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黛敏郎「古事記」

2011年11月20日 | pocknのコンサート感想録2011
11月20日(日)東京文化会館50周年記念フェスティバル記念オペラ
東京文化会館

【演目】
黛 敏郎/「古事記」
ドイツ語台本:中島悠爾

【配役】
イザナギ:甲斐栄次郎(Bar)/イザナミ:福原寿美枝(MS)/スサノヲ:高橋淳(T)/アマテラス:浜田理恵(S)/オモイカネ:妻屋秀和(B)/アシナヅチ:久保田真澄(B)/天つ神/クシナダ:天羽明惠(S)/使者:吉田浩之(T)/語り部:観世銕之丞

【演出】岩田達宗 【舞台美術】島次郎 【衣装】前田文子
【演奏】
大友直人 指揮 東京都交響楽団/新国立劇場合唱団/日本オペラ協会合唱団

黛敏郎が晩年に書いたオペラ「古事記」は、日本の国の始まりを題材としながら、台本はドイツ語で書かれ、オーストリアのリンツ州立劇場により委嘱初演されたというインターナショナルな存在。このドイツ語台本は、黛の綿密なプランに沿って、僕の恩師でもある中島悠爾先生が、オペラの題材にふさわしい形の古いスタイルのドイツ語で書いた。ドイツ人にとっても至難の業である仕事の校訂を担当したフッセネガー氏は、その出来栄えに驚嘆したというエピソードも聞いた。

1996年初演時の現地での評判は上々だったというが、日本では2001年に演奏会形式で上演されたきりで、今まで舞台上演は行われなかった。演奏会形式の公演は僕も聴いたが、黛の妥協のない充実した音楽に感銘を受け、その後行われるであろう舞台での本格上演を待っていたが、結局その後は上演の機会はなく、ようやくこの度、東京文化会館50周年記念の目玉公演として、完全な形での舞台上演が実現した。

5階席までぎっしりと客が入った東京文化会館に、オーケストラがトゥッティで衝撃的な音群ぶつける冒頭部、クラスターの響きは国造りが行われる前の混沌を表しているのか、或いはこれから繰り広げられる様々な事件を象徴しているのか。プロローグとして、能楽師の観世銕之丞が前口上を述べる厳かな開始。太古の昔の神々の物語が、こうした厳かな響きの中で展開して行くであろうと期待が膨らんだ。

その音楽、その後は厳かな雰囲気を帯びながらも、思っていたよりも通俗的で、大勢集まったお客にとってもすぐに受け入れられ、共感を呼ぶタイプの音作りとなっていた。調性は曖昧だが、いつでも中心になる音がある旋法めいた音運びで、更に低音楽器や打楽器がしっかりと印象的なリズムを刻んでいるため、体で音楽を感じ、共感できる。その最たる場面は、第2幕、アメノウズメの踊りの音楽。土着的な激しさを感じるダンス音楽に、舞台上の群衆が一斉に手拍子を加えて踊りを盛り立てる場面は、プログラムにも書いてあった黛のストラヴィンスキー的な一面を色濃く感じさせた。

最後の場面では、はっきりとした長三和音が高らかに鳴り響き、映画音楽的なメロディーが奏でられた。うーん、これは神々の行列の大団円としてはちょっと野暮ったいかな… ここではメシアン的な眩い超現実的な響きが欲しかったが、全体としての音楽は、親しみやすさの中にも厳しさがあり、多彩な響きが印象的な充実した出来栄えだと思う。これは大友直人指揮都響の好演によるところも大きい。はっきりとした音像がしなやかに描かれ、響きもきれいだった。

歌手陣は皆よく健闘していた。出番の多い役に当たった歌い手が、とりわけその存在感をアピールしていて、キャスティングが妥当だったことが窺えた。ただ、平均以上という印象を超える特に目立った歌手は見受けられなかったなか、出番は少なかったが、第4幕で使者を歌った吉田浩之の歌唱は、光が射すような「天のお告げ」的な鮮烈なイメージを発し、最後のクライマックスへ導く重要な役割を果たしていた。

舞台には円形の回り舞台の周囲にスロープ状の固定舞台が据えられ、4幕通してそこで物語が進行する。暗めの照明に浮かび上がる神々の姿や、群衆の動き、天上から差し込む光や布の垂れ幕が効果的に使われ、幻想的な情景を浮かび上がらせていた。特に、第2幕、太陽の神アマテラスの放つ光彩が印象的で、岩戸から再び姿を現すシーンは、オモイカネと群衆とアマテラスの配置も絶妙な構図で、絵画のような美しさを放っていた。また、第3幕、ヤマタノオロチを退治して、スサノオとクシナダが結ばれる場面も、鮮やかな色彩の美しさが目に焼きついた。ただ、ヤマタノオロチ退治の場面は、本物のオロチを模した演出がなかったのは仕方がないにしても、照明と垂れ幕だけによる表現にはもうひと工夫欲しい。オロチの恐ろしさや凄味は感じられなかった。

事前に配られたプログラムの演出ノートで、この神話の内容が、現代が抱える危機と重なっていることを指摘し、「放射能を撒き散らす破壊された原子力発電所が、いわば現代のヤマタノオロチだ。」と、文明社会がもたらした危機への警鐘の意味が込められた演出について語られていた。これがヤマタノオロチを象徴的に表現した所以だったのかも知れないが、もう一歩踏み込んで、文明社会のおぞましさや恐ろしさを生々しく出してくれると更にインパクトがあったのではないだろうか。

このオペラは、世界中の人々に共通する神話の世界を題材にし、現代が抱える危機にも光を当てられる内容であり、そこに付けられた音楽は、誰の心にも訴えてくる力を持っている。更にテキストはドイツ語で書かれている。これを機に、この「古事記」が現代オペラの代表作として、世界中に広まっていくことを期待したい。

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