役】
ザックス:トーマス・ヨハネス・マイヤー/エーファ:林正子/ヴァルター:シュテファン・フィンケ/ベックメッサー:アドリアン・エレート/ダーヴィット:伊藤達人/ポーグナー:ギド・イェンティンス/マグダレーネ:山下牧子/フォーゲルゲザング:村上公太/ナハティガル:与那城敬/コートナー:青山貴/ツォルン:秋谷直之/アイスリンガー:鈴木准/モーザー:菅野敦/オルテル:大沼徹/シュヴァルツ:長谷川顯/フォルツ:妻屋秀和/夜警:志村文彦
【演奏】
大野和士指揮 東京都交響楽団/新国立劇場合唱団、二期会合唱団
【演出】イェンス=ダニエル・ヘルツォーク
【美術】マティス・ナイトハルト
【衣装】シビル・ゲデケ【照明】ファビオ・アントーチ【振 付】ラムセス・ジグル【演出補】ハイコ・ヘンチェル 【舞台監督】髙橋尚史
去年の6月に予定されていた新国の「マイスタージンガー」の延期公演という形で上演された初日の公演を観た。今年の8月に東京文化会館で行われるはずだった同じ布陣による公演も中止になったので、3度目の正直で実現した「マイスタージンガー」は、これまでの僕のワーグナー体験のなかでも指折りの感銘深い上演となった。
感銘の要因は、上演に6時間以上要し、体力も気力も使い果たす巨大な作品を、出演者達が揃って最後まで息切れすることなく演じきったこと、歌手達と合唱陣がトップクラスの歌を聴かせたこと、オケがずば抜けた演奏を聴かせたこと、演出が分かりやすく見栄えがしたことなど、オペラ上演で大切な要素がどれも特筆すべきレベルだったことに加え、全体から溢れる人間愛が感じられたことが大きい。
この人間愛の立役者はハンス・ザックスだ。トーマス・ヨハネス・マイヤーは、ザックスの人間味、愛、葛藤を深く掘り下げて見事に描いた。出番が格段に多い役を最後まで疲れも見せずに歌い切ったことで存在価値を驚異的に高めた。こんなザックスを日本で聴けるのは幸せだ。そして、ザックスの相手役とも云えるエーファ、そこに絡むヴァルターの秀演も大いに貢献した。
エーファを歌った林正子は、磨きのかかった艶やかな声で、気高く芯が強く、情感溢れる歌唱で観衆を魅了した。第2幕でエーファがザックスを訪ねて繰り広げられる2人のやり取りからは、ザックスを慕うエーファの思いがひしひしと伝わってきた。自分もエーファに思いを寄せるザックスが、その気持ちを若いヴァルターへ託す第3幕でのマイスタージンガー様式による歌の習得の場面で、ヴァルター役シュテファン・フィンケの、瑞々しく輝かしい声による伸びやかな歌唱が、歌節(Bar)を重ねるごとに艶と輝きを増し、感動へと導き、歌合戦の場で大輪を咲かせた。
ベックメッサー役のエレートのおどけと一途さも堂に入っていたし、ポーグナー役のイェンティンスも貫禄たっぷり。ダーヴィットを歌った伊藤達人は光る美声で機転の利く役回りをうまく歌い演じ、第1幕の歌試験の進行を務めたコートナー役青山貴の野太く堂々とした歌は、その他の役どころのなかで際立った存在感を放っていた。
このオペラの音楽面で最重要とも云えるオーケストラの大健闘も心から称賛したい。大野和士指揮の都響は、終始自然で深い息遣いで大きな波を作り、人間の感情の起伏を大きく捉え、更に細部までデリケートに描いて行った。連綿と繋がる呼吸が途切れることなく歌に寄り添い、鼓舞し、更には音楽全体をドラマチックに盛り上げた。歌手陣とオーケストラ、そして忘れてはならないパワフルで輝かしく、しかも柔軟な合唱陣が一体となって、随所でこれぞワーグナーマジックと思える陶酔感へと導いていった。
素晴らしい演奏陣に花を添えたのがヘルツォークの演出だ。美しい聖堂や神秘的な月、青々と繁る大樹など、各幕に美しい視覚的イメージが現れ、そこで演じられる人々のやり取りは作為がなく自然で、回り舞台も効果的に使われ、無理なくストーリーに入っていけた。オーソドックスが基本だと落ち着いて見ることができるし、何よりも音楽が映える。
それでいて陳腐な演出ではなく、全幕を通じて人間愛が伝わり、このオペラの大きなテーマのひとつである芸術の尊さを伝える自信に溢れていた。「芸術を敬うものはいかなる犠牲を払っても芸術を重んじる」という言葉に、未だにコロナ対策を取らざるを得ない困難のなかでも、こんな素晴らしい上演に立ち合えている感慨を新たにした。日本語字幕の「これをこう訳すか!」と思えるセンスある訳詞も好印象に一役買った。
(以下、ネタバレあり)
最後の場面でヴァルターが、渡された名誉額を引き裂くシーンは、めでたしめでたしのエンディングを期待していただけに本当に衝撃的だった。しかし、ここにこそ名誉や権威に支配されることのない真に独立した芸術を標榜する理想の姿が描かれ、権力に与しない決然としたメッセージがある。これは「マイスタージンガー」の新たな演出のあり方を堂々と提示したと言えよう。
幕となった直後に1発のブーイングが飛んだ。もちろん最後の場面への不満だろう。これを飛ばした人は既成概念の枠から出られないんだろうな。このブーイングに対してブラボーの応酬を期待したが、ブラボーは全く飛ばない。もちろん声掛け禁止のせいだが、一体いつまで禁じるのだろう。こんな素晴らしい圧巻の上演にかかった声が「ブー」1つだけとはあまりに寂しいので、今夜の大立役者ではるばるドイツから来てくれたマイヤーに「ブラボー」を飛ばした。僕がブラボーを叫ぶのは、おそらく15年前のアバドの日本公演以来。素晴らしい公演にブラボーがたくさん飛ぶ日はいつ戻ってくるんだろう…
#文化芸術は生きるために必要だ
新国立劇場オペラ公演「カルメン」/指揮:大野和士(2021.7.6)
新国立劇場「夜鳴きうぐいす」&「イオランタ」/指揮:高関 健(2021.4.8)
東京・春・音楽祭「ローエングリン」/指揮:ウルフ・シルマー(2018.4.5 東京文化会館)
コロナ禍で演奏会の中止が続く欧米、やっている日本
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新国立劇場
【演目】
ワーグナー/「ニュルンベルクのマイスタージンガー」
【配役】
ザックス:トーマス・ヨハネス・マイヤー/エーファ:林正子/ヴァルター:シュテファン・フィンケ/ベックメッサー:アドリアン・エレート/ダーヴィット:伊藤達人/ポーグナー:ギド・イェンティンス/マグダレーネ:山下牧子/フォーゲルゲザング:村上公太/ナハティガル:与那城敬/コートナー:青山貴/ツォルン:秋谷直之/アイスリンガー:鈴木准/モーザー:菅野敦/オルテル:大沼徹/シュヴァルツ:長谷川顯/フォルツ:妻屋秀和/夜警:志村文彦
【演奏】
大野和士指揮 東京都交響楽団/新国立劇場合唱団、二期会合唱団
【演出】イェンス=ダニエル・ヘルツォーク
【美術】マティス・ナイトハルト
【衣装】シビル・ゲデケ【照明】ファビオ・アントーチ【振 付】ラムセス・ジグル【演出補】ハイコ・ヘンチェル 【舞台監督】髙橋尚史
去年の6月に予定されていた新国の「マイスタージンガー」の延期公演という形で上演された初日の公演を観た。今年の8月に東京文化会館で行われるはずだった同じ布陣による公演も中止になったので、3度目の正直で実現した「マイスタージンガー」は、これまでの僕のワーグナー体験のなかでも指折りの感銘深い上演となった。
感銘の要因は、上演に6時間以上要し、体力も気力も使い果たす巨大な作品を、出演者達が揃って最後まで息切れすることなく演じきったこと、歌手達と合唱陣がトップクラスの歌を聴かせたこと、オケがずば抜けた演奏を聴かせたこと、演出が分かりやすく見栄えがしたことなど、オペラ上演で大切な要素がどれも特筆すべきレベルだったことに加え、全体から溢れる人間愛が感じられたことが大きい。
この人間愛の立役者はハンス・ザックスだ。トーマス・ヨハネス・マイヤーは、ザックスの人間味、愛、葛藤を深く掘り下げて見事に描いた。出番が格段に多い役を最後まで疲れも見せずに歌い切ったことで存在価値を驚異的に高めた。こんなザックスを日本で聴けるのは幸せだ。そして、ザックスの相手役とも云えるエーファ、そこに絡むヴァルターの秀演も大いに貢献した。
エーファを歌った林正子は、磨きのかかった艶やかな声で、気高く芯が強く、情感溢れる歌唱で観衆を魅了した。第2幕でエーファがザックスを訪ねて繰り広げられる2人のやり取りからは、ザックスを慕うエーファの思いがひしひしと伝わってきた。自分もエーファに思いを寄せるザックスが、その気持ちを若いヴァルターへ託す第3幕でのマイスタージンガー様式による歌の習得の場面で、ヴァルター役シュテファン・フィンケの、瑞々しく輝かしい声による伸びやかな歌唱が、歌節(Bar)を重ねるごとに艶と輝きを増し、感動へと導き、歌合戦の場で大輪を咲かせた。
ベックメッサー役のエレートのおどけと一途さも堂に入っていたし、ポーグナー役のイェンティンスも貫禄たっぷり。ダーヴィットを歌った伊藤達人は光る美声で機転の利く役回りをうまく歌い演じ、第1幕の歌試験の進行を務めたコートナー役青山貴の野太く堂々とした歌は、その他の役どころのなかで際立った存在感を放っていた。
このオペラの音楽面で最重要とも云えるオーケストラの大健闘も心から称賛したい。大野和士指揮の都響は、終始自然で深い息遣いで大きな波を作り、人間の感情の起伏を大きく捉え、更に細部までデリケートに描いて行った。連綿と繋がる呼吸が途切れることなく歌に寄り添い、鼓舞し、更には音楽全体をドラマチックに盛り上げた。歌手陣とオーケストラ、そして忘れてはならないパワフルで輝かしく、しかも柔軟な合唱陣が一体となって、随所でこれぞワーグナーマジックと思える陶酔感へと導いていった。
素晴らしい演奏陣に花を添えたのがヘルツォークの演出だ。美しい聖堂や神秘的な月、青々と繁る大樹など、各幕に美しい視覚的イメージが現れ、そこで演じられる人々のやり取りは作為がなく自然で、回り舞台も効果的に使われ、無理なくストーリーに入っていけた。オーソドックスが基本だと落ち着いて見ることができるし、何よりも音楽が映える。
それでいて陳腐な演出ではなく、全幕を通じて人間愛が伝わり、このオペラの大きなテーマのひとつである芸術の尊さを伝える自信に溢れていた。「芸術を敬うものはいかなる犠牲を払っても芸術を重んじる」という言葉に、未だにコロナ対策を取らざるを得ない困難のなかでも、こんな素晴らしい上演に立ち合えている感慨を新たにした。日本語字幕の「これをこう訳すか!」と思えるセンスある訳詞も好印象に一役買った。
(以下、ネタバレあり)
最後の場面でヴァルターが、渡された名誉額を引き裂くシーンは、めでたしめでたしのエンディングを期待していただけに本当に衝撃的だった。しかし、ここにこそ名誉や権威に支配されることのない真に独立した芸術を標榜する理想の姿が描かれ、権力に与しない決然としたメッセージがある。これは「マイスタージンガー」の新たな演出のあり方を堂々と提示したと言えよう。
幕となった直後に1発のブーイングが飛んだ。もちろん最後の場面への不満だろう。これを飛ばした人は既成概念の枠から出られないんだろうな。このブーイングに対してブラボーの応酬を期待したが、ブラボーは全く飛ばない。もちろん声掛け禁止のせいだが、一体いつまで禁じるのだろう。こんな素晴らしい圧巻の上演にかかった声が「ブー」1つだけとはあまりに寂しいので、今夜の大立役者ではるばるドイツから来てくれたマイヤーに「ブラボー」を飛ばした。僕がブラボーを叫ぶのは、おそらく15年前のアバドの日本公演以来。素晴らしい公演にブラボーがたくさん飛ぶ日はいつ戻ってくるんだろう…
#文化芸術は生きるために必要だ
新国立劇場オペラ公演「カルメン」/指揮:大野和士(2021.7.6)
新国立劇場「夜鳴きうぐいす」&「イオランタ」/指揮:高関 健(2021.4.8)
東京・春・音楽祭「ローエングリン」/指揮:ウルフ・シルマー(2018.4.5 東京文化会館)
コロナ禍で演奏会の中止が続く欧米、やっている日本
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